学位論文要旨



No 121332
著者(漢字) 大森,啓太郎
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,ケイタロウ
標題(和) 犬におけるワクチン接種後アレルギー反応に関する研究
標題(洋) Studies on allergic reactions after vaccination in dogs
報告番号 121332
報告番号 甲21332
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3045号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 助教授 大野,耕一
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 理化学研究所 チームリーダー 坂口,雅弘
内容要旨 要旨を表示する

犬においてワクチン接種後に様々な副反応が起こることが知られているが、なかでもアレルギー反応の占める割合が多いことが報告されている。とくに全身性アレルギー反応であるアナフィラキシーショックは、ワクチン接種のために来院した健康な犬を生命の危機にさらし、ときには死亡させることがある。このような現状から、ワクチン接種後アレルギー反応は小動物臨床において克服すべき重要課題であると考えられる。しかしながら、犬においてワクチン接種後アレルギー反応に関する臨床的解析や発生メカニズムの解明を目指した基礎研究はこれまでにほとんど行われておらず、その実態については不明な点が多かった。そこで本研究においては、犬におけるワクチン接種後アレルギー反応の実態および病態を明らかにし、さらに犬用ワクチンに含まれるアレルゲンを特定することを目的として一連の解析を行った。

第一章:犬のワクチン接種後アレルギー反応の実態に関する疫学調査

2001〜2002年に全国50箇所の開業動物病院の協力を得て、犬ジステンパーや犬パルボウイルス感染症などに対するワクチン接種の後、24時間以内にアレルギー反応と考えられる症状を示した犬85頭の臨床所見を解析した。85頭の犬をその臨床症状によって分類した結果、24頭が呼吸器・循環器症状(虚脱、血圧低下、徐脈、呼吸困難、呼吸促迫など)を、59頭が皮膚症状(顔面腫脹、痒み、紅斑、蕁麻疹など)を、2頭が呼吸器・循環器症状と皮膚症状の両方を示していた。また、これらの犬のうち16頭が消化器症状(嘔吐、下痢など)を併発していた。さらに呼吸器・循環器症状を示した犬のうち1頭が死亡していた。呼吸器・循環器症状を示した24頭、および呼吸器・循環器症状と皮膚症状を同時に示した2頭では、その症状は全例においてワクチン接種後60分以内に発現していた。一方、皮膚症状を示した59頭では、その症状は、22頭においてワクチン接種後60分以内に、37頭においてワクチン接種後1〜24時間に発現していた。このことから、呼吸器・循環器症状はIgE媒介性即時型反応によるアナフィラキシーショックに起因するものであり、皮膚症状は即時型反応とT細胞媒介性の非即時型反応の両方が関与することが示唆された。また、85頭のうち、16頭が1回目のワクチン接種にもかかわらずアレルギー反応を示していたことから、これらの犬においてはワクチン接種以外の経路によってワクチン成分中のアレルゲンに感作されていたものと考えられた。また、今回の調査において、ワクチンに対するアレルギー反応が認められた85頭の犬のうち31頭(36%)がミニチュアダックスフンドであったことから、本品種がワクチンアレルギーの好発犬種である可能性が考えられた。

第二章:ワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬におけるワクチンおよびワクチン成分に対する血清中IgE抗体の反応性

第一章におけるワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬に関する疫学調査から、ワクチン接種後60分以内に臨床症状が発現した即時型反応の病態はIgE媒介性I型過敏反応であることが示唆された。そこでワクチン接種後即時型アレルギー反応を起こした犬におけるワクチン中アレルゲンの解析を行った。

ワクチン接種後60分以内にアレルギー反応を起こした犬10頭の血清を用い、ワクチンおよびワクチン成分に対する血清中IgE値をマウス抗イヌIgEモノクローナル抗体を用いたELISA法により測定した。また、ワクチン成分中に含まれる牛血清アルブミン(BSA)量をサンドイッチELISA法により測定した。

