学位論文要旨



No 121354
著者(漢字) 大石,智一
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,トモカヅ
標題(和) テロメア伸長因子Tankyrase1の新規機能解析
標題(洋)
報告番号 121354
報告番号 甲21354
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2602号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 安藤,譲二
内容要旨 要旨を表示する

[序論]真核生物の染色体末端は種を通じて高度に保存されたテロメアとよばれる保護的構造を有しており、テロメア結合タンパク質とともに複合体を形成している。ヒトにおいて約9割の癌細胞において、テロメア合成酵素のテロメラーゼはテロメアを伸長維持し、このことが、癌細胞の無限増殖能の根拠となっている。テロメラーゼによるテロメア伸長を阻害するTRF1に結合する蛋白質として同定されたTankyrase1は、蛋白質相互作用を行うアンキリンドメインと、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)と呼ばれる酵素活性部位を持っている。Tankyrase1はアンキリンドメインを介してTRF1と結合しPARP活性によってTRF1の働きを阻害することから、テロメラーゼの働きを助長するテロメア伸長因子であると考えられる。Tankyrase1は間期においてゴルジ体、核膜孔、テロメアに局在するのに対し、細胞分裂期には紡錘体極(中心体)およびその周辺に局在することから、細胞分裂期においてなんらかの働きを担っていると考えられてきた。近年、細胞分裂期におけるPARP活性が安定な細胞分裂に不可欠であることが報告され、さらにsiRNAを用いた検討によってPARPファミリーの中でも特に、Tankyrase1によるPARP活性が正常な細胞分裂に重要であることが明らかになりつつあるが、その詳細なメカニズムは明らかになっていない。本研究においてこれまで未知に等しかった細胞分裂期におけるTankyrase1の中心体での働きを検討した。

[方法・結果]

細胞分裂期にTankyrase1は主に中心体に局在しリン酸化される。

Tankyrase1の細胞分裂期における局在を検討するため、HeLa.l.2.11細胞をメタノールで固定後、抗Tankyrase1抗体と、抗γ-tubulin抗体によって免疫染色を行った。Tankyrase1は細胞分裂中期において中心体マーカーの一種であるγ-tubulinと一部局在が一致したことから、細胞分裂期に主に中心体およびその周辺で機能している可能性が示唆された(Fig.1)。次に細胞分裂期における修飾を検討するため、Nocodazoleによって細胞分裂期にブロックすると、Tankyrase1のバンドが上にシフトすることが明らかとなった。次にこのバンドシフトがリン酸化によるものかを、セリン/スレオニン残基のリン酸基特異的脱リン酸化酵素のProteinPhosphatasel(PP1)を用いて検討した、15分、30分と継時的に処理すると上にシフトしていたTankyrase1のバンドは元の160Kdaの位置に戻るのに対し、同様の検討をProtein Phosphatase阻害剤存在下で行うと、バンドは上にシフトしたままであった。これらの結果から、Tankyrase1は細胞分裂期において中心体およびその周辺に局在し、Tankyrase1のセリン/スレオニン残基がリン酸化されることが明らかとなった(Fig.2)。

細胞分裂期にTankyrase1はAurora Aと一部局在が一致する。

細胞分裂期におけるTankyrase1の中心体局在およびリン酸化から、細胞分裂期に紡錘体極で機能するセリン/スレオニンキナーゼのAurora Aとの関与を検討した。細胞分裂期においてTankyrase1とAurora Aの局在は一部中心体部位で一致した。(Fig.3)

Tankyrase1はAurora Aと細胞内および試験管内で結合する。

次にHTC75細胞を用いて細胞内におけるTankyrase1とAurora Aの結合を検討した。Nocodazole処理により細胞分裂期でブロックした細胞抽出液からAuroraAで免疫沈降すると、Tankyrase1の共沈降が検出できた(Fig.4A)。さらに、Tankyrase1とAurora Aが直接結合しているかどうかをビーズに結合させたGST融合蛋白質とAuroraコンストラクトを用いてプルダウンアッセイを行うと、野生型(WT)および不活性変異型(K162R)のHAタグ付きAurora Aを用いた時のみバンドが検出された。このことから、Tankyrase1とAurora Aが直接結合することが明らかとなった。(Fig.4B)

