学位論文要旨



No 121389
著者(漢字) 角田,聡子
著者(英字)
著者(カナ) カクダ,サトコ
標題(和) γセクレターゼ活性はラフトに存在するが膜内コレステロール濃度には影響されない
標題(洋) γ-Secretase Activity Is Present in Rafts but Is Not Cholesterol-Dependent
報告番号 121389
報告番号 甲21389
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2637号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 講師 宇川,義一
内容要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(Alzheimer's disease,AD)は老年期に発症する進行性の痴呆の代表的疾患であり、神経原線維変化、老人斑の出現および神経細胞の脱落が主な病理学的特徴である。アミロイドβタンパク(Aβ)はこの老人斑の主要構成成分であり、1型膜タンパクであるアミロイド前駆体タンパク(βamyloid precursor protein,APP)より切り出され産生されたものである。そのAPPの切断にはセクレターゼとよばれるフロテアーゼが関与している。セクレターゼにはα、β、γの3種類のセクレターゼがある。Aβ非産生経路においては、APPはαセクレターゼにより切断され、α-CTF(C-terminal fragment)ならびにAPPsαが産生される。またAβ産生経路においては、まずN末側でβセクレターゼにより切断を受けβCTFが生じ、ついでその膜貫通領域においてγ切断およびε切断がおこり、それぞれAβ、γ-CTFが産生される。このγおよびε切断はγセクレターゼが担う。γセクレターゼは現在4種類のタンハク(プレセニリン1または2、ニカストリン、ヘン2およびアフ1)から成る高分子量複合体と考えられている。

以前から細胞内のコレステロールを減少させるとAβの分泌や細胞内Aβが減少するという報告が数多くなされている。さらに高コレステロール血症治療薬であるスタチンの服用とAD発症率の低下に関する疫学調査が報告され、コレステロールのAD発症への関与は臨床的にも注目されている。試験管内では、コレステロールの低下に伴い、Aβの減少とともにα-CTFの増加ならびにβ-CTFの減少がみられる。よって、α切断が促進し、同時にβ切断が抑制されることにより、産生されるAβが減少するのではないかと考えられている。しかしながら、コレステロール減少がγ切断に与える影響については未だ不明である。γセクレターゼは膜タンパクであり、そのAPPの切断は膜内深く行われるため、膜コレステロールがそのγセクレターゼのコンフォメーションに影響を及ぼし、その結果酵素活性が阻害される可能性が考えられた。よって私は無細胞系をもちい、膜コレステロール含量を減少させた場合のγセクレターゼ活性について検討した。

細胞は、野生型プレセニリン2(WT PS 2)細胞としてAPP751とWT PS 2を安定的に共発現させたChinese hamster ovary(CHO)細胞、ならびに、変異型プレセニリン2(MT PS2)細胞としてAPP751と家族性変異型プレセニリン2であるN141Iを安定的に共発現させたCHO細胞を用いた。

全膜画分を30 mMのmethyl-β-cyclodextrin(MβCD)で処理したところ、約40%のコレステロールが除去された。その画分を37℃でインキュベートしAβの産生をみたが、予想外にも変化はみられなかった。またAβ40とAβ42の産生比もWTPS 2細胞、MT PS 2細胞ともに影響をうけなかった。しかしながら全膜画分における検討では、コレステロールがAβ産生部位において有効的に引き抜かれているかわからず、Aβ産生部位での結果を反映していない可能性も考えられる。よってコレステロール含量が高く、またAβ産生部位のひとつではないかと推測されている低密度膜画分において、同様の実験を行った。

ラフトとよばれる低密度膜画分は、コレステロールならびにスフィンゴリン脂質に富む膜ドメインで、物質輸送、シグナル伝達等多くの役割を担っていると考えられている。ラフトは不溶性のAβが蓄積していることなどから、AD発症に関わっている重要な場所ではないかと近年注目を集めている。今回、1%CHAPSO処理およびショ糖密度勾配遠心法により調製してきた各画分でのタンパク布を調べたところ、この低密度膜画分にγセクレターゼの各構成要素が局在していることがわかった特筆すべきは、活性型のニカストリンはほとんどが低密度膜画分に存在したことである。以上より、活性型のγセクレターゼがラフトに集まっていることが考えられ、まずラフトにおけるγセクレターゼ活性の特性について調べた。