ワクチン接種後アレルギー反応を起こした10頭のうち、5頭が虚脱、呼吸困難、チアノーゼなどの呼吸器・循環器症状を起こし、5頭が顔面浮腫や痒みなどの皮膚症状を起こしていた。ワクチンに対する血清中IgE抗体を測定した結果、10頭中8頭においてワクチンに対するIgE抗体が検出された。さらに、ワクチン成分に対する血清中IgE抗体の反応性を調べた結果、8頭中7頭においてワクチンに含まれる牛胎子血清(FCS)に対するIgE抗体が検出され、1頭において安定剤としてワクチンに含まれているゼラチンおよびカゼインに対するIgE抗体が検出された。また、FCS中のタンパク質成分の1つであるBSAが、市販の犬用ワクチン中に多量に含まれていることが明らかとなった。

本研究の結果、ワクチン接種後即時型アレルギー反応はワクチンに対するIgE媒介性I型過敏反応によって引き起こされることが示された。また、ワクチン中に含まれるFCS、ゼラチン、およびカゼインがワクチン接種後アレルギー反応の原因アレルゲンとなっていることが明らかとなった。

第三章:ワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬におけるFCS中アレルゲンの解析

第二章における研究結果から、犬におけるワクチン接種後アレルギー反応の主要な原因アレルゲンは、ワクチン中に含まれるFCSであることが明らかとなった。そこでFCS中においてアレルゲンとなり得るタンパク質成分を解析した。

ワクチン接種後にアレルギー反応を起こし、ワクチンおよびFCSに対するIgE抗体を有する16頭の犬の血清を用いた。ワクチンおよびFCSに対するIgE抗体はELISA法により検出し、次いでこれら犬の血清IgE抗体と反応するFCS中のタンパク質成分を、抗イヌIgE抗体を用いたイムノブロット法によって解析した。

血清を解析した16症例のうち、2頭がアナフィラキシーと考えられる呼吸器・循環器症状を起こし、14頭が顔面浮腫などの皮膚症状を起こしていた。これらアレルギー反応は、ワクチン接種後数分から20時間に認められていたが、即時型および非即時型反応のいずれを起こした場合にもワクチンおよびFCSに対するIgE抗体が検出された。FCS成分中アレルゲンのイムノブロット解析においては、ワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬の血清IgE抗体が認識するさまざまな分子量のタンパク質が検出された。なかでも、16頭中14頭の犬の血清が約66-kDaのタンパク質に対し反応していた。分子量からこのタンパク質がBSAであることを想定し、精製BSAに対する血清中IgE抗体の反応性を検討したが、精製BSAに対するIgE抗体が検出された犬は16頭中4頭のみであった。

これらの結果から、BSAの他、複数の血清タンパク質がFCS中のアレルゲンとなっていることが明らかとなった。BSAはFCSの成分であるだけでなく、レプトスピラ用不活化ワクチンにも大量に含有されていることから、アレルギー反応の少ないワクチンを製造するためには、ワクチン成分からのFCSおよびBSAの除去が必要であるものと考えられた。

これら一連の研究結果から、犬においてワクチン接種後アレルギー反応を引き起こすワクチン成分中のアレルゲンとして、FCS、BSA、ゼラチンおよびカゼインを同定することができた。ヒトにおいては、ワクチン成分からアレルゲンを除いた低アレルゲン化ワクチンを開発することにより、ワクチン接種後アレルギー反応の件数が劇的に減少したことが報告されている。犬においても、ワクチン接種後アレルギー反応を減らすためには、ワクチン成分からアレルゲンを除去した犬用低アレルゲン化ワクチンを開発することが必要である。今回の一連の研究は、犬におけるワクチン接種後アレルギー反応の病態を明らかにしたものであり、その発生を減らすための具体的な方策を提示し得たものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、犬におけるワクチン接種後アレルギー反応の実態および病態を明らかにし、さらに犬用ワクチンに含まれるアレルゲンを特定することを目的として一連の解析を行った。

