学位論文要旨



No 121375
著者(漢字) 塩澤,誠司
著者(英字)
著者(カナ) シオザワ,セイジ
標題(和) VEGF-Cをコンディショナルに発現するトランスジェニックマウスの作成及び解析
標題(洋)
報告番号 121375
報告番号 甲21375
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2623号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 三木,裕明
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 講師 山本,希美子
内容要旨 要旨を表示する

血管内皮成長因子受容体-3(VEGFR-3)は成体においてはリンパ管内皮特異的に発現しており、そのリガンドであるVEGF-Cの刺激によって伝達されるシグナルは、リンパ管形成において極めて重要な役割を果たすことが知られている。しかし、胎生期では初期血管においても発現がみられ、Vegfr3遺伝子欠損マウスでは血管の形成異常によって胎生9.5日に致死となる。このマウスでは原始血管叢の階層性獲得が阻害され、大血管が形成されずに、一様に分岐した脈管が形成されることが明らかになった。また、Vegfr3遺伝子欠損マウスの更なる解析から、初期血管形成過程においてはVEGF-CによるVEGFR-2の刺激が重要で、VEGFR-3はVEGF-Cに対するデコイとして働くことが示唆された。しかし一方で、デコイとしてではなくVEGFR-3のシグナル自体が機能性を有すると考えられる報告もなされており、正常な血管発生過程におけるVEGFR-3のシグナル自体の役割については未だ明らかでない。

本研究では、血管形成過程においてVEGF-Cを過剰発現するトランスジェニックマウスを作成し、過剰なVEGFR-3の刺激が血管形成に及ぼす影響の解析を試みた。この過程においてVEGF-Cを過剰発現させた場合、胎生致死となリトランスジェニックマウス系統の樹立が困難である可能性が考えられたため、Cre/loxPを用いたコンディショナル系を選択した。

まず、Creによる組み換え前にはβ-geoを発現し、組み換え後にはVEGF-Cを発現するトランスジーン(CAG:b-geo:VEGF-C)を構築した。同時にβ-geoの代わりにGFP-neo融合遺伝子(GeM)を、VEGF-Cの代わりにVEGF-C152Sを発現するトランスジーン(CAG:GeM:C152S)を構築した。これらのトランスジーンをES細胞に導入し、ネオマイシンの類似物質であるG418に対する耐性を指標にクローンを選別した。更に、分化させた際に広範囲に強くリポーター遺伝子を発現するクローンを選別した。これらのクローンではin vitroにおいてCre発現ベクターを導入した際に組み換えが起こり、VEGF-Cが発現することが確認された。

このようにして得たCAG:β-geo:VEGF-CトランスジェニックES細胞を用いてキメラマウスを作出し、雄のキメラマウスをC57Bl/6系統雌マウスと交配させることでCAG:β-geo:VEGF-Cトランスジェニックマウスを得た。性成熟に達したこのトランスジェニックマウスをCAG-Creトランスジェニックマウスヒ交配させ、胎生初期にVEGF-Cを発現するマウス(CAG::VEGF-Cトランスジェニックマウス)の作出を試みた。その結果、離乳して遺伝子型をPCRにより確認した産仔の中にCAG::VEGF-Cトランスジェニックマウスは存在しなかった。胎生17.5日胚の解析から、2匹のCAG::VEGF-Cトランスジェニックマウスの存在が確認されたが、いずれも壊死していたことから、胎生致死となることが示唆された。

血管形成過程における表現型を解析するため、胎生初期におけるCAG::VEGF-Cトランスジェニックマウス胚の解析を行った。胎生8.5日では、CAG::VEGF-Cトランスジェニックマウス胚は外観上の著変は確認されなかった。VEGFR-2の免疫染色ではほぼ全ての内皮細胞が染色されるが、VEGFR-3免疫染色では背側大動脈はほとんど染色されず、この時期においては卵黄嚢上の一部の内皮細胞が染色されるのみであった。

一方、胎生9.5日では、CAG::VEGF-Cトランスジェニックマウス胚は野生型と比較してやや小さく、卵黄嚢上の脈管構造が確認されなかった。しかし、抗PECAM-1抗体によるホールマウント免疫染色の結果から、卵黄嚢上において高度に拡張した血管が形成されていることが明らかになった。8.5日胚における表現型は顕著でないことから、原始血管叢からのリモデリングの過程において、血管同士の融合が促進した可能性や、血管の嵌入や刈り込みといった形態形成過程に異常が起こった可能性が考えられる。これらの表現型はVegfr3遺伝子欠損マウスで観察された大血管の形成不全とは対照的な表現型であり、この遺伝子が初期血管形成過程において大血管の形成を促進する役割を担うことを強く示唆する結果である。

CAG::VEGF-Cトランスジェニックマウス胚の卵黄嚢において観察された内皮細胞での異常を詳細に解析するため、in vivoにおける血管及び造血発生を模倣することが知られている胚様体を用いて、in vitroでの解析を試みた。コントロール(CAG:β-geo:VEGF-C)ES細胞及びCAG::VEGF-C ES細胞で胚様体を作成し、内皮マーカーであるPECAM-1に対する免疫染色を行った。CAG::VEGF-Cトランスジェニック胚様体では、その中心部に広く内皮細胞のシートが形成され、辺縁部には脈管構造が形成されることが明らかになった。抗VEGFR-2及びVEGFR-3抗体による免疫染色によっても同様の構造が染色されたことから、これらの内皮細胞はVEGFR-2陽性、VEGFR-3陽性であると考えられた。リンパ管内皮マーカーであるProx-1及びLyve-1の発現は、胚様体(Day 9)てはRT-PCRレベルで検出されないことから、これらの内皮はリンパ管内皮ではないと考えられる。

