学位論文要旨



No 121297
著者(漢字) 岡島,賢治
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,ケンジ
標題(和) 抗土圧構造物の掘削による転倒破壊有限要素解析と模型実験
標題(洋)
報告番号 121297
報告番号 甲21297
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3010号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 山崎,毅
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 助教授 島田,正志
内容要旨 要旨を表示する

抗土圧構造物の掘削に伴う転倒破壊問題では,主働土圧,受働土圧が混在した複雑な土圧が作用するため,現実に即した理論的な解析は容易でない.さらに,抗土圧構造物問題は剛性の高い構造物と地盤との相互作用が問題となり,構造物と地盤の同時解析が必要となる.地盤−構造物系の相互作用を取り入れた変形に関する研究は膨大でが,微小変形から崩壊までを連続的に解析により扱う研究は少ない.地盤を弾完全塑性体とみなして,有限要素解析により検討したPottsらの研究が特筆すべきものであろう(Potts,2003).しかし,Pottsらの研究も限界荷重まで安定的に解析することまでは到達しておらず,微小変形から崩壊までを連続的に解析できる解析手法は現在ではまだ開発されていない.

本研究では,地盤−構造物系の典型的な例として,剛性の高いスレンダーな抗土圧構造物の片側地盤掘削による転倒破壊問題を取り上げ,弾塑性有限要素解析を適用する.解析モデルは砂地盤と壁体から構成されているものとし,地盤には,土の特性を考慮した構成式を用いる.この有限要素解析において,最初に砂地盤,壁体ともにExplicitの動的緩和法を適用した解析を実行したが,適切な限界荷重が得られなかった.このため,砂地盤にExplicit型,壁体にImplicit型の動的緩和法を適用した非線形計算手法を開発し,この抗土圧構造物の転倒破壊解析を実行する.Implicit-Explicit型の動的緩和法を適用することによって,剛性の全く異なる構造物の同時解析においても解が安定的に得られることを示す.

その後,模型実験を行い解析手法の検証を行う.硬く締まった土質材料のような,ひずみ軟化を示す材料は比較する理論的な厳密解がないため,解析手法の有効性の検証は模型実験と比較することで行う必要がある.ここで注意しなければならないことは,このとき,実験にもさまざまな誤差要因が含まれるため,解析手法の検討だけでなく,実験の信頼性も評価しなければならないことである.そのため,ひずみ軟化を示す材料に関わる問題は,実験と解析との相互のやりとりによって現象の解明を行う必要がある.

本解法では剛性の低い地盤部分には剛性マトリックスを用いないExplicit型の動的緩和法を適用し,剛性の高い壁体部分には剛性マトリックスを用いるImplicit型の動的緩和法を適用する.これは,解が発散する原因と考えられる剛性の高い壁体要素に時間増分に対して無条件に安定するImplicit型の利点を適用することと,計算効率を考えた上で,要素数の多い地盤材料に計算効率の良いExplicit型の動的緩和法を適用し,要素数の少ない壁体要素にImplicit型の動的緩和法を適用するとの理由による.また,このときのマトリクス計算はスカイライン法によりImplicit領域も効率的に計算される.Implicit-Explicit型の時間積分の計算にはNewmark法を適用する.

ここに, は外力ベクトル, は,対角行列の質量マトリックス, は減衰マトリックス, は変位ベクトル, は加速度ベクトル, は速度ベクトルを表す. は時間増分, は定数である.また,有効剛性マトリックス は次式で求める.

ここに, は接線剛性マトリックス, は減衰マトリックスである.このときの残差力 の評価は次式で行う.

ここに, は内力ベクトルを表す.

以上より,次ステップの変位ベクトル,速度ベクトル,加速度ベクトルを次式で表す.