第一章:犬のワクチン接種後アレルギー反応の実態に関する疫学調査

狂犬病以外の市販の犬用ワクチン接種後、24時間以内にアレルギー反応と考えられる症状を示した犬85頭の臨床所見を解析した。85頭の臨床症状は、24頭が呼吸器・循環器症状(虚脱、血圧低下、徐脈、呼吸困難、呼吸促迫など)を、59頭が皮膚症状(顔面腫脹、痒み、紅斑、蕁麻疹など)を、2頭が呼吸器・循環器症状と皮膚症状の両方を示していた。また、これらの犬のうち16頭が消化器症状(嘔吐、下痢など)を併発していた。さらに呼吸器・循環器症状を示した犬のうち1頭が死亡していた。呼吸器・循環器症状を示した24頭、および呼吸器・循環器症状と皮膚症状を併発した2頭では、その症状は全例においてワクチン接種後60分以内に発現していた。一方、皮膚症状を示した59頭では、その症状は、22頭においてワクチン接種後60分以内に、37頭においてワクチン接種後1〜24時間に発現していた。このことから、呼吸器・循環器症状はIgE媒介性即時型反応によるアナフィラキシーショックに起因するものであり、皮膚症状はIgE媒介性即時型反応とT細胞媒介性の非即時型反応の両方が関与することが示唆された。また、85頭のうち、16頭が初回ワクチン接種後にアレルギー反応を起こしていたことから、これらの犬においてはワクチン接種以外の経路によってワクチン成分中のアレルゲンに感作されていたものと考えられた。今回の調査においては、85頭中31頭(36%)がミニチュアダックスフンドであったことから、本品種がワクチンアレルギーの好発犬種である可能性が考えられた。

第二章:ワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬におけるワクチンおよびワクチン成分に対する血清中IgE抗体の反応性

ワクチン接種後60分以内にアレルギー反応を起こした犬10頭の血清を用い、ワクチンおよびワクチン成分に対する血清中IgE抗体をマウス抗イヌIgEモノクローナル抗体を用いたELISA法により測定した。その結果、10頭中8頭においてワクチンに対するIgE抗体が検出された。さらに、8頭中7頭においてワクチンに含まれる牛胎子血清(FCS)に対するIgE抗体が検出され、1頭において安定剤としてワクチンに含まれているゼラチンおよびカゼインに対するIgE抗体が検出された。また、市販の犬用ワクチンにおいて、FCS成分の1つである牛血清アルブミン(BSA)をサンドイッチELISA法により測定した結果、犬用ワクチン中に大量のBSAが含まれていることが明らかとなった。これらの結果から、ワクチン接種後即時型アレルギー反応はワクチンに対するIgE媒介性I型過敏反応によって引き起こされることが示唆された。また、ワクチン中に含まれるFCS、ゼラチン、およびカゼインがワクチン接種後アレルギー反応の原因アレルゲンとなっていることが明らかとなった。

第三章:ワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬におけるFCS中アレルゲンの解析

ワクチン接種後アレルギー反応を起こし、ワクチンおよびFCSに対するIgE抗体を有する16頭の犬の血清を用いて、FCS成分中アレルゲンを、抗イヌIgE抗体を用いたイムノブロット法によって解析した。その結果、ワクチン接種後アレルギー反応を起こした犬の血清IgE抗体が認識するさまざまな分子量のタンパク質が検出された。なかでも、16頭中14頭の犬の血清が約66-kDaのタンパク質に対し反応していた。分子量からこのタンパク質がBSAであることを想定し、精製BSAに対する血清中IgE抗体の反応性を検討したが、精製BSAに対するIgE抗体が検出された犬は16頭中4頭のみであった。これらの結果から、BSAの他、複数の血清タンパク質がFCS中のアレルゲンとなっていることが明らかとなった。BSAはFCSの成分であるだけでなく、レプトスピラ用不活化ワクチンにも大量に含有されている。したがって、アレルギー反応の少ないワクチンを製造するためには、ワクチン成分からのFCSおよびBSAを除去するとともに、ワクチン安定剤であるゼラチンおよびカゼインを除去または低アレルゲン化する必要があるものと考えられた。

今回の一連の研究は、犬におけるワクチン接種後アレルギー反応の病態および犬用ワクチン中のアレルゲンを明らかにしたものであり、その発生を減らすための具体的な方策を提示し得たものと考えられる。

本申請論文を審査した結果、審査委員一同は博士(獣医学)の学位を授与するに値すると判断した。

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