学位論文要旨



No 121307
著者(漢字) 加藤,友美子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ユミコ
標題(和) 多糖のTEMPO触媒酸化に関する研究
標題(洋)
報告番号 121307
報告番号 甲21307
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3020号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 助教授 松本,雄二
 宇都宮大学 助教授 羽生,直人
 東京大学 助教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

近年、TEMPO(2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシラジカル)に代表される水溶性ニトロキシル化合物による多糖類の選択的触媒酸化が研究されている。このTEMPOを用いた酸化では、次亜塩素酸ナトリウムを主酸化剤とし、触媒量の臭化ナトリウムおよびTEMPOを用い、水系媒体で多糖類を処理することにより、高い選択性で多糖類の1級水酸基が酸化されてカルボキシル基に変換したポリウロン酸型の水溶性多糖類を得ることが特徴である(図1)。

本研究では、この多糖類のTEMPO触媒酸化により、セルロース、デンプン、キチンの3種類の多糖類を出発試料として改質し、それぞれに対応する3種類の新規水溶性ポリウロン酸類であるセロウロン酸、アミロウロン酸、キトウロン酸の調製条件の確立を行った。さらに、TEMPO触媒酸化の反応過程の解析、およびこれらのポリウロン酸の更なる改質、物性評価などについて検討した。

このTEMPO-NaBr-NaClOによる触媒酸化システムを各種セルロース試料適用した場合、セルロースI型の結晶構造を持つ天然のセルロースでは水溶性のポリウロン酸は得られなかった。しかし、溶解−再生処理やアルカリ膨潤処理により結晶化度を低下させたセルロースを用いることで、セルロースのC2,3位の二級水酸基の酸化や副反応が進むことなく、C6位の一級水酸基のみが酸化された水溶性のポリβ-1,4-グルクロン酸ナトリウム(セロウロン酸)が高収率で得られた(図2)。

TEMPO触媒酸化では出発多糖類が水不溶性であっても反応は進行し、結果的に水溶性のポリウロン酸が得られる。しかし、反応の進行には出発多糖類のアクセシビリティーが影響するため、天然のキチンやセルロースなど元々結晶性の高い多糖類を用いる場合は結晶化度を低下させる前処理が必要となった。デンプンのTEMPO触媒酸化処理においても、酸化前に一度加熱溶解したデンプンを用いることで、高分子量のアミロウロン酸が得られ、キチンをTEMPO触媒酸化する場合も、セルロースと同様、溶解−再生処理やN-アセチル化キトサンを用いることにより結晶化度を低下させることで、対応する水溶性のポリウロン酸(キトウロン酸)を高収率で得ることができた。

多糖類のTEMPO触媒酸化には最適なpH、温度条件があり、この範囲を外れると、各種の副反応が進行し、生成物であるポリウロン酸の低分子化などが確認された。また、ポリウロン酸が得られる適正な条件から更に酸化反応を続けると、ポリウロン酸は低分子化してしまう。従って、試薬の添加量、反応時間、濃度などの要因も酸化生成物の化学構造の均一性に影響した。

次に、水溶性のデンプンを用いてTEMPO触媒酸化を行い、反応の過程でどのような中間体が生成しているのかを分析し、多糖のTEMPO触媒酸化の反応過程について検討した。図3に、TEMPO触媒酸化反応におけるアルカリ添加量と生成するカルボキシル基量、アルデヒド基量、消失する水酸基量を示す。この図より、TEMPO触媒酸化の過程でC6位の水酸基のうち、最大約30%が中間構造としてアルデヒド基またはヘミアセタールの形で存在しうること明らかになった。この結果により、TEMPO触媒酸化した製紙用パルプで抄紙した紙の湿潤強度向上の機構を、中間体のアルデヒド基の生成で説明できた。

キチンのTEMPO触媒酸化では、特に、出発キチン試料のN-アセチル化度が反応生成物の物性に与える影響などについて調べた。N-アセチル化度の高いキチンは、TEMPO触媒酸化に対し安定で、適正な酸化条件により得られたポリウロン酸はほぼ均一なβ-1,4-ポリN-アセチルグルコサミヌロン酸構造を有しており、水溶性であった。しかし、N-アセチル化度の低いキチンを用いた場合は、構造が不均一で水溶解度の低い酸化生成物が得られた。これは、TEMPO酸化過程でアミノ基部分からが副反応により変質してしまうことと、酸化生成物に導入されたカルボキシル基とアミノ基間でコンプレックスを形成してしまっているためと考えられた。また、N-アセチル化度の高いキチンから得たキトウロン酸でも、少量残存するアミノ基は対応するポリウロン酸(キトウロン酸)の各種物性に影響を与えた。

