学位論文要旨



No 121328
著者(漢字) 中嶋,明子
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,アキコ
標題(和) 炎症性疾患におけるIL-1/IL-1レセプターアンタゴニストシステムの役割
標題(洋)
報告番号 121328
報告番号 甲21328
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3041号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 助教授 今川,和彦
内容要旨 要旨を表示する

炎症反応は、免疫系の活性化を伴う生体防御機構の一つであり、細菌やウイルスなどの感染源除去や外傷による組織損傷の修復過程に必要な生体応答で、生理的メディエーターであるサイトカインやケモカインが関与することが知られている。生体内では様々なサイトカイン、ケモカインがネットワークを形成しており、相乗的あるいは拮抗的に作用することにより生体の恒常性(ホメオスタシス)を維持している。ところが、これらのサイトカインネットワークの均衡が崩れると、サイトカインの産生異常や自己抗原に反応する過剰な免疫応答が誘導され、様々な炎症性疾患、自己免疫性疾患が惹起される。特にインターロイキン-1(IL-1)、腫瘍壊死因子-・(TNF-・)、IL-6などに代表されるサイトカインは、その誘導過程において様々な炎症応答を促すことから炎症性サイトカインと呼ばれている。また、これらの炎症性サイトカインにより惹起された炎症応答を鎮静化する機構として、IL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)やIL-10などの抗炎症性サイトカインを誘導することが知られている。

IL-1は、炎症応答や免疫応答のメディエーターとして知られているが、近年、免疫系のほかに神経系・内分泌系など広範な調節を司っていることが明らかとなってきた。IL-1の作用に拮抗する分子としてIL-1RaやII型IL-1レセプター(IL-1RII)が知られており、IL-1/IL-1RシステムはIL-1RaやIL-1RIIといった負の制御機構を利用してホメオスタシスが維持される。ところが、何らかの要因でその均衡が破綻すると、慢性炎症を伴う全身性あるいは臓器特異的な自己免疫性疾患や炎症性疾患が惹起されると考えられており、病態形成には複雑なサイトカインネットワークの関与が示唆される。当研究室で作製されたIL-1Ra遺伝子欠損マウス(IL-1Ra KO)は、BALB/cA背景に8代以上戻し交配すると、ヒト関節リウマチ(rheumatoid arthritis : RA)に酷似した慢性関節炎と大動脈炎を自然発症することが宝来、松木らにより報告された。しかし、関節炎の発症機構に関してその詳細は明らかではなかった。更に、新たにヒト尋常性乾癬(psoriasis vulgaris : PS)に類似した皮膚炎を発症することを見出した。

そこで本研究では、自己免疫疾患ならびに炎症性疾患におけるIL-1の役割を総合的に理解するために、1)IL-1Ra遺伝子欠損マウスにおける慢性関節炎と自己免疫について、2)IL-1Ra遺伝子欠損マウスにおける乾癬様皮膚炎の発症機構と炎症性サイトカインの役割について、3)IL-1の活性を制御する機構に着目し、II型IL-1レセプター(IL-1R2)遺伝子欠損マウスを作製し基礎解析を行い、IL-1/IL-1Rシステムと疾患との関与について総合的に考察した。

RAは、筋骨格系といった運動器が系統的に侵襲される疾患であり、患者の日常生活を中心とする生活の質(quality of life : QOL)が著しく低下するため、心理的損失だけでなく社会的損失の大きい疾患である。先進諸国において、リウマチ性疾患は高齢化社会や環境要因の変化により、増加の一途をたどっており、その発症機構の解明は急務とされている。RAは好中球、II型コラーゲン(IIC)などを自己抗原として認識する自己反応性T細胞の浸潤を認める自己免疫性疾患である。近年、関連遺伝子座の連鎖解析が行われているが、多因子性疾患であるため一遺伝子変異で説明できないことから、治療の現状は炎症抑制を目的とした対症療法が中心となっており、軽快はしても完治させることのできない難治性疾患である。第一章では、IL-1Ra KOの慢性関節炎の発症機構においてその病因細胞を免疫学的手法ならびに病理学的手法を用いて解析した。

