学位論文要旨



No 121294
著者(漢字) 安瀬地,一作
著者(英字)
著者(カナ) アゼチ,イッサク
標題(和) 水路側岸に水没した植生群を有する開水路流れの実用的な平面二次元解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 121294
報告番号 甲21294
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3007号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 塩沢,晶
 東京大学 助教授 構口,勝
 東京大学 助教授 島田,正志
内容要旨 要旨を表示する

背景

河川や用水路は古来,洪水流の速やかな流下(治水)や,効率的な送排水(利水)を目的として計画や設計がなされてきた.しかし,近年では,治水・利水機能に加えて,豊かな自然(環境)が求められるようになってきた.そこでは,水路側岸に植生群を繁茂させたり,杭群を配置したりすることなどが行われている.植生群や杭群はその流速逓減効果により,浮遊砂の沈降・堆積を促進し,浮遊砂の堆積は更なる植生群の繁茂を促す.これらの植生群は,多様な動植物の棲息環境となり,親しみやすい水辺環境を提供し,豊かな自然環境を創造する.一方,小河川や農業用水路などの幅の狭い水路では,わずかな植生であっても植生は流れを阻害し,安全かつ効率的な水輸送の妨げとなる.環境ばかりを重視しては,治水・利水がなおざりにされ,逆に,治水・利水のみを重視しては環境に対する配慮が欠落する.そこで,環境を重視しつつも治水・利水効果も維持するためには,植生群が流れに対してどのような影響を与えるかを水理学・流体力学的に検討する必要があり,その実用的な解析手法の確立が望まれている.そこで,本研究では水路側岸部に植生群が水没した流れを対象に,実用的な平面二次元解析モデルの開発を目指す.

用語の定義

ここで,本研究で用いる用語の定義を示す.水路側岸に水没した植生群を有する流れにおいて,流下方向に植生の存在する区間を植生区間,植生の存在しない区間を植生区間外,植生区間は横断方向に植生が存在する植生領域と存在しない主流域とする.さらに,植生域は水深方向に植生層と表面層とに分けられる.

既往の研究・目的

水路側岸に植生群が水没している流れは禰津・鬼塚ら(1998,1999)によって詳細な実測が行われている.このような流れでは,植生域では断面全幅に植生群が存在する場合と同様に植生層内では指数分布,表面層では対数分布となり,主流域では通常の開水路同様に対数分布となることが示されている.また,横断方向にも流速分布を持ち,植生領域境界付近で変曲点を持つことから,変曲点不安定により,大規模水平渦が発生する.大規模水平渦が発達すると,断面内で表面付近では植生域へ向かい,底面付近では主流域へと向かう二次流が発生することが示されている.以上のように水路側岸に植生群が水没する流れは,三次元的で複雑な流れとなる.その流れの複雑さから,このような流れに関する解析手法も複雑なものなり,実用的といいがたい.

一次元解析では,得られる情報が少なく複雑な流れを解析するのには十分な解析とはいいがたく,三次元解析では計算が複雑になるために実用的といいがたい.そこで本研究では,水路側岸に植生群が水没した流れを対象とし,実用的な平面二次元解析モデルの開発を目的とする.

研究の概要

通常,平面二次元解析は流れを水深方向に平均化して扱うため,水深方向に抵抗は乱れの発生源が分布しているような,本研究で対象とするような流れには適用できない.適用するためには水深方向に水没した植生群の抵抗と,その乱れ構造をモデル化する必要がある.そこで,植生抵抗は,植生域での流速分布から水深平均流速を求め,これとManning式から植生抵抗を考慮に入れた新たなManning粗度係数で表現する.また,乱流構造は,渦動粘性係数モデルを導入して,植生域のReynolds応力分布と流速分布から,水深平均渦動粘性係数を導出する.これら二つの新たなモデルを平面二次元解析に組み込むことにより,流れの解析を行う.なお,植生の抵抗および,渦動粘性係数を以上のようにモデル化すると,水路側岸に水没した植生群を有する流れを底面粗度と乱流構造の異なる二つの流れの平行流とみなすことができる.

基礎方程式

基礎方程式は二次元浅水流方程式を用いる.(5-1)は連続式,(5-2),(5-3)式はそれぞれ流下方向( 方向),横断方向( 方向)の運動量式である.

