No | 121290 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Do Thi Thanh Huong | |
著者(カナ) | ドー ティー タン フン | |
標題(和) | オニテナガエビと太西洋白エビにおける脱皮と浸透圧調節に関する生理学的研究 | |
標題(洋) | Physiological studies on molting and osmoregulation in the giant freshwater prawn,Macrobrachium rosenbergii and the whiteleg shrimp,Litopenaeus vannamei | |
報告番号 | 121290 | |
報告番号 | 甲21290 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3003号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | オニテナガエビと大西洋白エビは市場価値が高いことから、世界各地で盛んに養殖が行われている。オニテナガエビは淡水エビであるが、幼生の育成に塩分が必要なため、産卵時には淡水域から汽水域へ移動する。そのため、オニテナガエビの種苗生産には低塩分濃度の海水が用いられている。一方、大西洋白エビは海産エビであるが、低塩分濃度の海水に耐性であることから比較的淡水に近い条件で養殖が行われている。これらのことから、オニテナガエビと大西洋白エビには高度な浸透圧調節能力が備わっていると推測されている。しかしながら、これら両種のエビの浸透圧に関わる基礎的な知見は皆無に等しいのが現状である。また、浸透圧を高次に調節している内分泌因子の存在の有無も不明である。これらの背景を踏まえ、本研究の第1章と第4章では、オニテナガエビと大西洋白エビの基礎的な浸透圧調節能力のプロフィールを得ることを目的として、脱皮周期に伴う血リンパ中の浸透圧やイオン濃度の変動を調べた。第2章では、浸透圧を調節する内分泌因子の存在の有無を確かめるために、最も主要な内分泌器官である眼柄を切除することで、血リンパ中の浸透圧やイオン濃度が変化するか否かを調べた。第3章と第5章では、オニテナガエビ稚エビと大西洋白エビの低塩分濃度耐性を調べ、内陸部で行われている淡水化エビ養殖に応用可能な飼育条件を検討した。 第1章 淡水で飼育したオニテナガエビの血リンパを各脱皮段階ごとに採取し、その浸透圧およびイオン濃度(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム)を測定した。脱皮段階は遊泳肢の構造変化を顕微鏡下で観察し、脱皮後期前半(A)、脱皮後期後半(B)、脱皮間期(C)、脱皮前期初期(D0)、脱皮前期中期(D2)、脱皮前期後期(D3)、脱皮直後(E)の7段階に分類した。血リンパの浸透圧はCステージでは440 mOsmであり、ここから緩やかに上昇し、D2ステージで500 mOsmとなり最も高い値を示した。その後、値は減少し、E、A、Bステージではそれぞれ402, 420, 420 mOsmと低い値となった。この浸透圧の変動は、脱皮の際に殻を脱ぎ捨てるために大量の水を吸収することに起因していると考えられた。血リンパ中のイオン濃度はナトリウムが最も高く、脱皮周期を通じた変動のパターンは浸透圧の結果とよく一致した。一方、カリウムおよびマグネシウムイオンの濃度に有意な変動は観察されなかった。これらのことから血液の浸透圧はナトリウムイオンの濃度を反映していると考えられた。血リンパ中のカルシウムイオン濃度は脱皮後に最も低く、脱皮周期が進むにつれ徐々に上昇した。これは、脱皮後には甲殻を形成するために血リンパ中のカルシウムが使われているが、脱皮前には古い甲殻に含まれるカルシウムを再利用するために体内に再吸収しているためと推察された。 