IL-1Ra KOは、3-4週齢から四肢関節(手首、踵)に慢性関節炎を発症し、加齢に伴い増悪化した。発症個体の骨髄細胞から致死量放射線照射した野生型マウス(wild type : WT)への骨髄移植により関節炎病態を誘導することができ、逆にWTから関節炎未発症IL-1Ra KOへの骨髄移植により関節炎病態は完全に抑制された。以上の結果から、造血幹細胞が関節炎の病因細胞であることが判明した。更に、免疫不全モデルマウスにCD4陽性T細胞、脾臓細胞、T細胞を除いた脾臓細胞をそれぞれ移植したところ、CD4陽性T細胞、脾臓細胞で関節炎が誘導され、脾臓細胞移植の重症度が高かった。また、胸腺細胞移植では骨破壊を伴う関節炎は誘導されなかった。以上の結果から、慢性関節炎の病因細胞は、末梢CD4陽性T細胞であることが示され、IL-1Raの欠損によりIL-1の過剰応答が起こり、自己反応性持った細胞が負の選択を受けずに増殖し恒常的に活性化状態にあることが示唆された。

PSは炎症性角化症の代表的例で、一見単純に見えるが何にでも陽性所見が得られるため、病態的にも治療の面においても大変難しく、RA同様QOLの低下が著しい疾患である。本邦では、白色人種に比べ罹患率は0.02%と非常に低いが、年々、生活環境の欧米化に伴い、増加の一途をたどっている。近年、PSが自己免疫疾患であるという仮説が立てられ、T細胞の機能を選択的に抑制するcyclosporin A(CyA)のPS患者への投与により皮疹の軽快が認められるが、角化細胞にはCyAレセプターが発現しており、増殖が直接抑制されていることも知られている。また、自己抗原が特定されておらず、その発症機構は未だ不明な点が多く、発症機構の解明は急務とされている。第二章では、IL-1Ra KOマウスの乾癬様皮膚炎の発症機構においてその病因細胞を免疫学的手法ならびに病理学的手法を用いて解析した。

IL-1Ra KOは、5-6週齢から被毛の少ない耳介、尾部に慢性皮膚炎を発症し、加齢に伴い増悪化した。重症例では、5-6ヶ月齢個体で眼瞼周縁や趾間部に脱毛、糜爛を伴う皮疹が生じるが、体幹には認められなかった。病理組織像は、過角化、表皮肥厚、好中球浸潤、膿瘍形成、血管新生が認められ、PSの病理像と酷似し、接触性皮膚炎(contact hypersensitivity : CHS)のようなアレルギ―性皮膚炎とは異なっていた。しかし、PSのようなCD8陽性T細胞の表皮内浸潤は認められなかった。また、関節炎とは異なり、発症個体の骨髄細胞から致死量放射線照射したWTへの骨髄移植による皮膚炎病態の誘導とWTから皮膚炎未発症IL-1Ra KOへの骨髄移植による関節炎病態の抑制は殆ど認められず、移植後2-4週間で置換される造血幹細胞ではなくレシピエントの皮膚に病因細胞が存在することが示唆された。更に、免疫不全モデルマウスに発症個体由来のCD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞、胸腺細胞をそれぞれ移植したが、いずれの場合においても皮膚炎は誘導されなかった。以上の結果から、慢性皮膚炎の病因細胞は、T細胞以外の皮膚に存在する細胞であり、この細胞でのIL-1Raの欠損がIL-1の過剰応答を介した角化細胞の増殖異常と好中球の表皮層への浸潤を惹起しており、結果的に自己免疫とは無関係に乾癬様病態形成されていることが示唆された。これらの現象は、IL-1が表皮角化細胞の中でも基底細胞において高いレベルで発現していることが知られており、角化細胞特異的にIL-1・を発現するIL-1・ 遺伝子導入マウス(IL-1・ Tg)において角化症を発症することからも説明できる。

RAやPSは、様々な炎症性サイトカインがその病態形成に関与していると考えられており、近年、炎症性サイトカインや抗炎症性サイトカインを制御するようなサイトカイン療法が多数報告されている。しかし、多因子性疾患であるという一面から、全ての患者に効果が見られるわけではない。そこで、疾患モデル動物を用いた、治療法の評価系が有用であると考えられているため、IL-1Ra KOマウスで発症する疾患に関与する炎症性サイトカインについて免疫学的手法を用いて解析した。

