学位論文要旨



No 121279
著者(漢字) 皆川,源
著者(英字)
著者(カナ) ミナガワ,ゲン
標題(和) ウナギ目魚類の生活史と仔魚の分布特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 121279
報告番号 甲21279
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2992号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 教授 大竹,二雄
 東京大学 助教授 佐野,光彦
内容要旨 要旨を表示する

ウナギ目魚類は真骨類の中で最も早く海水へ進出した分類群の1つである.700種以上が知られ,温帯から熱帯,浅海から深海,さらには淡水にまで至る多様な水圏環境に生息している.しかし仔魚期は一様に,長期の浮遊生活に適応したレプトセファルス幼生となり海洋表層域に出現する.多様な環境に適応したウナギ目の全てが幼期にレプトセファルスを共有派生形質としてもつことは,その進化や種分化を考える上で重要な手がかりとなる.しかし,ウナギ目魚類の生活史や産卵生態に関する研究は極めて少なく,比較的採集が容易なレプトセファルスの分布に関する知見さえ不足している.

本研究では,まず(1)様々な生息域からウナギ目7種の稚魚・成魚を採集して成長様式と成熟状態を調べ,ウナギ目魚類の生活史特性を比較した.次に(2)西部太平洋で採集したウナギ目レプトセファルスについて,分布を決定する地理的要因と季節性からその分布特性を明らかにした.さらに(3)小型レプトセファルスの分布からウナギ目各科の産卵海域を推定し,これを類別した.最後に(4)これら成魚とレプトセファルスの結果を併せて,多様な環境に進出したウナギ目魚類の生活史とその進化の過程を考察した.

成長と成熟

1996-2005年の9年間にオホーツク海,房総沖,相模湾,駿河湾,土佐湾,男女群島においてウナギ目魚類の未成魚・成魚を採集し,成長と成熟について検討した.水深70m以浅の海底からウツボ科のウツボ(全長191-1000mm,体重7-3374g),水深200m前後の陸棚域からアナゴ科のシロアナゴ(全長129-375mm,体重2-99g),水深500m以深から,ホラアナゴ科のイラコアナゴ(全長450-739mm,体重82-546g),ソコアナゴ(全長273-636mm,体重30-520g),ホラアナゴ(全長541-724mm,体重213-431g),ソデアナゴ(全長413-796mm,体重52-602g)の4種,そして水深0-2000mの中深層からシギウナギ科のシギウナギ(全長362-1227mm,体重1-138.3g)を得た.

シギウナギを除く他6種の耳石には明瞭な年輪様輪紋構造があり,これらを年輪と仮定すると,ウツボは3-17.5歳,シロアナゴは0-6歳,イラコアナゴは9-17歳,ソコアナゴは5.5-16歳,ホラアナゴは10-16歳,ソデアナゴは10-17歳と推定された.Bertalanffyの成長式にあてはめ6種の成長を比較したところ,採集水深帯の深い種ほど成長は遅いことが明らかになった.

ウツボは全長510mm(推定5.8歳),シロアナゴは全長245mm(2.6歳)に成長すると,GSI値が5%をこえる個体が出現し,初回成熟を迎えるものと考えられた.ホラアナゴ科4種は全長526-600mm,11-13歳になるとGSI≧5%の個体が出現した.水深500m以深の深海に生息するこれらホラアナゴ科4種は,浅海に分布するウツボやシロアナゴと比較して成熟に要する期間は長いものと考えられた.シギウナギは本調査海域からGSI≧5%の個体が出現しなかった.他6種に関しては,未成熟個体と成熟個体が同所的に出現したことから,成魚は長距離の産卵回遊は行わず,未成魚の成育場の近傍で産卵するものと考えられた.

周年採集したウツボのGSIは7月下旬-8月上旬(GSI=19%)に,またシロアナゴは6月下旬-8月上旬(27%)に明瞭な成熟のピークがあらわれた.一方,4-11月に水深500m以深から採集したイラコアナゴとソデアナゴの場合は,GSI≧10%の個体がそれぞれ5-11月と8-11月の長期に亘って散発的に出現した.冬季(12-3月)のデータはないものの,恐らくこれら2種においては,成熟に明瞭な季節性はないものと考えられた.