細胞から調製してきた低密度膜画分は37℃でインキュベートすることにより、γセクレターゼ依存的なAβの産生がみられることがわかった。また、WTPS2細胞では主にAβ40が一方、MTPS2細胞では主にAβ42が産生された。これは、全膜画分における結果と一致した。

そして低密度膜画分において、コレステロールの低下によるγセクレターゼ活性への影響をみた。低密度膜画分はMβCDにより、約50%のコレステロールが除去されたが、Aβの産生量には影響がみられずγセクレターゼ活性は保持された。またAβ40とAβ42の産生比もWTPS2細胞、MTPS2細胞ともに影響をうけなかった。

以上の結果より50%程度のコレステロールを除去した場合でもγセクレターゼ活性に対する影響はみられなかった。細胞が生命を維持するのにはある程度のコレステロールは必要であるため、コレステロールの50%の減少というのは生体内におけるγセクレターゼ活性への影響を検討するのに充分であると思われる。しかしながら、わたしはさらに膜コレステロールがγセクレターゼ活性発現に必要であるかどうかを確かめたいと考えた。そこで、コレステロール含量を極めて低くした場合のγセクレターゼ活性への影響について調べることにした。

連続2回のMβCD処理により約90%のコレステロールが低密度膜画分より除去された。次にその画分のAβ産生量への影響をみたが、WT PS 2細胞、MT PS 2細胞から調製した低密度膜画分ともに90%のコレステロールを除去したにも関わらず、Aβ産生量ならびにAβ40と42の産生比には影響がみられなかった。よって、γセクレターゼ活性は膜コレステロール含量低下で全く影響を受けないことが示された。

次に、Aβ産生が確かにコレステロールに富む膜画分(ラフトそのもの)で行われていることを確かめるために、BCθを用いてラフト画分の精製を試み、γセクレターゼ活性を検討することにした。BC9はコレステロール濃度依存的に膜コレステロールと結合し、ラフトの特異的プローブとして有効であると考えられているものである。

WT PS 2細胞より調製した低密度膜画分をBCθとインキュベー卜した。続いて、アピジンマグネティックビーズを用い、BCθ非結合画分とBCθ結合画分に分け精製ラフトを調製した。その結果、ラフトのマーカーであるフロチリンやカベオリンの大部分がBCθ結合画分に分画された。またラフトに存在する他のタンパクマーカーであるsrc、Gβ、fynも同様に、大部分がBCθ結合画分に分画された。また、γセクレターゼの構成要素であるPS2 CTFおよびPS2 NTFもBCθ結合画分に分画された。

次にBCθが膜のコレステロール濃度依存的に結合することを確かめるために、膜からコレステロールを減少させた場合のBCθによるラフト精製への効果をみた。低密度膜画分をMβCD処理し、その後BCθによるラフト精製を行った。その結果、フロチリンやカベオリンはBCθ非結合画分に分画され、BCθ結合画分においてはみられなくなった。よって確かにBCθは膜のコレステロールと濃度依存的に結合し、ラフトが精製されていることが確かめられた。

続いて、BCθによりラフト精製をおこなった各画分を37℃でインキュベー卜した。BCθ結合画分においてAβの産生がみられ、また精製前の低密度膜画分と同様、主にAβ40が産生された

また、このBCθ結合画分におけるAβ産生は、γセクレターゼの特異的阻害剤を添加することにより抑制された。よってBCθ結合画分におけるAβ産生はγセクレターゼ依存的に起こっており、確かにγセクレターゼ活性はラフトに存在することが示された。

次に、低密度膜画分でのγセクレターゼ活性が、細胞全体の活性のうちどれくらいを占めているかを調べることにした。不飽和レベルの基質濃度によるAβ産生量への影響をさけるため、CHO細胞より調製してきた低密度膜画分に外来性の基質であるC99-FLAGを充分量加え、Aβの産生をみることにした。最初に、外来性基質を加えた際の低密度膜画分におけるγセクレターゼ活性の特性を調べた。

CHO細胞の膜画分から低密度膜画分を調製し、Aβ産生反応をおこなった。加えるC99-FLAG基質の濃度を増加させると、Aβの産生量は直線的に増加したが、500 nM以上では産生されるAβはほとんど増加せず、基質が飽和量に達したと考えられた。Aβ産生の経時的変化については、1時間後から徐々に産生速度の低下がみられた。また低密度膜画分のタンパク質濃度によるAβ産生量の違いをみたところ、100μg/mlでもっともタンパクあたりのAβ産生量が高かった。以上の観察結果に基づき全膜画分と低密度膜画分のAβ産生を比較したところ、全膜画分の活性のうち約80%が低密度膜画分に存在すると算出された。

