学位論文要旨



No 121365
著者(漢字) 張,石川
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,セキセン
標題(和) 微小血管の画像化解析における頭頚部扁平上皮がん放射線感受性評価法の確立
標題(洋) Image Analysis of Tumor Microvessel Predicts Radiosensitivity of Head and Neck Squamous Cell Carcinoma
報告番号 121365
報告番号 甲21365
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2613号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 後藤,典子
 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 戸,毅
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

頭頚部癌は全癌の5%を占め、組織型の大部分は扁平上皮癌で、放射線に感受性が高い。早期扁平上皮癌において放射線療法は外科療法と同程度の治療成績を得ることができる。一方、腫瘍が放射線抵抗性を示した場合は、放射線照射に伴う組織線維化により、外科的手術は極めて困難となる。このため、治療前に放射線感受性の評価方法を確立することは、頭頚部癌の治療法選択に極めて重要である。

放射線療法においては、組織における酸素濃度が重要なことが知られている。X線またはガンマ線によって引き起こされる組織傷害のおよそ3分の2がフリーラジカルによるものであるが、組織酸素はフリーラジカルによる組織傷害を永続化させる効果(固定効果)を有すると報告されている。これまで、頭頚部癌を含めた固形腫癌において、放射線抵抗性を示す低酸素領域の存在が指摘されている。このことから、癌組織中の酸素濃度を検出し、腫瘍の予後を予測する試みがなされているが、現在まで、信頼性が高く、臨床応用可能な方法は確立されていない。一方、腫瘍組織内の酸素濃度を規定する因子として、腫癌内血管の密度が重要である。本研究では、頭頚部癌における治療法決定の指標として、生検組織における腫瘍内の微小血管に着目した。腫瘍微小血管の形態学的特性は放射線治療感受性を評価する重要な因子となる可能性が高い。

下咽頭癌、食道癌、および喉頭癌においては、主な治療方法のひとつとして放射線療法または放射線化学療法が用いられる。本研究では、生検材料を用いて、これらの腫癌における腫瘍微小血管形態学的特性と腫瘍放射線感受性との関係を検討した。

方法と結果

本論文は3つの研究から構成されている。はじめに、38例の下咽頭癌症例の放射線治療前生検材料を用いて、Hotspot法により測定した微小血管密度(MVD)とlocal disease free survivalとの関係を調べた。Hotspot法は微小血管の分布を顕微鏡的に評価する上で、従来から用いられている方法である。この研究では、患者の臨床的な特徴(年齢、性別など)とともに、放射線感受性因子としてこれまで報告されているp53、Ki-67、cyclin D1、bcl-2、VEGF、EGFR、CDC25Bの発現についても免疫組織学的に解析した。その結果、MVDのみがlocal disease free survivalと有意な相関(P=0.042)を示した。

第二の研究では、Hotspot法によるMVDの測定とともに、腫瘍微小血管の形態学的特性を画像解析により測定し、治療感受性予測に有用な新たな形態学的指標を見出すことを目指した。対象は放射線化学療法を行った51例の食道癌(T2、T3)であり、計測された形態学的指標とprogression-free survival及びoverall survivalとの相関について検討した。新たに作成した微小血管解析方法は以下の通りである。生検病理組織標本についてCD31を用い、微小血管を特異的に免疫染色した。次いで、1)血管密度の測定のため、血管個数、2)組織内血管の表面積の指標として、血管周囲長を腫瘍領域全域について、画像解析プログラムをより測定した。また、3)理論上の低酸素領域比(理論上の低酸素区域は血管から150μm以外の区域である)を用い、低酸素領域面積についても検討した。その結果、Hotspot法による微小血管密度(Hotspot MVD)、総微小血管密度(TN/TA)、腫瘍面積あたり総微小血管周囲径(TP/TA)は、各々overallsurvivalと相関することが示された(HotspotMVD,P=0.025;TN/TA,P=0.008;TP/TA,P=0.031)が、低酸素領域面積については有意な相関はみられなかった。以上から、TN/TA、TP/TAは、新たな腫瘍放射線治療効果を予知する腫癌血管の形態学的指標と考えられた。

これらの知見をさらに確かめ、臨床的に応用可能なものであることを確認するために、多施設における早期喉頭がん(T1,T2)放射線治療前の生検標本を用い、総微小血管密度(TN/TA)と総微小血管周囲径(TP/TA)が放射線療法治療反応性を予知可能であるかを検討した。三施設から集められ120症例を対象とし、以前の研究で明らかになった3年内再発症例の平均値をcut-off値として、患者を層別化した。平均7年にわたる追跡調査の結果に基づき、Progression-free survivalを各層別化群で比較したところ、TP/TAが高値の群は低値の群に比べて、有意に再発が少ないことが示された(P=0.008)。

