学位論文要旨



No 121292
著者(漢字) 李,侖美
著者(英字)
著者(カナ) イ,ユンミ
標題(和) JA(農協)出資農業生産法人の研究
標題(洋)
報告番号 121292
報告番号 甲21292
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3005号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 小田切,徳美
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

論文題目  JA(農協)出資農業生産法人の研究

本論文は、1992年の「新しい食料・農業・農村政策」(新政策)の一環として1993年8月の農地法改正で生まれるとともに、2000年以降、急速に全国で設立されている新しい農業法人形態であるJA(農協)出資農業生産法人(以下の本文では基本的にJA出資法人と略記する)をとりあげ、その今日的到達点を108法人に対するアンケート調査(2004年9月実施)と46法人の損益計算書(2003年度)の分析を通して明らかにするとともに、実態調査を踏まえて企業形態に関する類型化を試み、今後の農業構造改革における意義を検討することを課題としている。そのために、本論文は以下のように4部・11章構成を取った。

第I部は日本農業の構造問題を解決する上で、JA出資法人に期待が集まっている状況を、新基本計画における担い手政策の変容(第1章)、構造問題の現局面(第2章)、農水省と農業団体におけるJA出資法人への政策的対応(第3章)の視点から検討した。

第1章においては、JA出資法人への期待が高まっている状況を新基本計画の制定を軸としながら論じ、JA出資法人に関する研究史の整理を踏まえて、本論文における課題の設定を行った。第2章では、土地利用型農業の担い手をめぐる最新の状況を整理して、JA出資法人の登場が期待される背景に対する理解を深めた。そして、第3章においては、農業生産法人をめぐる政策的対応の歴史を振り返り、JA出資法人が法認され、高い位置づけを与えられたことの意義を確認する。その上で、JA陣営の中で、JA全中のJA出資法人育成に対する取組みと、先発事例を生み出したいくつかのJA県中央会、個別JA(単協)のJA出資法人設立の取組みについて検討した。

第II部は第4章において、JA出資法人の具体的な存立構造を企業形態、JAの出資、経営構造について他の指標とのクロス集計を通じて浮き彫りにした。その上で、アンケート調査に付帯して収集した収支決算書(貸借対照表・損益計算書など)の分析を通して、JA出資法人経営の採算性や財務状況を検討し、JA出資法人の経済状態における今日的到達点について先発経営を中心にした評価を加えた。

第III部は「JA出資農業生産法人の諸類型」と題して、第5章から第10章でアンケート分析と個別実態調査を踏まえてJA出資法人の企業形態に関する類型化を試みた。

以上の分析を踏まえて最後に、第IV部第11章においては、今日の日本農業の構造問題の局面におけるJA出資法人の意義を明らかにするととともに、直面する課題の一端を次のように提示した。

第1に、2000年以降、日本農業が戦後最大の構造再編期に突入する中で農水省は新基本計画の策定とその実践を通して、JA出資法人や集落営農などを構造再編の重要な担い手として積極的に認知・育成する方針を採用するに至った。その背景には「2010年の構造再編の展望」実現が困難となった中で、地域農業の実践において存在感をもちはじめていたJA出資法人に期待を寄せざるをえない状況の変化があった。

第2に、農協系統組織においても第2段階まではJA出資法人の育成は個別単協の課題に止まっていたが、2000年10月のJA全国大会を契機として、全中・県中がJA出資法人の積極的な育成に乗り出すことになり、JA出資法人の育成は新たな段階に入った。そうした全国・県レベルでの政策転換の背後には耕作放棄地対策として財界が主張する一般株式会社の農業参入に対抗して、JAレベルでも効果的な耕作放棄地対策を構築する必要に迫られたことがある。JA出資法人はそのための有力な武器とみなされたということができる。

第3に、こうしたJA出資法人をめぐる政策環境の変化に対応して、2001年以降、JA出資法人の設立は数が急増するだけでなく、東日本への傾斜を強めつつ、全国に及ぶとともに、それまでの中山間地域から都市地域に広がり、さらに当初から大規模な経営が設立されるようになった(量的変化1)。

