学位論文要旨



No 121322
著者(漢字) 中村,出
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,イズル
標題(和) ウシプリオン蛋白質遺伝子発現とゲノム構造の解析
標題(洋) Study on expression and genomic structure of bovine prion protein gene
報告番号 121322
報告番号 甲21322
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3035号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

序論

プリオン病は致死的な中枢神経変性疾患で、ヒトを含む様々な動物で確認されている。プリオン病の代表的なものとして、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ヒツジのスクレイピー、ウシのウシ海綿状脳症(BSE)などが知られている。これらプリオン病の病原体は異常型プリオン蛋白質(PrPSc)と呼ばれ、宿主動物の正常型プリオン蛋白質(PrPC)が変換して増幅されると考えられている。PrPCは正常な神経細胞や免疫担当細胞等で細胞膜に高い発現が見られ、glycosilphosphatidylinositol (GPI)アンカー型の糖蛋白質であることが知られているが、その機能に関しては解明されておらず不明な点が多い。PrPCはPrPScの増殖のための鋳型となると考えられていることから、PrPCはプリオン病の発病には必須であり、さらにPrPCの発現量はプリオン病の潜伏期間に影響すると考えられている。本研究では、PrPCの性状を理解するために、細胞内のPrPCの局在及び遺伝子構造の解析を行った。

第1章 野生型マウス神経細胞株の樹立

PrPCは神経細胞に多く発現しており、また、プリオン病発症時に病態を呈するのは脳神経系であることから、プリオン病及びプリオン蛋白質の研究を行う上で、神経細胞は非常に有用なものである。そこで本研究では、C57black/6Jマウスから神経細胞株の樹立を行った。妊娠14日目のマウスの胎児より海馬領域を取り出し、初代培養し、レトロウイルスベクターを用いてSV40 large-T抗原を導入し、初代培養細胞を不死化した。その後、限界希釈によりクローン化し、細胞株を樹立した。樹立した細胞株(NB3-2)が神経細胞としての特徴を維持しているかを確認するために、神経細胞マーカーとして知られるMicro Tubule Associated Protein 2 (MAP2)の発現の有無を間接蛍光抗体法(IFA)で確認した。また、ニューロフィラメント(NF-L, NF-M, NF-H)及びアストログリア細胞マーカーであるGlial Fibril Acidic Protein (GFAP)の発現の有無をReverse-Transcription-PCR (RT-PCR)で確認した。その結果、細胞株NB3-2はMAP2, NF-L, NF-M, NF-Hが各陽性であり、GFAPは陰性であった。また、NB3-2は培養条件によって神経突起を伸長させ、分化してくることから、神経前駆細胞としての性質も有している細胞株であった。以上のことから、本研究で樹立された神経細胞株NB3-2は神経細胞としての特徴を多く維持している細胞株であり、プリオン蛋白質の研究に有用な細胞株であると期待される。

第2章 PrPCの細胞内局在に関する研究

PrPはGPIアンカー型の糖蛋白質として主に神経細胞の細胞膜に局在すると考えられてきたが、近年スクレイピー感染細胞においてPrPScが細胞質中及び核内に局在することが蛍光抗体法により示されている。一方、PrPC は細胞質中には検出されているものの核への局在は確認されていない。本研究では、スクレイピー非感染細胞において核へのPrPC の局在を示すことを目的とし、神経細胞株を用いて蛍光抗体法にてPrPC の検出を行った。本研究で用いた細胞株は第1章で作成した神経細胞株NB3-2に加え、2型プリオン遺伝子欠損マウス由来の神経細胞株HpL3-4と1型プリオン遺伝子欠損マウス由来の神経細胞株Npl2およびそれぞれのプリオン遺伝子欠損細胞株にマウスあるいはウシのPrP遺伝子を導入した細胞株(それぞれHpL3-4-mPrP、HpL3-4-bPrP、Npl2-mPrP、Npl2-bPrP)である。T2および1D12の2つの抗PrPモノクローナル抗体(mAb)を用いて蛍光抗体法により染色し、蛍光顕微鏡及び共焦点顕微鏡にて観察した。その結果、T2抗体ではマウス・ウシどちらのPrP発現細胞でも主に細胞膜近傍に強い蛍光が観察された。一方1D12抗体では、Npl2-mPrPで核に、HpL3-4-bPrPとNpl2-bPrPで細胞膜近傍及び核に強い蛍光が観察されたが、HpL3-4-mPrPは蛍光を示さなかった。また、細胞株及び抗体によって検出されるPrPCの細胞内局在に違いがあった。本研究により、細胞種によって違いはあるもののPrPCがスクレイピー非感染細胞において核に局在することが示された。すでに、部分欠損プリオン遺伝子から発現する部分欠損PrPが核内に局在することは別の研究室によってなされている。本研究は新たに欠損のないPrPCの発現も核内に存在することを示すものである。

