学位論文要旨



No 121355
著者(漢字) 小山,実
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ミノル
標題(和) 機能的磁気共鳴画像法によるマカクサルとヒトの眼球運動関連大脳皮質領野の研究
標題(洋) Cortical Eye Fields of Macaque Monkeys and Humans lnvestigated Using Functional MRI
報告番号 121355
報告番号 甲21355
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2603号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 橋,智幸
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

高次脳機能の機能構築に関する知見の多くは、マカクザルにおける侵襲的方法(電気生理、破壊実験)により得られたものであった。近年fMRI(機能的磁気共鳴画像法)等の開発により非侵襲的にヒトの脳機能マッピングを行う事が可能になったが、ヒトにおけるfMRIのデータとサルにおける侵襲実験のデータを直接比較する事は、計測法の測定原理や時間空間解像度の違いにより困難であった。この二つの方法論の乖離を埋めるために、最近になってマカクザルにおいてfMRIが用いられるようになり、特に視覚野においてサルとヒトの脳の対応関係に関して多くの知見が得られるようになってきた。しかし、高次連合野における機能的対応関係に関する知見はまだ数少ない。高次連合野の一つである前頭葉と頭頂葉においては、急速眼球運動(サッカード)に関連した活動を示す脳領野について数多くの報告がある。そこで、本研究では覚醒下マカクサルを対象とした4.7TfMRIシステムを用い、視覚誘導性サッカードに関連した活動を示すマカクサルの脳領野を検出し、それらの領域においてサッカードの方向に対する選択性を評価した。更にヒトにおいても1.5TfMRIシステムを用いて同様の実験を行い、ヒトとサルの大脳皮質における眼球運動関連領野の機能的対応関係を、同一手法を用いて直接的に検証した。

方法

ニホンザル(Macaca fuscata)、3頭を用い、視覚誘導性サッカードを繰り返し行う課題(連続サッカード課題)のトレーニングを行った。サル前方のモニター上の3点(中央及び左右視角5.5度の位置)のいずれかに注視点が順次ランダムに提示され、サルはその度に注視点に向かってサッカードを行い、成功試行においては報酬としてジュースが与えられた。

サルのfMRI測定には、4.7TMRI撮像装置(Biospec47/40,Bruker)を用い、BOLD信号を検出するためにGE-EPI法で撮像を行った。まず、サッカード関連領野を同定するためにブロック型実験を行った。ブロック型実験においては、連続サッカード課題を繰り返し行うブロック(28-42秒)と注視課題を繰り返すブロック(14-28秒)が交互に繰り返される。解析にはSPM99を用いて、サッカードブロックに対する反応を、ヘモダイナミック関数で畳み込み積分したボックスカー関数でモデル化し、解析を行った。全ボクセルに対する多重比較の補正の後、P値5%未満を有意な賦活領域とした。

次にブロック型実験によって同定された脳領野においてサッカードの方向に対する選択性を検証するために事象関連型実験を行った。事象関連型実験においては、左向きサッカードと右向きサッカードが時間的に2秒から10秒離れるようにデザインを行った。解析は、左向きサッカードと右向きサッカードをそれぞれ独立にデルタ関数でモデル化し、両者に対する脳活動を計算した。そして、ブロック型実験により同定された両側性の賦活領域において、右向きサッカードに対する左半球と右半球の反応の差と、左向きサッカードに対する反応の差をrunごとに計算し(図1B)、両者の分布の差をウィルコクソン順位和検定のZ値により評価した(図1C)。Z値が高いほど、より反対側方向へのサッカードに対して選択的に反応することを示す。

ヒトを対象としたfMRI実験は、20名の被験者を対象とし1.5TMRI撮像装置(日立メディコ)を用いて行った。サルと同様にブロック型実験と事象関連型実験を行い、同様の解析を行った。ただし、ヒトにおけるサッカードの方向に対する選択性の評価には、多数の被験者のデータを利用して、被験者を繰り返し要因として計算した(図2B,2C)。

