学位論文要旨



No 121384
著者(漢字) 水野,晋二
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,シンジ
標題(和) 11C-NMSP PETによる簡便な脳内セロトニンレセプター : 定量解析法の検討とSSRIの脳内セロトニンレセプターに与える影響の評価
標題(洋)
報告番号 121384
報告番号 甲21384
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2632号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 助教授 水口,雅
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 講師 阿部,修
内容要旨 要旨を表示する

緒言

近年、Positron Emission Tomography(PET)により、ヒトの生体脳の機能を見る研究が進んでいる。11C-N-methylspiperone(11C-NMSP)は、線条体においてはD2ドーパミンレセプター、大脳皮質においては5-HT2Aセロトニンレセプターに高い親和性を持っている。本研究では第一部として11C-NMSPを用いたレセプター解析のうち脳内セロトニンレセプターの簡便な定量解析法を検討し、レセプター結合能を評価する上で最適な撮像時間を決定した。また、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は脳の神経終末におけるセロトニンの再取り込みを阻害して作用するが、5-HT2Aセロトニンレセプターにも影響を与えている可能性がある。第二部では、先に求めた簡便な定量解析法を用いて、SSRI投与前後の脳内5-HT2Aセロトニンレセプターの変化について検討した。

第一部 脳内セロトニンレセプター解析簡便法の検討

目的

11C-NMSPは、トレーサー解析のモデルの一つである3-コンパートメントモデルに従って、5-HT2Aセロトニンレセプターに結合する。このとき、レセプターへの結合(k3)とレセプターからの解離(k4)の比であるk3/k4は、大脳皮質のある部位における11C-NMSPの5-HT2Aセロトニンレセプターに対する結合能を表す生理的なパラメータとなる。それを求めるには、経時的な動脈採血による血しょう中未変化体の放射能濃度測定が必要になるが、他の方法として、PET画像のレセプターの無い領域(例えば小脳)をレファレンスエリアとして、トレーサーの結合を評価する方法がある。動脈採血は不要となるが長時間のダイナミックPET撮像と特別なソフトウェアが必要となる。さらに簡便な方法としてトレーサー静注後の一定時間を経た偽平衡状態の時に関心領域での対小脳比で評価するという方法がある。本研究では、11C-NMSPPETの簡便な小脳比を用いた評価において、小脳比が静注後のどの時点で最もk3/k4に近似するかを検討し、トレーサー解析における小脳比を用いた簡便法の最適化を試みた。

対象と方法

5名の健常者および5名の脳変性疾患の計10名(38〜70歳、平均年齢52±16歳)を対象とした。PETは、最初にtransmissionscanを5分間撮像した。次に、11C-NMSP(30mCi)を30秒間かけて定速持続静注し、計80分間のdynamic emission scanを施行した。

k3/k4はLoganPlot法で求め、全脳にわたってk3/k4を求めて、元画像と同じ位置情報をもったk3/k4画像を作成した。一方で、10分ごとに積算したdynamic imageに、多数の円形のROIを大脳皮質と小脳に置いて、小脳比を求め、時間ごとの小脳比を同じROIのk3/k4と比較した。

結果

小脳比とk3/k4値の間には撮影時間全体の間において線形の相関が認められ、もっとも相関がよかったのは、トレーサーを注射してから30-40分後であった。その時点での回帰方程式は、y=0.9963x-0.9214(r2=0.851)であった。ここで、yはk3/k4であり、xは小脳比である。

考察

本研究では、11C-NMSP静注後30-40分の小脳比がk3/k4と最も高い相関を示した。通常、計測時間内に時間一放射能曲線が見かけ上、平衡状態に達する場合は以下の式が成立する。

(Cctx(t)は11C-NMSPの大脳皮質における集積、Cn(t)は非特異結合部位の集積)

実測された特異的結合部位の時間一放射能曲線は、おおよそ30-40分で平衡状態に達しており、今回最も高い相関を示した時間とほぼ一致していた。また、その時の相関式は(1)に近似していた。従って、30-40分の小脳比を求めれば、レセプター結合能を推測できると考えられた。

第二部 SSRI投与による、脳内セロトニンレセプターの変化

目的

SSRIは、セロトニンのシナプスにおける再取り込みを阻害することにより、抗うつ作用や抗強迫性障害作用を示すが、これらに対する効果発現は投与開始後3〜4週間かかる。効果発現に時間がかかるため、うつ病などでは希死念慮がある場合、第一選択とはなりにくい。ヒトの脳における通常のSSRI効果発現までの5-HT2Aセロトニンレセプターの経時的変化についての報告はなく、健常者でのSSRI投与による5-HT2Aセロトニンレセプターの影響の報告も見あたらない、本研究では11C-NMSPPETにより、健常者のSSRI投与前、投与7日目及び投与21日目の5-HT2Aセロトニンレセプター結合能の経時的変化を解析し、SSRIの一般的な薬剤効果発現までのセロトニンレセプターに与える影響について検討した。

対象と方法

男性健常者8名(20歳〜43歳、平均年齢32.25歳)を対象とし、東京大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(受付番号886;フルボキサミン錠の反復投与における脳内セロトニン受容体機能変化の検討)。フルボキサミンを投与開始1日目から3日目まで50mg/日、4日目から7日目まで100mg/日、8日目から21日目まで150mg/日を夕食直後に経口で投与した。11C-NMSPによる5-HT2Aレセプター機能の測定は、フルボキサミン投与開始前、投与後7日目および21日目の計三回測定した。11C-NMSPPETは第一部の方法に則って行った。

