学位論文要旨



No 121350
著者(漢字) 上野,仁之
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,ヒトシ
標題(和) 新規モーター分子KIF16Bの分子細胞生物学的研究
標題(洋) Molecular Cell Biology of New Motor Protein,KIF16B
報告番号 121350
報告番号 甲21350
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2598号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

細胞内物質輸送は細胞の機能および形態形成などに重要な役割をしている。タンパク質や脂質は合成された後に厳格な制御のもとタンパク複合体や膜小胞、細胞内小器官として細胞内を輸送されていることが知られており、それらは細胞骨格の上を滑走するモータータンパク質群によって行われていることが知られている。キネシンスーパーファミリープロテイン(KIFs)はそんなモータータンパク質群の一種で細胞骨格の一つである微小管の上をATP依存的に滑走することが知られている。KIFsの中にはタンパク複合体や膜小胞などの輸送だけでなく、細胞が分裂する際の動力や微小管の安定化や脱重合に関係あるものも知られている。

近年ヒトゲノム計画の終焉に伴い、ゲノム上にコードされるすべてのタンパク質の同定が行えるようになり、KIFs の全体像も見えるようになった。KIF16Bは分子遺伝学的解析によりシナプス小胞を輸送していることが知られているKIF1A,KIF1BbetaやAP-1複合体などの輸送をしている KIF13Aに近いことが明らかになった。またモータードメインの配列をプローブに使ったNorthern blottingにより KIF16Bは広くいろいろな細胞に発現していることが判った。

そこでKIF16Bも細胞内で重要な役割をしていると考え、以前にクローニングされていたモータードメインの配列を用いファージライブラリー法により全長のクローニングを行い、塩基配列を決定した。Kif16b遺伝子のオープンリーディングフレームの解析によりKIF16Bは1323アミノ酸からなるタンパク質であることが判明した。

Coiled-coilの予想やドメインサーチによりN末端にキネシンモータードメイン、他にもFHAドメインとC末端にPXドメインを持つことが判り、中央にあるCoiled-coilにより他の多くのKIFs同様に二量体を作っているのではないかということが示唆された。FHAドメインはKIF1,KIF13,KIF14,KIF16だけがそれぞれ同じ位置に持っておりモータードメインの制御に関係していると考えられているが、実際の機能はいまだ不明である。PXドメインはsorting nexin proteins(SNXs)と呼ばれるタンパク群が持っているドメインでSH3ドメインやホスファチジルイノシトールリン脂質に直接つくことが知られている。

次に抗体を作るために抗原となるKIF16Bの全長N末His-Tag付きのコンストラクトをBaculovirusに組み込み昆虫細胞で発現させた後にニッケルカラムで精製をかけSDSPAGEで分離ところ、150kDa辺りにほぼ単一のバンドを検出した。この試料を用いてウサギよりポリクローナル抗体Anti-KIF16Bを作成した。

作成した抗体をアフィニティー精製した後にKIF16Bが欠損した細胞と欠損していない細胞を用いWestern blottingをしたところKIF16Bが欠損していない細胞でのみ150kDa辺りにバンドが検出された。さらに各臓器のライセートを使いWestern blottingを行ったところ多くの臓器の150 kDa辺りにバンドが検出された。

次に抗体を用い細胞内局在を調べるために遠心分画および密度勾配遠心法によるFloating assayを試みた。そうしたところKIF16Bは界面活性剤がないときは浮いてきてあるときはほとんど浮いてこないことから膜小胞または膜小器官に局在しているのではないかということが示唆された。さらに10,000gであるP2まででほとんど落ちてしまっていることにより KIF16Bはかなり大きな膜小胞または膜小器官を輸送しているのではないかということが判明した。さらに膜との結合の強さを見るために条件をいろいろ変えて実験したところ500mM NaClで膜からはずれ始めることから静電気的な結合であることが示唆された。

次にモータードメインとPXドメインの機能を調べた。KIFsはATP依存的に微小管に結合することからATPのアナログであるAMP-PNPを使い微小管と共に落としATPで微小管からはずすassayをした。そうしたところkinesin(KIF5B)同様に微小管からATP依存的にはずれることが判り、微小管上を滑走するのではないかと示唆された。

PXドメインはSH3ドメインやホスファチジルイノシトールリン脂質に結合することが知られているが KIF16BはSH3ドメインに結合するモジュールが保存されていないので、ホスファチジルイノシトールリン脂質(PIPs)の結合能をドットブロットで調べた。そうしたところ KIF16BのPXドメインは多くの PX ドメイン同様に PI3P につくことが判明した。さらにPI5P,PI(3,4)P2,PI(3,5)P2にも結合することが判明した。このことによりKIF16BはPI3Pの多く局在するエンドソームやライソゾームなどに多いことが示唆された。またPI3Kの阻害剤である Wortmanninを使用しても膜小胞からはずれないことから、膜結合には他の因子があることが示唆された。

次にKIF16Bの機能をより詳しく調べるためKIF16Bの結合タンパクの探索をするため、YeastTwo-Hybridによるスクリーニングをした。そうしたところ、87クローンの陽性コロニーがあり、その中の2クローンからRab14の遺伝子が検出された。