第3章 和牛プリオン蛋白質遺伝子のゲノム構造の解析

プリオン病PrPSCの蓄積によって引きおこされる致死的な中枢神経変性疾患であり、長い潜伏期間の後発症する。なかでもヒツジやヤギのプリオン病であるスクレイピーは宿主のPrP遺伝子の多型により、病気の潜伏期間が大きく影響されることが知られている。一方ウシに関しては、PrP遺伝子の蛋白質コード領域内には塩基置換が少なく、塩基置換とBSEの発症との間には大きな関係はないとされてきた。しかし、近年ではウシPrP遺伝子のExon 1領域近傍の多型も報告されており、ウシにおいてもプリオン病の発症にPrP遺伝子が影響する可能性が示唆されている。ウシのPrP遺伝子のエキソン1近傍にはPrP遺伝子の発現を制御するプロモーターとしての働きをする領域が存在すると考えられている。しかし、ウシのPrP遺伝子プロモーター領域の重要な部分の同定はまだなされていない。特に日本で飼育されている肉用牛の95%を占める黒毛和種に関する知見は少ない。以上のことから本研究では、黒毛和種の材料を用いて、プロモーター活性を持つと予想されるエキソン1近傍の領域の塩基配列を明らかにすることを目的に研究を行った。日本で飼育されている黒毛和種においてプロモーター領域に塩基置換、欠損及び挿入を持つ個体の頻度を調べるために、エキソン1近傍の領域をSingle Strand Conformation Polymorphism (SSCP)により解析した。黒毛和種の脂肪組織よりDNAを抽出し、45個体のSSCP解析を行った。解析した領域はエキソン1の上流の-463から下流の+323までの領域で、プロモーター活性を持つと考えられている領域である。この786 bpの領域に3対のプライマーを設計しSSCP解析に用いた。その結果、-463〜-166には多型は見出されなかったが、-213〜+83及び+36〜+323には多型が検出された。その多型の頻度はそれぞれ-213〜+83では45個体中5個体、+36〜+323では45個体中6個体であった。+36〜+323は、ホルスタインのPrP遺伝子においてプロモーター活性に影響する欠損/挿入変異が存在すると考えられている領域が含まれている。今回SSCPにより泳動度に違いが見出された個体にも、ホルスタインと同じ変異が存在することが考えられた。次に、黒毛和種のPrP遺伝子においてSSCPにより+36〜+323で見つかった多型がホルスタインで見つかっている12 bp(GGGGGCCGCGGC)の欠損/挿入変異と同じ塩基配列のものであるのかを確かめるために塩基配列の解析を行った。その結果、イントロン1の領域(+301)にホルスタインのPrP遺伝子でみられるものと同じ塩基配列の欠損/挿入変異が見出された。日本で飼育されているホルスタイン遺伝子の同領域の塩基配列を解析したところ、日本で飼育されているホルスタインの遺伝子にも4サンプル中2サンプルで+301に同様の12 bpの欠損/挿入変異が確認された。また、イントロン1の+1028~+2502の領域の塩基配列の解析を行ったところ、この領域にはプロモーター活性に大きな影響を与えると予想される転写因子認識配列は存在しなかった。本研究により、日本で飼育されている黒毛和種及びホルスタインのPrP遺伝子プロモーター領域の塩基配列が明らかにされ、他の品種で確認されているイントロン1の欠損/挿入変異と同じ塩基配列をもつ欠損/挿入変異が確認された。今後、これらの変異遺伝子をプリオン遺伝子欠損細胞に導入し、その発現様式を検討する予定である。

まとめ

本研究により、プリオン蛋白質の性状の解析に有用であるマウス由来の神経細胞株が樹立され。また、PrPC の神経細胞内での核への局在及び和牛のPrP遺伝子のエキソン1近傍の塩基配列が示された。本研究で示されたこれらの新たな知見は、いまだ未解明であるPrPC の機能解明に有用なものである。今後の解析により、PrPCの細胞内での代謝機構や、種ごとに異なるプリオン病の潜伏期間のメカニズムの解明にも寄与するものであると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

