学位論文要旨



No 121380
著者(漢字) 久保,千代美
著者(英字)
著者(カナ) クボ,チヨミ
標題(和) 免疫担当細胞及び前駆細胞の機能制御とLnkファミリーアダプタータンパク質群
標題(洋)
報告番号 121380
報告番号 甲21380
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2628号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 講師 岡,晃教
 東京大学 教授 清野,宏
内容要旨 要旨を表示する

【序】 免疫担当細胞は主に骨髄で造血前駆細胞から分化し様々な段階を経て成熟し機能を発揮する。免疫担当細胞の分化・増殖・機能は抗原受容体やサイトカイン受容体ファミリー等のシグナルによって調節され、免疫担当細胞の反応性の制御に関わるシグナルの増幅や異なったシグナル間の仲立ちにおける細胞内アダプター蛋白質群の重要性が注目されている。Lnkファミリーアダプター蛋白質群はLnk、APS、SH2-Bで構成される細胞内アダプター蛋白質である。Lnkは骨髄造血前駆細胞とB細胞で強く発現しており、Lnkの欠損によってc-kitシグナル依存性のB前駆細胞の過剰産生、骨髄造血前駆細胞群の増加と造血能の亢進が見られる。APSはc-kitの基質となりうる分子としてクローニングされたが、insulin-RやBCRのシグナルに関わっていることが示唆されている。SH2-BはFcεRIγ鎖のITAMモチーフに結合する分子として報告されたが、アクチン再構築に関わってGH-Rを介した細胞運動性への関与が示唆されている。しかし、これらのLnkファミリーアダプター蛋白質群依存性制御の生理的意義及び作用機序についてはまだ不明な点が多い。

私はLnkファミリーアダプター蛋白質群による免疫担当細胞の機能調節機構を明らかにするために次の二点を検討した。Lnk、APS、SH2-Bそれぞれの単独欠損及び野生型マスト細胞株を樹立し、それらの細胞性反応を比較してLnkファミリーアダプター蛋白質群がc-kit又はFcεRIシグナルを介してマスト細胞の機能に関与する可能性を検討した。Lnk及びSH2-Bの欠損はマスト細胞の分化及び機能に影響を与えなかった。一方、APSの欠損はマスト細胞のIL-3及びc-kit依存性の反応に影響を与えないもののFcεRIを介した脱顆粒反応の亢進を引き起こした。更にAPSの欠損においてFcεRI架橋刺激後に誘導される様々な細胞内反応は正常であったが、定常状態でのアクチン重合量が減少していたため、APSはマスト細胞のアクチン細胞骨格再編成とFcεRIを介した脱顆粒の程度を調節していると考えられた。次に、脾臓B細胞と骨髄造血前駆細胞の遊走及び接着反応に対するLnk欠損の影響を調べ、細胞運動におけるLnkの役割について検討した。Lnkの欠損は脾臓B細胞のケモカインに対する遊走及び接着分子等への接着を亢進させ、in vivoでも脾臓B細胞を血中から脾臓及び骨髄中へ早く移動させることが分かった。更にLnkを欠損した骨髄造血幹細胞を多く含むLin-c-kit+Sca-1+(KSL)細胞分画においても接着分子への接着増加が観察されたことから、Lnkは脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞における接着分子依存性の運動を制御していることが示唆された。

【結果と考察】

Lnkファミリーアダプター蛋白質群による骨髄由来マスト細胞株の機能制御

Lnk、APS及びSH2-Bを単独欠損した骨髄由来マスト細胞株(BMMCs)の細胞性反応を調べた。いずれの欠損マスト細胞株においてもIL-3及びc-kitのリガンドであるSCFに対する反応は正常であった。lnk及びSH2-B欠損BMMCsではFcεRI架橋刺激後に誘導される反応は正常であったが、APS欠損BMMCsではFcεRI依存性の脱顆粒が亢進していた。

