No | 121345 | |
著者(漢字) | 尹,益哲 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イン,エキテツ | |
標題(和) | ブタ腸管カリシウイルスに関する分子生物学的研究 | |
標題(洋) | Molecular Biological Studies on Swine Enteric Caliciviruses | |
報告番号 | 121345 | |
報告番号 | 甲21345 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3058号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | カリシウイルスは一本鎖ポジティブセンスRNAをゲノムとし、エンベロープを欠く小型球形ウイルスであり、さまざまな動物種ならびにヒトに対して全身性あるいは局所性の感染症を引き起こす。分類上カリシウイルス科には近年新たにべシウイルス属、ラゴウイルス属、ノロウイルス属、サポウイルス属の4属が確立された。カリシウイルスには大きく分けて2種類の遺伝子構造が知られている。ノロウイルスとベシウイルスは3つのOpen Reading frames (ORF)を有しており、ORF1は非構造蛋白、ORF2は主要構造蛋白であるVP1、ORF3はマイナーな構造蛋白であるVP2をそれぞれコードしている。サポウイルスとラゴウイルスは2つのORFを有し、VP1遺伝子がORF1に含まれている。ベシウイルスは細胞培養が可能であるが、他のカリシウイルスは細胞培養での増殖は困難である。ノロウイルスとサポウイルスに分類されたヒトカリシウイルスは疫学的に異なる。ノロウイルスはウイルス性食中毒の原因であり、すべての年齢のヒトに対して急性胃腸炎を引き起こすが、サポウイルスは主に幼児の胃腸炎の原因である。一方、ヒトのカリシウイルスに近縁のウイルスが哺乳類の中でしばしば発見されている。その中でウシとブタでの発見は特に注目されている。ウシでの分離株はすでにノロウイルス属のgenogroup III (GIII) にまとまることが報告されている。ブタに関しては、日本で発見されたSW918株がブタ腸管由来のノロウイルスの最初のものであり、他のノロウイルスと同じく細胞培養はまだできていない。サポウイルスに分類されるブタ腸管由来のウイルスとしてはPorcine Enteric Calicivirus (PEC) Cowden株が1980年にアメリカで分離されている。本ウイルスを培養細胞で増やすため研究が重ねられ、最終的にブタの腎臓細胞で増殖することが確認されたが、その培養にはノトバイオートのブタの腸管内容物または胆汁酸塩を必要としている。 現在、ブタの腸管由来カリシウイルスについては、その分布及びヒト由来ウイルスとの関係など不明な点が多い。そこで、日本におけるブタ腸管由来カリシウイルスについて、遺伝子検索とその性状を解析すると共に血清調査を行うこととした。 本研究は以下の三章より構成されている。 第一章 ブタでは2種類の腸管由来カリシウイルスが発見され、それぞれノロウイルスとサポウイルスに分類されると考えられている。遺伝子解析によりノロウイルスは5つのgenogroupsに分けられ、SW918株はそのうちのGIIに分類されている。サポウイルスも今まで計5つのgenogroupsに分類されており、PEC Cowden株はGIIIとされている。しかし、ブタ腸管由来の両ウイルスは今まで分離された株が少なく、遺伝学的多様性と系統発生学的関連はほとんど解明されていない。本章においてはブタ腸管由来のカリシウイルスの遺伝子検索を行い、得られた分離株の遺伝子性状を解析した。 ふたつの県の家畜保健所で採取されたブタの腸管由来サンプル26検体(下痢症17検体、その他9検体)よりRNAを抽出し、カリシウイルスのRNA ポリメラーゼ領域をユニバーサルに増幅可能なプライマーペアP290/289を用いたRT-PCRにより、11検体から当該遺伝子が増幅された。その中でK7/JPについては5'及び3'RACE法により全ゲノムのクローニングを行い、その塩基配列を決定した。他の陽性サンプルの中でS20/JP についてはVP1領域の塩基配列を、K5/JP、 K8/JPとK10/JPについてはVP1領域から3'末端までの塩基配列を決定した。その結果、K7/JPは7144塩基の長さであり、2つのORFを有していることが明らかとなった。