学位論文要旨



No 121385
著者(漢字) 白石,憲史郎
著者(英字)
著者(カナ) シライシ,ケンシロウ
標題(和) 放射線照射の抗腫瘍作用におけるMIP-1α変異体、eMIPの併用効果
標題(洋)
報告番号 121385
報告番号 甲21385
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2633号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 助教授 大久保,敏之
 東京大学 助教授 林,直人
 東京大学 講師 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

現代の悪性腫瘍に対する治療の基本は手術、放射線、化学療法であり、特に手術と放射線が中心的役割を担っている。定位放射線治療あるいは強度変調放射線治療(IMRT)に代表されるように、近年の放射線治療の進歩は著しく、癌種によっては単独で手術に匹敵する治療成績も報告されている。手術は、術者による治療成績の差が大きいと言われているが、放射線治療は、施設や治療医による差が小さいという利点がある。さらに放射線には、機能温存ができるというメリットがあり、この点で手術よりも優れている。放射線の腫瘍制御効果を増強するための工夫として、空間的線量分布を高めるため多分割絞り(MLC)を用いた三次元照射や、腫瘍組織の放射線感受性を考慮した様々な線量分割の試みといった照射法の工夫のみならず、生物学的観点からのアプローチとして放射線増感剤や化学療法の併用なども積極的に行われている。食道癌や一部の婦人科癌、泌尿器癌では放射線化学療法により手術と同等な成績が期待できることもコンセンサスになりつつあり、集学的治療、すなわち腫瘍制御を目的とする多領域に渡る知識の結集が更なる癌治療の成績の向上には不可欠と思われる。

【研究の目的】

放射線治療は手術と同様局所治療である。抗腫瘍効果を増強するために、抗癌剤を始めより毒性の少ない有効な薬剤の開発が望まれているが、近年急速に進歩している腫瘍免疫学的観点からも、宿主の腫瘍細胞への特異的免疫反応を賦活化することは有効な手段と考えられ、T細胞や樹状細胞(DC)を遊走させるため腫瘍部位に放射線を照射して適切な炎症が誘発されれば、免疫学的機序による抗腫瘍効果が期待できる。もし腫瘍免疫の活性化による腫瘍の消退を認めるのに要する照射線量が、通常腫瘍制御に必要な高線量以下であれば、放射線治療の弱点である正常組織の障害を抑制できる臨床上の有用性も見込まれる。Macrophage inflammatory protein 1α (MIP-1α,CCL3)はリンパ球やDC、単球、NK細胞などに対する遊走活性を有するケモカインであり、炎症の進展や免疫応答に重要な役割を担っている。

MIP-1αの変異体、eMP(旧名BB10010)はMIP-1αの26番目のAspをAlaに置換し、アミノ基末端のアミノ酸が1残基少ないSerより始まるペプチドで、天然型と同等の生物活性を保持するが、天然型の持つ凝集塊形成を改善する利点を有する。我々はマウス皮下の癌組織に電子線を照射し、続いてeMIPを投与することによる放射線の抗腫瘍作用の併用効果に関する研究を行った。

【材料と方法】

雌性7週齢のSPF飼育C57BL/6系マウスの右側部皮下にLewis lung carcinoma細胞(3LL)を4×105個移植した。移植19日後、腫瘍径が約1cmになった時点で群分けし、著しく異なる腫瘍径群は除外してまず放射線の至適線量を6Gyに決定した。照射至適線量設定後、腫瘍組織に6Gyの電子線単回照射を施行して24時間後にeMIPを静脈内に投与し、以降7日毎に4週間連続でeMIPを静注した。他治療法のベンチマーク・ドラッグとして5-Fu群を設定し、週に2回腹腔内投与した。腫瘍体積は以下に示すJanikらの式に従って算出した。