通常のTEMPO触媒酸化−単離精製処理によって得られるポリウロン酸類はナトリウム塩型のカルボキシル基を有する。このナトリウム塩を遊離のカルボキシル基に変換する条件、あるいはカルシウム塩などの他の塩類に変換する条件を検討し、ナトリウム塩を含め、調製したポリウロン酸類の物性比較を行った。また、TEMPO酸化多糖類を、溶剤を用いないで単離−精製する方法についても検討した。

TEMPO触媒酸化多糖類の応用展開、用途開拓として、ポリウロン酸の構造均一性と高い水素結合能による高い酸素遮断性を考慮し、バリア材料としての利用を検討した。その結果、セロウロン酸、アミロウロン酸は、現在市販のバリアフィルムとして用いられているポリビニルアルコールと同等の優れた酸素バリア性を有することが分かった(表1)。

これらのTEMPO触媒酸化により調製されたポリウロン酸の応用展開の際は、生体安全性、生体適合性、生分解性などが優位点となりうる。そこで、これらのポリウロン酸の生分解性について検討を行ったところ、セロウロン酸およびキトウロン酸は天然に存在する多糖類と同じ程度の高い生分解性を持つことが判明した(図4、図5)。しかし、カルボキシメチルセルロースや、N-アセチル基のほとんどないキトサン、アミロウロン酸はその生分解速度が低いという興味深い結果を得た。

得られたポリウロン酸の更なる機能化を目的として、複合化および誘導体化について検討した。TEMPO触媒酸化によって得られるポリウロン酸類は均一な化学構造を有する酸性多糖類である。従って、ポリウロン酸をアニオン性ポリマーとして、キトサンをカチオン性ポリマーとしてポリイオンコンプレックス(PIC)を調製することによる複合化について検討した。ポリウロン酸類の種類や、N-アセチル化度の異なるキトサンを用いてPICを調製し、生成したPICの物性を評価した(図6)。各種出発試料の組み合わせ、調製条件などを変えることで、PICの物性を制御することが可能となった。また、セロウロン酸とキトサンのポリイオンコンプレックスカプセルの調製に成功した。

続いて、ポリウロン酸類のカルボキシル基を誘導体化することを試みた。TEMPO触媒酸化によって調製したポリウロン酸は均一な化学構造を有し、多糖類のピラノース環1つに1つのカルボキシル基を持つ。このカルボキシル基を化学修飾することで、新たに均一な化学構造を有する多糖類誘導体の調製を目的とした。また、ポリウロン酸は水溶性であるが、用途によっては耐水性の付与が必要となる場合がある。そこで、TEMPO触媒酸化して得られるポリウロン酸類の水媒体での架橋反応による水不溶化処理について検討した。水溶性カルボジイミドを用いたアミド化と、エポキシ架橋剤を用いた処理については、一定量の反応は進むものの、期待した結果は得られなかった。しかし、アミロウロン酸をエポキシ化合物で架橋処理することにより自重の100−200倍程度の水分を吸水できる吸水性材料が得られた。

Fig.1. Oxidation of cellulose by TEMPO-NaBr-NaClO system.

Fig.2. 13C-NMR spectra of hydrolyzates of cellulose in 72% D2SO4/D2O(a), and an oxidized product prepared from rayon by the TEMPO-NaCIO system

Fig.3. Relationships between NaOH consumption and molar ratio of each strucure in oxidized products

Table1 Oxygen-permeability rate of PET films coated with various polysaccharides

Fig.4. Change in DPw of cellouronic acid treated with cellulase(Onozuka R-10).

Fig.5. Biodegradability of cellouronic acid, its sodium salt, cellulose, pectin and CMC sodium salt.

Fig.6. FT-IR spectra of AUA(H) and chitosan mixture(a), and PIC prepared from AUA(H) and chitosan(b).

