学位論文要旨



No 121346
著者(漢字)
著者(英字) SUVAMOY DATTA
著者(カナ) スバモイ ダッタ
標題(和) カンピロバクター・ジェジュニの病原性遺伝子に関する研究
標題(洋) Studies on virulence genes of Campylobacter jejuni
報告番号 121346
報告番号 甲21346
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3059号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 国立医薬品食品衛生研究所 室長 五十君,静信
 鹿児島大学 助教授 中馬,猛久
内容要旨 要旨を表示する

病原微生物は種々のシステムを利用して宿主細胞のバリヤー機構を破壊し、宿主を病気へと導く。Campylobacter jejuni は下痢症の重要な起因菌であるが、その病原性の分子生物学的メカニズムについては不明な点が多い。本研究ではC. jejuniの宿主腸内定着、上皮細胞への侵入、Bacterial translocationに関する病原性因子の分子生物学的メカニズムを検討した。

C. jejuniの臨床的、疫学的特徴からどのような分子生物学的メカニズムがC. jejuni感染に関与しているか推測され、すでにいくつかの遺伝子が病原性因子として認識されている。このうち本研究において細胞への付着や腸内定着に関与する遺伝子として、flaA, cadF, racR, dnaJを選定し、細胞侵入性に関与する遺伝子としてvirB11, ciaB, pldAを選択した。cdtA,  cdtB, cdtCはcytotoxin 産生に関与する遺伝子として、ギランバレー症候群に関与する遺伝子としてwlaNを選択した。

本研究ではこれらの今までに報告されている各種の病原性遺伝子がC. jejuni感染にどのように関与しているかを疫学調査ならびにC. jejuniの病原因子として最も重要であると考えられている細胞侵入性ならびに無菌マウスを用いたBacterial translocation について検討した。

第1章では、上記11の病原性因子の保有率がC .jejuniの分離源により違いがあるかどうかを検討した。ヒトの臨床材料により56株、鶏肉より21株、ブロイラーと牛の糞便からの分離株21株と13株の合計111株について既存の病原性遺伝子のプライマーと今回新たにデザインしたプライマーを用いてPCRにより検索した。その結果11の病原性遺伝子の保有状態の違いから10のタイプに分けられた。しかし、分離株の由来による病原性遺伝子の保有状況に大きな違いはみられなかった。racR, wlaN, virB11は分離株により違いがみられ, racRはヒト、鶏肉、ブロイラー糞便、牛糞便でそれぞれ98.2%、90.5%、85.7%、76.7%の検出率であった。wlaNは25.0%、23.8%、4.7%、7.7%とヒトならびに鶏肉からの分離株での保有率が高く、virB11は10.7%、9.5%、9.5%、15.4%、の検出率であった。検査した111株は107株(96.4%)で8〜10の病原性遺伝子を保有していた。11遺伝子を全て保有する2株はヒト臨床材料から、最も少ない6遺伝子しか保有しない2株は牛糞便より分離された。

第2章ではニワトリの孵化後C. jejuniが徐々に腸内に定着するが、それらの分離菌株ににおいて上記11病原性遺伝子の保有率がどのように変化するかを検討した。約3,000羽を飼育する鶏舎から孵化後21、28、42、56日に約50羽ずつ、総排泄口より滅菌綿棒で糞便材料を採取した。その結果全体で235株を分離し、病原性遺伝子の保有パターンから12タイプに分けられた。日齢が進むにつれ11、8、5、3タイプのC. jejunuが分離され,しだいに分離株のタイプが減少した。最も多く分離されたタイプはvirB11とwlaN以外の9つの遺伝子を保有しており、日齢が進むにつれこのタイプは分離株中36.2%, 67.9%, 65.6%, 79.7%と上昇した。pldAは日齢が進につれ分離株の保有率は87.9%(21日齢)、94.3%(28日齢)、85.1%(42日齢)、100%(56日齢)の分離株で保有されていた。