Tankyrase1はAurora Aをポリ(ADP-リボシル)化する可能性が示唆された。Tankyrase1とAurora Aが直接結合することが明らかになったことから、Tankyrase1がAurora Aをポリ(ADP-リボシル)化するかを検討した。HTC75細胞にFLAGタグのみ(mock)、FLAGタグおよび核移行シグナル(NLS)付きのFN-Tankyrase1をステイブルに発現させた細胞をNocodazoleで12h処理し、細胞抽出液を抗FLAG抗体で免疫沈降後、試験管内でPARP assayを行った。Tankyrase1とAurora Aを加えると、ポリ(ADP-リボシル)化されたTankyrase1とAurora Aを検出できた。一方、PARP阻害剤の3 ABを加えると、ポリ(ADP-リボシル)化されたTankyrase1とAurora Aのシグナルが著しく抑えられた。これらのことから、試験管内においてTankyrase1がAurora Aをポリ(ADP-リボシル)化することが示唆された。

核におけるTankyrase1過剰発現はAurora Aの効果を抑制する。

細胞内においてTankyrase1とAurora Aの結合の意義を検討するため、HTC75細胞を用いて各種Tankyrase1ステイプル発現細胞を作製した。Tankyrase1は核にも細胞質にも存在しているが、FLAGタグ付Tankyrase1はほとんどが細胞質に局在する。このことから、核におけるTankyrase1の働きを検討するために、FLAGタグおよびNLS付きのTankyrase1を発現させたFN-Tankyrase1、FLAGタグおよびNLS付きでPARP活性を失活させたFN-Tankyrase1(HE)、FLAGタグ付きのF-Tankyrase1をステイプルに発現させた細胞を樹立した。これまでAurora Aを過剰発現させると細胞質分裂の異常に起因した中心体の過形成が起こることが報告されていることから、前述の細胞に対するAurora A過剰発現の効果を検討した。Mockではこれまでの報告と同様に、中心体の過形成が観察された。一方で、FN-Tankyrase1ステイブル発現細胞ではAurora A過剰発現による中心体の過形成が抑えられていた。しかし、PARP活性の失活したFN-Tankyrase1(HE)ならびにF-Tankyrase1ではAurora Aによる効果を抑えることができなかった(Fig.6)。これらの結果から、核におけるTankyrase1はPARP活性に依存してAurora Aの効果を抑制している可能性が示唆された。

核におけるTankyrase1過剰発現はNocodazole処理による細胞質分裂異常を抑制する。

Aurora A過剰発現による中心体の過形成がFN-Tankyrase1ステイブル発現細胞で有意に抑えられていたことから、さらにNocodazoleによる細胞質分裂異常に対するTankyrase1の効果を検討した。Mock、FN-ankyrase1、FN-Tankyrase1(HE)、F-Tankyrase1ステイブル発現細胞は未処理で細胞周期に対する影響はほとんどなかった。これらの細胞をNocodazoleで12時間処理するとほとんどの細胞が細胞分裂期でブロックされた。さらにNocodazole12時間処理によってラウンドアップした細胞を集めて別のdishでNocodazoleをさらに18時間継続処理すると、Mock、FN-Tankyrase1(HE)、F-Tankyrase1ステイブル発現細胞は細胞質分裂に異常を起こし、4Nおよび8Nの細胞が高頻度で観察されるのに対し、FN-Tankyrase1ステイプル発現細胞では細胞質分裂が行われ、4Nの細胞に加えて2Nの細胞が観察された。これらの結果から、核におけるTankyrase1はPARP活性に依存して細胞質分裂の異常を抑制している可能性が示唆された。

[総括]