本研究で用いた有限要素解析コードはフーチングの支持力問題に対してExplicit型の動的緩和法の適用により安定的に解が得られるコードをもとに開発した(田中,1991).この非線形有限要素解析では,まず,有限要素に4節点アイソパラメトリック要素を用い,1点積分を適用する.この要素は,動的緩和法と組み合わせた解法では,要素分割と境界条件によらず臨界減衰比がhour-glassモードの発生を押さえ,良い効率で解を与える(田中・川本,1987). 構成式については,平面ひずみ条件でMC-DP混合型のモデルを用いる.MC-DP型モデルは,降伏関数にはMohr-Coulomb型モデルを適用し,塑性ポテンシャルにはDrucker-Prager型モデルを適用した構成式である.土質力学での多くの問題はMohr-Coulomb基準を基礎に解かれてきた経緯があり,また,実験結果を比較的よく表現できていることから降伏関数 をMohr-Coulomb型モデルとする.さらに,Mohr-Coulomb型モデルではπ平面上に特異点を有し,そのまま関連流動則を適用すると解が不安定となるため,塑性ポテンシャル にはDrucker-Prager型モデル( ≡1)を適用する.本解析における豊浦標準砂の材料の力学特性値は,龍岡ら(1985)が行った広範な実験より得られた砂質材料の特性値から決めている.したがって,本解析で適用した材料パラメータは,これらの実験によってキャリブレーションされた値と言える.

本研究では,図1(a)に示すような掘削に伴う壁体の転倒破壊問題を対象とした.有限要素解析を行う領域のサイズは,平面ひずみ条件で,地盤領域が500mm×1500mmの水平地盤とし,その幅方向中央部に壁体で仕切りをした状態を初期状態とした.このとき,壁体の深さは400mmで,地盤の底面から100mmのところまで根入れしていることとし,初期壁体突出部は高さ250mmとなる.また,壁体の幅は5mmとした.図1(b)にそれに対応した有限要素メッシュを示す.この有限要素メッシュの要素数は3,175,節点数は3,314である.このとき,剪断帯の発達する壁体背面部を1cm×1cmの正方形メッシュとなるように作成した.

図2にExplicit型とImplicit-Explicit混合型の比較を示す。Explicit型の計算結果は,掘削深度が深くなっても壁体頂端部はほとんど変位せず,根入れ深さである40cmまで掘削しても自立しているという計算結果が得られた.これは,解が収束せず計算が進んでいることをしめしている.よって,Explicit型の解析結果は,抗土圧構造物の掘削に伴う転倒破壊を対象とする場合,有効な解析手法とは言えないことが分かる. これに対し,Implicit-Explicit型の解析結果は,掘削に伴い壁体頂端部の水平変位は掘削に伴い変位量を増し,掘削深度25cm付近から水平変位の変位量が大きくなり壁体が転倒することを示している.これは,掘削に伴い壁体が転倒破壊する実際の現象を表している可能性があり,Implicit-Explicit型の解析結果は,抗土圧構造物の掘削に伴う転倒破壊を対象とする場合,有効な解析手法となり得る.

次に,実験と解析結果の比較を図3に示す.同図より,解析結果は掘削深度20cm付近までの微小変形実験結果をよく表現している.また,解析では掘削深度24cm以降で破壊が進行し変位量が増大していくことを安定的に計算しており,実験においても掘削深度24〜25cm付近で破壊の進行が大きくなっている.図4は,解析によって得られた30cm掘削時の壁体付近の最大剪断ひずみコンターラインである.解析結果より,掘削面側に主に受働状態の剪断ひずみ,及び背面地盤側に主に主働状態の剪断ひずみが確認でき,壁体下端部では複雑な剪断ひずみを示している.解析では,構成式においてひずみ硬化式とひずみ軟化式の閾値として塑性ひずみ0.1を適用している.よって,最大剪断ひずみがおよそ0.1の箇所付近に剪断帯が発達するとみなすことができる.この最大剪断ひずみ0.1付近のグレーの線は,実験で得られたせん断帯であり,解析結果はせん断帯の発生位置と角度を非常によく表現できている.よって本解析は抗土圧構造物の掘削による転倒破壊問題について有効な解析手法であるといえる.

図5は解析により得られた24cm掘削時の土圧分布を示す.図中のグレーの直線は現在設計計算等でも使われているCoulomb土圧式により得られる土圧分布である.図5より,Coulomb土圧は現象を受働土圧で過度に単純化していることが確認できる.また,この結果,抗土圧構造物の転倒破壊時には,主働土圧と受働土圧が混在した複雑な土圧分布を示すことが確認できた.また,掘削深度以下では,回転モードによる受働土圧(James and Bransby,1970)に近い土圧分布を示していることも確認できた.これは,背面地盤側の掘削深度以下では,上端固定下端回転モードの受働土圧分布に近い下膨れ型の土圧分布を示し,掘削面側では下端固定上端回転モードの受働土圧分布に近い樽型の土圧分布を示していること確認できる.

