学位論文要旨



No 121276
著者(漢字)
著者(英字) Odair Jose Manfroi
著者(カナ) オダイル ジョセ マンフロイ
標題(和) マレーシア・サラワク州の低地熱帯林における樹冠遮断蒸発の計測とモデル化
標題(洋) Evaluating evaporation of intercepted rainfall in a lowland tropical forest in Sarawak, Malaysia by observation and modeling
報告番号 121276
報告番号 甲21276
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2989号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 助教授 芝野,博文
内容要旨 要旨を表示する

森林の樹冠遮断プロセスは森林水循環など森林環境形成において重要であり、本研究は長期観測とそのモデル化によるマレーシア・サラワク州のランビル国立公園の低地熱帯林での樹冠遮断量を評価することを目的として行われた。

第1章では、森林が水循環に与える影響の研究における樹冠遮断の役割をはじめとする既往研究のレビューを踏まえた、本研究の目的と論文の構成が述べられている。熱帯雨林は樹木の空間的な分布が不均一なため、樹冠遮断量推定について広がり持った領域における観測に基づく空間代表性のある推定方法が必要であるが、その実施が困難であり、特に東南アジアの熱帯林における調査事例が少ないことを論じた。また、推定された樹冠遮断量の一般性を論じるために、精度の高い微気象観測記録とともに比較することの必要性を示した。

第2章では、観測地と現地観測の概要および観測結果から作成されたデータセットについて示している。観測対象としたサラワク州ランビル国立公園の低地熱帯林における4haの試験地は、胸高直径1cm以上の立木密度6442 trees/ha、胸高断面積合計42 m2/ha、葉面積指数6.2 m2/m2で、高木層はフタバガキ科の樹木が優占する低地熱帯林でも最も密な森林の一つといえる。この調査地には、林冠に直接接近し、また林冠上の大気環境を計測可能な高さ93mを持つ林冠クレーンが設置されている。観測は林冠クレーンを取り囲む4haの対象地全体の樹冠遮断量を推定できる設計とした。樹冠遮断量(IE)は、降雨量(P)、樹冠通過雨量(TF)、樹幹流下量(SF)を求めて、IE=P−TF−SFにより求める。降雨量(P)は調査区にある林冠調査クレーン上に置かれた雨量計とクレーン基部に置かれた雨量計の値より与えられる。樹冠通過雨量(TF)は、一箇所の10m×10mの固定調査区における3年間の連続観測とほぼ1ヶ月づつ移動する22箇所における10m×10m調査区の観測の組み合わせから推定する。それぞれの調査区には、20個の林内雨量計(受水部20.5cm径)が設置された。樹幹流下量(SF)は、81本の木について測定し、4haの調査地の推定値を得る方法を用いた。

第3章では、固定調査区において81本の幹を流下する樹幹流下量が解析された。これらの木は10m×10mの固定調査区にある胸高直径1cm以上かつ樹高1m以上の木の全てと、固定調査地周辺の3本である。3年間にわたるほぼ毎日の測定結果をもとに得られた結果は、10m×10mの固定調査区では2466mm/年の年平均降雨量に対して年樹幹流下量3.1%、76.1mmであり、直径10cm以下の木からの樹幹流下量がその77%を占める。熱帯林における既往の観測で直径10cm以下の木が測定された事例は少なく、下層木からの樹幹流下量の情報はその割合の大きさとともに新たな知見である。また、固定調査区で1降雨毎の樹幹流下量は、降雨量Pに対してSF=-0.18+0.042P (R2=0.96, 降雨事例:148)の関係が得られた。