仔魚の多様性と分布特性

1995-2005年に西部太平洋で行われた14航海(計671曳網)によりウナギ目12科(ウナギ科・アナゴ科・イワアナゴ科・クビナガアナゴ科・ハリガネウミヘビ科・ウツボ科・ハモ科・シギウナギ科・クズアナゴ科・ウミヘビ科・ノコバウナギ科・ホラアナゴ科)計16861個体のレプトセファルスを採集した.このうち,アナゴ科(6618個体)が最優占し,次いでノコバウナギ科(2663個体),ウツボ科(2479個体),ウミヘビ科(2284個体)が多かった.これらを用いて,各曳網測点のレプトセファルスの多様性と6つの地理的要因(曳網測点の経度,緯度,表面水温,水深,海底傾斜度,離岸距離)の関係を検討した.多様性の指標として曳網ごとに算出したSimpson多様度指数(1/D;以下,多様度)を用いて重回帰分析を行ったところ,多様度は経度,緯度,離岸距離と有意な回帰関係があった.さらに,標準偏回帰係数(β)の絶対値を用いて地理的要因の多様度への影響強度を比較すると,緯度(β=0.32)が最大で,次いで離岸距離(β=0.25),経度(β=0.10)の順となった.事実,多様度の高い13曳網(1/D≧4)は低緯度熱帯域(9oS- 16oN)で離岸距離約91kmを中心にした沿岸域にあった.

また,12科それぞれの分布について6つの地理的要因との関係を重回帰分析を用いて解析したところ,離岸距離はウナギ科,クビナガアナゴ科,ハモ科を除く残り9科と,また緯度はクビナガアナゴ科,ハモ科,クズアナゴ科,ウミヘビ科を除く8科と有意な回帰関係があった.このことは,多くのウナギ目レプトセファルスの分布は緯度と離岸距離の2つの要因で説明できることを示している.

仔魚分布の季節性

緯度の異なる駿河湾(35 oN),東シナ海(20-32 oN),およびスラウェシ島周辺海域(5 oS-2 oN)で採集したレプトセファルスの分布にみられる季節性を検討した.駿河湾では5月に2科3種9個体(11曳網),10-11月には5科38種252個体(24曳網)が採集された.これらを属,亜科,科にとりまとめて両季の分類群組成をSpearmanの順位相関係数を用いて比較したところ,両季には有意な相関関係が認められなかったため,駿河湾に出現するレプトセファルスの組成は季節的に異なるものと考えられた.各曳網のレプトセファルスの多様度(1/D)と個体密度(Catch Rate,以下CR:個体数/105m3)の平均値をみても,5月(1/D=0.41,CR=2.9)と10-11月(1/D=2.21,CR=22.4)は有意に異なった. 10-11月にはアナゴ科,ウツボ科,クズアナゴ科,ウミヘビ科,ホラアナゴ科の全長20mm以下の小型個体が湾奥から湾口にかけて広く出現したのに対し,5月には湾内や湾口付近にはレプトセファルスは出現せず,湾外の黒潮流域にアナゴ科(平均88 mm)とウミヘビ科(平均37 mm)の大型個体が出現したのみであった.このことから,駿河湾におけるウナギ目魚類の産卵は夏季から秋季に行われ,冬季と春季に湾内で産卵はないものと推察された.

東シナ海では,5-6月に7科32種252個体(11曳網),11-12月には,8科56種696個体(20曳網)が出現した.両季の分類群組成は異なり,各曳網の多様度は11-12月(1/D=2.29)が5-6月(1/D=1.64)よりも有意に高かった.一方,個体密度は5-6月(CR=161.9)と11-12月(CR=191.5)ともに高く,有意な季節性はなかった.5-6月にはアナゴ科(27個体),ウツボ科(44個体),ウミヘビ科(172個体)の3科が全体の96%を占め,11-12月にはアナゴ科(335個体),ウツボ科(37個体),クズアナゴ科(33個体),ウミヘビ科(84個体),ホラアナゴ科(193個体)が優占した.全長組成をみると,アナゴ科とウツボ科は両季とも40%以上が全長20mm以下の小型個体で構成されていた.また5科の分布をみると,両季とも小型個体は陸棚縁辺部に高密度で分布していることがわかった.アナゴ科,ウツボ科,ウミヘビ科は両季とも小型個体が出現したのに対し,クズアナゴ科とホラアナゴ科の出現は5-6月にはなく,11-12月に限られていた.以上のことから,東シナ海で産卵する分類群は季節的に異なることがわかった.また陸棚縁辺部は東シナ海に生息するウナギ目魚類の産卵場としてほぼ周年利用されているものと考えられた.