審査要旨 要旨を表示する

近年、TEMPO(2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシラジカル)に代表される水溶性ニトロキシル化合物による多糖類の選択的酸化方法が研究されている。このTEMPOを用いた酸化では、水を溶媒とし、次亜塩素酸ナトリウム、臭化ナトリウムおよびTEMPOの系で多糖類を酸化することにより、高い選択性で多糖類の1級水酸基のみが酸化され、カルボキシル基に変換したポリウロン酸型の水溶性多糖類を得ることができる。

本研究では、この多糖類のTEMPO触媒酸化により、セルロース、デンプン、キチンの3種類の多糖類を原料に用いて改質し、それぞれに対応するセロウロン酸、アミロウロン酸、キトウロン酸の調製方法を確立した。さらに、TEMPO触媒酸化の反応過程の解析、およびこれらのポリウロン酸の更なる改質、物性評価などについて検討を行った。

セルロースを用いてこのTEMPO-NaBr-NaClO酸化システムを適用すると、天然セルロースでは完全な水溶性であるポリウロン酸は得られなかった。しかし、再生処理やアルカリ膨潤処理により結晶化度を低下させたセルロースを用いることで、セルロースのC6位の一級水酸基のみが酸化された水溶性のセロウロン酸が高収率で得られた。しかし、最適なpH、温度があり、この範囲を外れると副反応が進行し、生成物であるポリウロン酸の低分子化が確認された。同じく水不溶性のキチンについても、セルロースと同様に、再生処理やN-アセチル化キトサンを用いることで結晶化度を低下させることで、水溶性のポリウロン酸を高収率で得ることができた。また、キチンのTEMPO触媒酸化においては、原料キチンのN-アセチル化度が高いほどTEMPO触媒酸化過程での副反応が少なく、より高分子量の水溶性キトウロン酸が高収率で得られた。

水溶性のデンプンを用いてTEMPO触媒酸化を行い、反応過程での中間体構造を分析し、多糖のTEMPO触媒酸化の反応機構について検討した。その結果、中間体としてかなりの量のアルデヒド基が存在し、ヘミアセタールなどの形で安定に存在することが分かった。

TEMPO触媒酸化により得られたポリウロン酸類は規則的に多くのカルボキシル基のナトリウム塩構造を有している。このポリウロン酸のナトリウム塩を遊離のカルボキシル基型に変換する方法、ナトリウム塩からカルシウム塩等の各種塩類の調製方法を検討し、得られた生成物の特性を評価した。また、得られた結果ら、有機溶剤を用いないTEMPO酸化多糖類の単離精製方法を明らかにした。

TEMPO触媒酸化により調製されたポリウロン酸類の生物分解性を評価したところ、人工的に調製した物質にもかかわらず、セロウロン酸およびキトウロン酸は天然に存在する多糖類と同程度の生分解性を有することが判明した。

TEMPO触媒酸化多糖類の応用展開として、生分解性を有する酸素バリア材としての利用を検討した。特に、セロウロン酸、アミロウロン酸は、現在、市販の合成高分子バリア材と同等の優れたバリア性を有していた。さらに、ポリウロン酸の更なる機能化として、複合化と誘導体化について検討した。ポリウロン酸は均一な構造をもつ酸性多糖類であるため、ポリウロン酸をアニオン性ポリマーとして、キトサンをカチオン性ポリマーとしてポリイオンコンプレックスを調製し、多糖−多糖複合体の物性解析を行った。その結果、出発ポリウロン酸の種類やキトサンの分子量等を選択することにより、物性の異なる多糖ポリイオンコンプレックスを調製することが可能となった。セロウロン酸とキトサンのポリイオンコンプレックスからは、カプセルの調製に成功した。

TEMPO触媒酸化によってセルロース、キチンから得られたポリウロン酸類のカルボキシル基の更なる誘導体化を試みるため、セロウロン酸の水溶性カルボジイミドを用いたアミド化と、アミロウロン酸とエポキシ架橋剤を用いた反応について検討を行い、新規誘導体が調製可能であることを明らかにした。特に、ポリウロン酸とエポキシ架橋剤の反応性生物は、自重の100-200倍程度の水分を吸水する特性を有していた。

以上のように、本研究の結果は多糖のTEMPO触媒酸化条件を確立し、得られるポリウロン酸類の生分解性、物性等に関する基礎的な知見を得ることができた。これらの成果は、TEMPO触媒酸化という多糖の新しい化学改質分野を開拓し、今後は生分解性のある新規機能性多糖として応用展開が期待される。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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