学位論文要旨



No 121353
著者(漢字) 築茂,由則
著者(英字)
著者(カナ) ツクモ,ヨシノリ
標題(和) 小胞体ストレスにより誘導される遺伝子NUCB1の機能解析
標題(洋)
報告番号 121353
報告番号 甲21353
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2601号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 助教授 淺野,知一郎
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 神野,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

小胞体ストレスとは

小胞体は分泌タンパク質や膜タンパク質、脂質の合成やカルシウムイオンの貯留などの機能を担っている重要な細胞内小器官である。分泌タンパクや膜タンパクは、ここで糖鎖付加、ジスルフィド結合などの修飾を受け、立体構造の形成が行われる。しかしながら成熟に失敗したタンパクは異常タンパク(Unfolded protein)として認識され小胞体ストレス(ERストレス)として感知される。異常タンパクが生じる原因としては、低グルコース状態における糖鎖修飾の異常、遺伝的要因に伴ったシステイン残基の変異によるジスルフィド結合の異常、小胞体シャペロンの機能低下、許容を上回るタンパク合成など多岐にわたる。このような多くの原因によって生じた異常タンパクの蓄積は細胞にとって、さらには生体においても非常に有害である。細胞はこの状態から抜け出すため小胞体ストレス応答(UPR:Unfolded Protein Response)を起こす。

ERストレス応答機構

小胞体ストレス応答に重要な役割を果たすのが小胞体膜上に存在するセンサーの1つATF6である。ATF6はC末端が小胞体内側に、N末端が細胞質側へ配向した2型膜貫通タンパクであり、N末側は転写因子として機能する。通常ATF6は小胞体内領域で分子シャペロンGRP78と結合して不活性の状態に保たれているが、小胞体内に異常タンパクが発生するとそれらの構造の回復をはかるためGRP78がATF6から解離する。フリーになったATF6はゴルジ体へと移行する。そしてゴルジ局在プロテアーゼであるsite-l-protease(S1P)により膜貫通部位近傍で最初の切断を受け、さらに膜内部位で同様にゴルジ局在プロテアーゼであるS2Pによって2番目の切断を受けN末端側がフリーになり、核へと移行してGRP78をはじめとする小胞体シャペロンを誘導し異常タンパクの構造回復をはかる。

本研究ではこのATF6を制御する新たな因子としてNUCB1を見出しその制御機構を解析した。NUCB1はもともと自己免疫疾患マウス由来のB細胞株KMLl-7の培養上清中に見いだされB細胞の分化、増殖活性を有することが報告されたが。その後は細胞内においてはゴルジ体内に局在するタンパクとして報告されている。NUCB1はCa2+イオン結合タンパクに特徴的なEF-handモチーフを有しており、このドメインを介してゴルジ体でのカルシウムイオン濃度の調節を行っていることが示唆されている。しかしながらNUCB1の機能の詳細は明らかとなっていなかった。【方法と結果】

ERストレスによるNUCB1の発現誘導

小胞体ストレス応答の制御に関わる因子の多くが、小胞体ストレスにより発現誘導される。新たな制御因子を探るため、HT1080細胞(ヒト線維肉腫)を用いてグルコース飢餓により発現誘導される遺伝子についてマイクロアレイ解析を行い、有意に発現誘導が認められた遺伝子群の中からNUCB1に着目した。マイクロアレイの結果を確認するためNUCB1の発現誘導についてRT-PCR法にて解析した。その結果、グルコース飢餓(GS)、2DG(2-deoxyglucose)、Tunicamycin処理(いずれも糖鎖付加を阻害し異常タンパクを発生させる代表的なERストレス誘導剤)により、コントロールであるGRP78同様にmRNAレベルでの発現上昇が確認された(Figure 1A)。

次にNUCB1のタンパクレベルでの経時変化についてウェスタンプロット法にて検討した。その結果2DG処理後12時間から発現の上昇が確認された(Figure 1B)。

NUCB1はERストレス応答を抑制する

NUCB1がERストレス応答の制御に関わっているかどうかを検討するためにERストレスにより誘導される代表的な遺伝子であるGRP78のプロモーター領域をルシフェラーゼベクターに組み込んだpGRP78-Lucを用いてレポーターアッセイを行った。HT1080細胞にpGRP78-Lucを遺伝子導入し、Tunicamycin処理したところ、濃度依存的にルシフェラーゼ活性が有意に上昇した。一方でpGRP78-LucとともにpNUCB1を遺伝子導入した場合、GRP78のルシフェラーゼ活性はいずれの濃度においても有意に抑制されることがわかった(Figure 2A)。