以上の結果より、低密度膜画分、つまりラフトには、γセクレターゼの構成要素が局在しており、またその酵素活性も非常に高いことがわかった。しかしながらその活性はコレステロールには依存しておらず、ラフトにγセクレターゼが局在する意味は、コレステロールによる活性制御をうけるべく、というわけではないようだ。本研究でAβの産生場所であることが示されたラフトであるが、産生されるAβと蓄積するAβとの関係は未だわかっていない。今後ますますAD発症におけるラフトの機能の解明は鍵となるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アルツハイマー病においてみられる老人斑の主要構成成分であるアミロイドβタンパク(Aβ)を産生する酵素、γセクレターゼ、の特性を解明すべく、膜画分におけるAβ産生について検討したものであり、以下の結果を得た。

野生型プレセニリン2(WT PS2)細胞としてAPP751とWT PS 2を安定的に共発現させたChinese hamster ovary (CHO)細胞、ならびに、変異型プレセニリン2(MT PS2)細胞としてAPP751と家族性変異型プレセニリン2であるN141Iを安定的に共発現させたCHO細胞から調製した全膜画分を用いて、膜コレステロール含量を減少させた場合のγセクレターゼ活性について検討した。Methyl-β-cyclodextrin(MβCD)処理により、約40%のコレステロールが除去されたが、Aβの産生量ならびにAβ40とAβ42の産生比は変化しなかった。

ラフトとよばれる低密度膜画分をWT PS2細胞ならびにMT PS2細胞から1%CHAPSOを用いてショ糖密度勾配遠心法によって調製した。各画分を調べたところ、この低密度膜画分にγセクレターゼの各構成成分が局在していることがわかった。さらに、活性型のニカストリンのほとんどが低密度膜画分に存在したので、活性型のγセクレターゼがラフトに局在するのではないかと思われた。

低密度膜画分ではγセクレターゼ依存的なAβの産生がみられた。また、WT PS2細胞では主にAβ40が、一方、MT PS2細胞では主にAβ42が産生された。これは、全膜画分における結果と同じであった。

低密度膜画分において、コレステロールの低下による影響をみた。MβCDにより、約50%のコレステロールが除去されたが、Aβの産生量には影響がみられずγセクレターゼ活性は保持された。またAβ40とAβ42の産生比も影響を受けなかった。

さらにコレステロール含量を低くした場合のγセクレターゼ活性への影響について調べた。連続2回のMβCD処理により約90%のコレステロールが除去された。しかしながら、Aβ産生量ならびにAβ40と42の産生比には影響がみられなかった。よって、γセクレターゼ活性は膜コレステロール含量低下で全く影響を受けないことが示された。

次に、Aβ産生が確かにコレステロールに富む膜画分(ラフトそのもの)で行われていることを確かめるために、ラフトの特異的プローブと考えられているBCθを用いてラフト画分をさらに精製した。その結果、ラフトのマーカーであるフロチリンやカベオリンの大部分がBCθ結合画分に分画され、ラフトをさらに精製することができた。γセクレターゼの構成成分であるPS2 CTFおよびPS2 NTFもBCθ結合画分に分画された。

精製ラフト画分のγセクレターゼ活性を検討したところ、Aβの産生がみられ、また精製前と同様、主にAβ40が産生された。また、この精製ラフト画分におけるAβ産生は、γセクレターゼの特異的阻害剤を添加することにより抑制された。よって確かにγセクレターゼ活性がラフトに存在することが示された。

低密度膜画分でのγセクレターゼ活性が、細胞全体の活性のうちどれくらいを占めているかを調べた。不飽和レベルの基質濃度による変動をさけるため、CHO細胞より調製した低密度膜画分もしくは全膜画分に、外来性基質であるC99-FLAGを充分量加え、Aβの産生を測定した。その結果、全膜画分のγセクレターゼ活性のうち約80%が低密度膜画分に存在すると算出された。

以上、本論文は、ラフトには、γセクレターゼの構成要素が局在しており、その酵素活性も非常に高いことを示した。しかしそのγセクレターゼ活性はコレステロールには依存していないことを明らかにした。本研究は、ラフトにおけるγセクレターゼの予想外の性質をはじめて明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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