スラウェシ島周辺海域では,5月に12科137種2149個体(40曳網),10月に12科154種2028個体(29曳網)が採集された.両季の分類群組成には有意な相関関係(r=0.90,p<0.001)が認められ,優占する分類群に明確な季節性がないことが示された.各曳網の多様度(1/D,5月:8.93,10月:8.20)と個体密度(CR,5月:162.2,10月:102.1)にも有意な季節性はなかった.また優占したアナゴ科,イワアナゴ科,ウツボ科,シギウナギ科,ウミヘビ科の全長の範囲は広く(10-382mm),これら5科の全長20mm以下の小型個体は両季とも出現した.さらに,ウツボ科を除く4科の分布様式に有意な季節性はなく,多様な分類群がスラウェシ島周辺海域の沿岸でほぼ周年産卵しているものと考えられた.

レプトセファルスの多様度と個体密度の季節性を3沿岸域で比較すると,それらは水温の季節的変動が顕著な高緯度域ほど明瞭で,水温が周年安定している低緯度(29-31℃)では不明瞭になる傾向が認められた.

仔魚分布から推定されるウナギ目魚類の産卵海域

ウナギ目12科の産卵海域を明らかにするため,1995-2005年に西部太平洋で採集した16861個体を用い,その分布様式から12科を類別した.解析は仔魚期が数ヶ月もの長期にわたることを考慮し,全長20mm以下の小型個体と,産卵後かなり分散期間を経ていると考えられる全長50mm以上の大型個体に分けて解析を行った.

まず小型個体について,前章での重回帰分析の結果を考慮し,緯度別および離岸距離別の分布様式を科毎に解析した.これをもとに各科のMorishita-Horn類似度指数を算出した.この類似度指数を用いてクラスター分析(UPGMA法)を行い,12科からなるデンドログラムを構築した.類似度0.65を基準にデンドログラムをわけると,ハモ科を除いた11科は,大陸棚近傍に出現する沿岸型(アナゴ科・ウツボ科・クズアナゴ科・ウミヘビ科・ホラアナゴ科),赤道周辺の浅い海域にだけみられる熱帯型(イワアナゴ科・ハリガネウミヘビ科),亜熱帯や熱帯の外洋域に広く出現する外洋型(ウナギ科・クビナガアナゴ科・シギウナギ科・ノコバウナギ科)の3型に類別された.長期分散を経験していない小型個体の分布は産卵海域を表す指標と考えられ,12科の産卵海域も同様に沿岸型,熱帯型および外洋型の3型に分けられた.一方,大型個体では,ハモ科を除いた11科が全て1つのグループにまとまり,大型個体の分布特性は多くの科間で類似することが示唆された.このことから,様々な産卵海域を反映して小型個体の分布はそれぞれ特徴的であっても,成長とともに長期の分散を経てレプトセファルスの分布は均質化するものと考えられた.

以上本研究では,ウナギ目7種の生活史特性を比較し,レプトセファルスの多様性,季節性ならびに分布特性を明らかにした.これらの結果と近年の分子系統学的解析の結果を併せて考察すると,系統的に古いウナギ目魚類は、その稚魚・成魚期は底生性で、熱帯型もしくは沿岸型の産卵海域をもっており,系統的に新しい分類群は中深層や淡水に生息し,その産卵海域は外洋型であることが示唆された.ウナギ目は熱帯浅海域に派生し,レプトセファルスという特異な浮遊適応の形態を獲得することによって,外洋域へと分布域を拡大しつつ,種分化していったものと考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,多様な生息域に分布するウナギ目魚類の成魚の生活史特性を比較し,西部太平洋で採集したウナギ目レプトセファルスの分布特性を明らかにすることを目的とした.さらに,これら成魚と仔魚の結果を併せて,多様な環境に進出したウナギ目魚類の生活史とその進化の過程を考察した.論文は6章からなり,第1章の緒言に続いて,第2章から第6章では以下の結果を得た.第2章では,1996-2005年に日本沿岸の水深70m以浅からウツボ,水深200m前後からシロアナゴ,水深500m以深からイラコアナゴ,ソコアナゴ,ホラアナゴ,ソデアナゴ,そして水深0-2000mの中深層からシギウナギのウナギ目計7種を採集し,その成長と成熟について検討した.耳石の年輪様輪紋構造が不明瞭であったシギウナギを除く6種に関しては,Bertalanffyの成長式をあてはめ成長を比較した.その結果,採集水深帯の深い種ほど成長は遅いことが明らかになった.また成熟をみると,周年採集したウツボは7月下旬-8月上旬(GSI=19%)に,シロアナゴは6月下旬-8月上旬(27%)に明瞭な成熟のピークがあらわれた.一方,4-11月に水深500m以深から採集したイラコアナゴとソデアナゴの場合は,GSI≧10%の個体がそれぞれ5-11月と8-11月の長期に亘って散発的に出現した.恐らくこれら2種においては,成熟に明瞭な季節性はないものと考えられた.