また、ERストレス応答に重要なATF6の90kDaの前駆体から活性型p50ATF6へ活性型へのプロセッシングのイベントに影響しているかどうかを検討した。Flag標識したATF6をHT1080細胞に遺伝子導入し、Thapsigargin処理によるp90ATF6の活性型p50ATF6へのプロセッシングを抗Flag抗体を用いてウェスタンプロット法により検討した。p90ATF6はThapsigargin処理時間に依存してプロセッシングされ、p50ATF6のバンドが出現した。これに対してNUCB1を共発現させるとp50ATF6が減少することが明らかになった(Figure 2B)。よってNUCB1はATF6のプロセッシングを抑制していることが示唆された。

NUCB1はERストレス下でのATF6とS1Pの結合を抑制する

各種ERストレス誘導剤により、S1PとATF6の結合が増強されることを見出した(Figure 3A)。そして、NUCB1を共発現させた場合にATF6とS1Pの結合へ影響を及ぼすのかどうかについて検討した。Thapsigargin処理後1,3時間いずれにおいてもS1PとATF6の結合が増強されたが、NUCB1の共発現下においてはその結合が減少することが明らかとなった(Figure 3B IP上段)。それと一致してATF6のプロセッシングも抑制されていた(Lysate上段)。このことからNUCB1はATF6のS1Pとの結合を抑制することによって活性型へのプロセッシングを阻害していることが強く示唆された。

NUCB1はATF6のゴルジ体から核への移行を抑制する

次にATF6のERストレス下での局在変化に対するNUCB1の影響を免疫蛍光染色により検討した。ATF6はDTT処理後20分でゴルジ体へと移行し(矢印)さらに、40分後では核局在も確認された(矢頭)。これに対してNUCB1を遺伝子導入した場合では、DTT処理後20分でのATF6のゴルジ体移行は同様に観察されたが、40分後での核移行は有意に抑制されていた(矢印)。このことからNUCB1はゴルジ体でATF6の活性化を抑制していることが示唆された。

NUCB1にはN末シグナルペプチドの切断型と非切断型が存在する

Figure 1B,2Bで見られるようにNUCB1は内在性のもの、遺伝子導入したもの、いずれにおいても分子量のわずかに異なる2つのバンドが確認された。この分子量の差がN末端のシグナルペプチドの切断の有無によるものであるかどうかを検討するため、シグナルペプチド切断部位周辺に変異を導入したNUCB1を作製した(Figure 5A)。切断部位周辺のアミノ酸置換は切断効率に大きな変化をもたらすことが知られている。in vitroでのシグナルペプチダーゼによる切断の有無を検討したところ、細胞溶解液から調製したNUCB1(Figure5Blanel)は2本のバンドを示したのに対して、in vitroで合成したNUCB1は上方のバンドのみ(lane2)のシングルバンドとなった。ここにシグナルペプチダーゼを含むミクロソーム画分を加えると下方のバンドが現れた(Iane3)。しかしV24F/A26Fでは下方のバンドは全く検出されなかった(lane4、5)。また、シグナルペプチド部分(1〜26aa)を欠損させたNUCB1は下方のバンドと同様の泳動位置を示した(Iane6)。以上の結果から、ウェスタンプロットで観察されたNUCB1の分子量の差は、N末端シグナルペプチドの切断の有無によるものであることが強く示唆された。

N末シグナルペプチドの切断によるNUCB1の局在変化

これまでにNUCB1は、主にゴルジ体局在タンパクであり、また細胞外分泌タンパクとして報告されている。しかしながらこれらの局在制御のメカニズムについてはまだ明らかとされていない。NUCB1の局在の違いがシグナルペプチドの切断によって制御される可能性を検討するために、切断されやすい変異体P28A、切断されない変異体V24F/A26Fを用いて細胞外への分泌と細胞内における局在について検討した。細胞にそれぞれのNUCB1遺伝子を導入し24時間後、無血清培地に交換し、6時間培養した。そして培養上清ならびに細胞をそれぞれ回収し、抗V5抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。その結果、P28Aは培養上清中への分泌が認められたが、V24F/A26Fでは明らかに分泌が減少していた(Figure 6A)。

一方細胞内局在は、V24F/A26FはWT同様にゴルジ体に局在するが、P28Aはゴルジ体局在も見られたものの大部分が小胞体局在を示した(Figure 6B)。以上の結果から、NUCB1はシグナルペプチドが残ったものがゴルジ体に局在でき、切断されたものは細胞外へと分泌されることが示唆された。

N末シグナルペプチド切断によるATF6抑制への影響

NUCB1-WTとP28AのATF6のプロセッシングの阻害効果について比較検討した。HT1080細胞にFlag-標識したATF6とNUCB1-WTまたはP28Aを遺伝子導入し、Thapsigarginで3時間刺激後のATF6プロセッシングをウェスタンプロット法にて解析した。WTを遺伝子導入した場合では;活性型ATF6の検出量は有意に減少したのに対して、 P28Aの場合ではMockに近いレベルで検出された(Figure 7A)。

さらにNUCB1-WT、P28AのATF6によるGRP78のプロモーター活性への影響についてもルシフェラーゼアッセイを用いて検討した。その結果、WTは遺伝子導入量に比例して顕著な抑制効果が認められたのに対して、P28Aはほとんど抑制効果がみられなかった。

