学位論文要旨



No 121338
著者(漢字) 馬場,也須子
著者(英字)
著者(カナ) ババ,ヤスコ
標題(和) ブタ血清誘発肝線維化モデルラットの病態解析
標題(洋)
報告番号 121338
報告番号 甲21338
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3051号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

肝臓はエネルギー合成、代謝、解毒といった多様な機能を有する器官であり、肝障害、特に肝線維症および肝硬変は生体に重篤な影響を及ぼす。そのため、多くの実験動物モデルが作出され、利用されてきた。例えば、ラットを用いた実験モデルとしては、四塩化炭素、アルコールあるいはジメチルニトロソアミンの投与や胆管結紮による肝線維症が知られており、これらはいずれも肝細胞が傷害され、壊死した後に生じる壊死後性肝線維化を特徴としている。一方、異種血清をラットの腹腔内に反復投与することで、肝炎や肝線維化が起こることが知られており、中でもブタ血清はラットの肝線維化惹起物質として汎用されている。ラットを用いたブタ血清誘発肝線維化モデルは、上述した肝線維化モデルとは異なり、肝細胞の壊死を殆ど伴うことなく、線維化を誘導することから、肝線維症や肝硬変の治験モデルとして利用されているにもかかわらず、その病態の発現機構、特に分子生物学的機構についてはほとんど知られていない。

本研究では、この点を解明すべく、まず、Brown Norway(BN)ラットおよびWistarラットを用い、ブタ血清誘発ラット肝線維化モデルの初期病態について病理組織学的検索を実施し、その結果に基づいて病態発現初期における遺伝子発現の網羅的解析と炎症ならびに免疫細胞の関与について詳細な解析を行った。また、本モデルには免疫系の関与が示唆されたため、胸腺および脾臓の摘出術を実施し、肝線維化への影響を検討した。得られた結果は以下の通りである。

初期病態

6週齢雄のBNラットおよびWistarラットにブタ血清(0.5ml/head)を週2回、腹腔内投与し、1,2,3,4および8週間後に剖検し、肝臓について病理組織学的検索ならびに炎症細胞および細胞外基質に関する免疫組織化学的検索を実施した。さらに、MMP-1、MMP-8、TIMP-1、TIMP-2およびTIMP-3の変動をみるため、RT-PCR、Gel reverse zymographyおよび免疫組織化学的検索を実施した。また、血清については、ELISA法を用い、TIMP-1およびTIMP-2の発現を観察した。その結果、BNラットで投与2週後から、およびWistarラットで投与4週後から、それぞれ炎症細胞浸潤が観察され、BNラットで投与4週後から、およびWistarラットで投与8週後から、それぞれ肝線維化病変が確認された。炎症細胞の動態をみると、マクロファージ、リンパ球および好酸球が炎症初期から浸潤し、その後、活性化星細胞の増数および肥満細胞の浸潤がみられた。また、形成された線維中隔の構成要素の主体はtype III collagenであった。TIMP-1、TIMP-2およびTIMP-3は、いずれの系統でも、PT-PCRで発現の増加が確認された。一方、MMP-1およびMMP-8には変化はみられなかった。Gel reverse zymographyを用いた検索では、TIMP-1およびTIMP-2が両系統の8週投与群でのみ有意な活性の増強を示し、TIMP-3には変化はみられなかった。免疫組織化学的検索では、全ての群の胆管上皮細胞および小葉中心静脈周囲の肝細胞でTIMP-1およびTIMP-2の陽性像が得られ、PS投与群と対照群との間に差はみられなかった。また、ELISA法を用いた検索で、血清では肝臓より早期にTIMP-1およびTIMP-2の有意な増加がみられた。

以上の結果から、ブタ血清誘発肝線維化モデルではその進展にラット系統差がみられ、また、病変初期にマクロファージおよびリンパ球の浸潤が一定期間持続した後に肝線維化を生ずることが明らかとなった。また、本モデルでは、type III collagenが主体となった線維中隔が形成され、TIMP-1およびTIMP-2の発現増加が病態の発現に関与していることが示唆された。壊死後性肝線維化モデルと比較して、TIMPの発現が微小で、MMPの発現がみられないことは、肝細胞壊死がほとんどみられない本モデルの特徴と考えられた。

病変形成初期における遺伝子発現に関する網羅的解析

2および4週投与群の肝臓について、Affymetrix社GeneChip Microarrayを用い、網羅的遺伝子発現解析を行った。また、その実験結果に基づき、RT-PCRおよび免疫組織化学的検索を実施した。その結果、BNラットの2週投与群では、MHC class II関連遺伝子、