第4に、地域農業の担い手問題への「公共的な対応」としては、2001年までは市町村農業公社の設立が重要な意義を有していたが、2001年以降は経営としての機動性への期待から、JA出資法人の設立に重点が移りつつある。こうした中で、市町村農業公社の下にJA出資法人を設立するか、JA出資法人に市町村が出資する事例が増加し、JA出資法人の変化が起きつつある(質的変化1)。その背後には市町村合併の進展と地方財政危機の下で、市町村が農業の担い手問題に効果的に対応できないという事情が作用している。

第5に、第2段階まではもっぱら1JA1出資法人という設立方式に止まっていたが、第3段階では集落営農へのJA出資という新たな政策方向が登場するとともに、JAの経営危機対策とも関連して、JAの現業部門をJA出資法人に移管する形での組織再編が選択され始めたことから、1JA複数JA出資法人の設立という質的に異なる段階への移行が確認できる(質的変化2)。

第6に、JA出資法人の経営状態は第2段階までは設立後の期間が短く、規模が小さかったことも影響して全般的に赤字的な状況に止まっていたが、第3段階に入るにしたがって規模拡大が進み、水田面積30〜50haに達するとともに改善がみられ、安定的な経営が増加する中で新規設立の機運が盛り上がっていることが窺える(量的変化2)。

第7に、第3段階において規模拡大を進めた既存経営と水田作を中心として新設された大規模経営は資本金額を高度化しつつ、事業多角化を通じて、売上高の増大と経営状態の改善を実現しつつある。こうした大規模経営はJA出資割合が概して高いか、JAと自治体の共同出資という形態を取っているケースが少なくない(量的・質的変化3)。

第8に、今日の局面におけるJA出資法人の類型化は、これまでのようにJA出資法人の全国的な展開状況に関する情報がないところで、わずかな個別事例分析で得られた知見をもとにして、理論的なフレームワークを当てはめて理解しようとする演繹的な類型化の視点を脱却して、現実に展開している多様なJA出資法人を類型化できる帰納的な類型化の視点の採用が必要であろう。そこでは、実態論的アプローチ(集落経営体的法人の弁別)と事業部門的アプローチ(本来の農業、農業サービス事業、農業関連・非関連事業の兼併状況を基準とする)の併用が有効である。

第9に、こうしたJA出資法人の帰納的な類型化の視点によれば,(1)個別農業経営的法人=農業経営が中心:(有)ひめのうグリーン(姫路市)を典型とする48法人、(2)作業受託会社的法人=作業受託が中心:(有)コントラクター旭川(北海道)を典型とする12法人、(3)集落経営体的法人=集落営農の組織化:(農)夢ファームたろぼう(都城市)を典型とする6法人、(4)JA現業部門的会社的法人=農業関連・非関連事業が中心:(有)アグリセンター都城(都城市)を典型とする6法人、(5)総合農企業的法人=多様な事業の兼併:(有)グリーンファーム(福島県昭和村)を典型とする21法人、の5類型を指摘することができる

第10に、JA出資法人は第2段階までは個別農業経営的法人を中心とし、一部に農作業受託会社的法人が存在する構成をとっていたが、第3段階では集落経営体的法人やJA現業部門会社的法人などの新たな類型が登場するとともに、多くの法人が総合農企業的法人への傾斜を強める形で、経営基盤の強化を図っているものと理解できる(質的変化4)。

第11に、とはいえ、最近になって解散するJA出資法人が現れる一方、これまでの単協だけでなく全農県本部が出資する法人や多数の認定農業者が出資する法人が生まれるなど(<補論>参照)、JA出資法人のあり方をめぐってはいまだ流動的な要素が少なくないため、今後の動向を注意深く見守る必要がある。

第12に、JA出資法人は新たな経営所得安定対策の実施下において、担い手の有力な一翼を占めることが期待されている。そのため、JA出資法人の今日の経営的基盤の到達点が新たな政策体系のどの水準に位置づけられるのかという検討が不可欠となるであろう。また、すでに達成されつつある経営基盤の安定化がJAや自治体による支援のいかなる水準によって可能となっているかについても更なる検討が必要である。これらはいずれも本論文に続く今後の研究課題である。

