学位論文要旨



No 121278
著者(漢字) 嘉山,定晃
著者(英字)
著者(カナ) カヤマ,サダアキ
標題(和) 西部太平洋におけるカツオ当歳魚の成長と回遊生態に関する研究
標題(洋)
報告番号 121278
報告番号 甲21278
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2991号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 教授 大竹,二雄
 東京大学 助教授 川村,知彦
内容要旨 要旨を表示する

カツオKatsuwonus pelamisは、マグロ族13種の中で最も分布範囲の広い高度回遊性魚類であり、世界中の熱帯海域から温帯海域に生息している。カツオの漁獲量は1980年代以降増加の一途をたどり、2002年には203万トンに達した。太平洋の漁獲量はこのうちの141万トン、69.5%を占める。太平洋のカツオ資源は国際的に最も重要な水産資源の一つであり、その永続的な保存な利用を目的とした適切な資源管理が求められる。しかし、資源評価の基礎となる年齢と成長については国際的に一致した見解がなく、1歳時の推定尾叉長が150〜560 mmの範囲で大きく異なる。そこで本研究では、耳石の微細輪紋構造を用いてカツオの仔魚から成魚の日齢査定を行う手法を確立すること、その手法を基にカツオの成長過程を明らかにすること、および西部太平洋におけるカツオ当歳魚の北上回遊群と熱帯滞留群の生態を解明することを目的とした。

本研究では、既往の報告にしたがって10 mm FLまでを仔魚、10〜100 mm FLを稚魚、100〜250 mm FLを若魚、250〜450 mm FLを未成魚、450 mm FL以上を成魚と定義した。

耳石の標本作成方法と形態変化

8 mm FL以下の仔魚では耳石を樹脂に封入する方法、8〜61 mm FLの仔稚魚では耳石の両面を研磨する方法、61 mm FL以上の稚魚から成魚では耳石の扁平面を塩酸により腐食させる方法によって、それぞれの耳石の微細輪紋を光学顕微鏡下で明瞭に観察できた。

扁平面を塩酸によって腐食させる方法によって作成した若魚〜成魚の耳石標本では、耳石中心域に間隔1〜4 ・mの約10本の微細輪紋が、その外側の中間域に間隔15〜40 ・mの微細輪紋が観察された。これらの微細輪紋は、既に日輪であることが証明されている構造と一致した。中間域の外側の縁辺域に観察された間隔1〜3 ・mの微細輪紋は、輪紋形成の日周性について未だ確証が得られていない。この微細輪紋形成の日周性を確認する目的で、235〜330 mm FLの若魚と未成魚にオキシテトラサイクリンを筋肉注射して海上生簀で10〜47日間飼育した。その結果、飼育日数と飼育期間中に形成された微細輪紋数の関係は、傾きが1で切片が0と有意差がない一次式で表されたことから、若魚〜成魚の耳石縁辺域に見られる間隔1〜3 ・mの微細輪紋が日輪であることが確認された。既往の報告とあわせると、カツオでは全発達段階において耳石に日輪が形成されることが証明されたことになる。

太平洋各海域におけるカツオの日齢と成長

日本周辺海域、西部太平洋熱帯海域、オセアニア周辺海域、東部太平洋熱帯海域で1995年以降に採集された稚魚(61 mm FL)から成魚(860 mm FL)について、耳石日輪に基づく成長解析を行った。1歳時の尾叉長は、いずれの海域においても400〜500 mm FLに達することがわかった。この結果は、これまでさまざまな方法によって推定された1歳時体長の不一致の原因が、齢査定法の問題に起因したことを示している。また、耳石半径と尾叉長の関係はアロメトリー式(尾叉長=0.035×耳石半径1.21, R2=0.97)で表され、日輪間隔が成長速度の指標となることがわかった。

西部太平洋におけるカツオ当歳魚の回遊と成長・成熟

西部太平洋のカツオ個体群には、生活史を通じて熱帯海域の産卵場に留まる熱帯滞留群と、稚魚〜未成魚期に北上して日本周辺海域へ来遊した後に産卵場へ戻る群が存在することが知られていた。本研究では前者を熱帯滞留群、後者を北上回遊群として、それらの生態を比較した。

北上回遊群と熱帯滞留群の未成魚について、耳石日輪半径と日輪間隔を比較した結果、仔魚期〜若魚期において北上回遊群の成長速度は熱帯滞留群より低いことがわかった。しかし、59日齢以降北上回遊群の日輪間隔は熱帯滞留群を上回り、109日齢以降の日輪半径には両群で差がなくなったことから、孵化後約2ヵ月以降、北上回遊群の成長速度が熱帯滞留群を上回ると考えられた。

