学位論文要旨



No 121363
著者(漢字) 加藤,洋人
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒロト
標題(和) 肝細胞がんにおける染色体構造異常の網羅的解析
標題(洋)
報告番号 121363
報告番号 甲21363
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2611号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 特任教授 古川,洋一
 東京大学 講師 佐野,圭二
内容要旨 要旨を表示する

背景:肝細胞がんは、主にHepatitis C virus(HCV)およびHepatitis B virus(HBV)の持続感染を背景として発生する悪性腫瘍であり、アジアのみならず世界的にも高頻度で致死的な腫瘍の一つである。その疫学的な危険因子が確固として周知されている事実に比べ、肝細胞がんの発がん過程における染色体構造異常(染色体欠損、欠失、重複、増幅など)の蓄積過程については、いまだほとんど明らかになっていない。従来、loss of heterozygosity(LOH)解析およびcomparative genomic hybridization(CGH)解析が精力的になされ、肝発がんにおける染色体構造異常に関する知見は年々深まりつつあったのだが、発がんの背景にある分子メカニズムの本態解明に迫るほどの成果は得られていないのが現状である。近年、アレイCGH(aCGH)法の開発がなされ、より高解像度・高精度に染色体構造異常の解析をすることが可能になったため、肝細胞がんにおける染色体構造異常を網羅的に解析することを目標として、本研究を遂行した。

対象と方法: 1993年から2001年にかけて国立がんセンター中央病院にて手術的に摘出され、メタノール固定・パラフィン包埋された肝細胞がん臨床検体87症例を対象とした。レーザーキャプチャーマイクロダイセンクション(LCM)法を用い、薄切標本よりがん細胞のみを純粋に打ち抜き、DNAを抽出した。本手法により、非腫瘍細胞のコンタミは最小限に抑えられ、より精度の高いデータを得ることが可能だと考える。aCGH法の方法論に関しては、学位論文本文中および学位論文文末の参考文献(18)、(22,副論文)、(27)、(28)、(29)中にその詳細を記す。

結果と考察:本研究によって、従来の報告例よりもさらに一段と染色体構造異常領域を狭小化することができた。30%を超える頻度で見られた染色体欠損領域は、1p36.1、4q21-25、4q34-35.1、8p23.3b-11.1、13q14.1-14.3、16p13.3、16q22.1-24.3b、17p13.3-13.1および17p13.3-11に認め、また、30%を超える頻度で見られた染色体重複領域は、1q21-44f、2q21.2、2q34、3q11.2、5p14.2、5q13.2-14、7p22、7p14.2、7q21.1、7q22.3、7q34、8q12-24.3および17q23に認めた。5%を超える頻度で見られた染色体増幅(2倍体以上の染色体重複)は、1q25、8q11および11q11に見られ、さらに、14q32.11にはこれまで報告のない新規のhomozygous deletionを認めた。

染色体構造異常の程度は様々な臨床病理学的所見と有意な相関関係を認めた。すなわち、門脈浸襲陽性症例、肝内転移陽性症例および組織学的に低分化な肝細胞がんほど有意に多くの染色体構造異常を包含していることが明らかとなった。このことは、肝細胞がんが染色体構造異常の蓄積を伴った多段階発がん過程を辿るということを示唆している。さらに、浸潤能および転移能の獲得に関わる可能性のある染色体構造異常領域を多数同定できた。

階層的クラスター解析によって、肝細胞がんは染色体構造異常の組み合わせに基づくいくつかの群に分けられることがわかり、さらにこの群分けは、腫瘍の様々な臨床病理学的因子と有意な相関関係を示した。この結果は、肝細胞がんが多彩ではあるがある程度規則的な組み合わせを持った染色体構造異常の蓄積によって発生・進展するヘテロな分子病理学的背景を持つ腫瘍であることを示しており、また同時に、さまざまな遺伝子異常の組み合わせによって腫瘍細胞の生物学的特徴が決定付けられているということも示唆された。

多変量解析によって、17p13.3の染色体欠損および8q11の染色体重複は、他の臨床病理学的因子とは独立した生命予後因子となりうることが明らかとなった。

新規染色体増幅領域11q23に含まれる新規がん遺伝子候補HCC-Amp1(仮名)および新規染色体欠失領域14q31に含まれる新規がん抑制遺伝子候補HCC-HD1(仮名)に関しては、現在分分生物学的にその機能解析を進めているので、それらについては現段階での結果を記した。これらに代表される新規がん関連遺伝子の単離を目標として、現在、精力的にゲノム構造解析および機能解析を行っているところである。