IL-1Ra KOにおける慢性関節炎や皮膚炎は、TNF-・の欠損で完全に抑制され、IL-6の欠損で増悪化した。発症個体の骨髄細胞からTNF-・欠損IL-1Ra KOへの骨髄移植とTNF・欠損IL-1Ra KOから皮膚炎未発症IL-1Ra KOへの骨髄移植により両病態が誘導され、関節炎では両者に大差がなく、T細胞のIL-1Ra欠損が必須で、TNF-・の供給源は問われないことが示された。一方、皮膚炎は、後者で増悪化したことから、レシピエント角化細胞のIL-1Ra欠損が必須で、レシピエント皮膚の好中球や角化細胞からのTNF-・供給が重要であると考えられた。また、IL-1Ra KOのCD4陽性T細胞や表皮角化細胞でTNF-・の産生が亢進しているため、TNF-・はIL-1シグナルの下流に位置すると考えられる。一方、IL-6は炎症性作用だけでなく抗炎症性作用も示す。IL-1Ra KOではIL-6が炎症だけでなく抗炎症応答に重要で、IL-6の欠損により抑制応答が減弱し、増悪化したと考えられ、今後はIL-6の抗炎症応答についての解析を進める予定である。

IL-1にはIL-1Ra以外にもIL-1R2を介した負の制御システムが存在する。IL-1R2は、細胞内ドメインを欠き、IL-1リガンドからのシグナルを細胞内に伝達することができない。また、全身のあらゆる組織・細胞に広範に発現していることから、恒常的なIL-1の制御を担っていると考えられる。第三章では、IL-1R2遺伝子欠損マウス(IL-1R2 KO)を作製し、組織・細胞レベルでの基礎解析を行い、IL-1との連鎖が報告されている疾患との関与について考察した。

IL-1R2遺伝子欠損マウス(IL-1R2 KO)における基礎解析を行ったところ、リンパ球のプロファイルや臓器形成における異常は確認されなかった。しかし、本論文にて報告したIL-1R2 KOマウスは129/SvxC57BL/6の交雑背景であり、IL-1Ra KOの自己免疫・炎症性疾患はBALB背景のみで観察されたことから、IL-1R2 KOマウスをBALB背景に戻し交配する必要性が考えられる。また、IL-1は先述のような免疫系疾患のほかに、虚血性脳卒中やアルツハイマー病の病態形成に関与していることが報告されている。本章では、免疫系の炎症性疾患に関する考察を行ったが、今後は神経系の炎症性疾患への寄与と治療への有効性も視野に含めた解析を行う必要があると考えている。

以上の結果から、IL-1Ra KOでは、IL-1/IL-1Rシステムの均衡が崩れ、サイトカインネットワークを介してTNF-・依存的に自己免疫や炎症応答を惹起した。しかし、RAのような全身性自己免疫モデルであるにもかかわらず、自己免疫に非依存的なPS様の病態も発症したことから、今後はIL-1Raを利用したサイトカイン療法の適用範囲が広がることが期待される。また、IL-1R2 KOは、交雑系での病態誘導は認められなかった。しかし、戻し交配によりBALB背景にすることで、IL-1Ra KOのような様々な炎症性疾患の誘導が期待される。さらに、IL-1R2の神経系炎症性疾患治療への寄与が報告されていることから、創薬の標的分子を探索するツールとしての可能性も期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、IL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)遺伝子欠損マウスで発症する炎症性疾患について、第1章では、TNF 、IL-6のサイトカイン遺伝子欠損マウスならびにSCIDなど免疫不全モデルマウスを用いて、関節リウマチ様の慢性関節炎の発症機構に関与するサイトカインの役割と発症を惹起する細胞種について述べ、第2章では、同じく各種遺伝子欠損マウスを用いて、尋常性乾癬様の慢性皮膚炎の発症機構に関与するサイトカインの役割と発症を惹起する細胞種について述べている。また、その前後に緒言および参考論文の記載がなされている。

論文申請者はまず、IL-1Ra遺伝子欠損マウス(IL-1Ra KO)における慢性関節炎と自己免疫について検討した。その結果、IL-1Ra KOマウスで発症した慢性関節炎の発症惹起細胞は、骨髄細胞移植とT細胞移植の結果からCD4陽性T細胞であり、CD8陽性T細胞やT細胞を除去した脾臓細胞などの関与は認められなかった。また、骨髄細胞移植の結果から、ドナー細胞におけるIL-1Raの欠損が病態惹起に重要であることを明らかにした。さらに、IL-1Ra欠損SCIDマウスを作製し、関節炎が発症しないことを見出した。参考論文でIL-1Ra KOマウスの末梢CD4陽性T細胞が恒常的に活性化していることを示し、慢性関節炎の発症機構にはIL-1Raの欠損により、IL-1シグナルが亢進することでT細胞の活性化を促進し、四肢関節に炎症と骨破壊を惹起することがわかった。