走査型電子顕微鏡観察により脱皮周期に伴う甲殻の構造変化を調べた結果、EおよびAステージでは甲殻は65 μmと薄く、Bステージから85 μmと徐々に甲殻が厚くなり、C、D0およびD2ステージにおいては甲殻の厚さが135 μmに達し、D3ステージでは85 μmに減少した。原子吸光光度計により甲殻中のカルシウム量を測定した結果、Aステージのカルシウム量が最も低く、脱皮周期が進むにつれ徐々に増加してCステージで最も高い値となり、その後、脱皮に向かうにつれて減少した。エネルギー分散型X線分析によりカルシウムの局在を調べた結果、Aステージでは殻の外側と内側に高濃度のカルシウムが存在しており、その挟まれた領域にはごく微量しか存在しなかった。Cステージでは甲殻の全体にカルシウムが存在していたが、D2およびD3ステージでは殻の内側のカルシウム量が減少した。これらのことから、脱皮後にカルシウムは殻の外側と内側の両面から沈着をはじめ、徐々に殻全体に広がることで殻が固くなり、脱皮前には殻の内側のカルシウムが体内に再吸収されていると考えられた。 第2章 眼柄切除および未切除のオニテナガエビを淡水、1/3海水、2/3海水、海水中で飼育し、血リンパの浸透圧およびイオン濃度(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム)を経時的に調べた。その結果、どの実験群においても眼柄切除と未切除のエビの血リンパ浸透圧およびイオン濃度に顕著な差は認められなかった。このことから、眼柄内の内分泌因子は浸透圧調節に関与していないと考えられた。しかしながら、未切除エビを1/3海水および2/3海水で飼育した場合には斃死は観察されなかったが、眼柄切除エビでは1/3海水および2/3海水で2週間および1週間飼育後にすべて死亡した。このことから、眼柄内には浸透圧調節によらない塩分耐性に関与する因子が存在することが示唆された。 第3章 塩分濃度12 pptの海水で飼育したオニテナガエビ稚エビのNa/K-ATPase活性を孵化直後から1ヶ月にわたって経時的に調べた結果、孵化直後のステージ1のゾエア幼生では3.1±0.1 μmol ADP/mg protein/hであったが、孵化3日後のステージ2のゾエア幼生では4.4±0.4 μmol ADP/mg protein/hまで上昇し、孵化13日後のステージ6のゾエア幼生まで高値を維持した(3.9±0.1 μmol ADP/mg protein/h)。その後、Na/K-ATPase活性は発生が進むにつれて徐々に減少し、孵化29日後のステージPL5のポストラーバには1.3±0.1 μmol ADP/mg protein/hまで減少した。 次に、孵化後、塩分濃度12 pptの海水で1日、6日、11日、16日、21日、26日、31日間飼育したオニテナガエビ稚エビを、淡水、塩分濃度6 ppt、12 pptの希釈海水でそれぞれ5日間飼育し、それぞれの生存率を調べた。その結果、オニテナガエビの産卵に最も適した塩分濃度12 pptの希釈海水で飼育した稚エビは、孵化後の日数にかかわらず約90%と生存率が高かった。一方、塩分濃度6 pptの希釈海水で飼育した稚エビの生存率は、孵化後11日以前では約70%であったが、16日以降では約90%であり、16日以降の生存率の方が有意に高かった。Na/K-ATPase活性が孵化後13日以降に減少していたことを考慮すると、16日以降に観察された低塩分濃度に対する耐性はNa/K-ATPaseによる能動的なイオン輸送によるものではないと考えられた。また、淡水で飼育した稚エビは孵化後の日数にかかわらず1%以下と生存率が低くかったことから、孵化後1ヶ月では淡水適応能はまだ確立されていないと推察された。 第4章 の測定 塩分濃度28 pptの海水で飼育した大西洋白エビの血液と甲殻を各脱皮段階ごとに採取し、血リンパ中の浸透圧とイオン濃度(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム)、甲殻のカルシウム量を測定した。