ほとんどが切断型となるP28AではATF6のプロセッシング抑制活性が有意に減少したことから、非切断型NUCB1(ゴルジ体局在)がATF6の制御に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

【まとめ】

本研究によりERストレスによって誘導されるゴルジ体局在タンパク・NUCB1がERストレス応答に重要な因子ATF6の活性化をゴルジ体で抑制するという新規な制御メカニズムが明らかになった。さらにNUCB1のN末シグナルペプチドが、ゴルジ体局在に重要であることを明らかにした。本研究は非常に複雑な小胞体ストレス応答の解明につながりものであり、ERストレスが関与するとされるガン、糖尿病、神経変成疾患など多くの疾患の分子レベルでの理解、さらには治療法の開発に貢献するものであると考えられる。

Figure1 NUCB1のERストレスによる発現誘導

Figure2 NUCB1はERストレス応答を抑制する

Fjgure3 NUCB1によるATF6とS1Pの結合抑制

Figure4 NUCB1はゴルジ体でのATF6活性化を阻害する

Figure5 NUCB1はN末シグナルペプチドの切断型、非切断型が存在する

Figure6 N末シグナルペプチド切断による分泌、局在の変化

Figure7 切断型NUCB1のATF6抑制活性の低下

Figure8 NUCB1はゴルジ体におけるATF6活性化イベントを仰制する

審査要旨 要旨を表示する

本研究は糖尿病、神経変成疾患、癌など多くの病態と深い関与が指摘されている小胞体ストレス応答の分子機構について明らかにするため、ストレス応答に主要な役割を果たすATF6の活性化を調べる系において、抑制的に働く新たな制御因子としてNUCBlの発見と機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

NUCBlは小胞体ストレス下において発現が誘導されることをRT-PCR、Western-blottingにより明らかにした。さらにプロモーター解析を行った結果、ヒトとマウス間で保存されているERストレス応答配列ERSE IIを同定した。ERSE IIを含むプロモーター領域をLuciferase遺伝子につないだplasmidを用いてLuciferase assayを行った所、小胞体ストレス誘導剤Tunicamycin処理により活性が増強され、ERSE IIに点変異を導入した場合はその活性が著しく減少したことからERSE IIはNUCBlの発現誘導におけるシスエレメントとして機能しうることが示された。

小胞体ストレス応答におけるNUCBlの機能を調べるため、一過性発現の系において、ストレス応答のマーカー遺伝子である小胞体局在の分子シャペロンGRP78の発現への影響をそのプロモーターを用いたLuciferase assayとWestern-blottingにより評価した。その結果NUCBlを過剰発現させた場合では、明らかにGRP78の発現が抑制されることが示された。

GRP78の発現誘導において重要な小胞体膜結合型転写因子ATF6の活性化に対するNUCBlの影響についてWestern-blottingにより調べた。小胞体ストレス依存的に認められたATF6の活性型へのプロセッシングは、NUCB1の過剰発現により抑制され、反対にsiRNAを用いてNUCBlの発現を抑制した場合ではATF6の活性型バンドが増加した。よってNUCBlはATF6のプロセッシングを抑制していることが示唆された。

免疫染色によりNUCB1、ATF6、ならびにATF6プロセッシング酵素S1Pが小胞体ストレス下においてゴルジ体に共局在することを示した。また、ATF6とS1Pがストレス依存的に結合することを発見し、NUCBlを発現させた場合ではその結合が抑制されることが免疫沈降法により示された。

免疫染色によりストレス下でのATF6の局在変化へのNUCBlの影響を調べた。ATF6はストレス誘導剤DTT処理20min後にゴルジ体へ移行し40min後ではさらに核移行も見られたがNUCBlを過剰発現させた場合では40min後においてもゴルジ局在を示す割合が多かった。よってNUCBlはゴルジ体でATF6の活性化を抑制していることが示唆された。

過去の文献において報告されていたNUCBlのゴルジ体局在と細胞外分泌を制御するメカニズムとしてN末端に存在する小胞体シグナルペプチドの切断の有無が重要であることを、切断の起こらない変異型NUCBlを作製することで明らかにした。切断の有無は野生型と変異型をinvitroにて転写、翻訳させた産物とシグナルペプチダーゼを含むミクロソーム画分とを反応させたサンプルも用いてWestern-blottingを行い、分子量の違いにより示した。切断されない変異体ではゴルジ体に局在し、培養上清中への分泌が認められないことから、N末端シグナルペプチドの切断型NUCBlは分泌され、非切断型NUCBlがゴルジ体に残れることが示唆された。

以上、本論文は小胞体ストレスにより発現が誘導される遺伝子NUCBlの機能解析を行った結果、小胞体ストレス応答に重要な転写因子ATF6の活性化を抑制する因子として働くことを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったATF6の負の制御機構を明らかにすることで複雑な小胞体ストレス応答の分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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