12日齢時の日輪半径は北上回遊群において熱帯滞留群より有意に小さかった。12日齢までの日輪半径の増加過程を見たところ、北上回遊群が北赤道海流域の産卵場で採集された仔稚魚と、熱帯滞留群が赤道反流域の産卵場で採集された仔稚魚とほぼ一致した。したがって、北上回遊群は主として北赤道海流域で発生し、北赤道海流と黒潮に乗って日本周辺海域に来遊する群であると考えられ、熱帯滞留群は赤道反流域で発生後、熱帯海域に滞留した群であると判断された。当歳魚の孵化月の分布から、北上回遊群の発生時期は主として3〜5月、熱帯滞留群の発生時期は9〜6月であることがわかった。

赤道海域のカツオ産卵場で漁獲された成魚のうち、1〜6月に孵化した群の12日齢時の日輪半径頻度分布は双方形を示した。日輪半径が小さい方の山の平均値(65.0±14.5 ・m)は、北上回遊群および北赤道海流域で採集された仔稚魚の12日齢時の日輪半径の平均値(82.8±26.5 ・m, 77.0±16.8 ・m)と類似し、日輪半径が大きい側の山の平均値(117.1±33.4 ・m)は熱帯滞留群および赤道半流域で採集された仔稚魚の平均値(128.1±29.5 ・m, 127.5±36.0 ・m)と類似した。これらの対応関係は、北赤道海流域で発生した仔稚魚が日本周辺海域へ北上した後に成魚として赤道海域へ戻り、熱帯滞留群とともに産卵親魚群を構成していることを示している。1〜6月に孵化した成魚のうち、北上回遊群と考えられる小さい側の山に含まれた個体数は全体の55%であったことから、産卵親魚中に占める北上回遊群の割合は熱帯滞留群より大きいと考えられた。

オセアニア温帯海域で漁獲された成魚の12日齢時日輪半径の平均値(77.9±13.3 ・m)が北上回遊群および北赤道海流域の仔稚魚の12日齢時日輪半径の平均値と類似したことから、これらの成魚が北赤道海流域と環境が類似する南赤道海流域で発生した群であると考えられた。これら成魚の日輪半径は、熱帯海域で漁獲された成魚のうち、7〜12月に孵化した群の12日齢時日輪半径頻度分布の小さい側の山の平均値(63.4±15.7 ・m)と類似した。このことから、西部太平洋の南半球側にも、北上回遊群と類似する南下回遊群の存在が示唆された。

黒潮親潮移行域で漁獲された北上回遊群と西部太平洋熱帯海域で漁獲された熱帯滞留群の未成魚の日齢と尾叉長を比較した結果、同一日齢時の尾叉長は熱帯滞留群より北上回遊群で有意に大きく、両海域で漁獲された400〜450 mm FLの未成魚の肥満度も黒潮親潮移行域の未成魚が高かった。さらに500 mm FL未満の個体の尾叉長とGSIの関係を比較した結果、黒潮親潮移行域で漁獲された個体はすべて未成熟であったのに対し、熱帯海域で採集された個体では470 mm FL以上の個体でGSI>2.8の成熟魚が見出された。黒潮親潮移行域の基礎生産力が西部太平洋熱帯海域より高いこと、黒潮親潮移行域の低水温がカツオの成熟を抑制することによって、北上回遊群は成魚に達しても成熟にエネルギーを配分することなく体成長を続けると考えられた。

西部太平洋におけるカツオの生活史と資源評価

西部太平洋のカツオ個体群内には、生活史特性が異なる北上(南下)回遊群と熱帯滞留群が存在することが明らかとなった。マグロ族魚類の中で1個体群内に回遊生態が異なる2群が存在することが明らかにされたのは本研究によるカツオが初めてである。

西部太平洋のカツオ資源の中で、北上回遊群の生活史特性は、黒潮親潮移行域から亜寒帯南部の生物生産力を利用して個体の生物量を増大させた後に南下回遊して再生産に加入する点でマイワシやマサバ太平洋系群と類似している。これに対して、低緯度海域に留まって個体としての生物量が比較的小さい段階で再生産に加入する熱帯滞留群は、マイワシより小型で再生産に加入するウルメイワシに類似する。このように考えると、西部太平洋のカツオ資源は、マイワシとウルメイワシというニシン科内で異なる再生産戦略をもつ2種に類似した再生産特性をもつ2群からなることになる。西部太平洋のカツオ資源は、親魚から産み出される仔魚すべてを産卵場に収容するのではなく、50%を超える仔魚を北上(南下)回遊群として温帯海域〜亜寒帯域南(北)部の生産力で成長させる。それが成魚として産卵場へ戻ることで、他のマグロ類に比べて圧倒的に高い700万トンという資源量の形成に成功していると考えられる。

北上(南下)回遊群と熱帯滞留群では当歳魚の成長様式が異なり、初回成熟時の年齢と1個体あたりの体重や産卵数にかなりの差があると考えられることから、カツオの資源評価や再生産関係の検討では、親魚資源量を2群に分けて推定する必要があると考えられる。また、北上(南下)回遊群と熱帯滞留群の構成比率が経年的に変動する可能性、構成比率の変動がカツオ再生産関係を変化させる可能性についても考慮すべきであり、本研究で明らかにしたカツオの資源構造と生活史特性に関する新しい知見が、今後の資源評価の枠組みとして生かされる必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

