No | 121343 | |
著者(漢字) | 水越,文徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミズコシ,フミノリ | |
標題(和) | ネコ免疫不全ウイルス感染症における坑ウイルス療法に関する前臨床的研究 | |
標題(洋) | Studies on preclinical approach for antiviral therapy in feline immunodeficiency virus infection | |
報告番号 | 121343 | |
報告番号 | 甲21343 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3056号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ネコ免疫不全ウイルス(FIV)は、ヒトにおいてAIDSを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同じくレトロウイルス科レンチウイルス属に属するウイルスであり、FIVとHIVの間にはウイルス学的に類似する点が多い。さらに、ネコにおけるFIV感染症では、臨床的および病理学的にヒトのAIDSと類似した免疫不全症の発生が認められる。これらのことから、ネコにおけるFIV感染症はヒトAIDSの動物モデル系として活用されてきた。また、FIV感染症は、世界中で高い感染率を示し、それに対する有効な抗ウイルス療法は臨床応用されておらず、小動物臨床において重要な感染症の一つとされている。 HIV感染症に対する治療法として複数の逆転写酵素阻害薬およびプロテアーゼ阻害薬を組み合わせたHAART療法が開発され、その高い抗ウイルス効果が示されてきた。しかし、薬剤耐性ウイルスの出現、副作用の発現、高額な医療費などの問題を生じ、またウイルスの完全抑制は不可能であることがわかり、これらの薬剤とは全く作用の異なる薬剤の開発が期待されている。 レトロウイルスと宿主標的細胞との関連に関する詳細な研究により、これまでにない機序によって有効性を示す抗ウイルス療法を開発することが考えられるようになった。FIVはHIVと共通のウイルスレセプターであるCXC-chemokine receptor 4 (CXCR4)を介して宿主細胞に侵入することから、CXCR4に対するアンタゴニストを使用することによって新しい抗HIV薬を開発できる可能性が考えられる。また、HIV 及びFIVの標的細胞への吸着・侵入過程には、エンベロープ糖タンパク質を構成する膜貫通タンパク質gp41を介した標的細胞の細胞膜との融合が必須であり、その融合過程を阻害する薬剤も新規の抗ウイルス剤として使用できる可能性がある。さらに、病原体を直接の標的にする方法とは別に、宿主が本来持っている免疫力を高めてウイルス増殖を抑制する方法として、樹状細胞(dendritic cell, DC)を用いた細胞免疫療法も有望と考えられる。 そこで、本研究では、FIV感染症に対する新しい治療法の開発を目的とし、新たに開発されたCXCR4アンタゴニスト(第一章)および膜融合阻害剤(第二章)の抗ウイルス効果をネコの培養細胞の系で検討した。次いで、DCを用いた細胞免疫療法の開発に必要な基盤を確立するため、FIV感染ネコと非感染ネコから採取したDCの性状および機能を比較検討した(第三章)。 第一章:ネコ由来培養細胞におけるCXCR4アンタゴニストによるFIV感染阻害 CXCR4の本来のリガンドであるSDF-1や低分子化合物のAMD3100は、CXCR4に作用し、FIVおよびHIVの複製を阻害することが示されているが、それらの薬物動態の不安定性や強い副作用のために実用化に至らなかった。次いで、CXCR4アンタゴニストペプチドが開発され、そのうちのT140は優れた抗HIV効果を示したが、血清中で不安定であるために臨床応用に至らなかった。最近になって、京都大学のグループが血清中でも安定なT140の誘導体としてTN14003およびTE14011を開発した。そこで、本章では、これらT140の誘導体のFIV効果を検討することとした。はじめに、CXCR4を発現しているネコリンパ腫由来細胞株(3201)をこれらT140誘導体で処理した後、抗CXCR4抗体を用いたフローサイトメトリー解析を行った。その結果、抗CXCR4抗体の結合が阻害されたことから、TN14003およびTE14011がネコCXCR4に効率良く結合することが示された。また、CXCR4を発現しているHeLa細胞とFIVが持続感染しているCRFK細胞は共培養すると合胞体を形成するが、その共培養系にT140誘導体を添加したところ、その用量依存的に合胞体の形成が阻害されることが示された。また、CXCR4を発現しているネコリンパ系細胞株(Kumi-1)にFIVを感染させると、6日目には培養上清中に明らかな逆転写酵素活性の上昇が認められるが、これらT140誘導体を添加した場合には、用量依存的にウイルス増殖が抑制された。