さらに、VEGFR-3のみを刺激する変異型VEGF-C(C152S)を発現するCAG::C152SトランスジェニックES細胞でも同様の検討を行ったところ、辺縁部に脈管構造を有する内皮シートの形成が確認された。このことから、このような内皮シートの形成はVEGFR-3のシグナルによるものであると考えられた。次に、内皮細胞の増殖について、BrdU取り込み能の測定及びFACSによる解析でその影響を調べた。その結果、コントロールの胚様体では内皮・非内皮細胞に関わらず一様にBrdUが取り込まれる像が観察されるのに対し、CAG::VEGF-Cトランスジェニック胚様体ではPECAM-1陽性の内皮細胞において優位にBrdUが取り込まれている像が顕著であった。更に、FACSにより培養系全体に対する内皮細胞の割合を算出したところ、CAG::VEGF-Cトランスジェニック胚様体ではコントロールに比べて内皮細胞の割合が上昇していたこれらのことから、内皮細胞の増殖が促進されていることが明らかになったこれらの表現型はCAG::C152Sトランスジェニック旺様体においても同様であったことから、この内皮細胞に対する増殖促進は、VEGFR-3によるものであると考えられた。

しかし、CAG::C152Sトランスジェニック胚様体ではCAG::VEGF-Cトランスジェニック胚様体に比べて辺縁部に形成される脈管構造が少なく、分岐の少ない、太い脈管構造が観察された。そこで、これらの内皮シートの相違を明らかにするため、画像解析により面積及び分岐点の定量化を試みた。その結果、CAG::VEGF-C及びCAG::C152Sトランスジェニック旺様体ではPECAM-1陽性面積かコントロールと比べて有意に増大していることが確認された。旺様体1個あたりの分岐点の数を計測した結果、CAG::VEGF-Cトランスジェニソク胚様体では有意に増加していた。一方、CAG::C152Sトランスジェニック胚様体ではコントロールよりもやや減少していた。さらにこの分岐数を、固定したPECAM-1陽性面積で補正すると、CAG::VEGF-Cトランスジェニック胚様体においても分岐数がコントロールよりも有意に減少しており、CAG::C152Sトランスジェニック胚様体では更に顕著に減少していることが明らかとなった。このことから、VEGFR-3のシグナルがES細胞由来内皮細胞の分岐形成を抑制する働きを持つことが示唆された。

これらの結果から、VEGFR-3のシグナルが内皮細胞の増殖を促進し、分岐形成を抑制する役割を持つことが示唆された。胚様体において観察された内皮シートは、この結果形成されると考えられる。過剰な分岐形成による大血管の形成不全が起こることが報告されているVegfr3遺伝子欠損マウスの報告と考え合わせると、VEGFR-3シグナルの持つ増殖促進及び分岐形成の抑制が、CAG::VEGF-Cトランスジェニックマウス胚で観察された脈管拡大の、一因と予想された。

以上、本研究においてコンディショナルにVEGF-Cを過剰発現するトランスジェニックマウスを作成し、過剰なVEGF-Cが初期血管形成過程において大血管の形成を促進することが明らかになった。リセプターであるVegfr3遺伝子の欠損マウスで観察された表現型を考え合わせると、VEGFR-3がこの過程において大血管の形成を促進する役割を担うと考えられる。更に、胚様体での解析からVEGFR-3が分岐形成を抑制し、内皮細胞の増殖を促進することが明らかになった。このVEGFR-3による分岐形成を伴わない内皮細胞の増殖促進が、脈管の拡大を促進する1つの要因となる可能性が考えられた。本研究結果は、VEGFR-3の初期血管形成過程における発生学的意義を明らかにすると同時に、腫瘍性血管新生やリンパ管新生におけるVEGFR-3の役割を理解するために新たな知見を与えるものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

VEGFR-3は、リンパ管の発生及び新生に極めて重要な役割を果たすことが知られている。一方、胎生期においては血管にも発現しており、Vegfr3遺伝子欠損マウスの解析から、血管発生にも重要な役割を果たしていることが示唆されている。しかし、この過程におけるVEGFR-3の機能は十分明らかにはなっていない。本研究では、そのリガンドであるVEGF-Cを、Cre/loxP系を用いてコンディショナルに発現させるトランスジェニックマウス系統を樹立し、VEGF-Cの過剰発現による血管形成に及ぼす影響の解析を行った。その結果、胎生9.5日において、卵黄嚢が拡大した血管に覆われるという表現型を見いだした。この表現型は、Vegfr3遺伝子欠損マウスで観察された表現型と対照的な結果であり、VEGFR-3のシグナルが、血管の拡大を促進する役割を担う可能性が示唆された。

更に、この表現型をin vitroで解析するために、VEGF-C及びVEGFR-3特異的変異型VEGF-Cを過剰発現するES細胞を用いた胚様体形成による解析を行った。その結果、トランスジェニック胚様体ではシート状に内皮細胞領域が拡大することが明らかになった。この胚様体を組織学的に解析し、VEGFR-3のシグナルが、分岐形成を伴わない内皮細胞増殖を引き起こすことが示唆され、胎生期で観察された表現型の一因となっている可能性が示唆された。

以上、本論文では、コンディショナル・トランスジェニックマウスを作成することにより、通常のトランスジェネシスでは困難な胎生期の解析を行い、現在までほとんど明らかでなかった胎生期血管形成におけるVEGFR-3シグナルの役割をin vivo及びin vitroの系を用いて解析したものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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