学位論文要旨



No 121342
著者(漢字) 峯畑,二子
著者(英字)
著者(カナ) ミネハタ,フウコ
標題(和) 卵巣顆粒層細胞における坑アポトーシス因子・cFLIPの発現とその役割
標題(洋) The expression and anti-apoptotic function of cellular FLICE-like inhibitory protein(cFLIP) in ovarian granulosa cells
報告番号 121342
報告番号 甲21342
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3055号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 森,祐司
 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 助教授 今川,和彦
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵胞は、原始卵胞から、卵母細胞が一層の顆粒層細胞で覆われた一次卵胞、顆粒層細胞が多層になった二次卵胞、さらに卵胞腔を形成し大きく成長した三次卵胞へと発達し、最終的に排卵される。しかし、99%以上の卵胞は様々な発育段階の途中で死滅し(卵胞退行)、排卵まで至るものは全体の1%にも満たない。どのようなメカニズムで卵胞が選別されるかについては未だ不明な点が多いが、近年顆粒層細胞のアポトーシスが卵胞退行の引き金となることが明らかになってきた。まず顆粒層細胞がアポトーシス小体の形成やDNAの断片化等の典型的なアポトーシスによる死の形態を呈して死滅し、その後卵母細胞が死に至ることが、げっ歯類、家畜動物、ヒトを含む多くの哺乳動物で確認されている。分子レベルでも様々な因子が顆粒層細胞のアポトーシスに関わっていることがわかってきた。

哺乳類細胞にアポトーシスを誘導する因子として重要なものにFasとFasリガンド(FasL) がある。細胞膜上に存在するFasにFasLが結合することによって、Fasの細胞膜内部分にアダプタータンパクのFas associated death domain (FADD) が結合する。さらに、death effector domain (DED) を介してFADDにprocaspase-8が二量体となって結合するとprocaspase-8が切断されて活性型caspase-8となり、さらに下流のcaspaseが活性化された結果アポトーシスが完了する。様々な動物種の顆粒層細胞において、このFasL-Fasシグナルがアポトーシスの誘因となっていることが報告されているが、FasLとFasの相互作用が必ずしもアポトーシスを起こす訳ではないことが多くの細胞で知られている。退行卵胞のみならず健常卵胞の顆粒層細胞でもFasLやFasが発現していることから、FasL-Fas結合によって誘起されるアポトーシスシグナルを止める機構が顆粒層細胞の生死を決定する要因であることが予測された。

最近、私たちは抗アポトーシス因子として知られるcellular FLICE-like inhibitory protein (cFLIP) のmRNAがブタの顆粒層細胞において発現していることを発見し、ブタcFLIPのmRNA配列を初めて同定した。Procaspase-8はふたつのDEDと酵素ドメインで構成されているが、cFLIP short form (cFLIPS) はふたつのDEDから成り、cFLIP long form (cFLIPL) はそれに加えて偽酵素ドメインを持つ。このようにcFLIPはprocaspase-8のホモログであり、どちらのisoformもprocaspase-8に競合することによってFasを介したアポトーシスを抑制すると考えられている。これらの事実から、私はcFLIPが顆粒層細胞の生死決定因子であると予測し、本研究を行った。

第一章では、ブタ卵巣におけるcFLIPの発現レベルについて検討した。食肉処理場より成熟雌ブタの卵巣を採取し、それぞれの卵胞を開いて顆粒層細胞を分離し、顆粒層の状態を顕微鏡下で観察した。顆粒層がシート状になっているものを健常卵胞、シートが少しばらばらになり始めているものを退行初期卵胞、顆粒層細胞が完全にばらばらになっているものを退行卵胞の顆粒層細胞とし、それぞれからtotal RNAとタンパクを抽出した。ブタcFLIPSとcFLIPLに特異的なプライマーを用いてRT-PCRを行ったところ、cFLIPSは発現量の差がみられなかったが、cFLIPLのmRNA発現量は退行に伴って減少することがわかった。またWestern blottingによるcFLIPタンパク発現量の解析では、cFLIPSのタンパクは検出できなかった一方、顆粒層細胞のcFLIPLはタンパクレベルでも卵胞退行に従って減少することが示された。次にブタ卵巣におけるcFLIPの局在を調べるため、in situ hybridizationと免疫染色を行った。in situ hybridizationの結果、健常な卵胞の顆粒層でcFLIPLのmRNAが発現し、退行卵胞では減少することがわかった。また免疫染色においても、顆粒層のcFLIPタンパクは退行に伴って減少することが示された。以上から、ブタ卵巣の顆粒層細胞におけるcFLIPLの発現量は健常卵胞で高く、退行に伴って減っていくことが示唆された。このような発現パターンから、cFLIPLが顆粒層細胞のアポトーシスを抑制して卵胞の退行を制御していることが予測された。

