学位論文要旨



No 121361
著者(漢字) 清田,純
著者(英字)
著者(カナ) セイタ,ジュン
標題(和) Lnkによるトロンボポエチンシグナル伝達系を介した造血幹細胞の自己複製制御機構
標題(洋) Lnk negatively regulates self-renewal of hematopoietic stem cells by modifying thrombopoietin-mediated signal transduction
報告番号 121361
報告番号 甲21361
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2609号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 助教授 千葉,滋
内容要旨 要旨を表示する

造血幹細胞は最も研究の進んだ成体幹細胞であるが、存在数が少なく、in vitroで増幅させる方法が確立されていないことが主たる制限要因となり、造血幹細胞を定義づける能力である自己複製能を制御する分子機構は解明が進んでいない。特にその制限要因から、タンパク質レベルでの解析は極めて困難で、サイトカイン刺激を契機とする細胞内シグナル伝達についての知見は殆どない。

本研究は、自己複製能が亢進しているアダプタータンパク質Lnk欠損(Lnk-/-)造血幹細胞と野生型(WT)造血幹細胞を比較検討することにより、自己複製能を制御するサイトカインを同定し、さらに新たに開発した、個々の細胞内のシグナル伝達物質のリン酸化を定量的に解析する手法single cell phosphorylation imaging assayを用いて、自己複製能を制御するシグナル伝達経路を解析することを目的とした。

Lnkは富プロリン領域、pleckstrin homologyドメイン、Src homology 2ドメインおよびチロシンリン酸化部位をもつアダプタータンパク質である。Lnkは主に造血組織で発現し、特にBリンパ球前駆細胞で強く発現する。Lnk欠損マウスの発生は正常で、成体ではBリンパ球系・赤芽球系・巨核球系の過剰増殖を認めるが白血病化することはない。Lnkの機能解析はBリンパ球前駆細胞、巨核球、および赤芽球で報告がある。その機能はサイトカインシグナルの負の制御で共通しているが、関与するサイトカインシグナルは、Bリンパ球前駆細胞ではstem cell fac1or(SCF)、巨核球ではthrombopoictin(TPO)、赤芽球ではerythropoietin(EPO)と一定しない,

Lnk-/-マウスの骨髄中では造血幹細胞の数が増加し骨髄再構築能が亢進していることが、限界希釈法および競合的長期骨髄再建法により示されている。マウスの造血幹細胞はCD34-,c-Kit+,Sca-1+,Lineage marker-(CD34KSL)分画に高度に濃縮され、1個のCD34KSL細胞を骨髄移植すると、WT,Lnk-/-ともに20〜40%のレシピエントマウスで長期骨髄再建が検出ざオしる。1個の造血幹細胞により再構築されたレシピエントマウス中に存在する造血幹細胞数を定量化したところ、Lnk-/-造血幹細胞はWTの約3倍の造血幹細胞を生み出すことが示され、Lnk-/-造血幹細胞の自己複製能が亢進していることが明らかとなった。これらの結果から、Lnkは造血幹細胞の自己複製能を制御するサイトカインシグナル伝達系を負に制御していること考えられた。

造血幹細胞が自己複製し、その数を増すためには細胞分裂が必須となる。そこで、本研究では先ず、single cell無血清培養法を用いて、単一サイトカインによる細胞分裂の頻度をWIおよびLnk-/- CD34KSL細胞間で比較した。SCF,TPO,IL-3,IL-6およびIL-llについて検討を行ったが、CD34KSL細胞の分裂を引き起こせるサイトカインはSCFおよびTPOの2つであった。SCFによる分裂頻度はWTとLnk-/-の間で差を認めなかった。一方、TPOによる分裂頻度はWTが49.8±7.6%であったのに対し、Lnk-/-では66.7士8.0%と有意(P=0.009)な上昇を認めた。

