学位論文要旨



No 121357
著者(漢字) 長谷川,さなえ
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,サナエ
標題(和) 海馬ニューロンと活性化免疫細胞との接着を介した相互作用
標題(洋) Adhesive interactions between hippocampal neurons and activated immune cells
報告番号 121357
報告番号 甲21357
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2605号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

脳は長い間、血液脳関門の存在などの理由から「免疫特権部位」と呼ばれ、免疫系の監視機構から除外された部位だと考えられてきた。しかしながら近年、脳梗塞、脳炎、ウイルス感染など脳の病態時においては、活性化した白血球が脳内に浸潤することが報告されている。また、脳内に常時存在するミクログリアは、休止状態においても脳内を監視することが示唆され、病態時においては活性化して重要な免疫機能を担うことが報告されている。免疫細胞は標的細胞と接着することにより標的細胞の異常の有無を監視し、一連の免疫応答を行う。したがって脳においても活性化免疫細胞とニューロンとの間に細胞間接着を伴う免疫監視機構が存在することが予想される。

テレンセファリン(TLCN)はICAMファミリーに属し、終脳の特定のニューロンの樹状突起に選択的に発現する細胞接着分子であり、免疫細胞上に発現するLFA-1(αLβ2インテグリン)と結合し得る。このことから、免疫細胞とニューロンの細胞間接着構造があるとすれば、TLCNとLFA-1の結合が関与することが考えられる。

本研究では、海馬ニューロンと活性化免疫細胞(ナチュラルキラー(NK)細胞、ミクログリア)が接着構造を形成し得るか、し得るとすればその接着構造にはTLCNが関与するかという問題に対し、in vitro, in vivoの両方の実験系を用いて解析した。ニューロンは広大な樹状突起を持ちニューロンの膜表面の大部分が樹状突起膜であるため、ニューロンの樹状突起と活性化免疫細胞の突起との接着に着目した。

本研究では以下の点を明らかにした。

【LAK細胞と海馬ニューロンの共培養実験】

マウス海馬の初代培養ニューロンを11日間培養し、IL-2で活性化したNK細胞(LAK細胞)を加え数時間共培養した。ニューロンとLAK細胞の接着の様子をタイムラプス顕微鏡法及び免疫細胞化学的手法を用いて解析した。

非活性化NK細胞は小さく丸い形態を示し、樹状突起と接触を持たないか、点状の接触を持つ(図1A)のに対し、LAK細胞はラメリボディア状の薄い突起を多方面に伸ばし、その突起を介して樹状突起と広く接触した(図1B)。

タイムラプス顕微鏡を用いた観察により、LAK細胞は細胞の一部を樹状突起に接触させながらラメリボディアを伸縮させ、樹状突起の方向に活発に移動することが示された(図2A)。LAK細胞は移動と共に樹状突起を引っ張り変形させることから、樹状突起と強い接着構造を形成することが示唆された(図2B)。

2.5時間の共培養の結果、ニューロンの樹状突起にビーズ状の構造が出現し(図3)、また、樹状突起上の多数の微細突起は著しく減少した(図4)。これらの形態変化は、LAK細胞が直接ニューロンと接触しない系(トランスウェルを介する系、LAK細胞の上清のみを加える系)でも観察されたため、LAK細胞から放出される可溶性因子により媒介されることが推測された。グルタミン酸受容体の阻害剤を加えるとLAK細胞の上清によるビーズ状構造の出現が妨げられたことから、LAK細胞がグルタミン酸を放出し、ビーズ状構造を誘導する可能性が考えられた。LAK細胞の上清に含まれるグルタミン酸の濃度を測定すると、非活性化NK細胞の上清に比べ3.5倍の濃度のグルタミン酸が含まれていた。

以上の結果よりLAK細胞は、ニューロンの樹状突起と強く接着しうること、樹状突起と接触しながら活発に移動すること、グルタミン酸を含む可溶性因子を放出してニューロンの樹状突起の形態を変化させることが明らかになった。

