学位論文要旨



No 121320
著者(漢字) 岩森,督子
著者(英字)
著者(カナ) イワモリ,トクコ
標題(和) 乳清酸性タンパク質(WAP)の新規機能に関する研究 : 抗菌作用とWAP機能の活性部位
標題(洋)
報告番号 121320
報告番号 甲21320
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3033号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

乳清酸性タンパク質(WAP)は, げっ歯類, ウサギ, ラクダ, ブタ等の乳汁中に含まれている乳清タンパク質である. WAPはWAPモチーフと呼ばれる4つのジスルフィド結合からなるドメインを二つもち, 分泌性プロテア−ゼインヒビタ−様構造を示すことから, 何らかの生物学的機能を有することが推察されていた. これまでのWAPの生物学的機能に関する研究としては, WAPを乳腺特異的もしくは全身性に過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスで, 乳腺の発達が抑制され, その結果, 乳汁の生産が十分でないため, 哺乳仔の発育不全がみられることが報告されている. また, WAPは, ホルモン依存的に乳腺胞の上皮細胞特異的に妊娠中期から泌乳中期まで高発現することが明らかになっている. 一方, WAPは種々の組織においてもRNAレベルで低い発現が報告されているが, 抗乳腺以外におけるタンパク質レベルでの発現は確認されていない.

WAPモチーフを有するWAPファミリータンパク質の中には抗プロテアーゼ活性, 抗菌作用, 消炎作用, 細胞増殖抑制等を示すことが報告されており, これらのタンパク質が生体の様々な組織から合成分泌されていることが知られている. WAPは当研究室の研究結果から, 乳腺上皮細胞の増殖を抑制することが確認されている.

本研究では, WAPファミリータンパク質の多くが抗菌作用を有することに注目し, WAPが乳腺以外の外分泌組織で発現していないかどうかを調べ, さらに, 乳汁から精製したWAPを用いて, 種々な観点からその抗菌作用について解析した.

第一章では, 未経産および泌乳期の雌マウス, 成熟雄マウスを用いて乳腺以外の各種組織におけるRNAレベルおよびタンパク質レベルでのWAPの発現を解析した. RT-PCRでは, 雌の多くの外分泌組織で, 一方, 雄では精巣上体のみで発現が確認されたが, ウエスタンブロットでは泌乳期の乳腺における高発現と雄の精巣上体において低い発現が確認された. しかし, 免疫組織化学染色による解析の結果, 泌乳期雌マウスの顎下腺漿液性終末部と子宮の子宮腺, 成熟雄マウスの精巣上体において部位特異的にWAPの発現が確認された.

そこで, 第二章では, WAPが発現している生物学的意義を探るために当研究室で作製されたWAPを全身性に発現しているCAG/WAP Tgマウスの解析を行った. 解析の結果, 過去の報告と同様に乳腺において発達異常が観察されたと同時に, Tgマウスでは唾液中の常在細菌の構成が異なる傾向がみられた. 以上の結果から, 乳腺以外の各種分泌腺でWAPが発現している意義として, WAPの抗菌作用が強く示唆された. そこで, in vitroの系を用いてWAPの抗菌実験を行った. 実験に用いたWAPは, ラット乳汁から精製し, 乳腺上皮細胞HC11に作用させて増殖抑制を示すことを確認したものである.

まず, グラム陰性菌Escherichia col JCMi5491, Escherichia coli ML35Pグラム陽性菌Staphylococcus aureus JCM2413 (S. aureus), methicillin-resistant Staphylococcus aureus MRSA10に対し精製WAPを処理させた. その結果, WAPはグラム陽性菌S. aureusの増殖を濃度依存的に抑制し, 1.75〓Mから7〓Mで増殖を50%まで減少させた. ラット乳汁中でWAPは最終濃度, 約7〓Mで存在しており, 生体内で十分作用しうると考えられる. また, pH6.6で最も強い抗菌作用を示し, 乳汁や唾液は弱酸性であることから生体内を反映した結果となった. さらに, 抗菌タンパク質や抗菌ペプチドの大部分はcationic(陽性)であり, NaClにより干渉を受け抗菌作用を失うものが多いが, WAPはanionic(陰性)であり, NaClに耐性を示した. さらに, WAPを作用させたS. aureusを走査型電子顕微鏡で観察したところ, 表面構造の破壊が認められた. また, 表面の破壊がWAPの膜貫通によるものであるかどうかを調べるため, 基質diSC3-5を用いて蛍光を測定したところ, WAPはS. aureusに対して非膜貫通的に作用していることが判明した. 走査型電子顕微鏡写真で観察されたS. aureus表面の破壊は細胞壁や細胞膜を貫通しているのではないことが明らかとなり, 抗菌試験でWAPがS. aureusの増殖を完全に抑制しなかったことからも, WAPはS. aureusの表面で非膜貫通型に影響を及ぼした結果, S. aureusの増殖を抑制した可能性が考えられた.

