学位論文要旨



No 121373
著者(漢字)
著者(英字) NATINI,JINAWATH
著者(カナ) ナティニ,ヅナワッ
標題(和) びまん浸潤型胃癌の遺伝子発現プロファイルの解析と発がんに関与する遺伝子の同定
標題(洋) Gene-expression profile analysis of diffuse-type gastric cancer and characterization of a molecule involved in gastric carcinogenesis
報告番号 121373
報告番号 甲21373
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2621号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

胃がんによる死亡者数は、世界ではがんによる死亡者数の第4位、日本では第2位を占めている。胃がんの組織型は、大きく分けてintestinal typeとdiffuse typeの2種類があり、それぞれ異なった疫学的・病理学的特徴を呈している。このことは、異なる発がんメカニズムと生物学的特性の存在を示唆している。intestinal typeがんについては、多くの分子生物学的研究がなされているが、diffuse typeがんの発がんの研究は少なく、そのメカニズムはほとんど解明されていない。diffuse typeがんはintestinal typeのがんに比べて、より浸潤傾向が強く、予後が不良である。

Diffuse typeがんの発生・進展メカニズムと、腫瘍の特性を明らかにするため、我々は20例のdiffuse typeがんと、同じ患者の正常粘膜から、レーザーマイクロビーム・マイクロダイセクション法によりがん細胞と正常上皮細胞を採取し、23040遺伝子を含むcDNAマイクロアレイを用いて、網羅的な遺伝子発現解析を行った。その結果、50%以上の症例で共通して発現が2倍以上増加する遺伝子153種類と、50%以上の症例で共通して発現が2分の1以下に減少する遺伝子を1500種類以上同定した.共通して発現上昇する遺伝子群には、S100A10,ANXA1,PLABなどのシグナル伝達に関与する遺伝子、GPX1,BACH,NNMTなどの代謝に関与する遺伝子、TGFBI,CDC25B,CDC20などの増殖や細胞周期に関与する遺伝子などが含まれていた。我々が以前に解析した20症例のintestinal typeがんの発現プロファイルと比較するため、diffuse typeがんとintestinal typeがんを合わせた計40症例の遺伝子発現情報を用いて、unsupervised cluster analysisを行った。その結果、40症例はdiffuse typeがんとintestinal typeがんに正しく分類された。したがって、これら2つの種類の腫瘍は異なった遺伝子発現パターンをもっていることが証明された。2群で発現が特に異なっている遺伝子の中で、diffuse typeがんには細胞一間質相互作用にかかわる遺伝子が高発現する特徴があり、intestinal typeがんでは細胞増殖に関与する遺伝子が発現上昇する特徴があった。Diffuse typeがんとintestinal typeがんの発現情報を統計学的に比較した結果、2つのグループで有意に異なる発現を呈する遺伝子46種類を同定した。さらにdiffuse typeがんの中で血管浸潤の有無、リンパ管浸潤の有無、リンパ節転移の有無により発現が異なる、それぞれ13、11、31種類の遺伝子を見いだした。これらの遺伝子はdiffuse typeがんの進展に関与する可能性が示唆される。

Diffuse typeがんで発現上昇する遺伝子153種類のうち、我々はNOL8と名付けた遺伝子に注目した。この遺伝子はRNA認識モチーフをN末領域にもつ、分子量約150kDaのタンパクをコードすることが予測された。NOL8はintestinal typeがんに比べ、diffuse typeがんに特異的に発現し、ノーザンブロット解析では、NOL8は骨格筋に発現していたが、他の22正常臓器での発現はほとんど認められなかった。また免疫染色の結果、NOL8タンパクは核小体に局在した。脱リン酸化酵素処理により分子量が変化することから、NOL8はリン酸化タンパクであることが示唆された。さらにNOL8特異的なshort interfering RNAを胃がん細胞St-4、MKN45、TMK-1に導入すると、NOL8の発現を抑制するとともに、がん細胞にアポトーシスを誘導した。これらの結果は、NOL8がdiffuse type胃がんに関与することを示しているのみならず、NOL8を標的としたdiffuse typeがんに対する新たな治療法開発に応用できることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、diffuse type胃がんの発生・進展メカニズムと、腫瘍の特性を明らかにするため、cDNAマイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析を行ったものである。発表内容は、diffuse type胃がんの遺伝子発現プロファイルの解析と発がんに関与する遺伝子の同定により構成されており、下記の結果を得ている。