【海馬へのカイニン酸(KA)投与実験】

脳定位装置を用いて微量のKAをマウス海馬に局所投与し、一部のニューロンの損傷とミクログリアの活性化を引き起こした。ミクログリアの活性化状態の変化やCA1ニューロンと活性化ミクログリアの接触の有無について、免疫組織化学的手法を用いて解析した。この実験では野生型のマウスとTLCN欠損マウスの両方を用いて行い結果を比較した。

KA投与後のCA1ニューロンの細胞死、活性化ミクログリアの空間分布、CA1放線状層におけるミクログリアの形態について経時変化を調べた。KA投与1日後からニューロンの細胞死とミクログリアの劇的な形態変化が起こり、3日後から5日後にはCA1放線状層に、コントロール時と比べて有意に多数の活性化ミクログリアが出現した。

KA投与を行わないコントロールマウスにおいて、休止状態のミクログリアはさまざまな方向に突起を伸ばした。蛍光色素を細胞内投与し微細構造を染め出したCA1ニューロンの尖樹状突起は、ミクログリアの細い突起と低密度に接触した(図5ABC)。KA投与後3日目の時点で活性化ミクログリアは多くの太く短い突起を細胞体から突出させ、その先端を尖樹状突起に向かって伸ばした。CA1ニューロンの尖樹状突起は、活性化ミクログリアの分岐した突起と高密度に接触した(図5DEF)。

尖樹状突起とミクログリアの突起の接触を、共焦点蛍光顕微鏡を用いて三次元的に解析した。KA投与マウスにおいて100μmあたりの尖樹状突起上の接触数は、コントロールマウスにおける接触数より有意に増加することが確認された(図6A)。また、KA投与マウス中の一部の活性化ミクログリアは、コントロールマウスでは見られないような長い(2.5μm以上の)接触を持った(図6B)。

TLCN欠損マウスを用いて海馬にKAを投与し、海馬ニューロンとミクログリアの接触を解析した。野生型マウス同様、活性化ミクログリアは多数の短い突起を尖樹状突起に向かって伸ばした。また、尖樹状突起は活性化ミクログリアの突起と多くの接触を持ち、その密度はKA投与マウスの方がコントロールマウスに比べ有意に高かった(図6C)。さらに、活性化ミクログリアにおいては長い(2.5μm以上の)接触を持つものが現れた(図6D)。

以上の結果から、野生型マウス、TLCN欠損マウスのいずれにおいてもKA投与によりミクログリアは活性化して放線状層に集積し、CA1ニューロンの尖樹状突起とミクログリアとの接触は有意に増加することが示された。TLCN非存在下でもミクログリアの活性化や尖樹状突起との接触が起こることから、TLCNとLFA-1の結合が上記以外の機能を持つことが示唆される。TLCNに関するこれまでの知識により、神経損傷後の樹状突起やスパインの再構築の過程に、これからのTLCN研究の焦点をあてるべきだと考えられる。

本研究により、(1)活性化免疫細胞と海馬ニューロンの樹状突起との間に直接的な接触が起こること、(2)その接触数や個々の接触面積は休止状態の免疫細胞に比べて増加することが明らかになった。ニューロンは非常に広域に枝分かれした樹状突起を持つため、樹状突起の部分ごとに生理的また病的状態が異なると予想される。活性化免疫細胞は樹状突起を部分ごとに監視しその部分に適切な応答をする必要があるため、より狭い範囲の樹状突起と多数の接触部位をつくるのではないか。その各々の接触部位からニューロンの状態に関する局所的な情報をより詳細に得るため、接触面積が拡大するのではないかと予想される。

