No | 121369 | |
著者(漢字) | 柏,辰宇 | |
著者(英字) | BAI,CHENYU | |
著者(カナ) | ハク,シンウ | |
標題(和) | Focal adhesionに局在するLIM蛋白質ZRP1の機能解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of ZRP1,a focal adhesion LIM protein | |
報告番号 | 121369 | |
報告番号 | 甲21369 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2617号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Focal adhesionは細胞外基質がactin細胞骨格とリンクする特別な場所である。更に、focal adhesionはintegrinからの様々なシグナル伝達、例えば、actin細胞骨格の調節にも関わっている。Focal adhesionに局在する多くの分子、Fak、Srcファーミリキナーゼ、scaffold蛋白質p130Cas、paxillin等がintegrinを介するシグナル伝達を担っており、これらの分子が最終的にRhoGTPaseファーミリのRhoA、cdc42及びRaclを制御することがactin細胞骨格の調節に重要である。 Integrinによる刺激後、まずFakがTyr-397の自己リン酸化が起こり活性化される。続いてc-Srcやp130CasがFakと結合し、更に、c-SrcあるいはFakによるp130Casのリン酸化が起こる。リン酸化されたp130CasはCrkと複合体を形成し、Crkをfocal adhesionにrecruitする。更にp130Cas-Crk複合体がguanine nucleotide exchange factor(GEF)であるDOCK180-ELMOと結合して、Raclの活性化を引き起こす。一方、integrin刺激後、paxillinもリン酸化され、RhoGTPase-activating protein(GAP)ドメインを持つアダプタータンパク質であるPKLやGEFであるPIXとの複合体形を通し、Raclを活性化させる。従って、focal adhesion分子p130Casとpaxillinのリン酸化はRhoGTPaseの調節に密接に関連している。 RhoA、cdc42及びRaclはGEFにより活性化され、それぞれactinストレスファイバー、葉状偽足、糸状偽足の形成を引き起こす。様々な種類の細胞でRhoAとRaclが互いの活性を抑制的に制御することが報告されており、両分子の活性の切り替えが細胞運動時のactin骨格系の制御に重要であることが示唆されている。細胞が運動する時、まずRacが活性化することにより、細胞は進行方行に偽足を出す。これらの偽足にはintegrinやfocal adhesion分子を含むfocal complexが形成されるが、その形成にもRacの活性が必要である。その後、Rhoが活性化されることにより、focal complexがfocal adhesionに成熟し、actinストレスファイバーが成熟したfocal adhesionにアンカーされ、細胞の後方が収縮し、細胞全体が前に運動する。 LIM蛋白質であるZyxinはfocal adhesionに局在する分子であり、integrinからのシグナル伝達系への関与が推測されている。Zyxinはfocal adhesionに局在する様々な分子、例えば、actin細胞骨格を制御するEna/VASPファーミリの分子、actinをクロスリンクするα-actinin及びRhoGTPaseのGEFであるVavと結合することが報告されている。細胞分裂期を制御し、腫瘍抑制能をもつセリン/スレオニンキナーゼであるLATS1との結合も報告されているが、最近LATS1ファミリー分子も細胞骨格系の制御に関与することが示唆されている。 一方、我々の研究室ではzyxinファーミリに属しているZRP1/TRIP6がyeast two-hybridスクリーニングによりLATS1のファーミリ分子であるLATS2に結合する分子として同定された。ZRP1はZyxin同様にfocal adhesionへの局在が報告されており、更に繊維芽細胞においてはp130Casとの結合が報告されている。 