Rabタンパク質群はGTPaseであるRasスーパーファミリーの一種で主に細胞内膜小胞輸送や膜の融合などに関係していることが知られている。またRas スーパーファミリーのタンパク質は活性型であるGTP型と不活性型のGDP型になることが知られており、Rasに結合してGTPase活性を高めたりGDPをGTPに入れ替えたりするいくつかのエフェクターがあることが知られている。またRab14は以前の研究でゴルジコンプレックスからエンドソームへの膜輸送に関わっていることが知られている。

そこでまずKIF16BがRab14のどの状態と結合しているかを確かめるためRab14の活性型と不活性型のミュータントを使い免疫沈降法を用いてその結合をみた。そうしたところ、KIF16BはRab14の活性型とのみ結合していることが判明した。また細胞内膜小胞に対するKIF16Bの抗体での免疫沈降法より KIF16BはRab14の活性型が存在するエンドソームに結合するが、Rab14の不活性型が存在するゴルジコンプレックスには結合していないことが判明した。さらに密度勾配遠心法によりKIF16Bはライソゾームやゴルジコンプレックスのマーカータンパク質とは違う比重にピークができたが、エンドソームのマーカータンパク質と同じ比重のフラクションに分離することが判明した。

以上、今回の結果をまとめると

Kif16bの全長cDNAをクローニングし、KIF16Bを認識するポリクローナル抗体anti-KIF16Bを作成した

KIF16BはN-末にモータードメイン、その後ろにFHAドメイン、C末にPXドメインを持つ事が判明した。

KIF16Bは150kDaのタンパク質で広くいろいろな臓器に発現し、細胞内では主に膜小器官に局在している事が判明した。

KIF16Bは膜小器官に局在し、そのPXドメインは何種類かのPIPsに直接結合する事が判明した。

Yeast Two-HybridによりKIF16BはRab14に直接結合することが判り、さらに免疫沈降法により活性型には結合するが不活性型には結合しないということが判明した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はキネシンスーパーファミリータンパク質群の一つであるマウスのKIF16Bのクローニングおよびその機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

すでにサブクローニングされていたKif16b遺伝子のモータードメインの配列をプローブとして用いcDNAライブラリーよりKif16b遺伝子の全長cDNAをクローニングしたのちその塩基配列を決定した。その塩基配列より予想されるアミノ酸配列を用い、KIF16Bに3つの機能ドメイン(キネシンモータードメイン、FHAドメイン、PXドメイン)が存在することを発見した。

KIF16Bの全長にHis-TagをつけたものをBaculovirusに組み込み、昆虫細胞Hi5で発現し、ニッケルカラムで精製したものを抗原として用いてウサギでポリクローナル抗体anti-KIF16Bを作成した。KIF16Bが欠損した細胞と発現している細胞をWestern blottingおよび蛍光抗体法に用いて観察したところ、いずれの場合もKIF16Bが発現している細胞でのみ、シグナルが観測できた。このことによりこの抗体が特異的にKIF16Bを認識することが示された。

KIF16Bの細胞内での局在をみるために遠心分画法を行ったところ、KIF16Bは比較的重い分画に存在していることが判った。さらに界面活性剤存在下、非存在下においてNycodenzによるfloatingassayを行ったところ、界面活性剤非存在下でのみ比重の軽い分画にくることが判った。このことによりKIF16Bは膜小胞や膜小器官に局在していることが示唆された。

KIF16Bの微小管への結合能をAMP-PNP(ATPの加水分解しないアナログ)とATPの存在下で調べたところ、AMP-PNPの存在下で微小管に強く結合し、ATP存在下で微小管から解離することが示された。このことよりKIF16Bは微小管の上をATP依存的に滑走することが示唆された。

KIF16BのPXドメインにGSTをつけたものを発現させ各種のイノシトールリン脂質でドットブロットを行ったところ、KIF16Bはin vitroで特異的にPI(3)P,PI(5)P,PI(3,4)P,PI(3,5)Pに結合することが示された。またPI3Kの阻害剤であるWortmanninをかけたHeLa細胞でKIF16Bが膜小胞から解離するかを調べたところ、コントロールに用いたEEA-1は膜小胞から解離したが、KIF16Bは膜小胞に結合したままであった。このことよりKIF16BはPI3K非依存的に膜小胞に結合していることが示され、KIF16Bが膜小胞に結合するためには他にも結合因子があることが示唆された。

KIF16Bに直接結合するタンパク質を探索するためにYeast Two-Hybridをおこなったところ、Rab14がKIF16Bに直接結合することが示された。またHeLa細胞に活性型Rab14(Rab14Q70L)と不活性型Rab14(Rab14S25N)を発現させてKIF16Bと共免疫沈降をさせたところ活性型Rab14の場合でのみKIF16Bと共免疫沈降をすることが示された。このことによりKIF16BはRab14が活性型である時のみ結合することが示された。

以上、本論文はマウスのKIF16Bの全長のクローニングと機能解析が行われ、いままで明らかにされていなかったKIF16Bの基本的な機能について明らかにした。本研究はこれまで知られていなかった、KIF16BとRab14のactiveformが直接結合することを判明し、Golgi-to-endosomesの輸送に関わっていることが示唆された。またキネシンスーパーファミリータンパク質とカーゴとの結合が脂質とタンパク質の両方によって行われていることを初めて示唆する研究であり、細胞内での物質輸送の制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位を授与するに値するものと考えられる。

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