図1A:NK細胞は小さく丸い形態で樹状突起と点状に接触した。

図1B:LAK細胞はラメリボディア状の突起を介して樹状突起と広く接触した。

図2A:LAK細胞が海馬ニューロンの樹状突起に沿って移動した。

図2B:LAK細胞が移動に伴い海馬ニューロンの樹状突起を引っ張り変形させた。

図3:2.5時間の共培養の結果海馬ニューロンの樹状突起にビーズ状の構造が出現した。この現象はLAK細胞がニューロンに直接接触しない系でも観察された。

図4:2.5時間の共培養の結果、海馬ニューロンの樹状突起上の微細突起は著しく減少した。この現象はLAK細胞がニューロンに直接接触しない系でも観察された。

図5ABC:野生型のコントロールマウスにおいて、CA1ニューロンの尖樹状突起はミクログリアの細い突起と低密度に接触した。

図5DEF:KA投与3日後の野生型マウスにおいて、CA1ニューロンの尖樹状突起は活性化ミクログリアの太く短い突起とより高密度に接触した。

図6A:野生型のKA投与マウスは、野生型のコントロールマウスに比べCA1尖樹状突起とミクログリアの接触が高密度に起こった。

図6B:野生型のKA投与マウスにおいて、長い(2.5μm以上の)接触を持つミクログリアが現れた。

図6C:TLCN欠損マウスにおいても、KA投与マウスはKA投与をしていないマウスに比べ、CA1尖樹状突起とミクログリアの接触が高密度に起こった。

図6D:TLCN欠損マウスにおいても、KA投与マウスには長い(2.5μm以上の)接触を持つミクログリアが現れた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、活性化免疫細胞と海馬ニューロンの樹状突起との接着を介した相互作用を明らかにするため、(1)活性化NK細胞と海馬ニューロンの共培養を行い両細胞の接着を観察したinvitroの系と、(2)マウス海馬にカイニン酸(KA)を局所投与し活性化ミクログリアと海馬CAlニューロンの尖樹状突起との接着を調べたin vivoの系にて、細胞同士の接触の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

11日間培養した初代培養の海馬ニューロンと、マウス牌臓由来のNK細胞や、それをIL-2で活性化したLAK細胞を共培養した。非活性化NK細胞は海馬ニューロンの樹状突起とほとんど接触を持たないか点状の小さな接触を持つのに対し、LAK細胞はラメリボディア状の薄い突起を多方面に伸張させ、その突起を介して樹状突起と広く接着を形成することが免疫細胞化学的に示された。

タイムラプス顕微鏡を用いた観察により、非活性化NK細胞が数時間の間ほとんど移動しないのに対し、LAK細胞は細胞の一部を海馬ニューロンの樹状突起と接触させながら、活発に移動することが示された。

海馬ニューロンとLAK細胞の共培養の結果、海馬ニューロンの樹状突起にビーズ状の構造が現れ、また、樹状突起上の微細突起が減少することが示された。これらの形態変化は、LAK細胞を直接海馬ニューロンと接触させない系でも同程度に起こり、グルタミン酸受容体の阻害剤を加えると起こらなくなった。これらの結果およびLAK細胞と非活性化NK細胞の培養液中に含まれるグルタミン酸濃度を測定した結果より、LAK細胞ではグルタミン酸放出が有意に増大し、これにより樹状突起にビーズ状構造を出現させることが示された。

KA投与3日後のマウスにおいて、海馬に出現した活性化ミクログリアとCA1ニューロンの尖樹状突起との接触を免疫組織化学的に調べた結果、コントロールマウスにおける休止状態のミクログリアと樹状突起との接触に比べ、接触密度が有意に増大することが示された。

KA投与3日後のマウスにおいて、活性化ミクログリアと尖樹状突起の間には、コントロールマウスでは見られなかったような長い距離(2.5μm以上)に渡る接触が起こることが免疫組織化学的に示された。

KA投与によるミクログリアの活性化、海馬への集積、CA1ニューロンとの接触密度の増大は、TLCN欠損マウスでも野生型マウスと同様に起こることが示された。

以上本論文は、(1)活性化免疫細胞と海馬ニューロンの樹状突起の間に直接的な接触が起こること、(2)その接触密度や個々の接触面積は休止状態の免疫細胞に比べて増大すること、を明らかにした。本研究はこれまでほとんど未解明であった免疫細胞とニューロンとの接着を介する相互作用の理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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