カツオKatsuwonus pelamisは、マグロ族13種の中で最も分布範囲の広い高度回遊性魚類であり、世界中の熱帯海域から温帯海域に生息している。世界のカツオ漁獲量は2002年に203万トンに達し、太平洋における漁獲量はこのうちの約7割を占める。資源としての重要性にもかかわらず、カツオの年齢と成長については国際的に一致した見解がなく、資源の評価や管理に必要な基礎知見が不足している。本研究は、太平洋各海域におけるカツオの成長過程を耳石微細輪紋(日輪)構造の解析結果によって比較するとともに、西部太平洋におけるカツオ当歳魚の初期成長を詳細に解析して、カツオ資源の生態を解明することをねらいとした。

第1章では、世界のカツオの漁業と資源研究について総括した。

第2章では、カツオの個体発達に伴う耳石形態の発達過程を記載したうえで、耳石形態の変化に対応した耳石標本作成方法を新たに定式化した。

第3章では、第2章で定式化した方法によって作成したカツオ成魚の耳石を観察した結果、カツオ成魚の耳石縁辺域に見られる間隔1〜3 ・mの微細輪紋について、形成の日周性を確認するために飼育実験を行った。薩摩半島沖で採集した235〜330 mm FLの幼魚と未成魚にオキシテトラサイクリンを筋肉注射して耳石に蛍光標式を施し、その後海上生簀で47日間飼育した。飼育日数と飼育期間中に形成された微細輪紋数の関係が、傾きが1で切片が0と有意差がない一次式で表され、この輪紋が日輪であることが確認された。成魚の耳石縁辺部に見られる微細構造も未成魚の構造と同様であり、本研究の結果と既往の知見とを併せて、カツオの全発達段階について日齢査定が可能になった。

第4章では、日本周辺海域、西部太平洋熱帯海域、オセアニア周辺海域、東部太平洋熱帯海域で1995年以降に採集された稚魚(61 mm FL)から成魚(860 mm FL)について、耳石日輪解析結果に基づいて、日齢と尾叉長の関係を比較した。その結果、1歳時の尾叉長は、いずれの海域においても400〜500 mm FLに達することがわかった。この結果は、これまでさまざまな方法によって推定された1歳時体長の不一致の原因が、齢査定法の問題に起因したことを示している。

第5章では、西部太平洋における当歳魚の成長過程を詳細に解析した。西部太平洋のカツオには、生活史を通じて熱帯海域の産卵場に留まる熱帯滞留群と、稚魚〜未成魚期に北上して日本周辺海域へ来遊した後に産卵場へ戻る北上回遊群が存在することが知られていたが、両群の生態の詳細は不明であった。本研究で耳石日輪を解析したところ、北上回遊群は熱帯滞留群に較べて初期成長は遅いが稚魚後半以降の成長は相対的に速いことがわかった。両群の初期成長過程を産卵場における仔稚魚の成長過程と対応させた結果、北緯10度以北の北赤道海流域で生まれた群が西方に輸送された後黒潮に沿って回遊する結果北上回遊群となること、これに対して北緯10度以南で生まれた群は赤道反流域にとどまって熱帯滞留群となると考えられた。両群当歳魚の孵化月の分布から、北上回遊群の発生時期は主として3〜5月、熱帯滞留群の発生時期はほぼ周年にわたることがわかった。

赤道海域のカツオ産卵場で漁獲された成魚の稚魚期初期(12日齢時)における日輪半径頻度分布は双方形を示した。日輪半径が小さい方の山の平均値は北上回遊群と近似し、日輪半径が大きい側の山の平均値は熱帯滞留群の平均値と近似した。これらの対応関係から、熱帯海域の産卵親魚群は、北上回遊群と熱帯滞留群の混群であると考えられた。1〜6月に孵化した成魚のうち、北上回遊群と考えられる小さい側の山に含まれた個体数は全体の55%であったことから、産卵親魚中に占める北上回遊群の割合は熱帯滞留群より大きいと考えられた。また、7〜12月に孵化した群についても1〜6月孵化群と同様の12日齢時耳石日輪半径の分布型が見られ、半径が小さい側の山が半数以上を占めた。オセアニア温帯海域で漁獲された成魚の12日齢時日輪半径の平均値がこの山とほぼ一致したことから、西部太平洋の南半球側にも、北上回遊群に対応する南下回遊群の存在が示唆された。

以上のように本論文は、カツオの齢形質としての耳石日輪解析法法を確立し、多数の耳石日輪の解析結果に基づいて、カツオの1歳時体長には太平洋の各海域間で大きな差がないこと、西部太平洋のカツオ資源は発生海域と初期成長様式が異なる北上回遊群と熱帯滞留群から構成され、前者の資源量が後者を上回ることを明らかにした。カツオの成長過程とカツオ資源の構造を明らかにした本研究の結果は、今後のカツオ資源の評価と管理の枠組みとして重要な意義をもつと評価され、審査委員一同は本論文が学位(農学)に値するものと判断した。

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