脱皮段階は脱皮後期(A)、脱皮間期(C)、脱皮前期(D)の3段階に分類した。血リンパ中浸透圧はAステージが780 mOsm、Cステージで830 mOsm、Dステージで850 mOsmであり、脱皮周期が進むにつれて高くなった。血リンパ中のイオン濃度はナトリウムが最も高く、変動のパターンは浸透圧の結果とよく一致した。一方、カリウムおよびマグネシウムイオンの濃度に有意な変動は観察されなかった。血リンパ中のカルシウムイオン濃度はDステージが最も高かった。甲殻のカルシウム量はAステージがもっとも低く、脱皮周期が進むにつれて高くなった。これら浸透圧に関わる因子の変動パターンはオニテナガエビのものと基本的に一致していたことから、淡水エビと海産エビの脱皮周期を通じた浸透圧調節機構は共通していると考えられた。 第5章 塩分濃度30 pptの海水で飼育していた大西洋白エビを塩分濃度28 ppt、18 ppt、7 ppt、3 ppt、1 ppt、0.5 pptの希釈海水でそれぞれ1週間飼育し、血リンパの浸透圧およびイオン濃度を経時的に調べた。その結果、塩分濃度28 ppt(800 mOsm)の希釈海水で飼育したエビの血リンパの浸透圧は実験期間を通して約800 mOsmで安定しており、飼育水の浸透圧と同じであった。一方、塩分濃度18 ppt(500 mOsm)の希釈海水で飼育したエビの浸透圧は実験開始6時間後に700mOsmに低下し、その値を実験終了まで維持した。塩分濃度7 ppt(200 mOsm)および3 ppt(73 mOsm)の希釈海水で飼育したエビの浸透圧は実験開始24時間後に約560 mOsmにまで低下したが、その後、緩やかに600 mOsmまで上昇して実験終了までその値が維持された。18 ppt、7 ppt、3pptの希釈海水で飼育したこれらのエビの浸透圧は飼育水の浸透圧よりも高かったことから、大西洋白エビには高浸透圧調節能力が備わっていると考えられた。また、塩分濃度1 pptおよび0.5 pptの希釈海水で飼育したエビは24時間後に全て死亡したことから、大西洋白エビが生育するためには、ある程度の塩分が必要と考えられた。また、血リンパのイオン濃度(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム)を測定したところ、ナトリウムイオンの変動パターンが浸透圧の結果とよく一致していた。このことから、大西洋白エビは能動的にナトリウムイオン濃度を調整することで、血リンパ中の浸透圧を維持していると考えられた。 以上、本研究によりオニテナガエビと大西洋白エビの基本的な浸透圧調節能力のプロフィールを得ることができた。また、オニテナガエビ稚エビおよび大西洋白エビの低塩分濃度耐性を明らかにすることができた。これらの成果は、今後も発展していくと思われる甲殻類の生理学に多くの情報を与えるだけでなく、エビ養殖という応用分野にも大きく貢献するものである。すなわち、海から遠く離れた内陸での養殖現場では、天然海水を調達することが困難なことから高価な人工海水をエビ養殖に使用している。そのため、本研究で明らかにした低塩分海水を用いたエビの飼育条件は、内陸でのエビ養殖のコストダウンに直結するものと期待される。 | |
審査要旨 | オニテナガエビと太平洋白エビは市場価値が高いことから、世界各地で盛んに養殖が行われている。オニテナガエビは淡水エビであるが、幼生の育成に塩分が必要である。一方、太平洋白エビは海産エビであるが、低塩分濃度の海水に耐性を示す。しかし、これら両種のエビの浸透圧調整に関わる生理学的知見は乏しい。本研究では、オニテナガエビと太平洋白エビにおける脱皮と浸透圧調節に関する基礎的知見を得ることを目的とした。 第1章 淡水で飼育したオニテナガエビの血リンパを脱皮段階ごとに採取し、その浸透圧およびイオン濃度を測定した。脱皮段階は、脱皮後期前半(A)、脱皮後期後半(B)、脱皮間期(C)、脱皮前期初期(D0)、脱皮前期中期(D2)、脱皮前期後期(D3)、脱皮直後(E)の7段階に分類した。