学位論文要旨



No 121308
著者(漢字) 米田,篤史
著者(英字)
著者(カナ) ヨネダ,アツシ
標題(和) 経鼻免疫により誘導される狂犬病発症防御免疫機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 121308
報告番号 甲21308
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3021号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,安喜
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 林,良博
内容要旨 要旨を表示する

世界的に重要な人獣共通感染症である狂犬病は、イヌ科動物間およびイヌ科動物からの感染によりヒト、家畜に感染する。狂犬病のコントロールには、市街地や森林のイヌ科動物へのワクチン接種、飼いイヌの繋留、市街地のノラ犬の排除が重要である。現行の狂犬病ワクチンは、注射により投与されているが、これは、熟練者を要する点、森林動物に接種できないこと、あるいはワクチンの保存等、課題も多い。経鼻・経口投与のような、注射器を用いない粘膜免疫法は、投与が容易であり、実際に北米やロシア等で、森林のイヌ科動物に対し、組換えワクシニアウイルスを用いた狂犬病ワクチンを混入した肉の経口投与が行われ、効果を示している。本研究では、より安全な粘膜免疫法を確立する目的で、感染性のない不活化狂犬病ウイルス(RV)の経鼻投与による狂犬病ウイルス感染防御免疫の誘導を試みた。RVは、感染動物の咬傷等から宿主動物に侵入し、末梢感染組織から末梢神経細胞に感染、上行し、脳内に達し、脳細胞を傷害することにより発症し、死に至る。RVは、感染部位である末梢組織と脳神経組織の双方で免疫反応にさらされると考えられるが、脳は血液脳関門により血液循環から隔離されており、抗体や高分子量の補体成分(C4等)は、末梢に比べ脳内では低濃度でしか存在していない。このため、末梢と脳内のRVに対し、特に抗体および補体を介する感染防御機構は、効果が異なると考えた。そこで、本研究第1章において、末梢と脳内のウイルスに対して中和抗体や異なるサブクラスの抗体がどのように作用するかを、ddyマウスへの抗体移入実験により解析した。次に、不活化RVワクチンの経鼻投与によってddyマウスに誘導される免疫反応および致死量RV攻撃試験によるマウス生残率を、ワクチン検定の定法であるNIH法に準じた腹腔接種法を対照として、第2章では脳内RV接種、第3章では筋肉内RV接種により検討した。と比較した。末梢感染RVに対する感染防御効果を検討した。研究論文は以下の3章によって構成される。

(第1章)末梢および脳内の異なる感染ステージのRVに対する抗体による感染防御機構の解析

血液脳関門により、抗体および補体の濃度が末梢と脳内では異なることから、機能する免疫機構が異なると考え、脳内と末梢における抗体の感染防御機構を解析した。不活化RVワクチン(TCワクチン)を超遠心法で濃縮した濃縮RV(CRV)30μlを2回腹腔免疫し、抗RV抗血清を作製した。TCワクチンを抗原としたELISA法により、抗RV抗体価(endpoint titer)を測定し、ELISAにおいてODが陽性となる最大希釈血清100μlに含まれる抗RV抗体を1EPU(endpoint unit)とした。致死量(25LD50)のRVCVS株の接種において、マウスを50%生残させるのに要する抗RV抗体量をEPUで表記した。抗RV抗血清を腹腔に移入した後、RVをマウス臀筋より末梢感染させたところ50%生残させるために356、516EPUの抗RV抗体を要した。一方、脳内感染させた場合は、50%生残のために、あらかじめ脳内に抗血清を移入した場合には81、789EPU要した。脳内に抗血清を移入し、脳内にウイルス感染させた場合に比べて、腹腔に抗血清を移入し、末梢感染させた方が4。4倍の抗体を要しているが、末梢では抗体が血液循環へ希釈されること、および末梢感染させるウイルス量が、脳内感染の2、000倍であることを考慮すると、抗RV抗体は、末梢のウイルスに対して、脳内よりも低濃度で効率的にウイルスを排除していると思われた。次に、補体活性化能の強いIgG1、サブクラスに属し、共にRVの外被膜蛋白(G蛋白)を認識するモノクローナル抗体(mAb)で、中和活性のない2B9および中和活性のある12D15を用い、RVCVS株をこれらのmAbでオブソニン化した後ウイルスを末梢または脳内に接種した。末梢感染させた結果、マウス50%生残に要するmAb量は、2B9が1、426、063EPU、12D15が629EPUであった。中和活性のない2B9処理でマウスが生残したことより、末梢におけるIgG1を介した補体によるウイルス排除の有効性が示唆された。また、12D15が少量で効果を示したことから、補体存在下でも、中和抗体はウイルス除去に貢献することが示された。一方、オプソニン化RVを脳内感染させた結果、マウス50%生残に要するmAb量は、12D15では8、389EPUであったが、2B9処理では、マウスを生残させることはできなかった。これらの結果より、脳内感染RVに対しては、補体によるウイルス排除はほとんど行われず、感染防御には中和活性が有効で有効であること、さらに、50%生残に要する12D15抗体量が、末梢より脳内で12倍必要としたことから、中和抗体による感染防御においても、補体が相乗的に機能することが示唆された。また、2B9が、脳内で感染防御を示さなかったこと、および腹腔マクロファージを用いたオプソニン化RV食食実験で、補体によるウイルス排除が行われる抗体濃度では、少なくともウイルスカ価を低下させなかったことから、貪食細胞によるウイルス捕捉は、それほど効率的に機能していないと考えられた。