第4章では、1)10m×10mの固定調査区における20個の林内雨量計による樹冠通過雨量と樹冠遮断量、2)それぞれ20個の林内雨量計を置いた22箇所の10m×10m移動調査区の樹冠通過雨量と4ha調査区内560地点の樹冠通過雨量についての結果を示し、3)4ha調査区全体の樹冠通過雨量、樹幹流下量、樹冠遮断量を示した。固定調査区における3年間の樹冠通過雨量は、降雨量の85%であった。固定調査区で1降雨毎の樹冠通過雨量は、降雨量Pに対してTF=-0.82+0.899P (R2=0.99, 降雨事例:148)の関係が得られた。また、樹幹流下量の結果とあわせて固定調査区の樹冠遮断量は、年降水量の12%、295mm/年を得た。一雨10mm以上の事例について降雨に対する560地点で測定した樹冠通過雨量の比は、地点ごとに大きく異なるだけでなく、31%の地点で降水量以上の樹冠通過雨量が記録された。これらの地点では、枝葉からの集中滴下が生じていると考えられる。22箇所の10m×10m移動調査区の樹冠通過雨量を固定調査区と比較すると、固定調査区より大きい値を示すことが多く、10m×10m調査区毎の樹冠通過雨量の大小は調査区の植生現存量と対応する結果であった。固定調査区で樹冠通過雨量が少ないのは植生現存量が多いことによると考えられる。4ha全域の樹冠通過雨量推定値は、固定調査区の観測値に比べ3%少ないと見積もられた。3年間の観測に基づく4ha調査区における降雨量に対する樹冠通過雨量、樹幹流下量、樹冠遮断量の割合は、それぞれ88%、3.5%、8.5%となった。得られた樹冠遮断量は、210mm/年である。

第5章では、10分間隔の樹冠上微気象データを入力し、蒸発をペンマン・モンティース式で計算する濡れた樹冠の水収支モデルを用いて、3年間の観測期間の樹冠通過雨量、樹幹流下量、樹冠遮断量の再現計算をおこなった。4ha調査区の再現計算では樹冠付着水分容量が0.75mm、10m×10m固定調査区の樹冠付着水分容量が1.7mmのときに、最適の再現結果となった。0.75mmおよび1.75mmという樹冠付着水分容量は、いずれもアマゾン川流域の熱帯雨林における既往報告の範囲内にあるが、温帯の常緑針葉樹林での報告に比べて小さい数値である。降雨回数が多い熱帯林では、降雨による樹冠の濡れ時間を減少させる葉の形状を持つようになっていると考えられる。一方、一降雨毎の樹冠遮断量のモデル計算値は観測値との対応が低く、観測された樹冠遮断量が大きい事例で過小評価、小さい事例で過大評価になる傾向があった。モデル計算値と観測値の差は、風速など降雨事例毎の気象条件と関係しておらず、一降雨毎の降水量のわずかな観測誤差が原因である可能性が高い。

第6章では、前章までの結果を総括し結論とした。従来、熱帯林の樹冠遮断量についてはアマゾン川流域の観測事例が多く、東南アジアの熱帯雨林の情報はわずかしかなく、その報告事例も樹冠遮断量が多いとするものと少ないとするものが混在する状況であった。本研究では、アマゾン川流域で行われた事例を含め過去のどの観測事例より、樹冠通過雨量測定点と樹幹流下量測定木の数が多く、また観測された期間が3年間と長い詳細な記録を取得し、それを用いて4haという広がりを持った領域の樹冠遮断量が推定された。本研究で示された樹冠遮断量推定結果は、年降水量の10%前後で年々変動が少ないというアマゾン川流域の既往報告の多くとほぼ同様の結果であった。モデル計算から得られた樹冠付着水分容量とともに、今後の東南アジア熱帯林の水循環評価において、常に参照される成果と位置づけることができる。

審査要旨 要旨を表示する

森林の樹冠遮断プロセスは森林水循環など森林環境形成において重要であり、本研究では、長期観測とそのモデル化によるマレーシア・サラワク州のランビル国立公園の低地熱帯林での樹冠遮断量を評価することを目的として行われた。

第1章では、本研究の目的と論文の構成が述べられている。熱帯雨林は樹木の空間的な分布が不均一なため、樹冠遮断量推定について広がり持った領域における観測に基づく空間代表性のある推定方法が必要であるが、特に東南アジアの熱帯林における調査事例が少ないことを論じた。