20例のdiffuse type胃がんと、同じ患者の正常粘膜から、レーザーマイクロビーム・マイクロダイセクション法によりがん細胞と正常上皮細胞を採取し、23,040遺伝子を含むcDNAマイクロアレイを用いて、網羅的な遺伝子発現解析を行った。その結果、50%以上の症例で共通して発現が2倍以上増加する遺伝子153種類と、50%以上の症例で共通して発現が2分の1以下に減少する遺伝子を1,500種類以上同定した。共通して発現上昇する遺伝子群には、S100A10,ANXA1,PLABなどのシグナル伝達に関与する遺伝子、SPARC,MMP7,FN1,COL3A1,TIMP1などの細胞外マトリクスのリモデリングに関与する遺伝子、TGFBI,CDC25B,CDC20などの増殖や細胞周期に関与する遺伝子などが含まれていた。

diffuse type胃がんとintestinal type胃がんを合わせた計40症例の遺伝子発現情報を用いて、unsupervised clusteranalysisを行った。その結果、40症例はdiffuse type胃がんとintestinal type胃がんに正しく分類された。したがって、これら2つの種類の腫瘍は異なった遺伝子発現パターンをもっていることが証明された。さらに2群で発現が特に異なっている遺伝子の中で、diffuse type胃がんには細胞一間質相互作用にかかわる遺伝子が高発現する特徴があり、intestinal type胃がんでは細胞増殖に関与する遺伝子が発現上昇する特徴があった。

diffuse type胃がんとintestinal type胃がんの発現情報を用いて、random permutation testsを行った結果、2つのグループで有意に異なる発現を呈する遺伝子46種類を同定した。さらにdiffuse type胃がんの中で血管浸潤の有無、リンパ管浸潤の有無、リンパ節転移の有無により発現が異なる、それぞれ13,11,31種類の遺伝子を見いだした。これらの遺伝子はdiffuse type胃がんの進展に関与する可能性が示唆された。

diffuse type胃がんで50%以上の症例で共通して発現が2倍以上増加する遺伝子153種類のうち、染色体9q22.32に位置し、RNA認識モチーフをN末領域にもつ、分子量約150kDaのタンパクをコードする新規遺伝子NOL8を同定した。

NOL8はintestinal type胃がんに比べ、diffuse type胃がんに特異的に発現し、ノーザンブロット解析では、NOL8は骨格筋に発現していたが、他の22正常臓器での発現はほとんど認められなかった。また免疫染色の結果、NOL8タンパクは核小体に局在した。脱リン酸化酵素処理により分子量が変化することから、NOL8はリン酸化タンパクであることが示唆された。さらにNOL8特異的なshort interfering RNAを胃がん細胞St-4、MKN45、TMK-1に導入すると、NOL8の発現を抑制するとともに、がん細胞にアポトーシスを誘導した。これらの結果は、NOL8がdiffuse type胃がんに関与することを示しているのみならず、NOL8を標的としたdiffuse type胃がんに対する新たな治療法開発に応用できることを示唆している。

以上、本論文はdiffuse type胃がんとintestinal type胃がんが異なった遺伝子発現パターンをもっていることを示し、特に、NOL8がdiffuse type胃がんに対する新たな治療法開発に応用できることを明らかにした。本研究は、予後が不良であるdiffuse type胃がんの発生・進展メカニズムの解明及び治療法開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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