PETデータの解析

解析には、脳を解剖学的正規化して共通のROIがとれるようにSPMを用いた。それぞれの11C-NMSPPETの4-6分における血流に依存したイメージをSPMに付属した15O-H2Oのテンプレートに解剖学的正規化し、そのベクトルを用いて、30-40分のイメージを、標準脳に解剖学的正規化した。標準脳に三次元的に脳領域に従って多数のROIを置き、それぞれの脳領域における小脳比を求め、投与前と投与7日目、投与前と投与21日目及び投与7日目と投与21日目の大脳皮質各部位における増減の変化をpaired-ttestにて検定した。

さらに、解剖学的正規化画像をそれぞれの小脳の値で割った小脳比マップを作り、ピクセルごとにpaired-ttestによって増減を検定し統計学的に有意な変化を来した部位を検出した。

結果

ROI解析

ROI解析にて、投与前に比べ投与7日目では、右Orbital領域(p<0.05)、右Rectal領域(p<0.02)において、セロトニンレセプター結合能は有意に低下していた。また、投与前に比べ投与2 1日目では左上前頭回領域において、セロトニンレセプター結合能は有意に(p<0.05)低下していた。

SPM解析

投与前と投与21日目の比較において、統計的に有意に(P<0.001)レセプター結合能が低くなった領域が、左脳の上前頭回(ブロードマン10野)、右脳の視床、左脳の辺縁系後帯状回などに認められた。

考察

SSRIは、うつ病やパニック障害に効果があり、感情、情動系に作用すると考えられている。18F-FDGPETによる脳グルコース代謝の研究により、うつ病では前頭前野の背側皮質に代謝の低下が報告されており、前頭葉の眼窩面、前頭前野の腹側部に代謝の変化が報告されている。SSRIの作用を見た本研究において変化のあった脳領域は、うつ病など感情障害に関与するとされている神経回路網に属する領域であった。

SSRI投与初期において、セロトニン伝達系にはオートレセプターが存在し、興奮が続くとセロトニンの放出が抑制される。さらに興奮が続くとオートレセプターの脱感作が起こり、シナプス間隙にセロトニンが増加し、5-HT2Aレセプターの結合能が下がる可能性が考えられる。本研究では複数の領域にSSRI投与後にレセプター結合能の変化がみられたが、変化のあった前頭葉の眼窩面と左上前頭回領域では低下する時期に差が認められた。このことは同じセロトニン作動性神経系にあっても、脳の各部位により反応に要する時間が違う可能性が示唆された。

まとめ

11C-NMSPPETによる小脳比を用いた簡便な脳内セロトニンレセプター定量解析法を検討し、11C-NMSP静注後30-40分の小脳比でレセプター結合能が推測できると考えられた。

健常者のSSRI投与による5-HT2Aセロトニンレセプター結合能の経時的変化を解析し、SSRIの一般的な薬剤効果発現までの期間で、SSRIがセロトニンレセプターに与える影響について11C-NMSPPETを用いて検討した。右前頭葉の眼窩面、左上前頭回ブロードマン10野、左の辺縁系後帯状回などに経時的に、有意な増減が認められた。いずれもうつ病など感情障害に関与するとされている神経回路網に属する領域であり、SSRIの効果を考える上で重要な所見と思われた。またSSRIの反応性には経時的に変化があり、かつ部位によっても反応性に差が見られた。このことはセロトニン神経伝達系に対する作用において時間空間的多様性が存在する可能性を示唆する所見と思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は11C-NMSPPETを用いたレセプター解析のうち脳内セロトニンレセプターの簡便な定量解析法を検討し、レセプター結合能を評価する上で最適な撮像時間の決定を試みている。

また、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の5-HT2Aセロトニンレセプターに与える影響について健常者を用いて、先に求めた方法で検討している。

その結果として下記のような知見を得ている。

11C-NMSPPETによる小脳比を用いた簡便な脳内セロトニンレセプター定量解析法では、11C-NMSP静注後30-40分の小脳比でレセプター結合能が推測できると考えられた。

健常者のSSRI投与により、右前頭葉の眼窩面、左上前頭回ブロードマン10野、左の辺縁系後帯状回などに経時的に、有意な増減が認められた。いずれもうつ病など感情障害に関与するとされている神経回路網に属する領域であり、SSRIの効果を考える上で重要な所見と思われた。またSSRIの反応性には経時的に変化があり、かつ部位によっても反応性に差が見られた。このことはセロトニン神経伝達系に対する作用において時間空間的多様性が存在する可能性を示唆する所見と思われた。

以上、本論文は、11C-NMSPPETを用いた簡便なレセプター解析法の撮像時間の決定を行い、持続動脈採血や長時間のダイナミック撮像が必要な従来の方法に比べ、非侵襲的に、短時間で脳内セロトニンレセプター結合能を評価できることとなった。また、健常者のSSRI投与による脳内セロトニンレセプターの結合能の変化が初めて見出され、SSRIの作用部位や作用時期の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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