本章における研究結果により、新しく開発されたCXCR4アンタゴニストであるTN14003およびTE14011がネコの培養細胞系において効率良く抗ウイルス効果を示すことが明らかとなった。 第二章:ネコ由来培養細胞におけるFIV gp41のアミノ酸配列を利用した膜融合阻害剤によるFIV感染阻害 HIVが標的細胞に侵入する際には、エンベロープタンパク質のgp41が細胞の膜に挿入され、3本のgp41のN末端側のheptad repeat 1(HR1)領域とC末端側のHR2領域が互いに接近して6-helix bundleを形成する。それによって、ウイルス側の膜と標的細胞の膜が融合し、ウイルスが侵入するための孔が形成される。そこで、このような6-helix bundle構造の形成を阻害する薬剤が抗HIV活性を有することが期待された。優れた抗HIV活性をもつHR2由来のペプチドとして開発されたC34は溶媒中の安定性がないために臨床応用には至らなかった。その後、グルタミンとリジンでsalt bridgeを形成させて水溶性を高めるX-EE-XX-KKコンセプトと呼ばれる技術の応用によって、その水溶性および安定性が増すことが示された。本章では、FIV gp41のN末端側HR1領域またはC末端側HR2領域の配列を基に作製された膜融合阻害剤であるFIV-C35およびFIV-N36、またX-EE-XX-KKコンセプトを応用して作製されたFIV-C35EK1、FIV-C35EK2およびFIV-C35EK3の抗FIV活性を検討した。CXCR4発現HeLa細胞とFIV持続感染CRFK細胞の共培養系にFIV-C35またはFIV-C35EK1を添加した場合、その用量依存的に合胞体形成が阻害され、その抗ウイルス活性が示された。また、FIVに感受性があるネコリンパ系細胞株(MYA-1)にFIV-C35またはFIV-C35EK1の存在下でFIVを感染させたところ、用量依存的に培養上清中の逆転写酵素活性の低下が認められた。一方、過去のHIVにおける報告と同様、gp41のHR1配列由来のFIV-N36には抗FIV活性は認められなかった。相互作用面と予想される部位の領域においてグルタミンとリジンを置換したFIV-C35EK2およびFIV-C35EK3は抗FIV活性を示さなかった。本章における研究結果から、新たに開発された膜融合阻害剤のうちで強力な抗ウイルス活性を示すペプチドを同定することができた。 第三章:FIV感染ネコおよび非感染ネコにおける末梢血単球由来DCの比較検討 DCはナイーブT細胞に作用を及ぼす唯一の抗原提示細胞(APC)で、末梢組織で抗原を取込み、その情報をMHC分子を介してナイーブT細胞やメモリーT細胞に情報を伝え、抗原特異的な免疫反応を誘導する。1990年代にDCに分化させる方法がマウスやヒトなどで確立され、その後、DCを用いた細胞免疫療法に関する臨床試験が盛んに行われてきた。しかし、臨床的に有効なDC療法の確立のためにはさらなる検討が必要とされている。本研究においては、FIV感染症におけるDCによる免疫療法の確立に向け、FIV感染ネコおよび非感染ネコにおける末梢血単球由来DCの比較検討を行った。AC(asymptomatic carrier)期のFIV感染猫および非感染健常猫の末梢血液から単球を分離し、組換えネコIL-4、GM-CSFおよび非働化自己血漿を加えた培養液で培養し、得られた細胞の性状を、その形態、表面抗原、食作用および混合リンパ球反応(MLR)によって評価した。感染猫および非感染猫の単球由来付着細胞は、いずれもIL-4、GM-CSF存在下で樹状突起を呈し、DCに特徴的な形態を示した。これら細胞は、APCに特徴的な表面形質を示し、マンノース受容体に依存するデキストラン捕食能を持ち、MLR誘導能を示したことから、DCに分化していることが示された。FIV感染猫由来細胞では、非感染猫由来細胞と比べてCD1aの発現が低下していたが、形態および機能のいずれにおいても、両群の間に差は認められなかった。これらの結果より、FIV感染猫でも非感染猫と同様に単球のDCへの分化誘導が可能であることが示された。 本研究における一連の成果により、CXCR4アンタゴニストおよび膜融合阻害剤といった新しい抗ウイルス薬候補剤が培養細胞系において優れた抗FIV効果を示すことが明らかとなり、またFIV感染症におけるDCを用いた細胞免疫療法の基盤が確立された。これらの成果は、現時点では培養細胞系における所見にとどまっているが、今後、感染ネコ生体内において応用可能なものと考えられた。これらFIV感染症に対する抗ウイルス療法の開発に関する研究は、小動物臨床において大きな問題となっているFIV感染症に対する新規治療法の開発に有用な所見を提供するものであるばかりではなく、FIV感染症をHIV感染症の動物モデルとしてとらえた場合には、ヒトのAIDSに対する治療法の進展にも寄与するものと考えられる。 | |