炎症関連遺伝子、ストレス/細胞傷害関連遺伝子、分泌産物および増殖反応タンパク関連遺伝子の発現の増加が認められた。一方、Wistarラットでは、4週投与群でMHC class II関連遺伝子および炎症関連遺伝子の発現が増加した。MHC class II分子に関するRT-PCRを用いた検索では、GeneChip Microarray解析結果とほぼ同様の結果が得られた。さらに、免疫組織化学的検索では、BNラットで1週あるいは2週投与群よりPS、OX-6、CD4およびCD8陽性細胞が増加し、一方、Wistarラットでは4週投与群で有意な増加が認められた。

以上の結果から、ブタ血清誘発肝線維化モデルでは肝炎発症時に一致してMHC class II分子の発現およびPS、OX-6、CD4およびCD8陽性細胞の出現がみられ、本モデルの病態発現にMHC class IIを介した抗原提示機構が深く関与していることが強く示唆された。

ブタ血清特異的免疫グロブリンの動態と肝臓、胸腺、脾臓および腎臓の病理組織学的変化

ELISA法を用い、血中のブタ血清特異的免疫グロブリンの動態について検討するとともに、肝臓、胸腺、牌臓および腎臓について病理組織学的および免疫組織化学的検索を実施した。その結果、ELISA法では、血中のブタ血清特異的IgG1、IgG2aおよびIgMの増加が両系統で認められた。肝炎および肝線維化が遅延するistarラットでは、BNラットと比べ、発現値が低値を示し、また、発現時期が遅延する傾向を示した。両系統で牌臓では1週あるいは2週投与群より、臓器相対重量の有意な増加がみられ、白牌髄の腫大が認められた。BNラットの8週投与群で白脾髄胚中心の拡大が観察された。また、免疫組織化学的検索では、肝臓で肝炎発症時に一致してIgG1およびIgG2a陽性細胞が有意に増加し、線維中隔にIgG1およびIgG2aの沈着が認められた。8週投与群の牌臓では白脾髄の胚中心にPS、IgG1およびIgG2a陽性細胞がみられ、また、腎臓でも糸球体メサンギウム領域にPSおよびIgG1の沈着が認められた。

以上の結果から、ブタ血清誘発肝線維化モデルでは、肝炎発症時からブタ血清特異的免疫グロブリンの産生増加がみられ、高免疫グロブリン血症を生ずることが明らかとなった。免疫グロブリン産生細胞は肝臓および脾臓で観察され、これらの細胞からの免疫グロブリン産生が病態の進展に関与しているものと推察された。肝臓の線維中隔および腎糸球体メサンギウム領域での免疫グロブリンの沈着は、高免疫グロブリン血症に起因するものと思われ、特に腎糸球体の所見は本モデルの長期投与群で報告されているような免疫グロブリン沈着による糸球体腎炎の初期病態に相当するものと考えられた。

胸腺・脾臓摘出による肝線維化抑制効果

本モデルの病態発現に免疫機構が密接に関与していることが推察されたため、5週齢雄のBNラットおよびWistarラットに胸腺あるいは脾臓摘出術を実施し、主に肝臓について病理組織学的検索、免疫組織化学的検索、フローサイトメトリー解析およびRT-PCRを用いた検索を実施した。その結果、系統に拘らず、胸腺あるいは脾臓の摘出によって肝炎および肝線維化病変が著しく抑制された。牌臓摘出に比べ、胸腺摘出では抑制効果は弱かった。フローサイトメトリー解析では、胸腺、脾臓および末梢血から肝臓への細胞動員は、CD45RAおよびRT1.B陽性細胞を除き、ほとんどみられなかった。サイトカインに関するPT-PCRを用いた検索では、肝臓でのみTGF-beta1、NF-kappaBおよびPDGFの発現の増加がみられ、牌臓では発現は減少しており、胸腺では変化はみられなかった。一方、ケモカインに関するRT-PCRを用いた検索では肝臓、胸腺および牌臓でMIP-1alphaおよびEotaxinの発現の増加ならびに胸腺および牌臓でIP-10の発現の増加が認められた。

以上の結果から、ブタ血清誘発肝線維化モデルでは、病態発現に胸腺および脾臓が密接に関与していることが明らかとなった。胸腺および脾臓が本モデルに果たす役割としては、細胞動員というよりはむしろ炎症細胞誘導因子であるケモカインの産生組織として働いていることが示唆された。すなわち肝臓でみられる炎症は胸腺および牌臓からのケモカイン産生により支持されている可能性が示唆された。

上述したように、本研究はこれまで不明な点の多かったラットでのブタ血清誘発肝線維化モデルの病態発現機構の大筋を分子生物学的レベルで明らかにしたもので、肝線維化および肝硬変の治験モデルとして本モデルを用いる上で極めて有用な基礎資料となるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