ブタcFLIPの抗アポトーシス活性を検討するため、第二章では顆粒層細胞由来の培養細胞を用いて実験を行った。はじめに、ヒト子宮頚がん細胞・HeLaとヒト顆粒層がん細胞・KGNにブタcFLIPの発現ベクターを導入し、Fas誘導性アポトーシスに対する反応を調べた。ブタcFLIPの発現ベクターにはEGFP配列が組み込まれており、cFLIPが導入された細胞は蛍光するようになっている。遺伝子導入の24時間後に細胞を観察すると、多数の蛍光細胞が認められた。これらの細胞を抗Fas抗体とタンパク合成阻害剤・シクロへキシミド (CHX) によって刺激したところ、empty vectorを導入した細胞は死滅してしまったのに対し、ブタcFLIPSまたはブタcFLIPLを導入した場合は蛍光する細胞の生存が観察された。次に、ブタ顆粒層由来細胞株 (JC-410) を用いて、RNA interference (RNAi) によるcFLIPの発現抑制実験を行った。その結果、cFLIPの発現抑制によって有為にJC-410の細胞死が誘導された。以上より、ヒトやげっ歯類のcFLIPと同様にブタのcFLIPもFas誘導性のアポトーシスを阻害する働きを持つことが示された。

第三章では、KGN細胞を用いて顆粒層細胞におけるcFLIPの働きをさらに詳細に調べた。ネオマイシン耐性遺伝子を含んだヒトcFLIP発現ベクターをKGN細胞に導入し、G418を加えてcFLIPを恒常的に発現する細胞を選択した。これらの細胞を抗Fas抗体とCHXで刺激すると、コントロール細胞は死滅したが、cFLIPSとcFLIPLの恒常発現KGN細胞はどちらもアポトーシスに耐性を示した。またRNAiによりKGN細胞のcFLIP発現抑制を行ったところ、有為に細胞死が誘導された。cFLIPの発現抑制によってKGN細胞中の活性型caspase-8が増加したこと、またこの細胞死はcaspase-8阻害剤によって回避されたことから、cFLIPはprocaspase-8の活性化を防ぐことによって顆粒層細胞のFas誘導性アポトーシスを抑制することが示唆された。

第四章では、アポトーシス関連転写因子・FOXO3aとcFLIPとの相互作用について検討した。FOXO3aはアポトーシス誘導性の転写因子として知られ、リン酸化により転写活性を失い、脱リン酸化されるとFasL, Bimなどのアポトーシス誘導因子の転写を活性化する。近年、FOXO3aの遺伝子欠損雌マウスが卵胞の発育異常によって不妊となることが報告され、FOXO3aは卵胞の発育と退行を制御する因子であることが強く示唆された。はじめにブタ顆粒層細胞におけるFOXO3aの発現変化をWestern blottingで調べたところ、FOXO3aタンパクの発現量は退行初期卵胞で最も多いことがわかった。さらに免疫染色での解析において、退行初期卵胞の卵胞腔側でFOXO3aの強い発現が見られた。ヒトFOXO3a発現ベクターを導入したところ、HeLa細胞は耐性を示したのに対し、KGN細胞とJC-410細胞は細胞死を起こした。このことから、FOXO3aが顆粒層細胞でアポトーシス誘導因子として働いていることが示唆された。顆粒層細胞におけるFOXO3aとcFLIPLの発現パターンと働きが相反することから、次にこれら両因子の相互作用について調べた。FOXO3aの過剰発現によるKGN細胞の細胞死はcFLIPを共発現させることにより有為に抑制された。このcFLIPによる細胞死の抑制は、リン酸化部位を改変したFOXO3a発現ベクターでは起こらなかったことから、cFLIPはFOXO3aのリン酸化を阻害することによってアポトーシスを阻止している可能性が考えられた。また、KGN細胞でcFLIPLを過剰発現させるとFOXO3aのタンパク量が減少したことから、cFLIPLはFOXO3aの発現量を抑制する作用を持つことが示唆された。以上の結果から、FOXO3aはブタ卵巣において顆粒層細胞のアポトーシスを促進する働きをもつこと、またcFLIPLがFOXO3aの転写活性あるいは発現を抑制することによりFOXO3aが引き起こすアポトーシスを阻害していることが示唆された。

第一章から第四章までの実験結果から、cFLIPLが顆粒層細胞のアポトーシスを制御していることが強く示唆された。cFLIPLが強く発現していると顆粒層細胞のアポトーシスが抑制され、卵胞は健常に保たれる。一方cFLIPLの発現レベルが低い場合、顆粒層細胞はFas誘導性アポトーシスを止めることができずに死に至り、卵胞は退行する。加えて、アポトーシス誘導性の転写因子・FOXO3aによる顆粒層細胞の細胞死を、cFLIPLが阻害することも示された。本研究により、顆粒層細胞の生死を決定する新しいメカニズムが発見され、cFLIPLが卵胞退行を制御する上位の因子であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵胞は、一層の顆粒層細胞で覆われた一次卵胞、多層になった二次卵胞、卵胞腔を形成した三次卵胞へ発達する。しかし、大半は発育段階で死滅し、排卵に至るものは1%にも満たない。卵胞が選別されるメカニズムについて不明な点が多いが、近年顆粒層細胞のアポトーシスが卵胞退行の引き金となることが明らかになってきた。FasL-Fasシグナルがアポトーシスの誘導因子となっているが、健常卵胞でもFasLやFasが発現していることから、アポトーシスシグナルを止める機構が生死を決定する要因であると考えた。抗アポトーシス因子として知られるcellular FLICE-like inhibitory protein (cFLIP) のmRNAがブタにおいて発見されている。cFLIP short form (cFLIPS) は二つのDEDから成り、cFLIP long form (cFLIPL) はそれに加えて偽酵素ドメインを持つ。cFLIPが顆粒層細胞の生死決定因子であると予測し、本研究を行った。