血リンパの浸透圧およびNa濃度はCから緩やかに上昇し、D2で最も高い値を示したが、その後減少した。血リンパ中のCa濃度は脱皮後に最も低く、脱皮周期が進むにつれ徐々に上昇した。これは脱皮後に甲殻を形成するため血リンパ中のCaが使われ、脱皮前には古い甲殻に含まれるCaが再吸収されるためと推察された。 甲殻の厚さはEおよびAでもっとも薄く、Bから徐々にが厚くなり、C、D0およびD2で最大となるが、D3は減少した。甲殻中のCa量はAで最も低く、脱皮周期が進むにつれ徐々に増加してCで最も高い値となるが、その後脱皮に向かって減少した。また甲殻におけるCaの局在を調べた結果、脱皮後にCaは殻の外側と内側の両面から沈着をはじめ、徐々に殻全体に広がることで殻が固くなり、脱皮前には殻の内側のCaが体内に再吸収されることが明らかとなった。 第2章 眼柄切除および未切除のオニテナガエビを淡水、1/3海水、2/3海水、海水中で飼育し、血リンパの浸透圧およびイオン濃度を経時的に調べた。その結果、どの実験群においても眼柄切除と未切除のエビの血リンパ浸透圧およびイオン濃度に顕著な差は認められなかった。しかし、1/3海水および2/3海水で飼育した場合、未切除エビに斃死は観察されなかったが、眼柄切除エビはすべて死亡したことから、眼柄内には塩分耐性に関与する何らかの因子が存在することが示唆された。 第3章 塩分濃度12pptの海水で飼育したオニテナガエビ稚エビのNa/K-ATPase活性を、孵化直後から1ヶ月にわたって経時的に調べた。Na/K-ATPase活性は孵化直後のステージ1からステージ2のゾエア幼生で上昇し、孵化13日後のステージ6まで高値を維持した。その後、活性は徐々に減少し、孵化29日後には低い値となった。 次に、孵化後、塩分濃度12pptの海水で1〜31日間飼育した稚エビを、淡水、6ppt、12pptの希釈海水で5日間飼育し生存率を調べた。その結果、産卵に最も適した12pptで飼育した稚エビの生存率は、孵化後の日数にかかわらず高かった。一方、6pptで飼育した稚エビの生存率は、孵化16日以降に高くなった。淡水で飼育した稚エビは孵化後の日数にかかわらず生存率が低く、孵化後1ヶ月では淡水適応能がまだ確立されていないと推察された。 第4章 塩分濃度28pptの海水で飼育した太平洋白エビの血液と甲殻を脱皮段階ごとに採取し、血リンパの浸透圧とイオン濃度および甲殻のCa量を測定した。脱皮段階は脱皮後期(A)、脱皮間期(C)、脱皮前期(D)の3段階に分類した。血リンパの浸透圧およびNa濃度は、AからDへと脱皮周期が進むにつれて高くなった。血リンパ中のCa濃度はDが最も高かった。甲殻のCa量はAが最も低く、脱皮周期が進むにつれて高くなった。 第5章 塩分濃度30pptの海水で飼育していた太平洋白エビを塩分濃度0.5〜28pptの希釈海水で1週間飼育し、血リンパの浸透圧およびイオン濃度を経時的に調べた。その結果、塩分濃度28pptの希釈海水で飼育したエビの血リンパの浸透圧は、飼育水の浸透圧とほぼ同じであった。塩分濃度18pptで飼育したエビの浸透圧は、6時間後にやや低下した。塩分濃度7pptおよび3pptでは、浸透圧が24時間後に低下したが、その後わずかに上昇した。塩分濃度が1ppt以下ではすべての固体が24時間までに死亡した。塩分濃度3〜18pptで飼育したエビの浸透圧は飼育水よりも高かったことから、太平洋白エビは高浸透圧調節能力を備えていると考えられた。 以上、本研究によりオニテナガエビと太平洋白エビの塩分耐性が明らかとなった。これらの成果は、希釈海水を用いたエビ養殖法を確立する上で生理学的基礎となるものであり、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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