(腫瘍体積)=(腫瘍の長径)×(腫瘍の短径)2×0.5236

また、eMIP/radiationによる腫瘍組織への浸潤白血球判定には、照射3日後に凍結切片を作成して免疫組織染色し、光学顕微鏡の強拡大で測定した。eMIP投与2日後(同日)には末梢血単核球(PBMC)を回収しFlow cytometryにより解析した。腫瘍特異的な免疫賦活の判定のため、照射4日後(腫瘍移植22日後)に脾臓細胞を1次抗体として培養し、IFN-γを2次抗体として標識するELISpot assayを施行した。さらにここまでの実験結果を踏まえ、同系統マウスの右側部皮下には3LLを4×105個移植(primary tumor)するが左側腹部皮下にも3LLを2×105個移植(secondary tumor)し、右側腹部の腫瘍径が約1cmになった時点で腫瘍径で再群分けして右側腹部の腫瘍に電子線6Gy照射した。片側のみ移植した実験系と同様に24時間後にeMIPを静脈内に投与し、以降7日毎に3週間連続でeMIPを静注した。両実験系ともcontrol群として担癌のみ、およびeMIP単独投与群も実験を行った。

統計解析手法として、データを平均値±標準偏差で表示し、Dunnettの多重比較検定を用いた分散分析またはStudentのt検定を用い、危険率p<0.05で有意差を評価した。

【結果】

放射線(電子線)単独での腫瘍増大抑制作用は2、6、10Gyで線量依存的に効果が認められたが、6Gyと10Gyとで有意差はなかった。eMIP単独では抑制する傾向はあったが有意差は認められなかった。いずれも腫瘍縮小効果は見られなかった。電子線6Gy単独では無治療に比し約50%の腫瘍抑制効果が見られたが、eMIP(50μg/mouse)投与により、約80%まで有意に抗腫瘍効果が増強された。次にeMIPの至適用量を決定するため放射線6Gyの条件下でeMIP50、12.5、3.13、0.78μg/mouseの4群で同様の実験を行ったところ、eMIP 3μg/mouse程度が最も抗腫瘍効果が認められた。eMIP投与2日後に腫瘍組織への細胞浸潤を免疫組織染色で調べた結果、control群およびradiation単独群にはほとんど白血球浸潤が認められなかったが、eMIP/radiation投与群には多くのCD4、CD8陽性細胞およびマクロファージ(F4/80)の浸潤が認められた。 DC、NK細胞の腫瘍組織への浸潤は見られなかった。eMIP 20μg/mouse以上の静脈内投与でDC precursorが動員されると報告されているが、eMIP投与2日後に回収されたPBMCには著明な増加は見られなかった。また、eMIP単独の転移抑制効果を調べるために、同条件のマウスに3LL106個静脈内投与直後からeMIP 50、12.5、3.13、0.78μg/mouseの群でそれぞれ7日毎に4週連続静脈内投与し、22日後に肺を摘出し転移巣のカウントを行った。この系では0.78〜12.5μg/mouseの群で転移が有意に抑制された。50μg/mouseでは無効であった。腫瘍特異的な全身の免疫が賦活されていることを確かめるためには、腫瘍に感作された特異的IFN-γの存在が明らかになれば確定的である。この目的でeMIP投与2日後のマウスの牌臓細胞を用いてELISpot assayにより調べたところ、3LLとは関連性のないMethA細胞を倍地上に加えた場合や何も腫瘍を加えない条件では見られないIFN-γ産生細胞がeMIP/radiation投与群でのみ有意に認められ、上述の腫瘍特異的な免疫の賦活が証明された。

反対側の腹部にも腫瘍を同時移植した実験では、照射された右側(primarytumor)は片側移植の実験系同様eMIP/radiation投与の併用効果が確認されたが、照射されていない左側(secondary tumor)でもradiationと併用されたeMIP 10、2、0.4、0.08μg/mouseの4群の内、2μg/mouse投与群で明らかな腫瘍増大抑制効果が認められ、いわゆる「速達効果」(abscopal effect)によるものと考えられた。また片側の場合と同様照射3日後に両側の腫瘍組織への細胞浸潤を免疫組織染色で調べた結果、やはりeMIP/radiation併用群で著明なCD4、CD8陽性細胞およびマクロファージの浸潤が認められた。実験期間中、eMIPによる明らかな副作用は認められなかった。