(第2章)不活化RVの経鼻投与により誘導される狂犬病発症防御免疫のRV脳内感染実験による

評価

経鼻投与によるRV感染防御効果をマウスにおいて検討した。経鼻免疫抗原にはCRV30μlを、単独(CRV)あるいはコレラトキシン(CT)5μgと共に(CRV/CT)、ddyマウスに5回経鼻投与した。最終免疫一週間後に採血し、抗体価を測定した後、致死量(25LD50)のRVCVS株を脳内感染させ、14日間生死を観察した。対照として、CRV30μlを2回腹腔免疫した群および非免疫群を設定した。CRV/CT経鼻免疫群と腹腔免疫群は、血中抗RV-IgG抗体価は同程度の抗体価を示したが、中和抗体価は、有意差はないものの腹腔免疫群の方が若干高かった。 IgGサブクラスでは、高レベルのIgG2a抗体が双方の免疫群で検出され、Thl型の免疫が誘導されていることが示唆された。一方で、IgG1抗体は、腹腔免疫群よりも、CRV/CT経鼻免疫群で高値を示すマウスが多かった。CRV経鼻免疫群では中和抗体は検出されたものの、前述の2群よりも低位だった。RVの脳内感染に対するマウス生残率は、CRV/CTおよびCRV経鼻免疫群において、それぞれ67%および17%であった。CRV腹腔免疫群は6頭全頭生残し、非免疫群は6頭全頭死亡した。30μlのCRV免疫群で、RVの脳内接種で生残したマウスと死亡したマウスの血清中の抗RV-IgG1、IgG2a抗体価、中和抗体価を比較したところ、生残マウスの中和抗体価とIgG2a抗体価は、死亡マウスよりも有意に高かった。IgG2a抗体がThlの活性化の指標であることから、脳内感染RVに対しては、Thl型の免疫応答と中和抗体による免疫応答が有効であることが示唆された。これらの結果より、不活化RVの経鼻投与により、RVに対する発症防御免疫を誘導することが可能であること、およびCT等のアジュバントが必須であることが示された。また、経鼻投与によりIgG2aのみならずIgG1も高値を示すマウスが多数見られたことから、Thl型およびTh2型の双方の免疫反応を誘導することが示唆された。

(第3章)不活化RVの経鼻投与により誘導される狂犬病発症防御免疫のRV末梢感染実験による評価

第1章および第2章の結果から、IgG1産生を誘導する経鼻免疫法は、補体を活性化し、末梢のRVに対して腹腔免疫法と同等以上の感染防御効果が期待できると考え、本章では、CRV/CT経鼻投与の末梢感染RVに対する感染防御効果を検討した。CRVまたはCRV/CT経鼻免疫およびCRV腹腔免疫したマウス群をそれぞれ2分し、RVを脳内感染または末梢感染させた。その結果、双方の免疫マウスの生残率は、脳内感染群より、末梢感染群の方が高かった。すべての末梢感染マウスについて、生残したマウスと死亡したマウスの血清抗体価を比較したところ、生残マウスの中和抗体価と抗RV-IgG2a抗体価に加えてIgG1抗体価も、死亡マウスよりも有意に高かったことからも、末梢のRVに対しては、Thl型のウイルス感染細胞傷害、中和抗体によるRV感染阻止に加え、補体によるウイルス排除も感染防御に強く寄与している可能性が支持された。経鼻免疫マウス血清中のIgG1、抗体の末梢感染RV感染防御における寄与について、さらに検討するため、経鼻免疫または腹腔免疫マウス血清をそれぞれマウス腹腔に移入した後、RV末梢感染実験を行った。その結果50%のマウスを生残させるために要した抗RV抗体量は、経鼻投与血清では471、859EPU、腹腔免疫血清では356、516EPUであった。それぞれに含まれる中和抗体量の比は1:2。6、IgG1抗体量比は、逆に3:1であった。これらの結果より、末梢感染RVに対する抗体の作用として、経鼻免疫群では、IgG1、抗体を介して補体によるウイルス排除が行われるため、中和抗体価が低くても腹腔免疫と同等か、それ以上の感染防御効果を示したと考えられた。

本研究より、経鼻免疫による狂犬病の発症防御免疫の誘導は可能で、その効果は、通常の感染経路である末梢感染において、より効果を発揮することが示唆された。本研究は、狂犬病に対する経鼻免疫法の有用性を示し、現行のワクチンに代わる新しいワクチン投与法になり得る可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

世界的に重要な人獣共通感染症である狂犬病は,イヌ科動物間およびイヌ科動物からの感染によりヒト,家畜に感染する.本研究では,現行の注射による狂犬病ワクチンに代わる,より安全な粘膜免疫法を確立する目的で,感染性のない不活化狂犬病ウイルス(RV)の経鼻投与による狂犬病ウイルス感染防御免疫の誘導を試みた.