第3章では,1995-2005年に西部太平洋で行われた14航海によりウナギ目12科(ウナギ科・アナゴ科・イワアナゴ科・クビナガアナゴ科・ハリガネウミヘビ科・ウツボ科・ハモ科・シギウナギ科・クズアナゴ科・ウミヘビ科・ノコバウナギ科・ホラアナゴ科)計16861個体のレプトセファルスを採集し,その分布特性と多様性を検討した.6つの地理的要因(曳網測点の経度,緯度,表面水温,水深,海底傾斜度,離岸距離)を説明変数として,仔魚分布の重回帰分析を行ったところ,離岸距離は9科と,緯度は8科と有意な回帰関係があった.さらに,多様性の指標として曳網ごとに算出したSimpson多様度指数(1/D)の重回帰分析を行った.その結果,多様度は緯度や離岸距離と有意な回帰関係がみられ,多様度の高い13曳網測点(1/D≧4)は低緯度熱帯域(9oS- 16oN)で離岸距離約91kmの沿岸域に集中していた.このことから,レプトセファルスの分布や多様性は,緯度や離岸距離の影響を受けることが明らかとなった.

第4章では,緯度の異なる駿河湾,東シナ海,およびスラウェシ島周辺海域で採集したレプトセファルスの分布にみられる季節性(5-6月,10-12月)を調べた.分類群組成,個体密度,多様性,優占5科の分布様式および体長組成の5項目から仔魚分布の季節性を検討した.その結果,駿河湾に出現する仔魚の分布には明瞭な季節性がみられ,ウナギ目魚類の産卵は夏季から秋季に行われているものと推察された.また東シナ海では,生息するウナギ目魚類がほぼ周年産卵しているが、産卵する分類群は季節的に異なることがわかった.一方,スラウェシ島周辺海域では,多様な分類群がスラウェシ島周辺海域の沿岸でほぼ周年産卵しているものと考えられた.これらのことから,仔魚分布の季節性は水温の季節的変動が顕著な高緯度域ほど明瞭で,水温が周年安定している低緯度(29-31℃)では不明瞭になる傾向が認められた.

第5章では,ウナギ目12科の産卵海域を明らかにするため,第3章で用いた16861個体の分布様式から12科を類別した.解析は仔魚期が数ヶ月もの長期にわたることを考慮し,小型個体と大型個体に分けて解析を行った.まず長期分散を経験していない小型個体について,3章での重回帰分析の結果を考慮し,緯度別および離岸距離別の分布様式を科毎にクラスター分析を用いて解析した.その結果,ハモ科を除いた11科は,大陸棚近傍に産卵場をもつ沿岸型(5科),赤道周辺の浅い海域にだけみられる熱帯型(2科),亜熱帯や熱帯の外洋域に広く出現する外洋型(4科)の3型に類別された.一方,大型個体では,ハモ科を除いた11科が全て1つのグループにまとまり,大型個体の分布特性は多くの科間で類似することが示唆された.このことから,小型個体の分布は様々な産卵海域を反映してそれぞれ特徴的であっても,大型個体の分布は成長とともに長期の分散を経て均質化するものと考えられた.

第6章では,これまでに得られた結果と近年の分子系統学的解析の結果を併せてウナギ目の生活史の進化を考察した.系統的に古いウナギ目魚類は,その稚魚・成魚期は底生性で,熱帯型もしくは沿岸型の産卵海域をもっているが,系統的に新しい分類群は中深層や淡水に生息し,その産卵海域は外洋型であることが示唆された.そして,熱帯浅海域に派生したウナギ目は,レプトセファルスという特異な浮遊適応の形態を獲得することによって,外洋域へと分布域を拡大しつつ,種分化していったものと考えられた.

以上,本研究はこれまで不明であったウナギ目魚類の生態学的特性を,仔魚と成魚の双方から総合的に明らかにし,多様なウナギ目魚類の生活史とその進化に関する理解を大きく進めた.本研究で明らかにしたウナギ目魚類の生活史特性や仔魚の分布特性は,水産重要種を含む本目の資源管理において,これまでと違った新しい指針を提示するものと考えられた.よって審査委員一同は,本論文が学術上,応用上寄与するところが少なくないと判断し,博士(農学)の学位論文としてふさわしいものと認めた.

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