また、5'側に存在するORF1の推定アミノ酸配列中にカリシウイルスの非構造蛋白に高度に保存されているアミノ酸モチーフが検出された。解析した5つのウイルスのVP1のアミノ酸配列について他のカリシウイルスと比較解析を行ったところ、K7/JP、 K8/JP、 K10/JPとS20/JPはPEC Cowden株と相同性が高く、サポウイルスに近縁であり、K5/JPはノロウイルスのGIIに属していることが判明した。また、K7/JP、 K8/JP、 K10/JPはPEC Cowden株とは異なる新しいブタのサポウイルスのgenogroupを形成することが示唆された。 第二章 腸管由来カリシウイルスはPEC Cowden株を除いて細胞培養での増殖ができないため、その診断及び予防法の開発が遅れている。一方、ヒト由来カリシウイルスは主にウイルス様粒子(VLP)を利用して抗体の検出、抗原性の比較や形態学的研究が行われている。主にバキュロウイルスと昆虫細胞を用いて蛋白の発現及びVLPの形成が行われているが、対象となるカリシウイルスの種類もしくは用いる昆虫細胞の株により発現量も異なっている。本章では第一章で検出されたブタサポウイルスの性状解明を進めるため、そのVP1の発現とVLPの形成を試みた。 まず、VP1遺伝子の発現確認に用いる抗体を作成するために、K7/JPのVP1遺伝子を3つの断片に分けて大腸菌でglutathione S-transferaseとの融合蛋白として発現させた。発現した各融合蛋白をglutathion sepharose 4Bを用いて精製後マウスに投与し、抗K7/JP VP1血清を作成した。その結果、VP1のN-末端及び中央領域に対する免疫血清が得られた。次に、第一章で塩基配列を決定した新しいサポウイルスゲノムのORF1の3'側に存在するVP1遺伝子の発現をバキュロウイルスで試みたところ、K7/JPについてはマウスにより作成したVP1の部分領域に対する抗体を使用したイムノブロットで、昆虫細胞内とその培養上清に58 kDaのVP1の発現が確認できた。他のウイルス株もSDS-PAGEによりVP1の発現が示され、各株の発現量には違いは認められなかった。電子顕微鏡観察によりK7/JPとK10/JPはVLPの形成が確認されたが、K8/JPとS20/JPの2株においてはVLPが認められず、VP1は発現しているものの集合して粒子を形成するには至らなかったものと考えられた。 第三章 近年の研究により、VLPは動物の体内で増殖したウイルスとほぼ同等の抗原性を有していることが報告されている。ウイルスの抗原性の比較や抗体の検出などにはEnzyme-linked immunosorbent assay (ELISA)が広く使われている。VLPを抗原としたELISA により、サポウイルスのGIはGIIとGVに対して抗原性が区別されることが知られている。また、ブタとヒトのノロウイルスのVLPを利用して抗原性をELISAで検討したところ、ブタ由来のSW918はヒトのGIIと交差するがGIとは交差しなかったという報告もある。PEC Cowden株でもVLPを作成しELISAが確立されているが、まだ詳しい血清調査までには至っていない。 本章では第2章で作成したVLPを用いた各種血清反応により、野外ブタ血清サンプル中の抗体検出を試みた。まずイムノブロットにより抗原性の確認と用いる血清について検討した。K7/JPのVLPをマウスに免疫して作成した抗VP1血清を用いたイムノブロットにより各株のVP1の抗原性を調べたところ、K7/JPと遺伝学的に近いK10/JPは反応したが、K8/JPとS20/JPは反応性を示さなかった。更に、イムノブロットでブタの野外血清をスクリーニングしたところ、陽性の血清サンプルが得られ、VLPを抗原とするELISAを構築する際の陽性対照血清として用いることができた。構築したELISAによる血清調査では、血清サンプルを100倍まで希釈したところ28%の陽性率であり、1,000倍希釈においても18%の陽性率が示された。以上のことから、ブタサポウイルスが日本のブタの中で流行している可能性が強く示唆された。 培養細胞で増殖できないカリシウイルスはウイルスの特徴を把握することが困難である。本研究により、従来知られていないブタ腸管カリシウイルスが発見され、その分子生物学的性状解析が進められた。本研究の成果はブタの腸管感染症および人獣共通感染症の原因としての疫学的検討、ひいてはその診断・予防法を開発するなどの今後の研究展開の基礎になることが期待される。 | |
