学位論文要旨



No 121360
著者(漢字) 金丸,和典
著者(英字)
著者(カナ) カネマル,カズノリ
標題(和) 神経突起伸長におけるアストロサイト自発的Ca2+シグナルの役割
標題(洋) Roles of spontaneous Ca2+ signals in astrocytes in neurite outgrowth
報告番号 121360
報告番号 甲21360
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2608号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 助教授 小西,清貴
内容要旨 要旨を表示する

グリア細胞の一つであるアストロサイトでは、Ca2+オシレーションやCa2+ウェーブといったダイナミックな細胞内Ca2+濃度変化が頻繁に観察される。近年の研究より、このようなアストロサイトのCa2+シグナルは、近傍のニューロンの発火パターンやシナプス伝達効率を調節すると考えられるようになってきた。さらに、神経活動を阻害した脳スライス標本において、アストロサイトの自発的なCa2+シグナルが観察されたことから、従来、神経活動に依存して二次的に活動すると捉えられていたアストロサイトが、積極的に神経機能の調節に貢献する可能性が示唆された。このような背景から、アストロサイトのCa2+シグナルから神経機能の調節に至るまでの経路や因子を解明することは、脳機能の理解に重要であると考えられる。

発生段階において、アストロサイトは神経突起伸長の足場となるだけでなく、神経成長因子やシナプス形成因子を提供し、正常な神経回路網の形成に極めて重要な役割を果たすことが知られている。しかし、このような機能におけるアストロサイトのCa2+シグナルの役割は未だ解明されていない。Ca2+シグナルは多彩な役割を担っているため、アストロサイトのCa2+シグナルを介したプロセスが神経成長に貢献することは十分に予想される。そこで本研究では、Ca2+シグナルを恒常的に抑制したアストロサイトを作製し、これと共培養したニューロンの成長を評価することで、神経成長におけるアストロサイトの自発的Ca2+シグナルの機能解明を試みた。

アストロサイトのCa2+シグナルには、IP3受容体を介するCa2+放出が重要であると考えられている。そこで、IP3を特異的に脱リン酸化する酵素であるIP3 5-phosphataseの強制発現により、アストロサイトのCa2+シグナルの抑制を試みた。この手法により、培養上皮細胞および小脳プルキンエ細胞におけるIP3受容体を介するCa2+シグナルが強力に抑制されることは、当研究室の廣瀬らおよび大久保らにより実証されている。レトロウイルスベクターを用い、ラット海馬より得た初代培養アストロサイトにIP35-phosphataseを発現させた。その結果、自発的なCa2+シグナルがほぼ完全に抑制された、Ca2+シグナル欠損アストロサイトを作製することに成功した(図1)。ウイルスの感染効率を上げることにより、細胞集団のうち約90%の細胞に目的遺伝子を導入することができた。このアストロサイトの生存および増殖能力は正常であり、30日間に及ぶニューロンとの共培養に使用することができた。

次に、Ca2+シグナル欠損アストロサイトとニューロンを共培養し、ニューロンの成長を解析した。Ca2+シグナル欠損アストロサイトが100%コンフルエントのシート状になるよう培養した後、胎生18日齢のラットから単離した海馬ニューロンを加えて共培養を行った。約3週間培養した後、免疫染色によりニューロンの成長を解析した結果、神経突起の長さ、数および分岐数がコントロールに比べ有意に減少していることがわかった。培養日数1日および10日間のサンプルにおいても同様の傾向を確認した。また、共培養中の細胞を用いてCa2+イメージングを行った。ニューロンの自発的な発火が観察される条件下においても、そのニューロンの近傍のIP3 5-phosphatase発現アストロサイトではCa2+シグナルが見られなかった。これらの結果から、アストロサイトの自発的Ca2+シグナルがニューロンの成長を促進することが示唆された。