LnkはB前駆細胞及び骨髄造血前駆細胞においてc-kitシグナルを負に制御しているが、BMMCsでのLnk mRNAの発現はB細胞や骨髄造血前駆細胞と比較して低いことからLnkの単独欠損はマスト細胞の機能にほとんど障害を与えないものと思われる。APSはc-kitの基質になりうるものとしてクローニングされたが、BMMCsにおけるAPSの欠損はc-kit依存性の刺激に正常に反応した。ところが、APSの欠損はFcεRI依存性の脱顆粒を促進した。このAPS欠損BMMCsでの脱顆粒亢進のメカニズムについてFcεRI架橋刺激後に誘導されるカルシウムの流人、チロシンキナーゼの活性化等の細胞内反応を調べたが、APS欠損と野生型BMMCsとの間で明らかな差は認められなかった。APSは考えられる既知のものとは違う機序でFcεRI依存性脱顆粒を制御していると思われる。最近、Lnkファミリーがアクチン細胞骨格再編成に関わっているとの知見が集まりつつあり、SH2-BではGH-Rを介した細胞運動への関与が示唆されている。一方RBL-2H3マスト細胞株においてアクチン再構築とマスト細胞のFcεRI依存性脱顆粒は負の相関関係にあることが報告されている。APSがアクチン細胞骨格再構築を調節することによってFcεRIを介した脱顆粒反応を制御している可能性について検討するため、アクチン重合化抑制剤latrunculinによる感作BMMCsのアクチン再構築の抑制とFcεRI依存性脱顆粒への影響を調べた。野生型BMMCsではlatrunculin処理によってF-actin量の減少と脱顆粒の増大が認められた。APS欠損BMMCsでは定常状態からF-actin量が減少しており、この細胞をlatrunculinで処理すると、未処理時に観察されたF-actin量の減少に加えてFcεRI依存性の脱顆粒の増大も認められなかった。APS欠損BMMCsにおいてアクチン重合量とFcεRIを介した脱顆粒がいずれもlatrunculinに抵抗性を示したことから、APSの欠損はBMMCsのアクチン重合量を減少させることによって脱顆粒を促していると示唆される。SH2-BはFcεRIγ鎖のITAMモチーフに結合する分子として同定されたが、SH2-B欠損BMMCsのFcεRI依存性の反応は正常であったことからSH2-Bの欠損はマスト細胞の機能に影響しないと思われる。

BMMCsにおけるLnkファミリーアダプター蛋白質群の役割について検討した。Lnk及びSH2-Bはマスト細胞の分化及び機能に影響を与えなかったものの、APSはFcεRIを介した脱顆粒反応に関わっていることが分かった。APSはマスト細胞のアクチン細胞骨格制御を介してFcεRI依存性の脱顆粒の調節に加担することが考えられる。

脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞におけるLnk依存性細胞運動制御機構

Lnkを欠損した脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞の細胞遊走及び細胞接着反応を調べた。Lnk欠損群のケモカインに対する遊走は脾臓B細胞では亢進が認められたものの、造血幹細胞を多く含むKSL細胞分画では強い影響が見られなかった。フィブロネクチン又はVCAM-1への接着はLnk欠損脾臓B細胞及び骨髄KSL細胞分画のどちらも亢進していた。更に、Lnk欠損骨髄KSL細胞分画は末刺激の状態から非常に強くVCAM-1に接着することも分かった。Lnkは脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞の接着分子上での運動を調節していると考えられる。また、Lnk欠損による脾臓B細胞と骨髄造血前駆細胞の運動性への影響は程度の差はあるものの非常に似ていることから、両者には類似したLnk制御機構が働いていると思われる。

脾臓B細胞のin vivo homing試験において、Lnk欠損脾臓B細胞は脾臓及び骨髄中に早く移動することが観察された。この結果は脾臓B細胞で認められた遊走及び接着反応亢進を反映していると推察される。細胞遊走及び接着を誘導するインテグリン及びケモカイン受容体シグナルはB細胞、造血幹細胞及び前駆細胞のホーミング・生着・増殖にも重要であることから、Lnkは接着分子やケモカインに対する受容体を介したシグナルに関わってB細胞や骨髄造血前駆細胞の増殖及び機能を制御しているかもしれない。また、transwell migrationassayの結果からLnk欠損KSL細胞はVCAM-1やその他骨髄内の細胞外基質等に捕捉されやすい可能性が推察された。骨髄造血幹細胞及び前駆細胞ではLnkの欠損によって骨髄再建能が亢進することが明らかになっているが、Lnk依存性シグナルの障害はこれらの細胞と骨髄細胞外基質等との相互作用を促進し、ニッチへの生着率やニッチでの細胞増殖に影響しているかもしれない。

脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞の遊走及び接着反応におけるLnkの役割について検討した。Lnkは脾臓B細胞のケモカインに対する遊走、接着分子等への接着、脾臓B細胞の生体内でのホーミングに関与していることが分かった。更にLnkは骨髄造血幹細胞を多く含むKSL細胞分画の接着分子への接着反応にも関わっていることが分かった。Lnkは脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞における接着分子依存性の運動を制御していることが示唆された。

