学位論文要旨



No 121381
著者(漢字) 徐,雯
著者(英字) Xu,Wen
著者(カナ) シュー,ウェン
標題(和) CpG ODNはB細胞のIgE,IgG1生産を阻害することでアナフィラキシーを軽減する
標題(洋) CpG ODN-mediated Prevention from Ovalbumin-induced Anaphylaxis in Mouse through B Cell Pathway
報告番号 121381
報告番号 甲21381
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2629号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

アナフィラキシーは肥満細胞上のFc受容体にIgEが結合することによって誘導される脱顆粒が原因となって引き起こされる全身性の重篤で生命に関わるアレルギー性過敏反応である。重篤で生命に関わる疾患であるが故に、アナフィラキシーに対する予防法を開発することは重要であり、現在その一つの方法として、減感作療法が有効であると考えられている。

CpG-ODNは結核菌などの細菌のゲノムDNAの特徴的な配列でメチル化されていないシトシン、グアニンの連続した塩基配列(CpGモチーフ)が繰り返されており、免疫賦活作用を有していることが知られている。一方で、哺乳類のゲノムDNAではCpGモチーフの頻度が少なく、また高頻度にメチル化されているために免疫賦活作用はない。

Toll-like Receptor(TLR)は細胞外領域にタンパク質間の相互作用に関わるモチーフであるロイシンリッチリピートを、細胞内領域にIL-1 Receptorの細胞内領域と相同性を持つTIR領域を持ち細菌、真菌、寄生虫、ウイルスなどの様々な病原体を感知する受容体であり、自然免疫を調節するのみならず、自然免疫と獲得免疫の橋渡しとして重要な役割を果たしている。近年の研究により、CpG-ODNの免疫賦活作用が樹状細胞、マクロファージ、NK細胞、B細胞に発現しているTLR9を介して発揮されることが明らかになっている。

生体内での特異抗原に対する防御機能として獲得免疫が誘導される。獲得免疫はCD4+ Thl細胞によって調節される細胞性免疫とCD4+ Th2細胞によって調節される液性免疫に大別される。Thl、Th2細胞はそれぞれ相互に作用を抑制する働きがあり、生体内でのThl、Th2バランスが疾患の制御に重要であると考えられている。

CpG-ODNは、抗原提示細胞として機能するマクロファージや樹状細胞に発現するTLR9を介し、IL-12、IL-18、IFN-γなどのThl反応を誘導するサイトカインの産生を誘導することでThl優位な免疫環境を惹起する。この作用からTh2反応である喘息やアレルギー性結膜炎などのアレルギーを改善する効果を有していることが報告されている。

本研究は、CpG-ODNが全身性の即時型過敏反応に対して有効な防御効果を有しているかを明らかにすること、また有効である場合にはその機構を明らかにすることを目的とした。

【方法、結果及び考察】

まず、OVAで誘導するマウスアナフィラキシーモデルを樹立した。300μgのOVAを2x109個の百日咳菌と共に1 mgの水酸化アルミニウムゲル(alum)に懸濁し、C57BL/6腹腔内に免疫した(抗原感作)。免疫12日後の血中のOVA特異的IgE濃度をELISAにて測定した結果、顕著なIgEが検出された。さらに、14日後に100μgのOVAを静脈注射したところ(攻撃接種)、急激な体温の低下が見られ、アナフィラキシー症状は麻痺や引きつけを伴う重篤なショック症状を示すレベル3から致死に至るレベル4を示した。さらに血中のヒスタミン濃度をELISAにて、血管の透過性をエバンスブルーの静脈注射によって検討した結果、いずれの測定値も亢進が見られ、典型的なアナフィラキシーであることを確認した。

そこで、このOVA特異的アナフィラキシーに対するCpG-ODNの予防効果を検討した。CpG-ODNとOVAをPBSに懸濁し、C57BL/6マウス腹腔内に免疫した。初回免疫7日後に追加免疫を行い、初回免疫14日後に前述の方法を用いてアナフイラキシーを誘導した。その結果、CpG-ODNとOVAで2回前処置を施すと、無処置のマウスや、OVA単独処置、免疫賦活作用のないnon-CpG-ODNとOVA処置、CpG-ODN単独処置に比べ、血中IgE濃度、アナフィラキシー症状、体温、血中のヒスタミン濃度、すべてに測定値において劇的な改善が見られた。 CpG-ODNはTLR9と結合し、アダプター蛋白であるMyD88を介してシグナルを伝達することが知られている。そこで、CpG-ODNによるOVA特異的アナフィラキシーの軽減効果がMyD88を介して誘導されているかをMyD88欠損C57BL/6マウスを用い検討した。その結果、MyD88欠損マウスではCpG-ODNによる軽減効果が完全に消失することからCpG-ODNがTLR9と結合しMyD88を介して軽減効果を発揮していることが示された。