上記の現象を詳細に検証するため、培養中の細胞を長時間に渡って観察できる顕微鏡システムを構築し、緑色蛍光タンパク質(GFP)の発現により可視化した神経突起の伸長をリアルタイムで観察した。その結果、正常アストロサイト上と比較して、Ca2+シグナル欠損アストロサイト上では、神経突起伸長の速度が有意に減少することが明らかとなった。さらに興味深いことに、Ca2+シグナル欠損アストロサイトと正常アストロサイトが混在する培養条件下において、正常アストロサイト上を通過し、その先にあるCa2+シグナル欠損アストロサイトに向かって伸長する神経突起先端をイメージングしたところ、Ca2+シグナル欠損アストロサイトに接触した直後から、伸長速度の著しい減少が観察された。これらの結果から、神経突起伸長はCa2+シグナル欠損アストロサイトにより抑制されることが確認された。さらに、この作用にはアストロサイトと神経突起先端の接触が必要であることが示唆された。このように、Ca2+シグナル欠損アストロサイトでは、正常アストロサイトに比べてニューロンの成長を促進する作用が減少していると考えられる。これを検証するため、Ca2+シグナル欠損アストロサイトと神経突起の二次元分布を解析した。その結果、神経突起がCa2+シグナル欠損アストロサイトを避けて分布する傾向が見られ(図2)、神経成長の足場としてのアストロサイトの機能にCa2+シグナルが重要であることが示唆された。

さらに、小胞体のCa2+ポンプを特異的かつ不可逆的に阻害する薬物で処理することにより、Ca2+シグナル欠損アストロサイトを作製することができた。このアストロサイトを用いた共培養においても、IP3 5-phosphataseの発現により作製したCa2+シグナル欠損アストロサイトと同様に、ニューロンの成長が有意に抑制された。

本研究は、アストロサイトにおいて頻繁に見られる自発的なCa2+シグナルが、神経突起伸長の足場としてのアストロサイトの機能を高め、神経突起伸長を促進することを明らかにした。この作用を仲介する、アストロサイトのCa2+シグナルに制御される神経成長因子を同定することは、極めて興味深いテーマである。神経突起伸長の制御には多種類の因子が関与する可能性があるが、本研究で作製したCa2+シグナル欠損アストロサイトを用い、正常アストロサイトとの遺伝子発現の比較を行うことにより、そのような因子の大規模なスクリーニングが可能であると期待される。

図1 IP3 5-phosphataseの発現によるアストロサイト自発的Ca2+シグナルの抑制

図2. 二次元分布解析

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、神経成長におけるアストロサイトの自発的Ca2+シグナルの役割を明らかにするため、Ca2+シグナルを恒常的に抑制したアストロサイトを作製し、これと共培養した神経細胞の成長を評価した。

IP3を特異的に脱リン酸化する酵素であるIP3 5-phosphataseのレトロウイルスを用いた強制発現、および小胞体Ca2+ポンプ阻害剤であるタプシガルジン処理により、Ca2+シグナル欠損アストロサイトの細胞集団を作製することに成功した。

Ca2+シグナル欠損アストロサイトと共培養した神経細胞の成長を解析した結果、神経突起の長さ、数および分岐数の減少を確認した。

共培養中の細胞を用いてCa2+イメージングを行い、ニューロンの自発的な発火が観察される条件下においても、そのニューロン近傍のIP3 5-phosphatase発現アストロサイトではCa2+シグナルが見られなかった。

2と3の結果より、アストロサイトの自発的なCa2+シグナルが神経成長を促進することが示唆された。

培養中の細胞を長時間に渡って観察できる顕微鏡システムを構築し、緑色蛍光タンパク質(GFP)により可視化した神経突起先端の伸長速度を解析した結果、Ca2+シグナル欠損アストロサイト上で速度が減少することが確認された。

Ca2+シグナル欠損アストロサイトと正常アストロサイトが混在する条件下で、正常アストロサイト上では神経突起伸長速度の減少が見られないことから、Ca2+シグナル欠損アストロサイトによる神経突起伸長速度の抑制には、アストロサイトと神経突起先端が接触する必要があることが示唆された。

Ca2+シグナル欠損アストロサイトと正常アストロサイトが混在させた培養条件において神経突起の二次元分布を解析した結果、神経突起がCa2+シグナル欠損アストロサイトを避け、正常アストロサイト上に分布する傾向が見られ、神経成長の足場としてのアストロサイトの機能にCa2+シグナルが重要であることが示唆された。

以上、本論文はアストロサイトにおいて頻繁に見られる自発的なCa2+シグナルが、神経突起伸長の足場としてのアストロサイトの機能を高め、神経突起伸長を促進することを明らかにした。さらに、本研究で作製したCa2+シグナル欠損アストロサイトを用い、正常アストロサイトとの機能比較を行うことにより、アストロサイトのCa2+グナルに制御される神経成長因子やその経路を同定することが可能であると期待される。このように、本研究はアストロサイトと神経細胞の機能的共役のメカニズムを解明するための重要な手がかりを与えると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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