第2章では、観測地と現地観測の概要および観測結果から作成されたデータセットについて示している。観測対象としたサラワク州ランビル国立公園の低地熱帯林における4haの試験地は、胸高直径1cm以上の立木密度6442 trees/ha、葉面積指数6.2 m2/m2で高木層はフタバガキ科の樹木が優占する低地熱帯林でも最も密な森林の一つといえる。この調査地には、高さ93mを持つ林冠クレーンが設置されており、観測は林冠クレーンを取り囲む4haの対象地全体の樹冠遮断量を推定できる設計とした。樹冠遮断量(IE)は、降雨量(P)、樹冠通過雨量(TF)、樹幹流下量(SF)を求めて、IE=P−TF−SFにより求める。通過雨量(TF)は、一箇所の10m×10mの固定調査区における3年間の連続観測とほぼ1ヶ月づつ移動する23箇所における10m×10m調査区の観測の組み合わせから推定する。それぞれの調査区には、20個の林内雨量計(受水部20.5cm径)が設置された。樹幹流下量(SF)は、81本の木について測定し、4haの調査地の推定値を得る方法が用いられた。

第3章では、固定調査区において81本の幹を流下する樹幹流下量が解析された。これらの木は10m×10mの固定調査区にある胸高直径1cm以上かつ樹高1m以上の木の全てと、固定調査地周辺の3本である。10m×10mの固定調査区では2466mm/年の年平均降雨量に対して年樹幹流下量3.1%、76.1mmであり、直径10cm以下の木からその77%を占める。熱帯林における既往の観測で直径10cm以下の木が測定された事例は少なく、下層木からの樹幹流下量の情報はその割合の大きさとともに新たな知見である。

第4章では、1)10m×10mの固定調査区における20個の林内雨量計による樹冠通過雨量と樹冠遮断量、2)それぞれ20個の林内雨量計を置いた22箇所の10m×10m移動調査区の樹冠通過雨量と4ha調査区内560地点の樹冠通過雨量についての結果を示し、3)4ha調査区全体の樹冠通過雨量、樹幹流下量、樹冠遮断量を示した。固定調査区における3年間の樹冠通過雨量は、降雨量の85%であった。固定調査区で1降雨毎の樹冠通過雨量は、降雨量pに対してTF=-0.82+0.899p (R2=0.99, 降雨事例:146)の関係が得られた。また、樹幹流下量の結果とあわせて固定調査区の樹冠遮断量は、年降水量の12%、295mm/年を得た。一雨10mm以上の事例について降雨に対する560地点で測定した樹冠通過雨量の比は、地点ごとに大きく異なるだけでなく、31%の地点で降水量以上の樹冠通過雨量が記録された。これらの地点は、枝葉からの集中滴下が生じているためである。3年間の観測に基づく4ha調査区における降雨量に対する樹冠通過雨量、樹幹流下量、樹冠遮断量の割合は、それぞれ88%、3.5%、8.5%となった。得られた樹冠遮断量は、210mm/年である。

第5章では、10分間隔の樹冠上微気象データを入力し、蒸発をペンマン・モンティース式で計算する、濡れた樹冠の水収支モデルを用いて、3年間の観測期間の樹冠通過雨量、樹幹流下量、樹冠遮断量の再現計算をおこなった。4ha調査区の再現計算では樹冠付着水分容量が0.75mm、10m×10m固定調査区の樹冠付着水分容量が1.7mmのときに、最適の再現結果となった。これらの値はいずれもアマゾン川流域の熱帯雨林における既往報告の範囲内にあるが、温帯の常緑針葉樹林での報告に比べて小さい数値である。

第6章では、前章までの結果を総括し結論とした。本研究では、アマゾン川流域で行われた事例を含め過去のどの観測事例より、樹冠通過雨量測定点と樹幹流下量測定木の数が多く、また観測された期間が3年間と長い詳細な資料によって、4haという広がりを持った領域の樹冠遮断量が推定された。本研究で示された樹冠遮断量推定結果は、モデル計算から得られた樹冠付着水分容量とともに、今後の東南アジア熱帯林の水循環評価において、常に参照される成果と位置づけることができる。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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