また、近年、遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドにおける異常高メチル化の蓄積(メチル化形質)が発がん過程において重要な役割を果たしているとのエビデンスが確立されてきている。そこで本研究では、メチル化形質と染色体構造異常を同じ検体集団において解析することによって、肝細胞がんにおける両者の相関関係を明らかにすることを試みた。その結果、染色体構造異常の程度とメチル化形質の有無とには有意な相関関係はなく、両者は独立し、混在するゲノム不安定性形質であることが示唆された。しかしながら、メチル化圧力の強い群あるいは弱い群において特徴的に見られる染色体構造異常領域も複数存在していることが明らかになり、ゲノム上の局所的なDNAメチル化異常と染色体構造異常の間に何らかの相関関係がある可能性も示唆された。(2,288文字)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肝細胞がんにおける染色体構造異常の全体像を明らかにするために、87症例の肝細胞がん臨床検体に対してアレイCGH解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

肝細胞がん臨床検体における染色体構造異常を従来の報告例よりも高解像度に検出した。30%以上の症例に見られた高頻度な染色体構造異常は、1p36.1、4q21-25、4q34-35.1、8p23.3b-11.1、13q14.1-14.3(RB、BRCA1)、16p13.3、16q22.1-24.3b、17p13.3-13.1(p53、HIC1)における染色体欠損、1q21-44f、2q21.2、2q34、3q11.2、5p14.2、5q13.2-14、7p22、7p14.2、7q21.2、7q22.3、7q34、8q12-24.3(c-MYC)、17q23の染色体重複であった。高度な染色体増幅は、6p22.3、8q24(c-MYC)、11q13.3(CyclinD1)、12p12.1-14(CDK4、KRAS)、13q11-12、13q33、17q22(RPS6KB1)などにおいて見られ、染色体ホモ欠失は9p12.3(p16)、14q32.11において見られた。

組織病理学的に低分化な肝細胞がんや、B型肝炎ウイルス感染、脈管浸襲・肝内転移陽性といった悪性所見を伴う肝細胞がんの方が、染色体構造異常の頻度は有意に高くなっており、肝細胞がんの進展に伴ってゲノム異常が蓄積しているという事実を明らかにした。またそれらの悪性所見と有意に相関する染色体構造異常領域を多数同定した。

非学習的クラスター解析によって、肝細胞がんは染色体構造異常の組み合わせに基づいて大きく2種の腫瘍群に分類された。したがって、肝細胞がんは、多様ではありながらもある程度決まった組み合わせの染色体構造異常を包含するヘテロな腫瘍群であることが明らかになった。またこの分類は、ゲノム異常の頻度や、肝内転移・脈管浸襲、肝炎ウイルス感染といった臨床病理学的因子と有意に相関しており、染色体構造異常の組み合わせによって腫瘍の性格が規定されているという可能性が示唆された。

さまざまな臨床病理学的因子および染色体構造異常を併せて多変量解析を行うことにより、肝内転移陽性、17p13.3の染色体欠損、8q11の染色体重複が、肝細胞がんの独立予後因子となりうることが示唆された。

肝細胞がんにおいては、染色体不安定性形質とメチル化形質との間に有意な相関関係はないことが示され、両者は独立し混在したゲノム不安定性形質であることが示された。また、B型肝炎ウイルスは染色体不安定性形質とメチル化形質の両者を引き起こしうるが、C型肝炎ウイルスは、メチル化形質は引き起こすが染色体不安定性形質は引き起こさない傾向にあるという事実を明らかにした。

メチル化形質の強い腫瘍群と弱い腫瘍群においては、おのおの異なった染色体構造異常のプロファイルを呈することが明らかになり、染色体上の局所的なメチル化異常と当該領域における染色体構造異常との間に何らかの相関関係が存在することが示唆された。

以上、本研究は、肝細胞がんにおける染色体構造異常を網羅的に解析し、肝細胞がんにおける分子病理学的背景を詳細に明らかにしようと試みたものである。本研究は、肝細胞がんにおける遺伝子異常の蓄積過程に対して新しい知見を与えており、また、肝細胞がんにおける新規のがん遺伝子・がん抑制遺伝子の同定、および将来の治療標的となるような分子の同定に至る、重要な基盤的データベースになるであろうと考えられる。

したがって、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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