以上より,本研究で開発したImplicit-Explicit混合型動的緩和法を適用した弾塑性有限要素法により,抗土圧構造物の掘削による転倒破壊問題について微小変形から破壊まで安定的に解析できる有効な解析が可能となった.また,現在設計計算に用いられているCoulomb土圧式は現象を過度に単純化していることを指摘し,土圧分布はJames and Bransbyの示した回転モードによる受動土圧分布を含む複雑な土圧分布をしていることが解明された.

図1 模型実験概念図(a) と 有限要素メッシュ(b)(要素数3,175,節点数3,374)

図2 Explicit型とImplicit-Explicit型の比較

図3 解析結果と実験結果との比較

図4 最大せん断ひずみ分布とせん断帯

図5 24cm掘削時の土圧分布

審査要旨 要旨を表示する

抗土圧構造物の掘削に伴う転倒破壊問題では,主働土圧,受働土圧が混在した複雑な土圧が作用するため,その解析は容易でない.さらに,抗土圧構造物問題は剛性の高い構造物と地盤との相互作用が問題となり,構造物と地盤の同時解析が必要となる.地盤−構造物系の相互作用を取り入れた変形に関する研究は膨大であるが,微小変形から崩壊までを連続的に解析できる手法はいまだ確立されていない.本研究ではこの点に着目し、抗土圧構造物の掘削に伴う転倒破壊問題を微小変形から崩壊まで連続的に解析できる手法の開発とその実験による検証、転倒破壊のメカニズムの解明を目的としている。

解析に用いた有限要素コードは,Explicit型の動的緩和法のコードをもとに剛性の高い構造物を考慮できるImplicit-Explicit混合型の動的緩和法を開発している.この非線形有限要素解析では,有限要素には4節点アイソパラメトリック要素を用い,1点積分が適用されている.この要素は,動的緩和法と組み合わせることにより,要素分割と境界条件によらず臨界減衰比がhour-glassモードの発生を押さえ,良い効率で解を与えることが可能である.また、用いた構成式は,降伏関数にはMohr-Coulomb型モデルを適用し,塑性ポテンシャルにはDrucker-Prager型モデルを適用した構成式である.検証実験に用いられた豊浦標準砂は,広範な実験が実施されており、解析に採用した材料パラメータは,これらの実験によってキャリブレーションされた値である。

模型実験は、剛な壁体を用いた模型実験、スケールの異なる模型実験、たわみ性のある壁体を用いた模型実験から成る。まず、剛な壁体を用いた模型実験において、壁体の頂端部の水平変位及びせん断帯の発達状況の結果と解析を比較して検証を行っている。その結果、本解析手法は壁体頂端部の水平変位の掘削による変位量を微小変形から破壊までよく表現できた。また、せん断帯の発達位置、傾斜角までよく実験と一致した。

次に、スケール比5:2となる実験装置を用い、相対的に大きい模型実験、相対的に小さな模型実験を実施し、小スケールの実験結果が破壊しにくいという結果を得た。側壁面摩擦の影響を考慮した3次元解析を行った結果、側壁面摩擦の影響が小スケール実験では大きくなることが確認された。さらに、たわみ性のある壁体を用いた模型実験を行い、解析と比較している。実験結果と同様に、解析においてもたわみ性の影響による破壊の進行性を表現することができた。また、たわみによる壁体変形についても、壁体が大きくたわむ位置や傾斜角についても実験と解析は概ね一致する結果を得た。

以上のことから、本解析手法は抗土圧構造物の掘削による転倒破壊問題に対し、壁体頂端部水平変位、せん断帯発生位置、壁体たわみ、スケール効果に関して信頼できる解析手法であることが確認された。抗土圧構造物の転倒破壊問題に関して限界荷重を表現できる有効な解析手法はこれまで存在せず、本研究をもって、この問題に関して解析と実験から抗土圧問題の破壊に至るメカニズムの解明が可能となり、さらに古典的解析法が過度の単純化であることも示すなど、学術上寄与するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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