結果

ブロック型実験により、サルの頭頂葉においては、頭頂間溝(ips)に沿って両側性の脳活動のピークが検出された(図1A)。有意な賦活領域が頭頂間溝の外壁の背側部(LIPd)から底部(VIP)にまで広がる領域において検出され、3つの両側性のピークが見られた(LIPd,LIPv,LIPv/VIP)また、LIPd近傍の頭頂間溝の外側脳表領域に位置する7a野や、頭頂間溝の前部(AIP,7a/7b)においても両側性の活動が見られた。一方サルの前頭葉においては、弓状溝(as)近傍に4つの両側性の脳活動のピークが検出された(図1A)。弓状溝の前壁に位置する前頭眼野(FEF)において、両側性の有意な脳活動が観測され、また弓状溝の後部に位置する運動前野においても二つの両側性のピークが検出された(PMv,PMd)。また主溝の後端領域(PP)においても両側性の活動が検出された。

事象関連型実験により、ブロック型実験により同定された両側性の脳活動のピークにおいて、反対側方向へのサッカードに対する脳活動と同側方向へのサッカードに対する脳活動の差を評価した(図1B,1C)。サルの頭頂葉においては、頭頂間溝の背側部(LIPd,7a)においてもっとも反対側方向へのサッカードに対する選択性が高く、頭頂間溝の腹側部(LIPv,LIPv/VIP)や頭頂間溝の前部(AIP,7a/7b)においては、その選択性が低かった。サルの前頭葉においては、弓状溝前壁に位置する前頭眼野(FEF)において反対側方向へのサッカードに対する選択性が高く、中心溝の後端領域(PP)や運動前野(PMv,PMd)においては、その選択性は比較的低かった。

ヒトの前頭葉においては、中心前溝近傍に4つの両側性の脳活動が検出された(図2A)。中心前溝の内側に位置する上前頭溝の交点領域(PrCS/SFS)において両側性の脳活動が見られた。また、中心前溝の外側においては、背側と腹側にそれぞれ一つずつ両側性のピークが見られた(PrCSinf,PrCSsup)。また、内側前頭回(MeFG)にも活動が検出された。一方、ヒトの頭頂葉においては、頭頂間溝内側の上頭頂小葉において、両側性に2組のピークが検出された。一つは、頭頂間溝前部の中心後溝と交わる領域(SPL ant)に位置し、もう一方は、より後方の領域(SPL post)に検出された。事象関連型実験により、反対側方向へのサッカードに対する選択性を評価すると、ヒトの前頭葉においては、中心前溝と上前頭溝の交点領域(PrCS/SFS)においてもっとも顕著な傾向が見られた。また頭頂葉においては、上頭頂小葉の後部(SPL post)において顕著な選択性が見られた(図2B,2C)。

まとめと考察

本研究では、サルとヒトでfMRIという同一の計測手法を用いて、サッカード関連領野の同定とそれらの領野でのサッカードの方向に対する選択性の評価を行った。

頭頂葉においては、サルでは頭頂間溝の外側領域を中心としてサッカードに関連した脳活動が複数の領野で見られ、このうち特に頭頂間溝外側領域の背側部において、顕著なサッカードの方向に対する選択性が見られた。この領域は細胞構築学的にはブロードマンの7野に位置する。一方ヒトにおいては、頭頂間溝の内側部の上頭頂小葉においてサッカードに関連した脳活動が見られ、このうち上頭頂小葉の後部において特に顕著なサッカードの方向に対する選択性を示した。この領域もブロードマンの7野に対応する。これらの結果から、サルの頭頂間溝外側領域の背側部とヒトの上頭頂小葉の後部は、細胞構築学的にもサッカードの方向選択性に関しても近い性質を示しており、対応関係にある事が示唆された。

一方前頭葉においては、サルでは弓状溝近傍にサッカードに関連した脳活動が複数見られ、これらの領域のうち、弓状溝前壁に位置する前頭眼野において最も顕著なサッカードの方向に対する選択性が見られた。この領域はブロードマンの8野に相当する。また、弓状構より後部のブロードマンの6野に位置する運動前野においてもサッカードに関連した活動が見られたが、この領域におけるサッカードの方向に対する選択性は比較的低かった。ヒトにおいては、中心前溝近傍にサッカードに関連した脳活動が見られ、特に中心前溝と上前頭溝の交点領域において最も顕著なサッカード方向に対する選択性が見られた。この領域は、ブロードマンの6野における8野との境界領域に対応する。また、ブロードマンの6野の中心にほぼ相当する中心前溝の外側領域においても、サッカードに関連した脳活動がみられ、またサッカードの方向に対する選択性は低かった。これらの知見から、前頭葉においては、サルの前頭眼野とヒトの中心前溝と上前頭溝の交点領域が機能的に対応し、さらにサルの運動前野がヒトの中心前溝の外側部に対応することが示唆された。