いずれにしても、以上のような特徴をもったJA出資法人は新基本計画実施過程においては、さらに集落営農の受け皿という新たな役割を担うことが予想され、今後の日本農業における担い手として独自の地位を占めることは疑いない。本論文がJA出資法人の研究においてささやかな一里塚となることを願って、まとめに代えることにしたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1993年8月の農地法改正で生まれるとともに、2000年以降、急速に全国で設立されている新しい農業法人形態であるJA(農協)出資農業生産法人(以下ではJA出資法人と略記)をとりあげ、その今日的到達点を108法人に対するアンケート調査(2004年9月実施)と46法人の損益計算書(2003年度)の分析を通して明らかにするとともに、実態調査を踏まえて企業形態に関する類型化を試み、今後の農業構造改革における意義を検討した画期的な研究であり、4部・11章からなる大部のものである。

第I部は日本農業の構造問題を解決する上で、JA出資法人に期待が集まっている状況を、新基本計画における担い手政策の変容(第1章)、構造問題の現局面(第2章)、農水省と農業団体におけるJA出資法人への政策的対応(第3章)の視点から検討した。

第1章においては、JA出資法人への期待が高まっている状況を新基本計画の制定を軸としながら論じ、JA出資法人に関する研究史の整理を踏まえて、本論文における課題の設定を行った。第2章では、土地利用型農業の担い手をめぐる最新の状況を整理して、JA出資法人の登場が期待される背景に対する理解を深めた。そして、第3章においては、農業生産法人をめぐる政策的対応の歴史を振り返り、JA出資法人が法認され、高い位置づけを与えられたことの意義を確認する。その上で、JA陣営の中で、JA全中のJA出資法人育成に対する取組みと、先発事例を生み出したいくつかのJA県中央会、個別JA(単協)のJA出資法人設立の取組みについて検討した。

第II部は第4章において、JA出資法人の具体的な存立構造を企業形態、JAの出資、経営構造について他の指標とのクロス集計を通じて浮き彫りにした。その上で、アンケート調査に付帯して収集した収支決算書(貸借対照表・損益計算書など)の分析を通して、JA出資法人経営の採算性や財務状況を検討し、JA出資法人の経済状態における今日的到達点について先発経営を中心にした評価を加えた。

第III部は「JA出資農業生産法人の諸類型」と題して、第5章から第10章でアンケート分析と個別実態調査を踏まえてJA出資法人の企業形態に関する類型化を試みた。

以上の分析を踏まえて最後に、第IV部第11章においては、今日の日本農業の構造問題の局面におけるJA出資法人の意義を明らかにするととともに、直面する課題の一端を次のように提示した。

第1に、2000年以降、農水省は新基本計画の策定・実践を通して、JA出資法人を構造再編の重要な担い手として積極的に認知・育成する方針を採用するに至った。

第2に、農協系統組織も2000年10月のJA全国大会を契機として、全中・県中がJA出資法人の積極的な育成に乗り出すことになり、JA出資法人の育成は新段階に入った。

第3に、2001年以降、JA出資法人の設立数は急増し、全国に及ぶとともに、あらゆる地域類型に広がり、当初から大規模な経営が設立されるようになった(量的変化1)。

第4に、2001年以降は市町村農業公社よりはJA出資法人の設立に重点が移る中で、市町村農業公社の下にJA出資法人を設立するか、JA出資法人に市町村が出資する事例が増加し、JA出資法人の変化が起きつつある(質的変化1)。

第5に、2001年以降は1JA複数JA出資法人の設立という質的に異なる段階への移行が確認できる(質的変化2)。

第6に、JA出資法人の経営状態は2001年以降に規模拡大が進み、水田面積30〜50haに達するとともに改善がみられ、新規設立の機運が盛り上がっている(量的変化2)。

第7に、2001年以降に大規模経営は資本金額の高度化と事業多角化を通じて、売上高の増大と経営状態の改善を実現しつつある(量的・質的変化3)。

第8に、JA出資法人は以下のように5つに類型化される。(1)個別農業経営的法人=農業経営が中心、(2)作業受託会社的法人=作業受託が中心、(3)集落経営体的法人=集落営農の組織化、(4)JA現業部門的会社的法人=農業関連・非関連事業が中心、(5)総合農企業的法人=多様な事業の兼併。

第9に、JA出資法人は2001年以降、集落経営体的法人やJA現業部門会社的法人などの新たな類型が登場し、総合農企業的法人への傾斜を強めている(質的変化4)。

以上のように本論文は農政の転換過程で注目を集める新たな法人形態であるJA出資法人について、わが国で初めてこれを体系的・歴史的・制度的・統計的・実態的に明らかにした画期的な研究であり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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