ここに, :水深, :流下方向距離, :横断方向距離, :時間, : 方向水深平均流速, : 方向水深平均流速, :重力加速度, :水路勾配, : 方向底面せん断力, : 方向底面せん断力, :渦動粘性係数である.

(5-2),(5-3)式において,左辺は慣性項,右辺第一項は圧力項,第二項は重力項,第三,四項は粘性応力とReynolds応力項,第五項は通常,壁面せん断力であり,局所摩擦抵抗係数 を用いて次のように表現される.

また, とManning粗度係数との関係から, は,

となる.ここで,植生域では次章で示す,植生の抵抗を考慮に入れた新たなManning粗度係数を用いる.渦動粘性係数 にも同様に,植生域では次章で示す,新たな水深平均渦動粘性係数を用いる.数値解析法には,金子ら(1975)と同様のADI(Alternating Direction Implicit)法を用いる.

新たなManning粗度係数 渦動粘性係数

まず,植生抵抗は池田(1999)と同様の流速分布から水深平均流速を求め,求められた水深平均流速とManning式から植生抵抗を考慮に入れたManning粗度係数を定式化する.

植生層,表面層で流速分布はそれぞれ次のようになる.

ここで, 水深方向距離, 植生層境界摩擦速度, カルマン定数=0.4, 植生高さ, , 植生の存在密度, 抵抗係数=1.0である.これから水深平均流速を求めると次のようになる.

断面平均流速, 粗度係数, 径深, エネルギー勾配.(6-3)式とManning式(6-4)式から植生の抵抗を考慮に入れた新たなManning粗度係数が(6-5)式のように求まる.

渦動粘性係数は,Reynolds応力分布と流速分布からモデル化する.Reynolds応力分布は植生層内では,指数分布,表面層では三角形分布となることが知られており,それぞれ次のように表すことができる.

とおける.なお,原点は植生層境界にとってある.ここで 面に働く 方向のReynolds応力, で, 方向瞬間流速, 方向時間平均流速, で, 方向瞬間流速, 方向時間平均流速, 植生層境界での摩擦速度, , Reynolds応力分布係数である.

また,Reynolds応力は渦動粘性係数と流速 を用いて,

上式に(6-1),(6-2)式を代入して整理すると,それぞれ渦動粘性係数分布が,

となる.これを水深平均すると,植生の影響を考慮した新たな水深平均渦動粘性係数が次のように求まる.

と求まる.また,Reynolds応力分布係数は混合距離の仮定から となる.

計算条件・境界条件

初期条件は植生域,主流域に分けて考えた運動量方程式を等流条件の下,流れ場を計算したものを与えた.下流端の水深は実測値から強制水位を,上流端は流量境界である.側壁は植生域ではslip条件を,主流域ではnon-slip条件で,ダルシーワイズバッハの式を変形したものを用いた.

表 1に計算条件を示す.これらの条件で水深,流速が一定値に収束するまで計算を行い,収束した状態を定常状態とした.

実験方法・実験条件

実験は全長16m,幅30cmの可変勾配水路で行った.模擬植生群は4mmピッチのパンチング板を厚さ5cmの発泡スチロールに貼り付け,パンチング板の穴に,直径2mmのアルミの棒を差し込むことで作成した.これを水路に設置し模擬植生群とした.検査区間は8mで,模擬植生群は検査区間流入後1mの地点から下流までの7m区間の左岸側15cmの領域に設置した.測定項目は水深及び流速分布である.水深はポイントゲージを用い水路中央部で植生入り口付近は50cm間隔,その他は1m間隔で測定した.流速分布は電磁流速計を用い,植生区間入り口から1m流下地点から流下方向に1m間隔,横断方向には2.5cm間隔.水深方向には2cm間隔で測定した.各地点の流速は0.1秒間隔で30秒間測定し,平均したものを用いた.実験は水深,流量,植生密度,水路勾配を変えたもので10パターン行ったが,ここでは,次の表 2の1パターンのみの水面形及び,検査区間入り口から5m,6m,7m流下後の地点の横断方向流速分布のみを示す.