審査要旨 | ネコ免疫不全ウイルス(FIV)感染症は、世界中で高い感染率を示し、それに対する有効な治療法はなく、小動物臨床において重要な感染症の一つとされている。そこで、FIV感染症に対する新しい治療法の開発を目的とし、以下の研究を行った。 第一章:FIV感染における新しく開発されたCXCR4アンタゴニストの抑制効果 FIVは、CXC-chemokine receptor 4 (CXCR4)を介して宿主細胞に侵入する。これまでに優れた抗ウイルス効果を有するCXCR4アンタゴニストが開発されてきたが、未だ実用化には至っていない。近年、開発されたT140誘導体(TN14003、TE14011)は、ネコ血清中で非常に優れた安定性を示した。本章では、これらのT140誘導体の抗FIV効果を検討した。まず、これらT140誘導体でCXCR4発現ネコリンパ腫由来細胞株を処理した後、抗CXCR4抗体を用いたフローサイトメトリー解析を行った結果、抗CXCR4抗体の結合が阻害された。また、CXCR4発現HeLa細胞とFIV持続感染CRFK細胞を共培養すると合胞体を形成するが、T140誘導体の添加によりその形成が阻害された。次に、CXCR4発現ネコリンパ系細胞株にT140誘導体の存在下でFIVを感染させたところ、用量依存的に培養上清中の逆転写酵素活性の低下が認められた。本章の結果より、新しく開発されたT140誘導体がネコの培養細胞系において効率良く抗ウイルス効果を示すことが明らかとなった。 第二章:FIVのエンベロープ糖蛋白のgp41を標的にした膜融合阻害剤の抗ウイルス活性 HIVが標的細胞に侵入する際には、エンベロープタンパク質のgp41が細胞膜に挿入され、3本のgp41のN末端heptad repeat 1(HR1)領域とC末端HR2領域が6-helix bundleを形成し、ウイルスと標的細胞の膜融合が成立する。HIVのHR2由来のペプチドC34は、HR1領域に結合し、6-helix bundle構造の形成を阻害することで、優れた抗HIV活性をもつが、溶媒中の安定性がないために臨床応用には至らなかった。その後、グルタミンとリジンでsalt bridgeを形成させて水溶性を高めるXEEXXKKコンセプトの応用で、その水溶性と安定性が増すことが示された。本章では、FIV gp41のHR1領域とHR2領域の配列を基に作製したFIV-C35とFIV-N36、XEEXXKKコンセプトを基に作製したFIV-C35EK1、FIV-C35EK2とFIV-C35EK3の抗FIV活性を検討した。CXCR4発現HeLa細胞とFIV持続感染CRFK細胞の共培養系にFIV-C35またはFIV-C35EK1を添加した場合、合胞体形成が阻害された。また、FIV-C35またはFIV-C35EK1の存在下でFIV感受性のネコリンパ系細胞株(MYA-1)にFIVを感染させたところ、用量依存的に培養上清中の逆転写酵素活性の低下が認められた。一方、gp41のHR1配列由来のFIV-N36と相互作用面と予想される部位の領域においてグルタミンとリジンを置換したFIV-C35EK2およびFIV-C35EK3は抗FIV活性を示さなかった。本章の結果から、新たに開発された膜融合阻害剤のうちで強力な抗ウイルス活性を示すペプチドを同定することができた。 第三章:FIV感染ネコの末梢血単球由来DCの性状の検討 DCはナイーブT細胞に作用を刺激できる唯一の抗原提示細胞(APC)である。本章では、FIV感染症におけるDC免疫療法の確立に向け、FIV感染ネコおよび非感染ネコにおける末梢血単球由来DCの比較検討を行った。無症候期のFIV感染猫および非感染猫の末梢血単球を、組換えネコIL-4、GM-CSFおよび非働化自己血漿を加えた培養液で培養し、形態、表面抗原、食作用および混合リンパ球反応(MLR)について性状を評価した。感染猫および非感染猫の単球由来付着細胞は、樹状突起を呈し、DCに特徴的な形態を示した。これら細胞は、APCに特徴的な表面形質を示し、マンノース受容体に依存するデキストラン捕食能を持ち、MLR誘導能を示したことから、DCに分化していることが示された。これらの結果より、FIV感染猫でも非感染猫と同様に単球のDCへの分化誘導が可能であることが示された。 本研究は、CXCR4アンタゴニストおよび膜融合阻害剤の新しい抗ウイルス薬が優れた抗FIV効果を発揮すること、またFIV感染症におけるDC細胞免疫療法が抗ウイルス療法としての有用性を有することを示したものであり、学問上および臨床応用上価値あるものであり、審査委員一同は博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと判断した。 | |
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