学位論文要旨



No 121382
著者(漢字) 小林,真紀子
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,マキコ
標題(和) Toll-like receptor 4 (TLR4)へのリガンド結合およびTLR4重合体形成におけるMD-2の役割
標題(洋) Regulatory Roles for MD-2 and Toll-like receptor 4 (TLR4) in Ligand-induced Receptor Clustering
報告番号 121382
報告番号 甲21382
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2630号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 津,聖志
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 東條,有伸
内容要旨 要旨を表示する

【序】

Toll-like-receptor(TLR)ファミリーは微生物構成成分を察知し、すばやく免疫応答を引き起こす自然免疫における病原体認識分子である。TLR4はグラム陰性菌の菌体膜を構成するリボ多糖の活性中心であるリピドAを認識する。MD-2はTLR4の細胞外ドメインに結合し、TLR4のLPS応答性に必須の分子である。LPSは菌体膜からLPS結合蛋白およびCD14を介してTLR4/MD-2に受け渡され、TLR4から活性化シグナルが伝達される。TLR4のLPS認識過程については、TLR4/MD-2とリピドAが特異的な結合をした後に、TLR4が刺激依存的に一過性にクラスターを形成し、シグナル伝達が誘導されることが報告されている。

MD-2についてはこれまでにLPS結合に重要な部位や、応答性に関わるアミノ酸等の解析がなされている。しかし、MD-2のTLR4クラスター形成における役割については全くわかっていなかった。私はMD-2点変異体を用いてLPS結合やLPS刺激によるTLR4のクラスター形成を調べ、LPS認識におけるMD-2の役割を検討した。

【方法と結果】

LPS認識におけるMD-2の役割

私は、TLR4/MD-2の細胞表面の発現には影響しないがLPS低応答性を示すMD-2点変異体12個に着目し、MD-2変異体のLPS低応答性の原因がLPSの結合性もしくはTLR4クラスター形成への影響である可能性を仮定し、これらのMD-2点変異体について検討を行った。

抗TLR4抗体MTS510はLPS刺激後にTLR4に対する結合性を失う。一方、もうひとつの抗TLR4抗体Sa15-21はLPS刺激後も細胞表面のTLR4を認識する。この結果はLPS刺激によりTLR4の構造変化が誘導され、Sa15-21は構造変化したTLR4に結合できるが、MTS510は結合できないことを示唆する。また、TLR4/MD-2に結合できるがTLR4のクラスター形成を誘導しないLPSの拮抗剤ではMTS510の染色性は低下しないことから、MTS510の染色性低下によって検出されるTLR4の構造変化は、リガンド結合よりはTLR4のクラスター形成による構造変化を反映していると考えられる。そこでTLR4のクラスター形成に重要なアミノ酸を検出する方法として、まずMTS510の染色を用いることにした。これらのMD-2変異体とTLR4、CD14を恒常発現したBaF/3細胞を用い、リピドA刺激後のMTS510の染色性の変化を観察した。Gly59、Phe126およびGly129のアラニン変異体(以下G59A、F126AおよびG129Aと示す)を発現したBa/F3細胞はリピドA刺激後のMTS510の染色性の低下が不完全だった。これらMD-2点変異体のLPS応答性を次に検討した。変異MD-2遺伝子をトランスフェクションしたHEK293/TLR4のリピドA刺激によるIL-8産生や、変異MD-2遺伝子を導入したMD-2欠損骨髄由来樹状細胞のリピドA刺激によるTNF-αおよびIFN-β産生を調べ、野生型MD-2導入細胞と比しMD-2点変異体導入細胞ではLPS応答が低下していることを確認した。

これらのMD-2点変異体が、LPS結合やLPS刺激によるTLR4クラスター形成にどのように影響を及ぼすかを検討した。リピドAの結合性を[3H]標識リピドAまたはリピドA前駆体である[3H]標識リピドIVaを用い、TLR4/MD-2変異体のリガンド結合能を測定した。細胞はMD-2変異体とTLR4、CD14を恒常発現したBaF/3細胞を用いた。 G59A発現細胞では、著しいリガンド結合の低下を示した。一方、MD-2のLPS結合部位とされるアミノ酸配列に存在するF126およびG129の変異MD-2発現細胞は野生型と同程度のリガンド結合を示した。次にリピドA刺激によるTLR4クラスター形成を、MD-2変異体とTLR4、CD14を恒常発現したBaF/3細胞を用いて検討した。リガンド結合は異常のないF126AおよびG129A発現細胞は著しくクラスター形成が低下していた。

LPS刺激によるTLR4クラスター細胞内移行とクラスター解離

抗TLR4抗体であるSa15-21はLPS刺激後もTLR4を認識できる抗体である。しかし、長時間の刺激によりSa15-21の染色性は徐々に失われていく。LPS刺激によりTLR4は、LPS刺激後に細胞内に凝集することが画像解析で明らかになった。このときTLR4は取り込まれた脂質膜と共局在していた。抗TLR4抗体Sa15-21によるLPS刺激後の細胞表面の染色性低下はTLR4の細胞内への取り込みを示していると考えられた。LPS応答性の低下しているMD-2変異体を発現した細胞では、LPS刺激依存性TLR4細胞内移行が低下されていた。

TLR4クラスターの細胞内移行がシグナル依存性であるかを確認するためにシグナルを伝えないTLR4変異体を用い検討した。TLR4変異体はLPS刺激によるSa15-21の染色性低下が認められず、TLR4の細胞内移行がシグナル依存的な現象であることが示唆されたLPS刺激によるTLR4のクラスター形成は一過性の現象であり、時間経過とともにTLR4クラスターは解離し、LPSもTLR4/MD-2から解離する。TLR4変異体ではLPSによりTLR4のクラスター形成は誘導されるが、リガンド結合およびクラスターが持続していた。TLR4のクラスター形成はシグナルに依存しないが、クラスター解離にはシグナル依存的な細胞内移行が必要であることが明らかとなった。