また、SCFおよびTPOに対する反応性を、single cell無血清培養法を用いて用量依存曲線を求め、50%有効量を定量化することにより比較検討した。その結果、SCFの50%有効量はWTとLnk-/-間で差を認めなかった。一方、TPOの50%有効量はWTが1.89±0.55 ng/mlであったのに対し、Lnk-/-では0.69±0.06 ng/mlであり、Lnk-/-造血幹細胞はTPOに対する感受性が有意(P=0.035)に亢進していることが示された。

SCFおよびTPOシグナルは相乗作用を持つことが知られているため、SCFおよびTPOの両者が存在する場合のWTおよびLnk-/- CD34KSL細胞の分裂頻度を、isobolographyにより比較した。その結果SCFが5 ng/ml以下且つTPOが5 ng/ml以上の条件においてのみ、Lnk-/- CD34KSL細胞の分裂頻度の亢進を認め、その他の濃度の組み合わせにおける分裂頻度は同等であった。

以上の結果よりCD34KSL細胞分画においては、LnkはTPOシグナルを負に制御していることが示された。

次に、SCFおよびTPO刺激による細胞分裂後の造血幹細胞数の変化を、repopulating unit(RU)を用いて定量化した。RUは骨髄再構築能の定量的指標で、1 RUは105骨髄細胞の持つ再構築能と定義される。移植したCD34KSL細胞数と得られるRUは直線相関する(r2=0.795)。これを用いて、ソーティングした40個のCD34KSL細胞をSCFまたはTPO存在下に72時間無血清培養した後に骨髄移植して得られたRUを、ソーティング直後に骨髄移植した40個のCD34KSL細胞のRUと比較することにより、サイトカイン刺激後のCD34KLS細胞群に含まれる造血幹細胞数の増減を検出した。その結果、SCF単独刺激では、WT,Lnk-/-とも造血幹細胞数の有意な増減は認めなかった。一方、TPO単独刺激では、WTでは有意な増減を認めなかったが、Lnk-/-では有意(P<0.05)な増加を認めた。また、SCFおよびTPOの同時刺激においても、WTでは有意な増減を認めなかったが、Lnk-/-では有意(P<0.05)な増加を認めた。

これにより、Lnkは造血幹細胞においてTPOシグナルを負に制御し、その結果、造血幹細胞の自己複製能が負に制御されていることが示された。

TPOで刺激したLnk-/-造血幹細胞群はRUを有意に増すことから、1つの造血幹細胞から2つの造血幹細胞が産生される対称性自己複製分裂が起こっていると考えられる。すなわちTPOシグナルの下流に対称性自己複製を惹起するシグナル伝達経路が存在することが予測される。細胞内シグナル伝達経路の解析には通常ウエスタンプロット法や免疫沈降法が用いられるが、マウス1匹から得られる造血幹細胞は1000個以下であり、これらの解析法を適応することは不可能である。そこで、極めて少ない数の細胞の個々の細胞におけるシグナル伝達分子のリン酸化レベルを定量的に解析する手法single cell phosphorylation imaging assayを開発した。

Single cell phosphorylation imaging assayでは、まずスライドグラス上に形成した培地の液滴に目的の細胞をソーティングし、サイトカインで所定の時間刺激した後、スライドガラス上に細胞を固定する。そして、リン酸化特異的抗シグナル伝達分子抗体および蛍光標識二次抗体を用いて免疫染色を行い、各細胞の蛍光強度をレーザー走査型コンフォーカル顕微鏡を用いて取得し定量化する。本研究では各条件において50個のCD34KSL細胞の蛍光強度を取得し、その平均値を求めた。