考察

本研究により、頭頚部扁平上皮癌の治療効果を予測する因子として、腫瘍組織あたりの微小血管周囲径(TP/TA)が有用であることを明らかにした。

これまでも、腫瘍内微小血管密度は、癌の転移を規定し、さらに外科治療における予後不良因子と考えられてきた。一方、放射線療法においても,感受性を規定する重要な因子が、腫瘍内酸素濃度であることから、腫瘍内微小血管に関する何らかの指標が、治療効果を予測する指標となることが予測されていた。事実、本論文の第一の研究で、下咽頭癌では微小血管密度(MVD)が唯一、治療効果判定に有用であった。引き続く食道癌の化学放射線治療に関する研究で、腫瘍血管の評価法として、総微小血管密度(TN/TA)、腫瘍面積に対する総微小血管周囲径(TP/TA)の二つの指標を導入することができた。とくに、総微小血管周囲径(TP/TA)は、多施設の前向き共同研究においても有用性を確認することができた。

今後の課題として、放射線感受性の評価法については、cut-off値決定のために、腫瘍の種類、発生場所、ステージにより層別化を行い、更に詳細な検討を行う必要がある。同時に、種々の血管内皮のマーカー分子を用い、測定の対象となる血管を機能も含め検討することも必要と考えられた。また、各病院施設の生検材料の取扱いと免疫染色方法の標準化とともに、生検材料の採取法と大きさの統一化を行う必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は頭頚部扁平上皮がんの生検材料を用い、コンピューターで腫瘍微小血管形態学の因子を解析し、腫瘍の放射線感受性との関係を検討したもので、下記の結果が得られている。

頭頚部扁平上皮がんの放射線感受性を予測する方法として、生検材料の微小血管の解析が有用であることを明らかにした。

a) 下咽頭がん38症例の放射線治療前生検材料を用い、微小血管密度(MVD)および放射線感受性予知因子として報告されているP53,cyclin D1,bcl-2,VEGF,EGFR,CDD25B等の発現とlocal disease free survivalとの関係を調べた。Hotspot MVDのみが有意に相関していた(P=0.042)。

b) MVD測定法として、一般的使用されているhotspot法では、血管径と組織内の血管の分布が考慮されていない。そこで、T2とT3の食道がん51症例を用い、hotspot MVDのみならず、腫瘍平均微小血管密度(TN/TA)、腫瘍面積あたりの総血管周囲径(TP/TA)および血管分布から推定される腫瘍における低酸素領域の割合をコンピューターで解析し、これらの因子とoverall survivalとの関係を調べた。その結果、hotspot MVD,TN/TA及びTP/TAがoverall survivalと有意に相関することが示された(hotspot MVD,P=0.025;TN/TA,P=0.008;TP/TA,P=0.031)。微小血管密度に関する二つ因子の中で、TN/TAは、hotspot MVDよりも強くoverall survivalと相関していた。

c) これらの結果を更に確かめるため、多施設における120例の早期声門がんを集め、TN/TAとTP/TAによって放射線治療効果が予測可能であるか検討した。平均7年にわたる追跡調査の結果に基づき、progression-free survivalを調べたところ、TP/TAが高い症例は、放射線治療後の再発が少ないことが示された(P=0.008)。TP/TAが臨床応用可能な放射線感受性予知因子であることが示された。

腫瘍微小血管評価方法として、コンピューター画像解析法が従来の方法より優れることが証明された。従来からの微小血管評価法であるhotspot法は、鏡視化で行われるため、inter-observerとintra-observer biasが存在し、客観性が低い。食道がんの研究により、コンピューター画像解析で行われたhotspot MVDは、従来のhotspot MVDと比べて、予後とよく相関することが示された。さらに、コンピューターを用いると、hotspot MVDのみならず、血管の分布と形態的特徴を評価することが可能になり、1)のbとcの研究が可能になった。

以上、本論文は頭頚部扁平上皮がんにおける新たな放射線感受性予知因子を見出したものである。この結果、腫瘍面積あたりの総血管周囲径(TP/TA)が高い症例では放射線治療成績が良好であることが示された。頭頚部腫瘍においては,より適切な治療法を選択するために、今後、コンピューター画像解析によるTP/TAの測定を行うことが望ましいと考えられる.以上のように本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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