細胞分裂期は多くのタンパク質のリン酸化によって進行し、その進行は分裂期リン酸化酵素によって厳密に制御されている。Aurora Aは分裂期リン酸化酵素の一種であり、分裂期に重要な役割を果たしている。ヒトにおいて多くの悪性腫癌でAurora Aの過剰発現が報告されており、腫瘍の悪性形質の維持に重要であると考えられるようになってきた。本研究において、PARPファミリーの一種でありテロメア伸長因子のTankyrase1がAurora Aと直接結合し、核におけるTankyrase1過剰発現によってAurora Aの効果を抑制している可能性が示唆された。これまでTankyrase1はテロメア伸長という機能を有していることから、癌細胞にとって有利に働いているという感があったが、今回の結果から、Tankyrase1は細胞分裂期に紡錘体極に局在し、細胞分裂を行わせることにより、異数体の出現を抑制している可能性が示唆された。ゲノムの安定性という観点から考えると、テロメア伸長も細胞分裂の制御も方向性は一致している。今後さらなる研究によってTankyrase1の細胞分裂期における機能の全貌の解明が期待される。

Fig.1 Tankyrase1とγ-tubulinの細胞分裂中期における局在。

Fig.2 Tankyrase1の細胞分裂期におけるリン酸化の検討。

Fig.3 Tankyrase1とAurora Aの細胞分裂中期における局在。

Fig.4 Tankyrase1とAurora Aの結合。

Fig.5 Tankyrase1によるAurora Aのポリ(ADP-リボシル)化。

Fig.6 各種Tankyrase1ステイプル発現細胞に対するAurora Aの効果。

Fig.7 各種Tankyrase1ステイブル発現細胞に対するNocodazole長期処理の影響。

審査要旨 要旨を表示する

これまでテロメアで機能することが知られていたポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)のTankyrase1は細胞分裂期特異的に中心体局在をしめすがその意義は明らかではない。本研究はTankyrase1の細胞分裂期特異的な機能を明らかにするため、細胞内あるいは試験管内の系にて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

Tankyrase1は細胞分裂期特異的に蛋白質量が増加し、一部バンドが上にシフトしていることを明らかにした。さらに細胞分裂期特異的な修飾を検討し、Tankyrase1が細胞分裂期特異的にリン酸化されていることが示された。

細胞分裂期におけるTankyrase1の中心体局在およびリン酸化という観点から、同様の局在を示す分裂期リン酸化酵素のAurora Aとの相互作用を検討し、細胞内および試験管内において両者が結合していることが示された。さらに結合部位の同定を行った所、Tankyrase1のアンキリンドメイン内のAnkyrin repeat cluster(ARC)II〜ARCIVを介してAurora Aが結合していることが示された。一方、別のAuroraファミリーであるAurora Bは結合していなかった。

Aurora Aの機能に対するTankyrase1の効果を検討するため、核および細胞質にTankyrase1、核にPARP活性を失活させたTankyrase1をステイブルに発現させた細胞を樹立し、核にTankyrase1を過剰発現させた細胞ではそのPARP活性に依存してAurora A過剰発現による細胞質分裂異常に起因した中心体過形成を抑制することが示された。

Aurora Aが試験管内でTankyrase1によってポリ(ADP-リボシル)化されることを示唆するデータが得られているが、免疫沈降法を行った所、一過性に過剰発現させたAurora AがTankyrase1ステイブル発現細胞内でポリ(ADP-リボシル)化された蛋白質として沈降してくることが示された。

Nocodazole長期処理においてもAurora A過剰発現と同様に細胞質分裂異常を誘導することができる。FACSを用いて検討した所、核にTankyrase1を過剰発現した細胞はTankyraseのPARP活性に依存して細胞質分裂異常を抑制することが示された。

以上、本研究はヒト線維芽肉腫細胞HTC75において、細胞分裂期にTankyrase1がAurora Aと直接結合していること、Aurora A過剰発現による中心体過形成、Nocodazole長期処理に伴った細胞分裂異常を核に過剰発現したTankyrase1がPARP活性依存的に阻害していることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった細胞分裂期におけるTankyrase1の中心体局在の意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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