WTおよびLnk-/- CD34KSL細胞における、TPOまたはSCFで刺激後0分、10分、30分および60分後における、JAK2,STAT3,STAT5,Akt,p38 MAPKおよびp44/42 MAPKのリン酸化の変化を測定した。その結果、TPO刺激後のJAK2のリン酸化はWTおよびLnk-/- CD34KSL細胞において同等であったが、STAT5およびAktのリン酸化はLnk-/-でより強かった。またWTではp38MAPKのリン酸化は保たれたままであったが、Lnk-/-では脱リン酸化が進行した。一方、SCF刺激後では、Aktおよびp-44/42 MAPKの強いリン酸化、JAK2,STAT3およびSTAT5の弱いリン酸化、そしてp38 MAPKの脱リン酸化が見られたが、WTおよびLnk-/-の間に差を認めなかった。

この結果より、造血幹細胞の自己複製能の制御には、JAK-STAT5およびAktシグナルの亢進、およびp38MAPKの脱リン酸化の亢進が関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は造血幹細胞の自己複製能を制御する分子機構を明らかにするため、自己複製能が亢進しているアダプタータンパク質Lnk欠損(Lnk-/-)造血幹細胞と野生型(WT)造血幹細胞を比較検討することにより、自己複製能を制御するサイトカインを同定し、さらに新たに開発した、個々の細胞内のシグナル伝達物質のリン酸化を定量的に解析する手法single cell phosphorylation imaging assayを用いて、自己複製能を制御するシグナル伝達経路を解析することを試みたものであり、以下の結果を得ている。

single cell無血清培養法による解析の結果、SCF,TPO,IL-3,IL-6およびIL-11のうち、単独で、造血幹細胞を高頻度に含むCD34KSL細胞の分裂を引き起こせるサイトカインはSCFおよびTPOであることが示された。

WTおよびLnk-/- CD34KSL細胞の分裂におけるSCFおよびTPOに対する反応性を、single cell無血清培養法を用いて用量依存曲線を求め、50%有効量を定量化することにより比較検討した。その結果、SCFの50%有効量はWTとLnk-/-間で差を認めなかった。一方、TPOの50%有効量はWTに比べてLnk-/-では有意に低く、Lnk-/-造血幹細胞はTPOに対する感受性亢進していることが示された。

SCFおよびTPO刺激による細胞分裂後の造血幹細胞数の変化を、rcpopulating unitを用いて定量化した。その結果、SCF単独刺激では、WT,Lnk-/-とも造血幹細胞数の有意な増減は認めなかった。一方、TPO単独刺激では、WTでは有意な増減を認めなかったが、Lnk-/-では有意な増加を認めた。また、SCFおよびTPOの同時刺激においても、WTでは有意な増減を認めなかったが、Lnk-/-では有意な増加を認めた。これにより、Lnkは造血幹細胞においてTPOシグナルを負に制御し、その結果、造血幹細胞の自己複製能が負に制御されていることが示された。

極めて少ない数の細胞の個々の細胞におけるシグナル伝達分子のリン酸化レベルを定量的に解析する手法single cell phosphorylation imaging assay(SCPIA)を開発した。その精度をcell lineを用いて検討し、SCPIA法を用いて5()個の細胞から得られたデータは用量依存性、刺激後の時間経過ともにウエスタンプロット法と同等の検出能を持つことが示された。

Lnk-/-造血幹細胞のTPOシグナルの下流には対称性自己複製を惹起するシグナル伝達経路が存在することが予測されるためSCPIA方を用いて解析した。その結果、STAT5およびAklのリン酸化の亢進、およびp38 MAPKの脱リン酸化の亢進を認めた。

以上、本論文は自己複製能が亢進しているアダプタータンパク質Lnk欠損造血幹細胞の解析から、この自己複製能の亢進が、TPOに対する感受性の亢進が原因であることを明らかにし、また極めて少ない数の細胞の個々の細胞におけるシグナル伝達分子のリン酸化レベルを定量的に解析する手法を開発することにより、自己複製分裂を行う造血幹細胞においてSTAT5およびAktのリン酸化の亢進、およびp38MAPKの脱リン酸化の亢進が起こっていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、造血幹細胞の自己複製能を制御する分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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