CpG-ODNは抗原提示細胞を活性化することでThl免疫反応を惹起できることが知られている。そこでまず、骨髄由来樹状細胞に対するCpG-ODNの効果をinvitroにて検討した。その結果、CpG-ODN刺激を行うと骨髄由来樹状細胞上のCD40、CD80、CD86の発現の上昇及びIFN-γやIL-12p40産生が誘導されたことから、CpG-ODN刺激が骨髄由来樹状細胞の活性化及び成熟化を誘導していることが明らかになった。

そこで、CpG-ODNとOVAで前処置したマウスの牌臓細胞におけるOVA特異的サイトカイン産生を検討した。前処置14日目にマウスより牌臓細胞を摘出し、OVAで刺激を行い上清中に含まれるIFN-γをELISAにて測定した結果、OVA単独免疫では見られなかったIFN-γ産生が見られた。さらに、CpG-ODNとOVAで前処置したマウスを感作し、感作7日後にマウス牌臓を摘出し、OVAで刺激を行い牌臓細胞が産生するサイトカインをELISAにて検討した結果、未処置群ではIL-4産生が誘導されるのに対し、CpG-ODNとOVA前処置群ではIFN-γの産生のみが検出された。また、感作12日後の血清中のOVA特異的Ig産生をELISAにて検討した結果、未処置マウスではIgEが検出されるのに対し、CpG-ODNとOVA前処置群ではIgG2aが検出された。以上のことから、CpG-ODNとOVA前処置によって感作によるOVA特異的免疫反応がTh2優位な反応からThl優位な反応へと転化することが明らかになった。

そこで、アナフィラキシーの軽減効果がCpG-ODNで誘導されたThl免疫反応に起因しているかを検討した。Thl免疫反応の誘導にはIFN-γが重要な役割を果たしている。そこで、IFN-γ欠損マウスを用いて検討した。IFN-γ欠損マウスをCpG-ODNとOVAで2回前処置し、アナフィラキシーを誘導すると、野生型マウスと比べ、血中のIgE濃度、アナフィラキシー症状、体温、血中ヒスタミン濃度、すべての測定値で野生型マウスとの間に優位な差は見られなかった。このことから、CpG-ODNによって誘導されるIFN-γ産生はアナフィラキシーの軽減に重要な役割を果たしていないことが明らかになり、CpG-ODNによるアナフィラキシー軽減にはThl免疫反応が必須ではないことが示唆された。

TLR9は樹状細胞だけではなく、B細胞にも発現している。CpG-ODNはB細胞に作用して転写調節因子T-betの発現を誘導することが報告されている。また、B細胞におけるT-betの発現はIgG2aへのクラススイッチを誘導することが知られている。そこで、CpG-ODNのB細胞への影響をin vitroで検討した。抗CD40抗体とIL-4刺激で誘導される牌臓細胞由来ナイーブB細胞のIgG1及びIgE産生に対するCpG-ODNの影響をELISA及び細胞染色法にて検討した。その結果、CpG-ODN処理によって抗CD40抗体とIL-4刺激で誘導されるIgG1及びIgEの産生が阻害されるのに対し、IgMの産生量はむしろ増加していた。このことから、CpG-ODNはB細胞に発現しているTKR9を介してIgMからIgG1及びIgEへのクラススイッチを阻害することで、IgGl及びIgEの産生を阻害していることが示唆された。

CpG-ODNはその塩基配列と修飾状態から2種類のタイプに大別される。A型は5'末端、3'末端にpolyGを有し、そのGのみがS化修飾(P=0からP=Sへと置換)されており、NK細胞を活性化する。これまでの検討に用いたCpG-ODNはB型に区分され、すべての塩基がS化修飾されており、5'末端と3'末端にpoly-G配列を持たず、B細胞を活性化することが報告されている。また、いずれの型も骨髄系樹状細胞の活性化し、IL-12産生を誘導するが、A型は形質細胞様樹状細胞を活性化し、IFN-α産生を誘導するのに対し、B型はIL-12産生を誘導することが知られており、同じTLR9を介してもその機能発現が異なることが知られている。そこで、OVAで誘導されるアナフィラキシーに対する効果を比較検討した。OVAで誘導されるアナフィラキシーに対する軽減効果は血中IgE濃度、体温、アナフィラキシー症状、血中ヒスタミン濃度いずれの測定値においてもB型の方がわずかに軽減効果が優れていたが、有意差は見られなかった。さらにin vitroでの抗CD40抗体とIL-4刺激で誘導される牌臓B細胞のIgE及びIgG1産生阻害効果も有意差は見られなかった。このことから、CpG-ODNのアナフィラキシー軽減効果はいずれの型も有していることが示された。