第3章では第1章で分離した111株に新たなタイプ1株を加えて11のタイプに分け、それぞれのINF-407細胞への付着性と侵入性について検討した。その結果、pldAを保有する菌株は保有しない株に比べて細胞侵入性が強く、pldAがC. jejuniの細胞侵入性に強く関与していることが示唆された。これまでにINT-407細胞への侵入性に強く関与していると報告されているvirB11とciaB保有と細胞侵入性とは今回の結果では相関はみられなかった。

pldAはリン脂質のエスタル結合を加水分解するリン脂質分解酵素の蛋白をコードしている。リン脂質分解酵素は多くの病原性菌、例えばClostridium perfringens, Staphylococcus aureus, Rickettsia rickettrii, Listeria monocytogens などの重要な病原因子である。リン脂質は宿主細胞の細胞膜の重要な構成物でリン脂質の加水分解は宿主細胞への侵入の過程でおこる細胞壁の崩壊に関与している。

そこで、pldAの欠損変異株ならびに補完株を作製しINT-407細胞への付着性と侵入性を野生株と比較した。その結果、細胞付着性には欠損株(pldA−)、補完株(pldA+)欠損株+プラスミド(pldA−)、野生株間に差はみられなかったが、欠損株と欠損株+プラスミド株では著しい細胞侵入性の違いがみられ、pldA−の株では侵入性が著しく低下した。また、これら4株にミューラーヒントンブロスでの発育ならびに判流動寒天での運動性に差はみられなかった。これらの成績はpldAがC. jejunuiの細胞侵入性に強く関与していることが示唆した。

さらに上記4株を無菌CF#1マウスに経口投与して腸内定着性と腸管以外の臓器へのBacterial translocation を比較した。その結果、pldA欠損株では小腸下部と盲腸での定着した菌数が低くなった。また脾臓と肝臓へBacterial translocationする菌数は投与3日目でいずれの株も違いはみられなかったが、6日目ではpldA欠損株ではすでに脾臓と肝臓での菌は検出されなかった。これに反して野生株と補完株では3日目同様の菌数で検出された。pldAは細胞侵入性ばかりでなく、マウスの腸内定着や脾臓、肝臓での生存性に影響を与えることが明らかにされた。

第4章ではC. jejuni病原性遺伝子であると強く示唆されたpldA遺伝子の細胞侵入に関わるメカニズムを各種インヒビターと上記4株、pldA欠損株(pldA−)、補完株(pldA+)欠損株+プラスミド(pldA−)、野生株の組み合わせによるINT-407細胞での侵入性を比較した。すでにC. jejuniは種々のメカニズムを使って細胞に侵入することはすでに報告されている。今回はcytochalasin-D (micro filament depolymerization), G-strophantin と monodansylcadaverin (formation of coated-pits), monansin (endosome acidification), staurosporine (protein kinase)をinhibitorとして用いた。結果としてcytochalasin-DとmonansinではpldA欠損株の細胞侵入阻止がみられなかった。野生株ではいずれのinhibitorでも侵入阻止がみられた。以上の結果からpldAはC. jejuniのmicrofilament depolymerizationとendosome acidification を利用した細胞侵入に関与していることが明らかとなった。

本研究ではC. jejuniの病原因子について疫学的ならびに分子生物学的解析により、pldAが極めて重要な働きをしていることを明らかにし、そのメカニズムについて検討を加えた。今後さらに病原性遺伝子の詳細な分子生物学的解析ならびに病態モデルの作出によりC. jejuniの病原性について明らかにする必要があると考える。

審査要旨 要旨を表示する

病原微生物は種々のシステムを利用して宿主細胞のバリヤー機構を破壊し、宿主を病気へと導く。Campylobacter jejuni は下痢症の重要な起因菌であるが、その病原性の分子生物学的メカニズムについては不明な点が多い。本論文ではC. jejuniの宿主腸内定着、上皮細胞への侵入、Bacterial translocationに関する病原性因子の分子生物学的メカニズムを検討した。本論文は四つの章で構成されている。