【考察】

片側に腫瘍を移植した実験ではeMIP単独では腫瘍抑制効果は認められないが、放射線と併用することで放射線の抗腫瘍作用を増強することが確かめられた。そしてこの作用は腫瘍組織への免疫細胞浸潤の増強効果を伴っていることが明らかになった。ただしこの免疫賦活効果はPBMCの実験からDCの動員を介さない機序である可能性が考えられ、ELISpot assayではIFN-γ産生細胞の誘導が確認された。MIP-1αが投与されると腫瘍細胞はCD8陽性T細胞を介して転移抑制効果を示すことが報告されているが、我々の実験でもCD4あるいはCD8陽性細胞を介する抗腫瘍効果の増強が惹起されたものと思われる。ELISpotassayによるIFN-γ産生はeMIP単独でもわずかながら認められることから、この実験結果はT細胞の機能をeMIPが発展・増強させ、より強力にする手段を提供することを示唆している。注目すべき点は、両側の腹部に腫瘍が存在しても、eMIP投与により片側の原発巣のみに放射線を照射しても全身の腫瘍特異的な免疫が賦活されるため照射野外の腫瘍に対しても治療効果があることである。これは再発、進行癌患者の担癌部位に少量の放射線を照射すれば、続くeMIPの投与により、重篤な治療関連合併症もなく癌の進行が抑制される可能性を予見しているとさえ言える。

eMIPとの併用療法は放射線治療の新たなアプローチとなり得る可能性が期待でき、知見の更なる集積と臨床応用への発展が待たれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は局所治療である放射線治療の抗腫瘍効果を増強するために、腫瘍免疫学的観点から免疫賦活剤(eMIP)を用いて宿主の腫瘍細胞への特異的免疫反応を賦活化すること、すなわちT細胞や樹状細胞(DC)等を遊走させることを目的として腫瘍部位への放射線照射を試みたものであり、下記の結果を得ている。

放射線単独での腫瘍増大抑制作用は2、 6、1OGyで線量依存的に効果が認められたが、6Gyと10Gyとで著明な違いはなかった。eMIP単独では抑制する傾向はあったが有意差は認められなかった。いずれも腫瘍縮小効果は見られなかった。放射線6Gy単独では無治療に比し約50%の腫瘍抑制効果が見られたが、eMIP(50μg/mouse)投与により約80%まで有意に抗腫瘍効果が増強され、放射線とeMIPの併用効果が示された。

eMIPの至適用量を決定するため放射線6Gyの条件下でeMIP 50、12.5、3.13、0.78μg/mouseの4群で併用効果に関する実験を行ったところ、eMIP 3μg/mouse程度が最も抗腫瘍効果が認められ、免疫賦活剤は高濃度では作用が減弱することが示された。

eMIP投与後の腫瘍組織への細胞浸潤を免疫組織染色で調べた結果、control群およびradiation単独群にはほとんど白血球浸潤は認められなかったが、放射線とeMIP併用群で多くのCD4、CD8陽性細胞およびマクロファージの浸潤が認められた。DC、NK細胞の浸潤は見られず、本実験の抗腫瘍作用の増強はDCの動員を介さないことが示された。

single cell levelでマウス牌臓細胞中のIFN-γ産生T細胞を確かめられるELISpot assayを施行したところ、抗原刺激を受けた3LLを培地上に加えた場合に放射線とeMIP併用群でのみ有意な陽性細胞が認められた。抗原提示されていないMethA細胞を加えた場合にはこの反応は見られず、腫瘍特異的な全身の免疫が賦活されていることが示された。

両側の腹部に腫瘍を移植し、右側のみに放射線を照射したところ、右側のみならず照射されていない左側でも放射線とeMIPによる腫瘍抑制に対する併用効果が認められ、いわゆる「遠達効果」(abscopal effect)と考えられた。左側の腫瘍組織への細胞浸潤を免疫組織染色で調べた結果、右側同様に放射線とeMIP併用群で著明なCD4、CD8陽性細胞およびマクロファージの浸潤が認められた。これによりabscopal effectの機序として全身の腫瘍特異的な免疫の賦活が関与していることが考えられた。

以上、本論文は腫瘍免疫の観点から、両側の腹部に腫瘍が存在する系において片側の腫瘍のみに放射線を照射しても続くeMIPの投与により、全身の腫瘍特異的な免疫が賦活されるため照射野外の腫瘍に対しても治療効果があることを明らかにした。本研究は治療に難渋する再発、進行癌患者の担癌部位の一部に少量の放射線を照射すれば、重篤な治療関連合併症もなく癌の進行が抑制される可能性を予見していると思われ、放射線治療の新たなアプローチのため重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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