学位論文要旨



No 121374
著者(漢字) 鈴木,千恵
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,チエ
標題(和) 肺癌における新規治療標的分子の探索とその機能解析
標題(洋) Identification and characterization of novel therapeutic targets for lung cancer
報告番号 121374
報告番号 甲21374
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2622号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
内容要旨 要旨を表示する

癌に対する分子標的治療薬は、癌細胞特異的に活性化した分子を標的として選択的に作用し、かつ、その発生母地の正常組織のみならず他の組織の正常細胞への細胞障害作用が最小限であることが求められている。このような薬剤を開発するためには、これらの治療標的分子候補を特定することに加え、それらの詳細な機能の解明が不可欠である。本研究では新規の治療標的分子の同定を目的として、非小細胞肺癌のゲノムワイドな遺伝子発現情報解析とsiRNAを利用したスクリーニング系を組み合わせることにより、肺癌細胞で高頻度かつ高レベルに発現し、かつ細胞の増殖・生存に重要な遺伝子の抽出を行った。また、約300症例の肺癌臨床検体を利用して組織マイクロアレイを作製し、免疫組織化学染色により候補分子の発現と臨床病理学的因子との相関を検討した。このような網羅的・体系的な解析手法により、肺癌治療薬の開発につながる治療標的分子としてCOX17(cytochrome c oxidase assembly protein COX17)とANLN(anillin)を同定し、これらの分子の癌化に関わる詳細な機能の解析を行った。

チトクロームC酸化酵素アセンブリタンパク質であるCOX17は半定量的RT-PCR法による検討で、正常肺組織に比較して非小細胞肺癌組織および肺癌細胞株で高頻度に著明な発現上昇を認めた。またCOX17に対するアンチセンスオリゴまたはsiRNAを用いて肺癌細胞株におけるCOX17の発現を抑制すると、チトクロームC酸化酵素活性の抑制と細胞の増殖抑制を認めた。Drosophilaのアクチン結合タンパクであるANLNは半定量的RT-PCR法による検討で、非小細胞肺癌組織および肺癌細胞株で高頻度に発現亢進を認めた。siRNAを用いて肺癌細胞株におけるANLNの発現を阻害すると顕著な細胞増殖抑制効果を認め、また、細胞は巨大化、多核化を呈した。ANLNの一過性強制発現は細胞の運動能を亢進させたが、これはANLNが低分子量GTPaseであるRHOAと結合してアクチンストレスファイバー形成を誘導することによるものと考えられた。肺癌組織アレイを用いた免疫組織染色においては、核にANLNの染色を認める症例は有意に予後不良であった。さらにANLNを高レベルに発現する肺癌細胞株をPI3K/AKT阻害剤で処理するとANLNタンパク質が不安定化し、その核内でのタンパクレベルが減少したことから、PI3K/AKTを介した経路がこのタンパク質の安定化と核移行に必須であることが示された。

以上よりCOX17ならびにANLNは肺癌の発生、進展に重要な分子であり、これらの分子の選択的な機能阻害は肺癌の新規治療法開発の有望な方策になりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肺癌の発生、進展に重要な分子であり、肺癌治療薬の開発につながる治療標的分子を同定し、これらの分子の癌化に関わる詳細な機能を明らかにすることを目的として解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

新規の治療標的分子の同定を目的として、非小細胞肺癌のゲノムワイドな遺伝子発現情報解析とsiRNAを利用したスクリーニング系を組み合わせることにより、肺癌細胞で高頻度かつ高レベルに発現し、かつ細胞の増殖・生存に重要な遺伝子の抽出を行った。また、約300症例の肺癌臨床検体を利用して組織マイクロアレイを作製し、免疫組織化学染色により候補分子の発現と臨床病理学的因子との相関を検討した。このような網羅的・体系的な解析手法により、肺癌治療薬の開発につながる治療標的分子としてCOX17(cytochrome c oxidase assembly protein COX17)とANLN(anillin)を同定した。

COX17は半定量的RT-PCR法による検討で、正常肺組織に比較して非小細胞肺癌組織および肺癌細胞株で高頻度に著明な発現上昇を認めたことを示した。またCOX17に対するアンチセンスオリゴまたはsiRNAを用いて肺癌細胞株におけるCOX17の発現を抑制すると、チトクロームC酸化酵素活性の抑制と細胞の増殖抑制を認めたことを示した。

Drosophilaのアクチン結合タンパクであるANLNは半定量的RT-PCR法による検討で、非小細胞肺癌組織および肺癌細胞株で高頻度に発現亢進を認めたことを示した。siRNAを用いて肺癌細胞株におけるANLNの発現を阻害すると顕著な細胞増殖抑制効果を認め、また、細胞は巨大化、多核化を呈した。ANLNの一過性強制発現は細胞の運動能を亢進させたが、これはANLNが低分子量GTPaseであるRHOAと結合してアクチンストレスファイバー形成を誘導することを示した。肺癌組織アレイを用いた免疫組織染色においては、核にANLNの染色を認める症例は有意に予後不良であることを示した。さらにANLNを高レベルに発現する肺癌細胞株をPI3K/AKT阻害剤で処理するとANLNタンパク質が不安定化し、その核内でのタンパクレベルが減少したことから、PI3K/AKTを介した経路がこのタンパク質の安定化と核移行に必須であることを示した。

以上、本論文において、COX17ならびにANLNは肺癌の発生、進展に重要な分子であり、これらの分子の選択的な機能阻害は肺癌の新規治療法開発の有望な方策になりうると考えられた。本研究はこれまで未知の部分が多く残されていた肺癌の発生・進展の詳細な分子メカニズムについて新しい知見をもたらし、依然として予後が不良である肺癌の新たな治療法と診断法の開発において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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