第1章では、すでに病原性因子として認識されている遺伝子から細胞への付着や腸内定着に関与する遺伝子としてflaA, cadF, racR, dnaJ、細胞侵入性に関与する遺伝子としてvirB11, ciaB, pldA、cdtA, cdtB, cdtCはcytotoxin 産生に関与する遺伝子として、ギランバレー症候群に関与する遺伝子としてwlaNを選択し、病原性因子の保有率がC .jejuniの分離源により違いがあるかどうかをプライマーを用いてPCRによりヒトの臨床材料、鶏肉、ブロイラーと牛の糞便からの分離株合計111株について検討した。その結果11の病原性遺伝子の保有状態の違いから10のタイプに分けられた。しかし、分離株の由来による病原性遺伝子の保有状況に大きな違いはみられなかった。検査した111株は107株(96.4%)で8〜10の病原性遺伝子を保有していた。

第2章ではニワトリの孵化後C. jejuniが徐々に腸内に定着するが、それらの分離菌株において上記11病原性遺伝子の保有率がどのように変化するかを検討した。約3,000羽を飼育する鶏舎から孵化後21、28、42、56日に約50羽ずつ、総排泄口より滅菌綿棒で糞便材料を採取した。その結果全体で235株を分離し、日齢が進むにつれ11、8、5、3タイプのC. jejunuが分離され,しだいに分離株のタイプが減少した。最も多く分離されたタイプはvirB11とwlaN以外の9つの遺伝子を保有しており、日齢が進むにつれこのタイプは分離率は上昇した。pldAは日齢が進につれ分離株の保有率は87.9%(21日齢)、94.3%(28日齢)、85.1%(42日齢)、100%(56日齢)の分離株で保有されていた。

第3章では第1章で分離した111株に新たなタイプ1株を加えて12のタイプに分け、それぞれのINF-407細胞への付着性と侵入性について検討した。その結果、pldAを保有する菌株は保有しない株に比べて細胞侵入性が強く、pldAがC. jejuniの細胞侵入性に強く関与していることが示唆された。これまでにINT-407細胞への侵入性に強く関与していると報告されているvirB11とciaB保有と細胞侵入性とは今回の結果では相関はみられなかった。

そこで、pldAの欠損変異株ならびに補完株を作製しINT-407細胞への付着性と侵入性を野生株と比較した。その結果、細胞付着性には欠損株(pldA−)、補完株(pldA+)欠損株+プラスミド(pldA−)、野生株間に差はみられなかったが、欠損株と欠損株+プラスミド株では著しい細胞侵入性の違いがみられ、pldA−の株では侵入性が著しく低下した。これらの成績はpldAがC. jejunuiの細胞侵入性に強く関与していることが示唆した。

さらに上記4株を無菌CF#1マウスに経口投与して腸内定着性と腸管以外の臓器へのBacterial translocation を比較した。その結果、pldA欠損株では小腸下部と盲腸での定着した菌数が低くなった。また脾臓と肝臓へBacterial translocationする菌数は投与3日目でいずれの株も違いはみられなかったが、6日目ではpldA欠損株ではすでに脾臓と肝臓での菌は検出されなかった。これに反して野生株と補完株では3日目同様の菌数で検出された。pldAは細胞侵入性ばかりでなく、マウスの腸内定着や脾臓、肝臓での生存性に影響を与えることが明らかにされた。

第4章ではpldA遺伝子の細胞侵入に関わるメカニズムを各種インヒビターと上記4株、pldA欠損株、補完株、欠損株+プラスミド、野生株の組み合わせによるINT-407細胞での侵入性を比較した。今回はcytochalasin-D , G-strophantin と monodansylcadaverin, monansin, staurosporine をinhibitorとして用いた。結果としてcytochalasin-DとmonansinではpldA欠損株の細胞侵入阻止がみられなかった。野生株ではいずれのinhibitorでも侵入阻止がみられた。以上の結果からpldAはC. jejuniのmicrofilament depolymerizationとendosome acidification を利用した細胞侵入に関与していることが明らかとなった。

以上本研究ではC. jejuniの病原因子としてpldAが極めて重要な働きをしていることを明らかにしたことにより、今後の予防手段を検討し、病原菌と非病原菌を識別する上で重要な知見を与えるものと考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク