学位論文要旨



No 121356
著者(漢字) 地村,弘二
著者(英字)
著者(カナ) ジムラ,コウジ
標題(和) ネガティブなフィードバックの処理における認知的および感情的な要素に関連した前頭前野外側面および内側面での分離可能な活性
標題(洋) Dissociable brain activity in lateral and medial prefrontal cortex associated with cognitive and emotional components of negative feedback processing
報告番号 121356
報告番号 甲21356
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2604号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 坂井,克之
 東京大学 講師 山口,正洋
 東京大学 講師 笠井,清登
内容要旨 要旨を表示する

序論

ヒトの前頭前野は内側面および外側面の二つの領域にわけることができ,それぞれ認知的な機能および感情的な機能に関連していると考えられている.ヒトの行動に対して「間違っている」「あっている」などのフィードバックは,ヒトの心の主要な機能である行動の柔軟性を導く原因となりうる.行動の柔軟性は,前頭前野が関連していると考えられており,過去の研究では認知的構えの切り替え課題において,ネガティブなフィードバックが提示されたときに前頭前野右外側面および内側面が賦活することが知られている.本研究では,この課題を用いて,ネガティブなフィードバックが提示されたときの処理において利用される心的要素を,前頭前野の伝統的な機能の二分律が示唆するような認知と感情という観点から分離することを目的とする.さらに前頭前野内側面がより単純な状況下でのネガティブなフィードバックの提示によっても賦活することを確かめる.

方法

実験1

実験1ではウィスコンシンカード分類課題を修整させたものが用いられた(図l).ウィスコンシンカード分類課題では,ネガティブなフィードバックは(i)分類次元が変更された場合(ii)異なるカードを選んで間違えた場合の二つの状況で提示される.被験者はなるべく間違えをしないように指示されているので,ネガティブなフィードバックが提示された場合,ネガティブな感情を感じると予想される同時に,そのネガティブなフィードバックは分類次元が変更されたために提示されたのかそれともカードの照合を間違えたために提示されたのか推論すると考えられる.

条件Aでは分類次元の変更時にネガティブなフィードバックが提示されて,次の次元が提示される.この条件ではネガティブなフィードバックによる感情的な要素と推論的な要素の両方が利用されると予想できる.推論する要素を取り除くために条件Bでは,まず次の分類次元が提示されて,そしてネガティブなフィードバックが提示される.そして感情的な要素を取り除くために条件Cではネガティブなフィードバックの代わりにニュートラルなフィードバックが提示される.このニュートラルなフィードバックは分類次元の切り替え時にしか提示されない.さらにこれらの操作の効果が単に順番を変更させただけなのかを確かめるために,条件Dではニュートラルなフィードバックと次の分類次元の提示の順番が入れ替えられた.各実験条件は分類次元の変更時において操作されているため,すべての条件において認知的構えの切り替えに関係する賦活が見られる.つまり条件Aと条件Dの比較ではネガティブなフィードバックに関係する賦活が抽出され,推論的な要素(条件A対条件B),感情的な要素(条件B対条件C),フィードバック刺激と分類次元の提示の逆転効果(条件C対条件D)に分解することができる.

実験には21人の若年健常者が参加した.解析にはSPM99が用いられた.

実験2

ウィスコンシンカード分類課題遂行において分類次元変更で提示されるネガティブなフィードバックによって誘発される心的処理は複雑であるので,より単純な状況下でのネガティブなフィードバックの効果が確かめられた.まず異なる速度で異なる場所から平行にゴールに向かって動く二つのボールが提示される.この2つのボールは実際にゴールを越える前に消えてしまう.被験者はどちらのボールが先にゴールに届くかを予想しなければならない.予想があっていればポジティブなフィードバック(条件POS)が,間違っていればネガティブなフィードバック(条件NEG)が提示される.ネガティブなフィードバックが提示された場合,被験者は実験1と同様,ネガティブな感情を感じると予想されるが,フィードバックの刺激は単に予測は間違えであったことを示すので,推論的な要素はウィスコンシンカード分類課題とくらべてより少なくなると期待される.解析にはSPM2が用いられた.