【展望】

LnkファミリーメンバーであるAPSがマスト細胞のアクチン細胞骨格再編成に関与しFcεRI依存性脱顆粒反応を負に調節すること、Lnkが接着分子を介した脾臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞の運動性を負に制御していることを明らかにした。本研究で得られた結果は、Lnkファミリーアダプター蛋白質群がc-kit反応性増殖に加えて細胞骨格及び細胞運動の制御への関与を示唆するものであり、免疫担当細胞の働きを制御するシグナル及び免疫応答の誘導におけるアダプター分子の重要性を示した例として更にアダプター分子の作用機構を理解する卜で意義深いと思われる。Lnkファミリーはc-kit、増殖因子及び抗原受容体シグナルの制御及びインテグリンシグナルへの関与に加え、アクチン細胞骨格関連分子群の足場となって、細胞の分化・増殖・免疫応答・運動を調節していることが推察される。増殖因子による細胞の運動・増殖の促進において増殖因子受容体シグナルとインテグリンシグナルが協調的に作用していることが報告されているが、協調作用の分子機構には不明な点が多く残されている。Lnkファミリーが免疫担当細胞及び骨髄造血前駆細胞の増殖・免疫応答・運動に関わるシグナル間の協力作用にどのように関わっているのかは非常に重要な研究課題である。この課題を解明することで、アダプター蛋白質の役割についての情報が更に加わるものと期待する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Lnk、APS、SH2-BからなるLnkファミリーアダプター蛋白質群による免疫担当細胞の機能調節機構を明らかにするために、次の二つの検討を試みたものである。まず、Lnk、APS、SH2-Bそれぞれの単独欠損及び野生型マスト細胞株を樹立し、それらの細胞性反応を比較することにより、Lnkファミリーアダプター蛋白質群がc-kit又はFceRIシグナルを介してマスト細胞の機能に関与する可能性について検討した。次に、牌臓B細胞と骨髄造血前駆細胞の遊走及び接着反応に対するlnk欠損の影響を調べることにより、細胞運動におけるLnkの役割について検討した。以上二つの検討事項において下記の結果を得ている。

Lnk、APS、SH2-Bそれぞれの単独欠損マウス及び野生型マウスの骨髄前駆細胞から骨髄由来マスト細胞株を樹立し、それらの分化及び機能を比較した。 Lnk及びSH2-Bの単独欠損マスト細胞株ではいずれもIL-3依存性の分化、c-kit依存性の増殖及びフィブロネクチンに対する接着反応、FcεRI依存性脱顆粒に異常が認められなかった。一方、APSの欠損はマスト細胞のIL-3及びc-kit依存性の反応に影響を与えないものの、FcεRIを介した脱顆粒反応の亢進を引き起こした。更にAPSの欠損において、FceRI架橋刺激後に誘導される様々な細胞内応答は正常であったが、定常状態でのアクチン重合量が減少していたため、APSはマスト細胞のアクチン細胞骨格再編成とFcεRIを介した脱顆粒の程度を調節していると考えられた。

牌臓B細胞と骨髄造血前駆細胞の遊走及び接着反応に対するLnk欠損の影響を調べた。Lnkの欠損は牌臓B細胞のケモカインに対する遊走及びフィブロネクチン及びVCAM-1への接着を亢進させ、in vivoでも牌臓B細胞を血中から牌臓及び骨髄中へ早く移動させることが分かった。更にLnkの欠損は、骨髄造血幹細胞を多く含むLin-c-kit+Sca-1+(KSL)細胞分画のケモカインに対する遊走に大きな影響を与えないものの、VCAM-1への接着を増大させた。Lnkは牌臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞の接着分子や細胞外基質上での運動を調節していることが示唆された。

以上、本論文はLnkファミリーメンバーであるAPSがマスト細胞のアクチン細胞骨格再編成に関与し、FcεRI依存性脱顆粒反応を負に調節すること、Lnkが接着分子を介した牌臓B細胞及び骨髄造血前駆細胞の運動性を負に制御していることを明らかにした。本研究は、Lnkファミリーアダプター蛋白質群がサイトカイン反応性増殖に加えて細胞骨格及び細胞運動の制御に関与することを示唆するものであり、免疫担当細胞の働きを制御するシグナル及び免疫応答の誘導におけるアダプター分子の重要性を示した例として、更にアダプター分子の作用機構を理解する上で意義深いと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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