解析結果

図1に水面形と流速分布の実測値と解析結果を示す.○が実測値,*が本モデルの解析結果である.本モデルは良好に実測値を再現できている.水面形のグラフは,横軸は流下距離,縦軸が水深である.流速分布のグラフは,横軸が横断距離,縦軸が主流流速である.同様に図の○が実測値,*が本モデルの解析結果,◎が中矢らのモデルの結果である.植生域,主流域境界部付近で実測流速分布は最小値となるが,本モデルはそれを再現できていない.これは流れの三次元性によるものだと考えられるが,この影響を考慮するためには,詳細な乱流構造の把握が必要となる.本研究ではこのような乱流構造の測定は行っていないため,これは今後の課題とされる.それ以外の部分では本モデルは実測値を良好に再現できており水路側岸に水没した植生群を有する流れに対して,有効な解析手法であるといえる

図1 水面形解析結果と実験結果

審査要旨 要旨を表示する

河川・農業用水路は,洪水流の速やかな流下や,効率的な送排水を目的として計画・設計がなされてきたが、近年では,治水・利水機能に加えて,河岸や水路側岸に植生群を繁茂させたり,杭群を配置することなど、環境への配慮が求められる。植生群や杭群はその流速逓減効果により,浮遊砂の沈降・堆積を促進し,浮遊砂の堆積は更なる植生群の繁茂を促し、同時に,豊かな動植物の棲息環境,親しみやすい水辺環境を提供する.一方,小河川や農業用水路などの幅の狭い水路では,わずかな植生であっても植生は流れを阻害し,安全かつ効率的な水輸送の妨げとなる.そのために,植生群が流れに対してどのような影響を与えるかを水理学・流体力学的に評価しうる,実用的な解析手法の確立が求められている.本論文では水路側岸部に植生群が水没した不等流を対象に,実用的な平面二次元解析モデルの開発を行った.

第1章では、序論、既往の研究をレビュー、研究の目的、方法を述べた。

水路側岸に植生群が水没する流れでは,植生のない流れ領域と植生のある流れ領域との境界で強い乱れが生成され、周期的に形成する渦などを通して、2つの領域の流れを平滑化する三次元的で複雑な流れとなる.これまでいくつかの数値解析手法が提案されているが、流れの複雑さから,乱流の特性を反映する複数の未知パラメータを与えなければならない、また、流れの対象も等流に限定されたり、現時点では実用的手法とはいいがたい.

植生群が埋没する無限幅の水路流れ(側壁の影響を受けない)を対象に、2,3章で水深平均した植生抵抗と渦動粘性係数を理論的に導出した後で、4,5章で水路側岸部に植生群が水没した1,2次元の不等流モデルを構築するなど、方法が述べられる。

第2章では、水没した植生群の抵抗の流体力学的な定式化を行い、植生抵抗を壁面に分布する摩擦抵抗に等価変換するManning粗度係数を理論的に導き、実験結果から検証した。植生群内外の速度分布は、それぞれ、指数分布および対数速度分布として導かれ、これから全断面の平均流速場に対する等価Manning粗度係数は、植生高さ、植生密度、水深、植生の抵抗係数、植生群内の平均流速などで与えることができる。

第3章では、2章と同様の流れ場を対象に、乱流モデルとして渦動粘性型モデルを用いて、半理論・実験的に知られるレイノルズ応力分布(植生群内外で、指数分布、放物線分布)から渦動粘性係数に換算し、水深方向に積分することで、水深平均渦動粘性係数を新たに定式化した。

第4では、水路側岸に水没した植生群を有する不等流の1次元解析モデルを定式化した。断面内の特性をすべて平均化した不等流モデルで、実用上の意義も高いが、2次元解析の初期条件を与える。

5章、6章では、2,3章で定式化した植生抵抗の等価Manning式と水深平均渦動粘性係数を組み込むことで、新たな平面2次元モデルを構築し、具体的な差分計算法(ADI法)、初期条件、境界条件を設定することにより、実験結果および他の解析法との照合から、定式化したモデリングの妥当性と有効性が検証された。

7章では、結論および今後の課題を述べた。

以上のように、本論文は、既存の実験結果や理論的成果を踏まえて、植生と流れの相互作用の結果生ずる、植生抵抗や乱流による運動量輸送(レイノルズ応力)を理論的にモデル化し、その効果を水深方向に平均化を通して、平面二次元モデルに組み込むことにより,新たな解析法を構築、実験によりその妥当性を検証したが、特に、植生抵抗を等価Manning粗度係数として理論的に定式化するなど、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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