結果

実験1

条件Aと条件Dの賦活の比較では,主に前頭前野の右外側面と内側面において優位な活性が見られた.この結果は過去の研究と一致する.そして条件A対条件Dで抽出される賦活信号を,推論的な要素(条件A対条件B),感情的な要素(条件B対条件C),フィードバックと分類次元の教示の逆転効果(条件C対条件D)に分解したところ,条件A対条件Bでは前頭前野右外側面に,条件B対条件Cでは前頭前野内側面に,賦活が見られた.条件C対条件Dの比較では有意な賦活は見られなかった.

次にこの二重乖離が計量的に検討された.条件A対条件Bで有意水準0.001%以上で賦活が見られる領域を,前頭前野右外側面(1264mm3),右内側面(88mm3),左内側面(2656mm3),左外側面(8696mm3)に分類した.そしてそれぞれの領域内における信号を平均化し,条件A対条件B,条件B対条件C,条件C対条件Dに分解した(図2).領域(右外側面,右内側面)および賦活信号(条件A対条件B,条件B対条件C)を要因とした二元配置反復測定分散分析をおこなったところ,有意な交互作用が確認された(F(1,20)=36.9,P<l.0×10-4).この二重乖離は右外側面と左内側面,左外側面と左外側面,左外側面と右内側面では有意ではなかった(P>0.05).

実験2

条件NEGと条件POSでの比較では主に前頭前野内側面において有意な賦活がみられた.実験1で同定されたネガティブなフィードバックに関連する領域(条件A対条件D)においても前頭前野内側面では有意水準0.001%で有意な賦活が確認された.実験1で同定された右外側面の領域では背側領域では有意な賦活は見られなかったが(P>0.05),右前頭前野腹側外側面の一部の領域では有意な賦活がみられた(P<0.001).

議論

本研究では実験1において認知的構えの切り替え課題を用いて,ネガティブなフィードバックが提示されたときに利用される心的機能を認知的な要素と感情的な要素にわけた.その結果,推論的な要素は右前頭前野外側面に,感情的な要素は右前頭前野内側面に関連していることが示された.また前頭前野の内側面は実験2で示したようにより単純な状況下におけるネガティブなフィードバックによっても賦活することが確かめられた.これらの結果は伝統的な前頭前野機能の二分律に一致している.さらにこの結果はネガティブなフィードバックによって同時に賦活される前頭前野の2つの領域が,個別にしかし協調して行動の柔軟性を導いていることを示唆している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,行動の柔軟性などヒトの心の重要な機能導く,ネガティブなフィードバックを与えたときの心的処理において,ヒト前頭前野の外側面と内側面の役割を機能的核磁気共鳴画像法を用いて調べ,下記の結果を得ている.

ウィスコンシンカード分類課題での次元の切り替え時において,フィードバックと次元の教示の2つ刺激方法を操作し,ネガティブフィードバック処理を構成する心的要素に関連した活性を抽出した.その結果の方ネガティブフィードバックの処理は前頭前野の内側面においても外側面においてもおもに右半球に活性がみられた.

ネガティブフィードバック処理に関連した活性を,逐次減算方法(serial subtraction)によって認知的および感情的な要素に分解したところ,右半球の前頭前野において,外側面は認知的な要素に内側面は感情的な要素に二重乖離していることが示された.この結果は,神経心理学的研究などにより示唆されている前頭前野機能の古典的な二分律に一致している.

ネガティブフォードバック処理に関連した活性を呈する右前頭前野においてregion of interest解析を行ったところ,内側面の各領域は感情的な要素に関連していた.外側面は腹側部および下前頭溝においては認知的な要素に関連していたが,下前頭結合部(inferior frontal junction)では,認知および感情要素の偏りはみられなかった.

ウィスコンシンカード分類課題遂行において分類次元変更で提示されるネガティブなフィードバックによって利用される心的処理は複雑であるので,より単純な状況下でのネガティブなフィードバックの効果を確かめるために追加実験が行われ,前頭前野内側面の活性が確認された.外側面では下前頭溝および下前頭結合部においては活性がみられなかったが,腹側部においては活性がみられた.

本論文は,ネガティブフィードバック処理を構成する心的要素を分解し,認知的および感情的な構成要素がそれぞれ右前頭前野の外側面および内側面に二重乖離していることを示した.この結果は古典的な前頭前野機能の二分律に一致している.さらに同時に活性する前頭前野の2領域が,個別だが協調してネガティブなフィードバックの処理に貢献していることを示唆している.以上から本論文は,ヒトの重要な心的機能を導くフィードバックの処理の解明において重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.以上

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