次に、IL-1Ra KOマウスにおける慢性関節炎発症に関与するサイトカインについて、TNF 、IL-6遺伝子欠損マウスとIL-1Ra KOマウスを交雑してそれぞれの二重遺伝子欠損マウス(IL-1Ra x TNF KO、IL-1Ra x IL-6 KO)を作製し、関節炎発症について検討している。その結果、IL-1Ra x IL-6 KOマウスでは発症時期や初期の重症度には、有意差が認められなかったが、最終発症率や加齢後の重症度は増悪化していた。これに対し、IL-1Ra x TNF KOマウスでは関節炎は全く発症しなかった。この結果、TNF が関節炎発症に必須であることがわかった。さらに、骨髄細胞移植・T細胞移植の結果からT細胞におけるTNF 産生が重要であることがわかった。

以上の結果から、IL-1Ra KOマウスにおける関節炎発症は、CD4陽性T細胞を原因細胞としてTNF を介した自己免疫である可能性を示唆している。

さらに論文申請者は、IL-1Ra KOマウスにおける慢性皮膚炎の発症機構について検討している。まず、外観所見と耳介ならびに尾部の罹患部位の病理切片からヒト尋常性乾癬ならびに膿疱性乾癬との類似点を見出した。そこで、前章の関節炎と同様に細胞移植、サイトカイン欠損マウスとの交雑による原因細胞と疾患関連サイトカインの解析を試みた。その結果、IL-1Ra x IL-6マウスでは、発症時期、重症度ともに増悪化していた。これに対し、IL-1Ra x TNF KOマウスでは、完全に抑制された。したがって、関節炎の発症パターンと類似性があることがわかった。また、慢性皮膚炎の発症にもTNF が必須であることが示された。

次に、細胞移植から原因細胞の割り出しを試みた結果、IL-1Ra KOマウスで発症した皮膚炎の発症惹起細胞は、レシピエント表皮角化細胞におけるIL-1Ra遺伝子の欠損が重要であり、血球系細胞の関与は認められなかった。また、骨髄細胞移植の結果から、ドナー細胞がIL-1Ra とTNF を欠損していてもレシピエントにIL-1Ra KOマウスを用いると重症病態が惹起されることから、TNF の供給源もレシピエント皮膚の細胞であることを明らかにした。さらに、IL-1Ra欠損SCIDマウスを作製し、皮膚炎がIL-1Ra KOマウスと同程度に発症することを見出した。この結果から、慢性皮膚炎ではIL-1Raの欠損により、IL-1シグナルが亢進することで角化細胞の活性化を促進し、増殖と分化異常をもたらし、T細胞非依存的な発症機構を有することを示した。

尋常性乾癬の発症機構は未だ解明されていないため、他の乾癬モデルとヒトの乾癬病態における知見との比較を行うために、IL-1Ra KOマウスの罹患部位の表皮ならびに初代培養角化細胞におけるIL-1刺激後の疾患関連サイトカイン・ケモカインの発現を解析した。その結果、ヒト乾癬病態と同様、TNF 、IL-1 、IL-1 、CXCL1、CXCL2、CXCL10、CCL20などの発現が亢進していることがわかった。さらに、STAT3の活性化が乾癬病態の形成に関与していることが知られているので、IL-1Ra KOマウス罹患部位のSTAT3の発現と活性化について、免疫組織化学により評価した。その結果、IL-1Ra KO、IL-1Ra x IL-6 KOマウスの罹患部角化細胞で、活性化型STAT3の核内移行が認められた。

以上、本研究により、関節リウマチ様病態と乾癬様病態の形成にはIL-1シグナルが重要な役割を担っており最終局面でTNF が必須となっていること、その原因細胞が病態によって異なることが初めて明らかとなり、一遺伝子欠損による病態モデルに様々な可能性が示された。今後、このマウスがこれらの疾患の治療の標的細胞探索ならびに創薬開発に大きく貢献することが期待される。

尚、本論文において関節炎の研究は宝来玲子らとの共同研究で、乾癬様皮膚炎の研究は松木大造、小宮根真弓、朝比奈昭彦、須藤カツ子、宝来玲子、岩倉洋一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

したがって、博士(獣医学)の学位を授与できると認める。

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