第一章では、ブタ卵巣におけるcFLIPの発現を検討した。ブタ卵巣を採取し、卵胞を開いて顆粒層細胞を分離した。顆粒層がシート状のものを健常卵胞、少しばらばらなものを退行初期卵胞、完全にばらばらなものを退行卵胞とし、RNAとタンパクを抽出した。RT-PCRを行ったところ、cFLIPSは発現量に差がなかったが、cFLIPLのmRNAは退行に伴って減少した。タンパクでは、cFLIPSは検出できなかったが、cFLIPLは卵胞退行に従って減少した。健常な卵胞の顆粒層でcFLIPLのmRNAが発現し、退行卵胞で減少した。cFLIPタンパクも退行に伴って減少した。cFLIPLの発現量は健常卵胞で高く、退行に伴って減っていくことが明らかになった。

第二章では、cFLIPの抗アポトーシス活性を検討した。ヒト子宮頚がん細胞HeLaとヒト顆粒層がん細胞KGNにブタcFLIPの発現ベクターを導入し、Fas誘導性アポトーシスに対する反応を調べた。cFLIP発現ベクターにはEGFP配列が組込まれ、導入された細胞は蛍光を発する。遺伝子導入の24時間後に観察し、多数の蛍光細胞を認めた。抗Fas抗体とタンパク合成阻害剤シクロへキシミド (CHX) で刺激したところ、empty vectorを導入した細胞は死滅したのに対し、cFLIPSまたはcFLIPLを導入した細胞は生存した。次に、ブタ顆粒層由来細胞株 JC-410 を用いて、RNA interference (RNAi)によるcFLIPの発現抑制実験を行った。cFLIPの発現抑制によって細胞死が誘導された。以上より、ブタのcFLIPもFas誘導性のアポトーシスを阻害する働きを持つことが示された。

第三章では、KGN細胞を用いてcFLIPの働きを調べた。ネオマイシン耐性遺伝子を含んだヒトcFLIP発現ベクターをKGN細胞に導入し、G418を加えてcFLIPを恒常的に発現する細胞を選択した。抗Fas抗体とCHXで刺激すると、コントロール細胞は死滅したが、cFLIPSとcFLIPLの恒常発現KGN細胞はアポトーシスに耐性を示した。RNAiによりKGN細胞のcFLIP発現抑制を行ったところ、有為に細胞死が誘導された。cFLIPの発現抑制によってKGN細胞中の活性型caspase-8が増加した。細胞死はcaspase-8阻害剤によって回避されたことから、cFLIPはprocaspase-8の活性化を防ぐことによってFas誘導性アポトーシスを抑制することが示された。

第四章では、FOXO3aとcFLIPとの相互作用を調べた。FOXO3aは脱リン酸化されるとアポトーシス誘導因子の転写を活性化し、卵胞の発育と退行を制御する因子であることが示唆されている。ブタ顆粒層細胞におけるFOXO3aの発現変化を調べたところ、退行初期卵胞で最も多かった。特に卵胞腔側で強い発現が見られた。ヒトFOXO3a発現ベクターを導入したところ、HeLa細胞は耐性を示したのに対し、KGN細胞とJC-410細胞は細胞死を起こした。このことから、FOXO3aが顆粒層細胞でアポトーシス誘導因子であることが示唆された。顆粒層細胞におけるFOXO3aとcFLIPLの働きが相反することから、相互作用について調べた。FOXO3aを過剰発現させたKGN細胞の細胞死は、cFLIPを共発現させることにより抑制された。リン酸化部位を改変したFOXO3a発現ベクターでは起こらなかったことから、cFLIPはFOXO3aをリン酸化することによってアポトーシスを阻止していると考えられた。KGN細胞でcFLIPLを過剰発現させるとFOXO3aのタンパク量が減少したことから、cFLIPLはFOXO3aの発現量を抑制する作用を持つことも示唆された。

これらの結果から、cFLIPLが強く発現していると顆粒層細胞のアポトーシスが抑制され、卵胞は健常に保たれる。cFLIPLの発現が低いと、Fas誘導性アポトーシスを止めることができず、卵胞は退行する。FOXO3aは細胞死を起こすが、本研究によりcFLIPLが卵胞退行を制御する上位の因子となって顆粒層細胞の生死を決定する新しいメカニズムが明らかになった。以上の成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。審査委員一同は、本論分が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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