我々はZRP1がZyxinと類似した蛋白質構造、すなわちプロリンに富む領域や核外移行シグナル(NLS)を含むN端領域と、3つのLIMドメインから成るC端領域を持つことから、機能的にも類似していると考え、本研究においてZRP1の局在及び機能の解析を行った。 まず、ZRP1に対する特異的な抗体を作成した。この抗体を用いて蛍光免疫染色を行いZRP1の細胞内局在を調べたところ、ZRP1がfocal adhesionに局在し、特にvinculinと高い共局在性を示すことがわかった。次に、恒常的にEGFP-ZRP1を発現する細胞株を樹立し、ライブ観察を行った結果、EGFP-ZRP1は常に運動する細胞のleadingedgeの先端に局在することを見出した。これらの結果からZRP1が細胞運動に何らかの役割を果たしていることが示唆された。 我々はRNAiの手法を用い、HeLa細胞内のZRP1の発現を抑制した。Wound healingアッセイなど運動誘発刺激を与えた場合、与えなかった場合のどちらにおいても、ZRP1発現抑制細胞はコントロール細胞に比べ、高頻度に異常な偽足を伸展させることを見いだした。更にPaxillinの蛍光免疫染色を行った結果、ZRP1発現抑制細胞ではコントロール細胞に比べて、paxillinのシグナル斑が小さいことが分かった。 次にactin骨格系への影響を調べる目的で、ZRP1発現抑制細胞にEGFP-actinを発現させ、ライブ観察を行った。まず、ZRP1発現抑制細胞ではactinストレスファイバーが観察されない、又は数が非常に減少していた。更に、コントロール細胞では見られない、細胞の中央部分全体からの激しいアクチンの重合が起こっていた。このアクチンの重合は生じた場所から細胞周囲へ向かって波及し、常に異常な偽足の伸展を伴っている様子が観察された。 これらの結果から、我々はZRP1発現抑制細胞ではRaclの活性が上昇しているのではないかと考えた。Raclの活性を生化学的手法で測定した結果、Raclの活性がZRP1発現抑制細胞では増加していることがわかった。更に、ZRP1発現抑制細胞で見られるアクチンの異常重合や偽足の伸展がRaclのdominant negative変異体を発現させることにより抑制された。以上の結果から、ZRP1はfocal adhesionにおいてintegrinからのシグナルを受け、通常はRaclの活性を適切に抑制するために必要な分子であり、ZRP1の欠損はRaclの異常な活性化を引き起こしactin細胞骨格系の動態に影響を与えると考えられる。また、ZRP1発現抑制細胞ではfocalcontactからfocal adhesionへの成熟の阻害と考えられるfocal adhesion局在タンパク質のシグナルの減弱やactinストレスファイバーの消失が引き起こされることから、RhoAの活性の低下が起きている可能性が考えられた。実際、ZRP1発現抑制細胞で見られるアクチンの異常重合や偽足の伸展が野生型RhoAを発現させることによっても抑制され、更にストレスファイバーも多く観察されるようになった。しかし、RhoAの活性を生化学的手法で測定した結果、大きな変化は認められなかった。従って、ZRP1発現抑制細胞では、focal adhesion近傍における局所的なRhoAの活性抑制が起こっている可能性が示唆された。 一方、我々はZRP1がfocal adhesionのみならず、cell-cell contactを形成する過程の、特に初期の段階で強くcell-cell contactに局在することを見出した。ZRP1発現抑制細胞では、隣接する細胞との接着が正常に形成されず、N-cadherinの局在の乱れが観察された。更に、ZRP1発現抑制細胞にEGFP-actinを発現させてライブ観察を行ったところ、コントロール細胞ではcell-cell contact形成時に隣接する細胞間をつなぐように複数のactinファイバーが生じるが、ZRP1発現抑制細胞ではそのようなactinファイバーの形成が見られなかった。更に、ZRP1発現抑制細胞は隣の細胞に触れた後、cell-cell contactを形成する、あるいは運動の方向を転換するのではなく、隣接した細胞を乗り越える、あるいは下方に潜り込んで運動の進行を進める様子がしばしば観察された。 以上の結果はZRP1がRacl活性を負に調節することを通してactin細胞骨格系の再構築、細胞のfocal adhesion、細胞の運動、更にはcell-cell contactの形成を制御する役割を果たしていることを示唆する。 現在、我々はZRP1がRaclを調節する分子メカニズムについて調べている。現在までに、ZRP1がp130Casのリン酸化レベルを調節し、p130Cas-Crk-Raclに対するGEFの複合体の形成に影響を与えることによって、Raclの活性を調節する可能性を示唆する結果を得ており、更に解析を進めることにより、integrinからRaclの活性制御につながる既知のシグナル伝達系におけるZRP1の位置づけを明らかにしたい。また、ZRP1発現抑制細胞内で起きているRhoAの局所的活性化とRaclの細胞全体における活性化、およびactiinの異常重合との関連を明らかにすることで、Integrin刺激によるactin骨格系制御機構の新たな一面を解明したいと考えている。 | |
審査要旨 | 本研究は細胞接着及び遊走において重要な役割を演じていると考えられるfocal adhesionに局在するLIMタンパク質ZRP1の機能を明らかにするため、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 Focal adhesionでZRP1の詳細な局在を調べるため、恒常的にZRP1を発現する細胞株を樹立し、ライブ観察を行った。その結果、ZRP1は常に運動する細胞のleading edgeの先端に局在することを見出した。ZRP1がfocal adhesion形成の初期過程からfocal adhesionに局在することを示された。 RNAiの手法を用い、HeLa細胞内のZRP1の発現を抑制した。ZRP1発現抑制細胞は細胞遊走刺激の有無に関係なく、高頻度に異常な偽足を伸展させることを示された。更に、ZRP1発現抑制細胞にEGFP-actinを発現させ、ライブ観察を行った結果、細胞膜近傍だけではなく、細胞全体でアクチンの重合活性が亢進していることを示された。 偽足やアクチンの重合を調節するRhoファーミリ分子のRaclの活性を生化学的手法で測定し、Raclの活性がZRP1発現抑制細胞では上昇していることがわかった。更に、ZRP1発現抑制細胞で見られるアクチンの異常重合や偽足の伸展がRaclのdominant negative変異体を発現させることにより抑制された。従って、ZRP1はfocal adhesionにおいて、恐らくintegrinからのシグナルを受け、通常はRaclの活性を適切に抑制するために必要な分子であり、ZRP1の欠損はRaclの異常な活性化を引き起こしアクチン細胞骨格系の動態に影響を与えることを示された。 focal adhesionマーカーの蛍光免疫染色を行った結果、ZRP1発現抑制細胞ではfocal adhesionが小さいことが分かった。更に、F-actinの蛍光免疫染色及びEGFP-actinのライブ観察でZRP1発現抑制細胞ではactinストレスファイバーが観察されない、又は数が非常に減少していたことがわかった。一方、ZRP1発現抑制細胞で見られるアクチンの異常重合や偽足の伸展が野生型RhoAを発現させることによっても抑制され、更にストレスファイバーも多く観察されるようになった。これらの結果から、ZRP1発現抑制細胞では、Raclの活性が亢進し続けるため、focal adhesion近傍における局所的なRhoAの活性抑制が起こっている可能性が示唆された。 ZRP1がfocal adhesionのみならず、cell-cellcontactに局在することを見出した。N-cadherinの蛍光免疫染色及びEGFP-actinのライブ観察でZRP1発現抑制細胞ではN-cadherinを介する細胞間接着の形成が阻害されることを示された。更に、ZRP1とN-cadherin/β-catenin複合体の共免疫沈降を行ったところ、ZRP1がβ-cateninと結合することを示された。従って、cell-cell adhesionを形成過程ではZRP1がN-cadherinからのシグナルを受け、恐らくRho GTPaseファミリーの活性の調節を介してcell-celladhesion形成時のアクチンの構築を制御する可能性を示唆された。 以上、本論文はfocal adhesionに局在するLIMタンパク質ZRP1の解析から、ZRP1がRacl活性を負に調節し、アクチン細胞骨格系の再構築することを通して、細胞接着及び遊走を制御することを明らかにした。本研究は細胞接着及び遊走を制御するメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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