以上をまとめると、CpG-ODNはTLR9を介して抗原提示細胞を活性化することによってOVA特異的Thl型免疫反応を誘導できるものの、CpG-ODNは直接B細胞に作用してIgMからIgEへのクラススイッチを阻害することでIgEによるアナフィラキシーを阻害していることが示唆された。(3950字)

審査要旨 要旨を表示する

本研究はCpG-ODNが全身性の即時型過敏反応に対して有効な防御効果を有しているかを明らかにすること、またその防御機構を明らかにすることを目的としたものであり、以下の結果を得ている。

OVAをアレルゲンとするマウスアナフィラキシーモデルを樹立した。このOVA特異的アナフィラキシーに対するCpG-ODNの予防効果を検討するために、OVAでアナフィラキシーを誘導する前にマウスをCpG-ODNとOVAで2回免疫した。その結果、無処置のマウス、OVA単独処置、免疫賦活作用のないnon-CpG-ODNとOVA処置、CpG-ODN単独処置に比べ、血中IgE濃度、アナフィラキシー症状、体温、血中ヒスタミン濃度、すべての測定値において劇的な改善が見られ、CpG-ODNが即時型過敏反応に対して有効な防御効果を有していることが示された。

即時型過敏反応に対するCpG-ODNの防御機構に関して検討した。CpG-ODNとOVAで前処置したマウスでは、アナフィラキシー誘導時のOVA感作後の血中IgE濃度が顕著に減少する一方で、IgG2a濃度が上昇した。また、前処置したマウス脾臓細胞のOVA感作後のOVA特異的試験管内サイトカイン産生を検討した結果、IL-4の産生は見られず、IFN-γのみの産生が見られた。これらの結果から、CpG-ODNとOVA前処置により、OVA特異的Th1免疫応答が誘導されたことが示された。そこで、CpG-ODNのOVA特異的アナフィラキシー予防効果がTh1免疫反応よって誘導されるIFN-γに起因しているかをIFN-γ欠損マウスを用いて検討した。その結果、CpG-ODNとOVAで2回前処置したIFN-γ欠損マウスでは、野生型マウスと同程度のOVA特異的アナフィラキシーに対する予防効果が見られた。これらの結果から、CpG-ODNによって誘導されるIFN-γ産生は即時型過敏反応の防御には必須ではないことが示された。

CpG-ODNの受容体であるTLR9はB細胞にも発現している。そこで、CpG-ODNのB細胞に対する効果を試験管内反応で検討した。その結果、抗CD40抗体とIL-4で誘導されるIgG1とIgE産生はCpG-ODNの添加によって著しく阻害された。また、B細胞表面上のIgG1及びIgE発現も同様に減少し、IgM発現が増強していた。これらのことから、CpG-ODNはB細胞のIgMからIgG1、IgEへのクラススイッチを阻害することで、IgG1とIgE産生を阻害していることが示唆された。

CpG-ODNはその塩基配列と修飾状態からA型とB型の2種類に大別される。そこで、OVA特異的アナフィラキシーの予防効果を比較検討した。これまでの報告と同様にマウス牌臓細胞を試験管内で刺激するとA型CpG-ODNではIFN-α産生が誘導されるが、B型CpG-ODNではその効果は見られなかった。 このような試験管内反応において機能的な差が見られるものの、A型、B型共にOVA特異的アナフィラキシー予防効果を有し、その効果には有為な差は認められなかった。このことから、1型IFNはCpG-ODNによる即時型過敏反応の防御には重要ではないことが示され、Th1免疫応答が即時型過敏反応の防御には必須ではないことが示唆された。さらにA型、B型のB細胞に対する効果を試験管内反応で検討した結果、両者ともB細胞のIgMからIgG1、IgEへのクラススイッチを阻害する効果を同程度に有していることが示された。

以上、本論文はマウスアナフィラキシーモデルを用いた解析から、CpG-ODNが全身性の即時型過敏反応に対して有効な防御効果を有していること、その効果が、これまで報告されていた機序とは異なり、直接B細胞に作用し、IgEへのクラススイッチを阻害することによることを示した。本研究は生命を脅かす全身性即時型過敏反応を予防するシステムを構築するのに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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