以上, WAPは細胞増殖抑制の他に抗菌作用を有することが今回初めて明らかとなった. WAPファミリータンパク質の中には多様な機能をもつものが多く存在しており, その作用ごとに活性ドメインが異なるものも知られている. そこで, WAPの抗菌作用と細胞増殖抑制作用における活性ドメインを同定するために, 二つのドメインの各々の8つのシステインのうち4つをアラニン置換し, 片方のドメインの立体構造を形成できない変異体(Δdomain1(ΔD1), Δdomain2(ΔD2))を作製した. また, 各々のドメインの4つのジスルフィド結合を構成するシステインを個々にアラニンに置換し, 一つずつジスルフィド結合を形成できない8つの変異体(D1-ΔC1, D1-ΔC2, D1-ΔC3, D1-ΔC4, D2-ΔC1, D2-ΔC2, D2-ΔC3, D2-ΔC4)を作製した. これらの変異体を培養細胞で合成させて, 乳腺上皮細胞HC11とS. aureusに対する影響をそれぞれ調べた. その結果, 抗菌作用にはドメイン2に存在し, WAPファミリータンパク質で保存されている配列を含んだ2,3番目のジスルフィド結合部位が大きく影響していることが明らかとなった. 一方, 細胞増殖抑制作用には両方のドメインの立体構造の存在が必要であることが分かった.

以上, 本研究から初めてWAPが抗菌作用を有することが明かとなり, また, 抗菌作用と細胞増殖抑制作用を示す活性ドメインの異なることから, WAPの抗菌作用と細胞増殖抑制作用における分子メカニズムはそれぞれ異なることが推察された.

審査要旨 要旨を表示する

乳清酸性タンパク質(WAP)は, げっ歯類をはじめ幾つかの動物種の乳汁中に同定された乳清タンパク質である. WAPはWAPモチーフと呼ばれるドメインを二つもち,分泌性プロテア−ゼインヒビタ−様構造を示すことから, その生物学的機能が示唆されていた.WAPを乳腺で過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスでは, 乳腺の発達が抑制され, その結果,哺乳仔の発育不全がみられることが報告されている. WAPモチーフを有するWAPファミリータンパク質の中には抗プロテアーゼ活性, 抗菌作用, 消炎作用, 細胞増殖抑制等を示すことが報告されている. またWAPは乳腺上皮細胞の増殖を抑制することが確認されている.

本研究は, WAPファミリータンパク質の多くが抗菌作用を有することに注目し,乳腺以外の組織でのWAPの発現を調べ, さらに乳汁から精製したWAPを用いて,その抗菌作用について種々な観点から解析したものである.

第一章では, 未経産および泌乳期の雌マウス, 成熟雄マウスを用いて乳腺以外の各種組織におけるRNAレベルおよびタンパク質レベルでのWAPの発現を解析した. RT-PCRでは, 雌の多くの外分泌組織で, 一方, 雄では精巣上体のみで発現が確認されたが, ウエスタン法では泌乳期の乳腺における高発現と雄の精巣上体において低い発現が確認された. しかし, 免疫組織化学染色による解析の結果, 泌乳期雌マウスの顎下腺漿液性終末部と子宮の子宮腺, 成熟雄マウスの精巣上体において部位特異的にWAPの発現が確認された.

そこで, 第二章では,in vitroの系を用いてWAPの抗菌実験を行った. WAPはラット乳汁から採取および精製し, 乳腺上皮細胞HC11に作用させて増殖抑制を示すことを確認したものを用いた.まず, グラム陰性菌Escherichia col JCMi5491, Escherichia coli ML35Pグラム陽性菌Staphylococcus aureus JCM2413 (S.aureus), methicillin-resistant Staphylococcus aureus MRSA10に対し精製WAPを処理させた. その結果,WAPはグラム陽性菌S.aureusの増殖を濃度依存的に抑制し, 増殖を50%まで減少させた.また,pH6.6で最も強い抗菌作用を示し,NaClに耐性を示した. さらに,WAPを作用させたS.aureusを走査型電子顕微鏡で観察したところ, 表面構造の破壊が認められた.基質diSC3-5を用いて蛍光を測定したところ, WAPはS.aureusに対して非膜貫通的に作用していることが判明した. 以上,WAPは細胞増殖抑制の他に抗菌作用を有することが今回初めて明らかとなった.

WAPファミリータンパク質の中には多様な機能をもつものが多く存在している.そこで, 第3章では,WAPの抗菌作用と細胞増殖抑制作用における活性ドメインを同定するために, 二つのドメインの各々の8つのシステインのうち4つをアラニンに置換し, 片方のドメインの立体構造を形成できない変異体(Δdomain1(ΔD1), Δdomain2(ΔD2))を作製した. また各々のドメインの4つのジスルフィド結合を構成するシステインを個々にアラニンに置換し,ジスルフィド結合を形成できない8つの変異体を作製した. これらの変異体を培養細胞で合成させて, 乳腺上皮細胞HC11とS.aureusに対する影響をそれぞれ調べた. その結果,抗菌作用には,ドメイン2に存在しWAPファミリータンパク質で保存されている配列を含んだ2,3番目のジスルフィド結合部位が大きく影響していることが明らかとなった. 一方,細胞増殖抑制作用には両方のドメインの立体構造の存在が必要であることが分かった.

以上, 本研究で初めてWAPが抗菌作用を有することを明らかにした.また抗菌作用と細胞増殖抑制作用を示す活性ドメインの異なることを示し,WAPの抗菌作用と細胞増殖抑制作用における分子メカニズムの異なることを推察した. 以上の成果は,学術上貢献するところが少なくない.

よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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