RVは,感染動物の咬傷等,末梢から感染し,末梢神経細胞に感染,上行し,脳に至る.脳内では血液脳関門のため,抗体や補体成分(C4等)が,末梢に比べ低濃度でしか存在していないことから,末梢と脳内では機能する免疫機構が異なると考え,第1章において,脳内と末梢における抗体の感染防御機構を解析した.抗RV抗血清を腹腔に移入した後,RVをマウスに末梢および脳内感染させたところ,50 %生残させるために要した抗RV抗体量は,脳内に抗血清を移入し,脳内にウイルス感染させた場合に比べて,腹腔に抗血清を移入し,末梢感染させた方が4.4倍多かったが,末梢では抗体が血液循環へ希釈されること,および末梢感染させるウイルス量が,脳内感染の2,000倍であることを考慮すると,抗RV抗体は,末梢のウイルスに対して,脳内よりも低濃度で効率的にウイルスを排除していると思われた.次に,RVの外被膜蛋白(G蛋白)を認識するモノクローナル抗体(mAb)で,RV CVS株をオプソニン化した後末梢または脳内に接種した実験により,末梢におけるIgG1を介した補体によるウイルス排除の有効性が示唆された.一方,オプソニン化RVの脳内感染実験では,脳内感染RVに対しては,補体によるウイルス排除はほとんど行われず,感染防御には中和活性が有効で有効であること,さらに,中和抗体による感染防御においても,補体が相乗的に機能することが示唆された.また,貪食細胞による抗体によるオプソニン化されたウイルスの捕捉は,それほど効率的に機能していないと考えられた.

第2章では,第1章の結果を踏まえ,経鼻投与による脳内接種RVに対する感染防御効果を検討した.CRV 30 ・lをコレラトキシン(CT) 5 ・gと共に(CRV/CT),ddyマウスに5回経鼻投与し,最終免疫一週間後に採血し,抗体価を測定した後,致死量(25 LD50)のRV CVS株を脳内感染させ,CRV 30 ・lの2回腹腔免疫群と比較した.CRV/CT経鼻免疫群と腹腔免疫群は,血中抗RV-IgG抗体価は同程度の抗体価を示したが,中和抗体価は,腹腔免疫群の方が若干高かった.IgGサブクラスでは,高レベルのIgG2a抗体が双方の免疫群で検出され,Th1型の免疫が誘導されていることが示唆された.一方で,IgG1抗体は,腹腔免疫群よりも,CRV/CT経鼻免疫群で高値を示すマウスが多かった.RVの脳内感染に対するマウス生残率は,CRV/CT経鼻免疫群および腹腔免疫群では,それぞれ67 %および100 %であった. RVの脳内接種で生残したマウスと死亡したマウスの血清抗体価の比較では,生残マウスの中和抗体価とIgG2a抗体価が高く,脳内感染RVに対しては,Th1型の免疫応答と中和抗体による免疫応答が有効であることが示唆された.以上より,不活化RVの経鼻投与により,RVに対する発症防御免疫を誘導することが可能であること,およびCT等のアジュバントが必須であることが示された.また,経鼻投与によりIgG2aのみならずIgG1も高値を示すマウスが多数見られたことから,Th1型およびTh2型の双方の免疫反応を誘導することが示唆された.

第3章では,CRV/CT経鼻投与の末梢感染RVに対する感染防御効果を検討した.CRV/CT経鼻免疫マウス群をそれぞれ2分し,RVを脳内感染または末梢感染させたところ,マウス生残率は,脳内感染群より,末梢感染群の方が高かった.経鼻免疫マウス血清中のIgG1抗体の末梢感染RV感染防御における寄与について,さらに検討するため,経鼻免疫または腹腔免疫マウス血清をそれぞれマウス腹腔に移入した後,RV末梢感染実験を行った.結果として,50 %のマウスを生残させるために要した抗血清中に含まれる中和抗体量の比は1:2.6,IgG1抗体量比は,逆に3:1であったことから,末梢感染RVに対する抗体の作用として,経鼻免疫群では,IgG1抗体を介して補体によるウイルス排除が行われるため,中和抗体価が低くても腹腔免疫と同等か,それ以上の感染防御効果を示したと考えられた.

このように本論文は,経鼻免疫による狂犬病の発症防御免疫の誘導が可能であり,その効果は,末梢感染において特に有効であることを証明し,現行のワクチンに代わる新しいワクチン投与法になり得る可能性を示したもので,医学・生物学上貢献するところが少なくない.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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