また、サルにおけるfMRI実験により検出されたサッカード関連脳活動が、過去の電気生理学実験により同定されたブロードマンの8野に位置する前頭眼野のみならず、ブロードマンの6野の運動前野においても検出された事から、電気生理学的手法により定義されたサルのサッカード関連領野(ブロードマンの8野)と脳機能画像法により同定されたヒトのサッカード関連領野(ブロードマンの6野)の解剖学的な位置のずれは、部分的には方法論の違いに起因している可能性が示唆された。

図1.サルにおけるサッカード関連脳活動とサッカードの方向に対する選択性の評価

図2. ヒトにおけるサッカード関連脳活動とサッカードの方向に対する選択性の評価

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト脳研究のモデル動物であるマカクサルの脳において、高次連合野である前頭葉、頭頂葉におけるヒト脳との機能的相同部位関係を直接的に検証するために、マカクサルを対象としたfMRIシステムを開発し、マカクサルとヒトにおいて同一手法(fMRI)を用いて、視覚誘導性急速眼球運動に関連した大脳領野の同定・機能評価を行ったものであり、下記の結果を得ている。

サルにおけるブロック型fMRI実験を行った結果、前頭葉においては、前頭眼野(FEF)、運動前野(PMv,PMd)、主溝の後端領域(PP)において急速眼球運動に関連した両側性の脳活動が見られた。また頭頂葉においては、頭頂間溝に沿って、LIP野(LIPd,LIPv)、7a野、VIP野、頭頂間溝前端部(AIP,7a/7b)において両側性の活動が観測された。

ヒトにおいても同様の手続きによりブロック型fMRI実験を行った結果、両側性の脳活動が、前頭葉においては、中心前溝内側部に位置する上前頭溝との交点領域(PrCS/FEF)、中心前溝の外側部(PrCS inf,PrCS sup)、内側前頭回(MeFG)、また頭頂葉においては、頭頂間溝前部の中心後溝と交わる領域(SPL ant)とより後方の領域(SPL post)において観測された。

サルにおいて事象関連型fMRI実験を行い、ブロック型実験により同定された賦活領域において、急速眼球運動の方向に対する選択性を評価した。サルの前頭葉においては、ブロードマンの8野と6野の境界付近に位置する前頭眼野(FEF)において最も高い方向選択性が観測された。一方、頭頂葉においては、ブロードマンの7野に位置するLIP野の背側部(LIPd)において最も顕著な選択性が観測された。

ヒトにおいても同様に事象関連型fMRI実験を行った結果、ヒトの前頭葉においても、ブロードマンの6野と8野のきょうかい付近に位置する、中心前溝と上前頭溝の交点領域(PrCS/SFS)において最も高い方向選択性が見られ、頭頂葉においては、ブロードマンの7野に位置する上頭頂小葉の後方領域(SPL post)において最も高い選択性が観測された。

ブロック型実験により同定された急速眼球運動関連大脳皮質領野の細胞溝築学的位置と、事象関連型実験において評価した急速眼球運動の方向に対する選択性を検討する事により、サルの前頭眼野(FEF)は、ヒトの中心前溝と上前頭溝の交点領域(PrCS/SFS)の相同部位であること、それからサルのLIP野背側部(LIPd)は、ヒトの上頭頂小葉の後方領域(SPL post)の相同部位であることが示唆された。

以上、本論文では、サルとヒトにおいて同一の方法論、fMRIを用いて、急速眼球運動関連大脳皮質領野の機能的相同部位を直接的に検討した。本研究はこれまで未知に等しかった、高次連合野である前頭葉・頭頂葉における機能的相同部位に関する最初の直接的知見を提供しており、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク