学位論文要旨



No 121372
著者(漢字) 山内,麻衣
著者(英字)
著者(カナ) ヤマウチ,マイ
標題(和) 血管新生の制御機構解析 : 皮膚における血管新生抑制因子の探索とその機能解析 VEGFR-1安定発現細胞株の樹立とその有用性の検討
標題(洋)
報告番号 121372
報告番号 甲21372
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2620号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 助教授 木,智
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 山本,希美子
内容要旨 要旨を表示する

血管新生は、促進因子と抑制因子のバランスによって制御されている。血管新生が多くの疾患の病態や進行の決定因子である事からも、その制御機構の詳細な理解は非常に重要である。そこで本研究では、血管新生を促進因子及び抑制因子両方の視点から理解する事を試みた。血管新生抑制因子の視点からは、皮膚における血管新生抑制因子の探索とその機能解析を、血管新生促進因子の視点からは、VEGFR-1安定発現細胞株の樹立とその有用性の検討を行った。

皮膚における血管新生抑制因子の探索とその機能解析

血管内皮細胞増殖因子(VEGF)とその受容体ファミリーは血管新生に対して重要な役割を担っている。VEGF受容体の1つVEGFR-2は、内皮細胞の増殖において最も強いシグナルを発信する。これまでに所属研究部ではVEGFR-2に特異的なリガンドであるVEGF-EをKeratin14プロモーター下で過剰発現するトランスジェニックマウスを作製し、皮膚における血管が著しく増加する事を報告している。しかしながら興味深い事には、これらのトランスジェニックマウスではVEGF-Eを分泌している表皮基底層近傍には血管はほとんど観察されなかった。そこで表皮基底層から何らかの血管新生抑制因子が分泌されているのではないかという仮説を立てそれを検討した。まず、表皮基底層はその殆どが角化細胞によって構成されていることから、表皮角化細胞初代培養のConditioned medium(CM)に血管新生阻害活性があるのかどうかを、血管内皮細胞と線維芽細胞の共培養によるin vitro血管新生アッセイによって検討した。CMには予想通り、血管新生阻害活性が濃度依存性に認められた。そこで次に、CMのゲル濾過クロマトグラフィーフラクションを用いてin vitro血管新生アッセイ及びHUVECの増殖アッセイを行って、どちらのアッセイにおいても強い血管新生抑制活性の確認された因子を質量分析によって同定した。質量分析の結果、CM特異的に存在してin vitro血管新生アッセイとHUVECの増殖アッセイのどちらにも血管新生抑制活性が認められた因子はトロンボスポンジン-1(TSP-1)である事が明らかとなった。TSP-1は既に、血管内皮細胞に対してCD36受容体を介したアポトーシスを誘導する血管新生抑制因子として報告されている。しかしながら、本研究におけるアッセイで使用しているHUVECにはCD36受容体が発現していない事も既に報告されている。実際に用いたHUVECでもフローサイトメトリーでの確認を行ったがCD36分子は殆ど検出されなかった。また、CD36分子に対するTSP-1の結合部位を含む合成ペプチドを使ったin vitro血管新生アッセイとHUVECの増殖アッセイでも血管新生抑制活性は認められず、CD36受容体を介さないTSP-1の血管新生抑制能の存在が示唆された。そこで次に、TSP-1のCD36受容体を介さない血管新生抑制機構の詳細を検討した。CD36受容体を介した血管内皮細胞へのTSP-1の効果はアポトーシスを誘導する事で発揮される事から、CD36受容体を持たないHUVECに対してもTSP-1によってアポトーシスが誘導されるのかどうかを、TUNELアッセイ及びアポトーシス実行因子の1つであるカスパーゼの阻害剤を用いた増殖アッセイにより検討した。その結果、TSP-1のHUVECへの血管新生抑制ではアポトーシスは誘導されておらず、またカスバーゼ非依存性の効果である事も確認された。そして更に、HUVECに対するTSP-1の作用の詳細についてフローサイトメトリーによる細胞周期の解析を行った結果、それらは細胞周期の停止誘導によるものであることが明らかとなった。加えて、ウエスタン・ブロッティングによる各種細胞周期関連因子の発現変化を検討した結果、TSP-1によってHUVECにはサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の1つであるP21Cip1/WAF-1が誘導される事、及びCyclin-CDK複合体の標的因子であるRbのリン酸化レベルが著しく低下している事が明らかになった。これらの結果から、TSP-1によってCD36及びカスパーゼ非依存性にP21Cip1/WAF-1が誘導される事でCyclin-CDK複合体によるRbのリン酸化が阻害され、細胞周期の停止が誘導されるのではないかと推測された。また、TSP-1の内皮細胞への細胞周期停止誘導はCD36分子とは独立に起こる事、及びその作用ドメインもこれまでに報告のある血管新生抑制の機能ドメインとは違う部分に存在する可能性が合成ペプチドを用いた実験から示唆された。これらの結果から、TSP-1はCD36受容体を持たない血管内皮細胞に対して、既知の血管新生抑制ドメイン以外の部分でカスパーゼ非依存的にP21Cip1/WAF-1を誘導し、Rbのリン酸化を阻害する事で細胞周期の停止を誘導して血管新生抑制活性を発揮する事が出来ると考えられた。

VEGFR-1安定発現細胞株の樹立とその有用性の検討

VEGFとその受容体系は、生理的血管新生のみならず病的血管新生において、その促進因子として最も重要な因子であると考えられている。VEGFは主にVEGFR-1及びVEGFR-2と結合する事でその機能を発揮するが、VEGFR-2に比べてVEGFR-1の分子機構の解析は遅れている。その理由の1つとしては、頻用される内皮細胞にはVEGFR-1が殆ど発現していない、或いはその発現が欠失している為に、解析に使える有効な細胞が無い事が挙げられる。そこでVEGFR-1の分子機構解析に有用な細胞として、まず安定的且つ安価に供給することの出来る内皮細胞様細胞株を樹立し、更にそこからVEGFR-1安定発現細胞株を作製してAG1-G1-Flt-1細胞とした。AG1-G1-Flt-1細胞は対照実験用に作製したAG1-G1-Neo細胞と共に、マトリゲル上での管腔形成能及びアセチル化LDLの取り込み能を維持している事、またその細胞形態からも血管内皮細胞様の細胞株である事を確認した。一方、VEGFR-2の発現は蛋白質レベルでは確認出来ず、VEGFR-1を優位に発現した血管内皮細胞様の細胞株であると考えられた。そこで次に、作製したVEGFR-1安定発現細胞株AG1-G1-Flt-1細胞でVEGFR-1の機能を検出する事が出来るかどうかを検討した。検討の結果、VEGF誘導性の細胞遊走の検出に極めて適した細胞である事が明らかとなった。VEGFR-1及びVEGFR-2特異的なリガンドやそれぞれの中和抗体を使った実験の結果、その細胞遊走活性が確かにVEGFR-1依存的な反応である事も確認された。更に、ウエスタン・ブロッティングの結果からVEGFR-1によってPLC-γやp42/44 MAPK、Akt、JNKといったシグナル伝達分子の活性化が引き起こされる事も確認された。また、阻害剤を用いた細胞遊走の実験からはVEGFR-1によるp42/44 MAPKの活性化は少なくとも細胞遊走のシグナルとは独立したものである事も確認出来た。以上の事は、これまで困難であったVEGFR-1の細胞運動・遊走に対する作用を容易に検出出来る細胞株が樹立された事を意味し、その機能を促進又は抑制する薬剤の開発にも有用であると期待された。

審査要旨 要旨を表示する

血管新生は、促進因子と抑制因子のバランスによって制御されている。血管新生が多くの疾患の病態や進行の決定因子である事からも、その制御機構の詳細な理解は非常に重要である。そこで本研究では、血管新生を促進因子及び抑制因子両方の視点から理解する事を試みた。血管新生抑制因子の視点からは、皮膚における血管新生抑制因子の探索とその機能解析を、血管新生促進因子の視点からは、VEGFR-1安定発現細胞株の樹立とその有用性の検討を行い下記の結果を得ている。

皮膚における血管新生抑制因子の探索とその機能解析

血管内皮細胞増殖因子(VEGF)とその受容体ファミリーは血管新生に対して重要な役割を担っている。VEGF受容体の1つVEGFR-2は、内皮細胞の増殖において最も強いシグナルを発信する。これまでに所属研究部ではVEGFR-2に特異的なリガンドであるVEGF-EをKeratin14プロモーター下で過剰発現するトランスジェニックマウスを作製し、皮膚における血管が著しく増加する事を報告している。しかしながら興味深い事には、これらのトランスジェニックマウスではVEGF-Eを分泌している表皮基底層近傍には血管はほとんど観察されなかった。そこで表皮基底層から何らかの血管新生抑制因子が分泌されているのではないかという仮説を立てそれを検討した。まず、表皮基底層はその殆どが角化細胞によって構成されていることから、表皮角化細胞初代培養のConditioned medium(CM)に血管新生阻害活性があるのかどうかを、血管内皮細胞と線維芽細胞の共培養によるin vitro血管新生アッセイによって検討した。CMには予想通り、血管新生阻害活性が濃度依存性に認められた。そこで次に、CMのゲル濾過クロマトグラフィーフラクションを用いてin vitro血管新生アッセイ及びHUVECの増殖アッセイを行って、どちらのアッセイにおいても強い血管新生抑制活性の確認された因子を質量分析によって同定した。質量分析の結果、CM特異的に存在してin vitro血管新生アッセイとHUVECの増殖アッセイのどちらにも血管新生抑制活性が認められた因子はトロンボスポンジンー1(TSP-1)である事が明らかとなった。TSP-1は既に、血管内皮細胞に対してCD36受容体を介したアポトーシスを誘導する血管新生抑制因子として報告されている。しかしながら、本研究におけるアッセイで使用しているHUVECにはCD36受容体が発現していない事も既に報告されている。実際に用いたHUVECでもフローサイトメトリーでの確認を行ったがCD36分子は殆ど検出されなかった。また、CD36分子に対するTSP-1の結合部位を含む合成ペプチドを使ったin vitro血管新生アッセイとHUVECの増殖アッセイでも血管新生抑制活性は認められず、CD36受容体を介さないTSP-1の血管新生抑制能の存在が示唆された。そこで次に、TSP-1のCD36受容体を介さない血管新生抑制機構の詳細を検討した。CD36受容体を介した血管内皮細胞へのTSP-1の効果はアポトーシスを誘導する事で発揮される事から、CD36受容体を持たないHUVECに対してもTSP-1によってアポトーシスが誘導されるのかどうかを、TUNELアッセイ及びアポトーシス実行因子の1つであるカスパーゼの阻害剤を用いた増殖アッセイにより検討した。その結果、TSP-1のHUVECへの血管新生抑制ではアポトーシスは誘導されておらず、またカスバーゼ非依存性の効果である事も確認された。そして更に、HUVECに対するTSP-1の作用の詳細についてフローサイトメトリーによる細胞周期の解析を行った結果、それらは細胞周期の停止誘導によるものであることが明らかとなった。加えて、ウエスタン・ブロッティングによる各種細胞周期関連因子の発現変化を検討した結果、TSP-1によってHUVECにはサイクリン依存性キナーゼ阻害因子の1つであるP21Cip1/WAF-1が誘導される事、及びCyclin-CDK複合体の標的因子であるRbのリン酸化レベルが著しく低下している事が明らかになった。これらの結果から、TSP-1によってCD36及びカスパーゼ非依存性にP21Cip1/WAF-1が誘導される事でCyclin-CDK複合体によるRbのリン酸化が阻害され、細胞周期の停止が誘導されるのではないかと推測された。また、TSP-1の内皮細胞への細胞周期停止誘導はCD36分子とは独立に起こる事、及びその作用ドメインもこれまでに報告のある血管新生抑制の機能ドメインとは違う部分に存在する可能性が合成ペプチドを用いた実験から示唆された。これらの結果から、TSP-1はCD36受容体を持たない血管内皮細胞に対して、既知の血管新生抑制ドメイン以外の部分でカスパーゼ非依存的にP21Cip1/WAF-1を誘導し、Rbのリン酸化を阻害する事で細胞周期の停止を誘導して血管新生抑制活性を発揮する事が出来ると考えられた。

VEGFR-1安定発現細胞株の樹立とその有用性の検討

VEGFとその受容体系は、生理的血管新生のみならず病的血管新生において、その促進因子として最も重要な因子であると考えられている。VEGFは主にVEGFR-1及びVEGFR-2と結合する事でその機能を発揮するが、VEGFR-2に比べてVEGFR-1の分子機構の解析は遅れている。その理由の1つとしては、頻用される内皮細胞にはVEGFR-1が殆ど発現していない、或いはその発現が欠失している為に、解析に使える有効な細胞が無い事が挙げられる。そこでVEGFR-1の分子機構解析に有用な細胞として、まず安定的且つ安価に供給することの出来る内皮細胞様細胞株を樹立し、更にそこからVEGFR-1安定発現細胞株を作製してAG1-G1-Flt-1細胞とした。AG1-G1-Flt-1細胞は対照実験用に作製したAG1-Gl-Neo細胞と共に、マトリゲル上での管腔形成能及びアセチル化LDLの取り込み能を維持している事、またその細胞形態からも血管内皮細胞様の細胞株である事を確認した。一方、VEGFR-2の発現は蛋白質レベルでは確認出来ず、VEGFR-1を優位に発現した血管内皮細胞様の細胞株であると考えられた。そこで次に、作製したVEGFR-1安定発現細胞株AG1-G1-Flt-1細胞でVEGFR-1の機能を検出する事が出来るかどうかを検討した。検討の結果、VEGF誘導性の細胞遊走の検出に極めて適した細胞である事が明らかとなった。VEGFR-1及びVEGFR-2特異的なリガンドやそれぞれの中和抗体を使った実験の結果、その細胞遊走活性が確かにVEGFR-1依存的な反応である事も確認された。更に、ウエスタン・ブロッティングの結果からVEGFR-1によってPLC-γやp42/44 MAPK、Akt、JNKといったシグナル伝達分子の活性化が引き起こされる事も確認された。また、阻害剤を用いた細胞遊走の実験からはVEGFR-1によるp42/44 MAPKの活性化は少なくとも細胞遊走のシグナルとは独立したものである事も確認出来た。以上の事は、これまで困難であったVEGFR-1の細胞運動・遊走に対する作用を容易に検出出来る細胞株が樹立された事を意味し、その機能を促進又は抑制する薬剤の開発にも有用であると期待された。

以上、本論文は皮膚における血管新生抑制因子の探索から、TSP-1の新たな血管新生抑制機構の存在とその分子機構の一部を明らかにした。また、VEGFR-1安定発現細胞の樹立にも成功し、VEGFR-1の機能やその分子機構解析に有用である事が確認された。これらの結果は、血管新生の制御機構の更なる解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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