TLR4のLPS刺激後の画像解析では細胞膜とTLR4がともに細胞内に取り込まaれており、TLR4のクラスター形成が一過性であるのはエンドソームに移行してa分解されることによると推測された。LPS-TLR4クラスターがエンドソームで解a離するかをエンドソームの酸性化を抑制するNH4C1やクロロキンを用い検討しaた。これらの薬剤はTLR4の細胞内移行に影響しないが、LPS刺激によるTLR4aクラスター形成は持続し、その解離を抑制していることが明らかとなった。

【結論】

LPS結合において重要なアミノ酸G59を、またTLR4のクラスター形成を制御するアミノ酸F126およびG129を新たに同定した。LPS結合とTLR4クラスター形成はMD-2の制御を受け、これらの現象は異なるアミノ酸が重要であることが明らかになった。このことはLPS結合とTLR4クラスター形成は異なる制御を受けていることを示唆している。

LPS結合によるTLR4クラスター形成はシグナルに依存しないが、TLR4クラスターの細胞内移行はシグナルに依存する現象であることが分かった。さらに、TLR4はLPS結合によるクラスター形成後、シグナル依存的に細胞内のエンドソームに取り込まれ、エンドソーム内酸性化によりLPS-TLR4クラスターが解離することが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、(1)Toll-likereceptor4(TLR4)/MD-2複合体ヘのLPS結合およびTLR4クラスター形成におけるMD-2の役割(2)LPS刺激によるTLR4クラスターの細胞内取り込み及びクラスター解離の2項について、それぞれ解析を試み下記の結果を得ている。

MD-2はTLR4の細胞表面ヘの発現の調節とLPS結合および応答性に重要であり、それぞれMD-2上の異なるアミノ酸が関与しているという報告はこれまでになされていたが、MD-2がTLR4のクラスター形成に関わるかは検討されたことがなかった。TLR4の細胞表面の発現は異常がなく、LPS応答性が減弱しているMD-2点変異体12個について、TLR4のクラスター形成による構造変化を反映するとされるLPS刺激後の抗TLR4抗体MTS510染色性の変化を検討した。このうちGly59、Phe126およびGly129のアラニン変異体(以下G59A、F126AおよびG129Aと示す)はLPS刺激後のMTS510認識低下が不完全であった。この3変異体について検討を行った。

これら3つの点変異MD-2は、MD-2変異体をトランスフェクションしたHEK293/TLR4細胞のリピドA刺激によるIL-8産生、あるいは変異MD-2遺伝子の導入したMD-2欠損マウスの骨髄由来樹状細胞のリピドA刺激によるTNF-α、IFN-β産生がいずれも野生型MD-2に比し低下しており、LPS応答性が減弱していることが示された。

TLR4/MD-2変異体のリガンド結合能を、[3H]標識リピドAまたはリピドA前駆体である[3H]標識リピドIVaを用い測定した。これまでLPS結合に重要と報告された部位とは異なるGly59A変異MD-2を発現する細胞で著しい結合能の低下が示された。

F126およびG129は、MD-2におけるLPS結合に重要な部位に存在するが、F126AおよびG129AMD-2変異体のLPS結合は野生型MD-2と同程度であった。LPS刺激によるTLR4のクラスター形成が著しくクラスター形成が低下していることが示された。

抗TLR4抗体のSa15-21はLPS刺激後もTLR4を認識することができる抗体である。しかし長時間のLPS刺激によりSa15-21は認識性を失う。共焦点顕微鏡を用いた画像解析で、LPS刺激後にTLR4が細胞内に凝集すること、TLR4は取り込まれた脂質膜と共局在することが示された。抗TLR4抗体Sa15-21によるLPS刺激後の細胞表面の染色性低下はTLR4の細胞内ヘの取り込みを示すことを示唆した。LPS応答性の低下しているMD-2変異体を発現した細胞で、LPS刺激依存性TLR4細胞内移行が低下していることを示した。

LPSシグナル伝達の起こらないTLR4変異体では、LPS刺激においてTLR4クラスター形成は起こるがTLR4の細胞内移行が起こらず、さらに一過性の現象であるLPS結合およびクラスター形成が持続していることを示した。シグナル非依存的にTLR4クラスターは形成されるが、TLR4クラスター解離はシグナル依存的な細胞内移行が必要であることが示された。

TLR4のLPS刺激後の画像解析では細胞膜とTLR4がともに細胞内に取り込まれており、TLR4のクラスター形成が一過性であるのはエンドソームに移行して分解されることによると推測された。細胞内移行後のLPS-TLR4クラスター解離の条件を、酸性化抑制薬剤を用いて検討した。これらの薬剤はTLR4の細胞内移行に影響しないが、LPS刺激後のTLR4のクラスター形成が持続していた。エンドソームの酸性化によってLPS/TLR4クラスターが解離することが示された。

以上、本論文は、(1)LPS結合とTLR4クラスター形成はMD-2の制御を受け、これらの現象はMD-2上の異なるアミノ酸が重要であることが明らかにし、LPS結合とTLR4クラスター形成は異なる制御を受けていることを示した。(2)LPS結合によるTLR4クラスター形成はシグナルに依存しないが、TLR4クラスターの細胞内移行はシグナル依存性であり、細胞内に取り込まれたLPS-TLR4クラスターはエンドソームで解離することを明らかにした。本研究はTLR4/MD-2によるLPS認識機構の全体像を把握するのに重要な知見であり、エンドトキシンショックの予防・治療法確立にも重要な貢献をするものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる

UTokyo Repositoryリンク