学位論文要旨



No 121358
著者(漢字) 木村,昌弘
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,マサヒロ
標題(和) 伝達物質放出確率に関与するシナプス前末端タンパク質の生後発達変化
標題(洋) Developmental Changes in the Presynaptic Proteins Involved in Transmitter Release Probability
報告番号 121358
報告番号 甲21358
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2606号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

シナプス前終末端には様々なタンパク質が発現しており、様々な機構によりシナプス伝達機能を調節していると考えられる。脳幹の聴覚中継核、台形体内側核(MNTB)のCalyx of Heldシナプス前末端におけるアデノシンA1受容体およびカルシウム結合タンパク質カルレチニンの生後発達に伴う発現変化と、それによるシナプス伝達調節機構の機能的変化について研究を行った。

幼若ラット(日齢5-7日)脳幹スライスのCalyx-MNTBシナプスにおいて、興奮性シナプス後電流(EPSC)はアデノシンもしくはA1受容体アゴニストCPA投与により濃度依存的、かつ可逆的に抑制された。アデノシンによるEPSCの振幅の減衰は変動係数(c.v.=s.d./mean)の増大を伴い、自発性微小(m)EPSCの振幅を変化させないことからシナプス前性と推定された。アデノシンはシナプス前終末端から直接記録したカルシウムチャネル電流(Ipca)を抑制し、カリウムチャネル電流を抑制しなかった。シナプス前終末端後細胞から同時記録を行ってIpcaによって誘発されるEPSCを記録してアデノシンの効果を検討した結果、アデノシンによるEPSCの抑制はIpcaの抑制によって定量的に説明できることが明らかとなった。アデノシンによるEPSCの抑制効果は生後1週齢のラットでは顕著に認められたが生後発達に伴って減弱した。また免疫組織化学およびwestem blotによってアデノシンA1受容体の発現が生後発達に伴って減少することが明らかとなった。未成熟のシナプスは伝達物質放出確率が高く、繰り返し刺激によってシナプス小胞が枯渇しやすいことが知られている。アデノシンA1受容体は未成熟のシナプスの伝達物質放出確率を抑制することによって、シナプス伝達の安定性に寄与するものと考えられる。

カルシウム結合タンパク質カルレチニンは生後発達に伴いCalyx of Heldにおける発現が増大することが免疫組織化学的に明らかになった。カルレチニンはシナプス前終末において日齢12日以降より発現が検出された。発達を伴うカルレチニンの増大がシナプス機能におよぼす効果を明らかにするためにカルレチニンノックアウト(CRKO)マウスと野生型(WT)マウスのCalyx of Heldシナプス後細胞からEPSCを記録して比較を行った。WTマウスでは生後10-12日から18-21日にかけて放出確率が著しく減衰したが、CRKOマウスでは有意な放出確率の減衰は見られなかった。また生後21日のCRKOマウスのCalyx ofHeldは高頻度入力に対するシナプス伝達の追従性が損なわれており、300H以上で後細胞活動電位の欠落が認められた。一方WTマウスでは幼弱期はシナプス伝達の追従性が悪いが、生後21日では500Hz入力に完全に追従した。生後21日CRKOマウスの異常な高確率伝達はカルレチニンと同程度のカルシウム結合速度もつBAPTAをシナプス前終末へ注入することによって救済された。以上の結果は生後発達に伴うカルレチニンの神経終末端における発現が、シナプス伝達確率の低下をもたらし、シナプス小胞の枯渇抑制を介して高頻度人力に対する伝達効率を上昇させることを示唆する。カルレチニンは放出確率の制御を介して高頻度入力に対する高信頼性のシナプス伝達に貢献すると結論される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は伝達物質放出確率に関与するシナプス前末端タンパク質の機能を明らかにするために、脳幹の聴覚中継核、台形体内側核(MNTB)のCalyx of Heldシナプス前末端におけるアデノシンA1受容体およびカルシウム結合タンパク質カルレチニンの生後発達に伴う発現変化と、それによるシナプス伝達調節機構の機能的変化について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

幼若ラット(日齢5-7日)脳幹スライスのCalyx-MNTBシナプスにおいて、興奮性シナプス後電流(EPSC)はアデノシンもしくはA1受容体アゴニストCPA投与により濃度依存的、かつ可逆的に抑制された。アデノシンによるEPSCの振幅の減衰は変動係数(c.v.=s.d./mean)の増大を伴い、自発性微小(m)EPSCの振幅を変化させないことからシナプス前性と推定された。

アデノシンはシナプス前終末端から直接記録したカルシウムチャネル電流(Ipca)を抑制し、カリウムチャネル電流を抑制しなかった。シナプス前終末端後細胞から同時記録を行ってIpcaによって誘発されるEPSCを記録してアデノシンの効果を検討した結果、アデノシンによるEPSCの抑制はIpcaの抑制によって定量的に説明できることが明らかとなった。

アデノシンによるEPSCの抑制効果は生後1週齢のラットでは顕著に認められたが生後発達に伴って減弱した。また免疫組織化学およびwestern blotによってアデノシンA1受容体の発現が生後発達に伴って減少することが明らかとなった。

カルシウム結合タンパク質カルレチニンは生後発達に伴いCalyx of Heldにおける発現が増大することが免疫組織化学的に明らかになった。カルレチニンはシナプス前終末において日齢12日以降より発現が検出された。

達を伴うカルレチニンの増大がシナプス機能におよぼす効果を明らかにするためにカルレチニンノックアウト(CRKO)マウスと野生型(WT)マウスのCalyx of Heldシナプス後細胞からEPSCを記録して比較を行った。WTマウスでは生後10-12Hから18-21日にかけて放出確率が著しく減衰したが、CRKOマウスでは有意な放出確率の減衰は見られなかった。

生後21日のCRKOマウスのCalyx of Heldは高頻度人力に対するシナプス伝達の追従性が損なわれており、300H以上で後細胞活動電位の欠落が認められた。一方WTマウスでは幼弱期はシナプス伝達の追従性が悪いが、生後21日では500Hz入力に完全に追従した。

生後21日CRKOマウスの異常な高確率伝達はカルレチニンと同程度のカルシウム結合速度もつBAPTAをシナプス前終末へ注入することによって救済された。

以上、本論文はシナプス前末端においてアデノシンA1受容体およびカルレチニンが伝達物質放出確率の生後発達変化に関与することを明らかにした。本研究は哺乳類中枢神経系でのシナプス放出機構の理解に貢献していると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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