プリオン病の病原体は異常型プリオン蛋白質(PrPSc)と呼ばれ、正常型プリオン蛋白質(PrPC)が変換して増幅されると考えられている。PrPCはその機能に関しては不明な点が多い。PrPCはPrPScの増殖のための鋳型となると考えられていることから、PrPCはプリオン病の発病には必要であり、さらにPrPCの発現量はプリオン病の潜伏期間に影響すると考えられている。本研究では、PrPCの性状を理解するために、細胞内のPrPCの局在及び遺伝子構造の解析を行った。PrPCは神経細胞に多く発現しており、また、プリオン病発症時に病態を呈するのは脳神経系であることから、プリオン病及びプリオン蛋白質の研究を行う上で、神経細胞は有用なものである。そこで第1章では、マウスから神経細胞株の樹立を行った。マウス胎児より海馬領域を初代培養・不死化し、細胞株を樹立した。樹立した細胞株(NB3-2)が神経細胞としての特徴を維持しているかを確認するために、MAP2の発現を解析した。また、ニューロフィラメント及びGFAPのmRNAの発現を解析した。その結果、細胞株NB3-2はMAP2、ニューロフィラメントが各陽性であり、GFAPは陰性であった。また、NB3-2は神経前駆細胞としての性質も有している細胞株であった。神経細胞株NB3-2は神経細胞としての特徴を多く維持している細胞株であり、プリオン蛋白質の研究に有用な細胞株であると期待される。第2章では、スクレイピー非感染細胞において核へのPrPCの局在を示すことを目的とし、神経細胞株を用いて蛍光抗体法にてPrPCの検出を行った。PrPは主に神経細胞の細胞膜に局在すると考えられてきたが、近年スクレイピー感染細胞においてPrPScが細胞質中及び核内に局在することが示されている。抗PrPモノクローナル抗体1D12を用いて蛍光抗体法により観察した。その結果、マウスPrP発現Npl2細胞株で核に、ウシPrP発現HpL3-4細胞株およびウシPrP発現Npl2細胞株で細胞膜近傍及び核に強い蛍光が観察されたが、マウスPrP発現HpL3-4細胞株では蛍光を示さなかった。本研究により、細胞種によって違いはあるもののPrPCがスクレイピー非感染細胞において核に局在することが示された。本研究は新たにPrPCの発現も核内に存在することを示すものである。第3章では、黒毛和種の材料を用いて、プロモーター活性を持つと予想される領域の塩基配列を明らかにすることを目的に研究を行った。スクレイピーはPrP遺伝子の多型により、病気の潜伏期間が影響されることが知られている。一方ウシに関しては、塩基置換とBSEの発症との間には大きな関係はないとされてきたが、近年ではウシPrP遺伝子のエキソン1領域近傍の多型も報告されており、ウシにおいてもプリオン病の発症にPrP遺伝子が影響する可能性が示唆されている。しかし、日本で飼育されている黒毛和種に関する知見は少ない。そこで、日本で飼育されている黒毛和種においてプロモーター領域に多型を持つ個体の頻度を調べるために、エキソン1近傍の領域をSSCPにより解析した結果、-213〜+83及び+36〜+323に多型が検出された。多型の頻度はそれぞれ-213〜+83では45個体中5個体、+36〜+323では45個体中6個体であった。次に、黒毛和種のPrP遺伝子においてSSCPにより+36〜+323で見つかった多型がホルスタインで報告されている12bpの欠損/挿入変異と同じ塩基配列のものであるのかを確かめるために塩基配列の解析を行った。その結果、イントロン1の領域(+301)にホルスタインのPrP遺伝子でみられるものと同じ塩基配列の欠損/挿入変異が見出された。また、イントロン1の+1028~+2502の領域の塩基配列の解析を行ったところ、この領域にはプロモーター活性に大きな影響を与えると予想される転写因子認識配列は存在しなかった。本研究により、日本で飼育されている黒毛和種及びホルスタインのPrP遺伝子プロモーター領域の塩基配列が明らかにされ、他の品種で確認されているイントロン1の欠損/挿入変異と同じ塩基配列をもつ欠損/挿入変異が確認された。本研究で示されたこれらの新たな知見は、いまだ未解明であるPrPC の機能解明に有用なものである。したがって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の内容を有するものと判定した。

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