審査要旨 | カリシウイルスは一本鎖ポジティブセンスRNAをゲノムとし、エンベロープを欠く小型球形ウイルスであり、さまざまな動物種ならびにヒトに対して全身性あるいは局所性の感染症を引き起こす。分類上、カリシウイルス科には近年新たにべシウイルス属、ラゴウイルス属、ノロウイルス属、サポウイルス属の4属が確立されたが、ベシウイルスを除き、カリシウイルスの細胞培養での増殖は困難である。現在、ブタの腸管由来カリシウイルスについては、その分布及びヒト由来ウイルスとの関係など不明な点が多い。本論文は、日本におけるブタ腸管由来カリシウイルスについて、遺伝子検索とその性状を解析すると共に血清調査を行ったもので、以下の三章より構成されている。 第一章においてはブタ腸管由来のカリシウイルスの遺伝子検索を行い、得られた分離株の遺伝子性状を解析した。ふたつの県の家畜保健所で採取されたブタの腸管由来サンプル26検体よりRNAを抽出し、カリシウイルスのRNA ポリメラーゼ領域をユニバーサルに増幅可能なプライマーペアを用いたReverse transcription-polymerase chain reaction法により、11検体から当該遺伝子が増幅された。その中でK7/JPについては全ゲノムのクローニングを行い、その塩基配列を決定した。他の陽性サンプルの中でS20/JP については主要構造蛋白(VP1)領域の塩基配列を、K5/JP、 K8/JPとK10/JPについてはVP1領域から3'末端までの塩基配列を決定した。その結果、K7/JPは7144塩基の長さであり、2つの翻訳可能領域(ORF)を有していることが明らかとなった。また、5'側に存在するORF1の推定アミノ酸配列中にカリシウイルスの非構造蛋白に高度に保存されているアミノ酸モチーフが検出された。解析した5つのウイルスのVP1のアミノ酸配列について他のカリシウイルスと比較解析を行ったところ、K7/JP、 K8/JP、 K10/JPとS20/JPは、サポウイルスに近縁であり、K5/JPはノロウイルスのGIIに属していることが判明した。また、K7/JP、 K8/JP、 K10/JPは新しいブタのサポウイルスのgenogroupを形成することが示唆された。 第二章では第一章で検出されたブタサポウイルスの性状解明を進めるため、そのVP1の発現とウイルス様粒子(VLP)の形成を試みた。まず、VP1遺伝子の発現確認に用いる抗体を作成するために、K7/JPのVP1遺伝子を3つの断片に分けて大腸菌で発現させ、精製後マウスに投与し、抗K7/JP VP1血清を作成した。その結果、VP1のN-末端及び中央領域に対する免疫血清が得られた。次に、第一章で塩基配列を決定した新しいサポウイルスゲノムのVP1遺伝子の発現をバキュロウイルスで試みたところ、K7/JPについてはマウスにより作成したVP1の部分領域に対する抗体を使用したイムノブロットで、昆虫細胞内とその培養上清に58 kDaのVP1の発現が確認できた。他のウイルス株もSDS-PAGEによりVP1の発現が示された。電子顕微鏡観察によりK7/JPとK10/JPはVLPの形成が確認されたが、K8/JPとS20/JPの2株においてはVLPが認められず、VP1は発現しているものの、集合して粒子を形成するには至らなかったものと考えられた。 第三章では第二章で作成したVLPを用いた血清反応により、野外ブタ血清サンプル中の抗体検出を試みた。まずイムノブロットにより抗原性の確認と用いる血清について検討した。K7/JPのVLPをマウスに免疫して作成した抗VP1血清を用いたイムノブロットにより各株のVP1の抗原性を調べたところ、K7/JPと遺伝学的に近いK10/JPは反応したが、K8/JPとS20/JPは反応性を示さなかった。更に、イムノブロットでブタの野外血清をスクリーニングしたところ、陽性の血清サンプルが得られ、VLPを抗原とするELISAを構築する際の陽性対照血清として用いることができた。構築したELISAによる血清調査では、血清サンプルを100倍まで希釈したところ28%の陽性率であり、1,000倍希釈においても18%の陽性率が示された。以上のことから、ブタサポウイルスが日本のブタの中で流行している可能性が強く示唆された。 以上、本論文は従来知られていないブタ腸管カリシウイルスを発見し、その分子生物学的性状の解析を進め、得られた知見はブタの腸管感染症および人獣共通感染症の原因としての疫学的検討、ひいてはその診断・予防法を開発するなどの学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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