肝臓は多様な機能を有するため、肝障害は生体に重篤な影響を及ぼす。ブタ血清(PS)誘発肝線維化モデルは、肝疾患の治験モデルとして利用されているにもかかわらず、その病態の発現機構についてはほとんど知られていない。本研究では、Brown Norway(BN)ラットおよびWistarラットを用い、PS誘発肝線維化の初期病態について病理組織学的検索を実施し、その結果に基づいて遺伝子発現の網羅的解析と炎症ならびに免疫細胞の関与について解析を行った。また、胸腺および脾臓の摘出術を実施し、肝線維化への影響を検討した。

雄のBNおよびWistar ラットにPSを週2回、腹腔内投与し、肝臓を病理組織学的に検索し、ならびに炎症細胞および細胞外基質に関する免疫組織化学的検索を実施した。さらに、細胞外基質分解因子および分解阻害因子の変動を観察した。また、分解阻害因子に対する血清ELISA法を行った。その結果、BN ラットで投与2週後、Wistar ラットで投与4週後から、それぞれ炎症細胞が浸潤し、BNラットで投与4週後から、およびWistar ラットで投与8週後から、それぞれ肝線維化病変が生じた。炎症細胞の動態をみると、マクロファージ、リンパ球および好酸球が炎症初期から浸潤し、その後、活性化星細胞の増数および肥満細胞の浸潤がみられた。線維中隔は主にtype III collagenにより構成されていた。細胞外基質分解阻害因子は、両系統で、RT-PCRでの発現増加が確認された。Gel reverse zymographyでは、TIMP-1およびTIMP-2が両系統の8週投与群でのみ有意な活性の増強を示した。また、血清中のTIMP-1およびTIMP-2は肝臓より早期に有意に増加した。

2および4週PS投与群の肝臓について、Affymetrix社GeneChip Microarrayを用い、網羅的遺伝子発現解析を行った。また、その実験結果に基づき、RT-PCRおよび免疫組織化学的検索を実施した。その結果、BNラットの2週投与群では、MHC class II関連遺伝子、炎症関連遺伝子、ストレス/細胞傷害関連遺伝子、分泌産物および増殖反応タンパク関連遺伝子の発現の増加が認められた。一方、Wistarラットでは、4週投与群でMHC class II関連遺伝子および炎症関連遺伝子の発現が増加した。MHC class II分子に関するRT-PCRを用いた検索では、遺伝子網羅的解析結果とほぼ同様の結果が得られた。さらに、免疫組織化学的検索では、BNラットで1週あるいは2週投与群より、Wistarラットでは4週投与群より、PS、OX-6、CD4およびCD8陽性細胞の増加が認められた。

ELISA法を用い、ブタ血清特異的免疫グロブリンの動態について検討するとともに、肝臓、胸腺、脾臓および腎臓について病理組織学的および免疫組織化学的検索を実施した。その結果、血中のブタ血清特異的IgG1、IgG2aおよびIgMの増加が両系統で認められた。両系統で脾臓では臓器相対重量の有意な増加、白脾髄の腫大が観察された。また、免疫組織化学的検索では、肝臓で肝炎発症時に一致してIgG1およびIgG2a陽性細胞が有意に増加し、線維中隔にIgG1およびIgG2aの沈着が認められた。8週投与群の脾臓では白脾髄の胚中心にPS、IgG1およびIgG2a陽性細胞がみられ、また、腎臓でも糸球体メサンギウム領域にPSおよびIgG1の沈着が認められた。

5週齢雄のBNおよびWistarラットに胸腺あるいは脾臓摘出術を施し、PSを投与、主に肝臓について病理組織学的検索、免疫組織化学的検索、フローサイトメトリー解析およびRT-PCRを用いて検索した。その結果、系統に拘らず、胸腺あるいは脾臓の摘出によって肝炎および肝線維化病変が著しく抑制された。脾臓摘出に比べ、胸腺摘出では抑制効果は弱かった。フローサイトメトリー解析では、胸腺、脾臓および末梢血から肝臓への細胞動員は、CD45RAおよびRT1.B陽性細胞を除き、ほとんどみられなかった。ケモカインに関するRT-PCRを用いた検索では肝臓、胸腺および脾臓でMIP-1alphaおよびEotaxinの発現の増加ならびに胸腺および脾臓でIP-10の発現の増加が認められた。

本研究はこれまで不明な点の多かったラットでのPS誘発肝線維化モデルの病態発現機構の大筋を分子生物学的レベルで明らかにし、本モデルが肝疾患治験モデルとして極めて有用であることを初めて示した。また、肝線維化機構の毒性病理学的研究に極めて重要な知見を提供した。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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