No | 121390 | |
著者(漢字) | 藤村,洋太 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジムラ,ヨウタ | |
標題(和) | 脳内における末梢性ベンゾジアゼピン受容体の定量解析に関する研究 | |
標題(洋) | Quantitative Analyses of Peripheral Benzodiazepine Receptors in Living Human Brain | |
報告番号 | 121390 | |
報告番号 | 甲21390 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2638号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (背景) ベンゾジアゼピン受容体は、中枢性と末梢性の二種類に分類される。中枢性ベンゾジアゼピン受容体がGABA依存性であるのに対して、末梢性ベンゾジアゼピン受容体(PBR)はGABA非依存性である。 PBRは最初に腎臓、肝臓、心臓、肺等の末梢臓器のミトコンドリア膜上で発見されたが、後にPBRに特異的に結合する放射性リガンドである3H-Ro-4864や3H-PKl1195を用いた死後脳研究により、中枢神経系にも数多く分布することが示された。脳内においてPBRは主にグリア細胞上に局在し、脳の組織損傷によるミクログリアの活性化に伴ってPBRの密度は上昇する。 脳内における末梢性ベンゾジアゼピン受容体の密度は様々な神経変性疾患や精神疾患において増加することが知られている。 11C-PKl1195を用いたPETの先行研究では、アルツハイマー病、てんかん、多発性硬化症、グリオーマ、脳梗塞後の脳損傷に伴う神経損傷や神経脱落の指標としてPBRが生体内で上昇することが示された。 しかし、11C-PKl1195には低いS/N比、低い脳内移行性、低い特異結合、不安定な入力関数等の、定量評価を行う上での重大な問題があった。 N-(5-fluoro-2-phenoxyphenyl)-N-(2-18F-fluoroethyl-5-methoxybenzyl)acetamide(図1)(略称:18F-FEDAAllO6)は、末梢性ベンゾジアゼピン受容体に選択的かつ特異的に結合する有望なPETリガンドであり、サルを用いた実験では11C-PKl1195の約10倍の受容体親和性および約 6倍の脳内移行性を有することが示された。 本研究ではヒト生体脳での (方法) 1) 定量解析法 ヒト生体でのデータおよびシミュレーションデータを用いて、Nonlinear Least Square法(NLS法)、Graphical Analysis法(GA法)、Multilinear Analysis法(MA法)の3つの定量方法を比較検討した。 2) Human Study 7人の健常成人若年男性に対して、約5mCiの18F-FEDAA1106を投与し、3次元測定モードにて120分間のPET撮像を行った。 同時に、橈骨動脈に留置したカテーテルより動脈血採血を計51回行い、入力関数を測定した。また、MRI画像を撮像してPETの120分加算画像と重ね合わせることにより脳内各部位(Cerebellum、Dorsolateral prefrontal、Medial frontal、Parietal、Lateral temporal、Medial temporal、Occipital、Anterior cingulate、Posteriorcingulate、Striatum、Thalamus、の計11個所)に関心領域(ROI)を設定し、各ROI内での時間放射能曲線を求めた。 そして、非特異結合と特異結合からなる2-コンパートメントモデル(図2)を仮定し、NLS法を用いて入力関数と時間放射能曲線より各パラメーター(K1、k2、k3、k4、BP(k3/k4)、DV(=K1/k2(1+k3/k4)))を求めた。 GA、MA法ではDVのみ求めた。 3) Simulation Study 1)で求められたパラメーターの値の平均値を真値として、ランダムに1%、2%、3%、4%、5%、7%、10%のノイズを発生させた時間放射能曲線を各ノイズごとに1000個づつ作成した。 そして各時間放射能曲線ごとにNLS法、GA法、MA法を用いてパラメーターを求め真値との比較により各解析法の評価を行った。また、GA法およびMA法において回帰開始時間:Start time(t*)を30分から60分まで変化させたときのパラメーターへの影響を評価した。更には、k3,k4の値がBPに与える影響も評価した (結果) 典型的な時間放射能曲線の一例を(図3)に示す。NLS法、GA法、MA法のどの方法においても近似曲線の時間放射能曲線に対するフィッティングは良好であった。若年健常男性の間では、BPおよびDVにおいて部位による差は有意差は見られなかった。 すべての領域においてGA法およびMA法で求めたDVはNLS法で求めたDV、およびBPとよく相関した。しかし、GA法およびMA法で求めたDVはNLS法で求めたDVより20%程度低く算定され、変動係数は20%程大きかった。 シミュレーションでは、NLS法におけるDVやBPのバイアスや変動係数はノイズが大きくなるほど増大するが、ノイズレベルが3%の時にはバイアスは1%弱、ノイズは5-6%であることが示された。 GA法におけるDVはノイズレベルが0%の場合でも15%強過小評価され、ノイズレベルが大きくなるほど過小評価の程度は大きくなった。 MA法におけるDVはノイズレベルが0%の場合でも約15%過小評価されていたがノイズレベルの増加によるバイアスへの影響は少なかった。 スキャン時間がBPの変動係数とバイアスに与える影響については、スキャン時間が短いほど変動係数もバイアスも大きくなることが示されたが1%のノイズレベルでは60分までスキャン時間を短縮してもバイアスは2%、変動係数は15%弱であった。 GA法、およびMA法では、t*を30分から60分まで変化させてもDVは真値に達しなかった。 また、k3、k4の値がBPの変動係数に与える影響については、k3、k4の値が実測値に近いほど変動係数は小さく、実測値から外れるほど変動係数は大きくなることが示された。 (考察) 本研究では、ヒト生体における脳内の18F-FEDAAllO6の分布・結合の定量測定法について検証した。 ドーパミン受容体やセロトニントランスポーターの定量の際に用いる11C-raclopride、11C-FLB457、11C-DASB等では、対象となる受容体・トランスポーターが殆ど存在せず遊離リガンド濃度や非特異結合リガンド濃度について参照できる部位(小脳)が存在するため、動脈血採血なしの定量解析が可能である。 しかし、PBRは脳内の全領域に分布するため脳内に参照部位を設定できず、そのため動脈血採血を施行し入力関数を測定する必要がある。 また、解析方法についてもNLS法の他にはGA法、MA法等の参照領域を用いない方法に制限される。 この3つの解析方法をヒトでのデータおよびシミュレーションデータをもとに検証した結果、GA法およびMA法ではDVが過小評価され、t*を30分から60分まで変化させてもDVは真の値に達しない事が判明した。 この事より、18F-FEDAAllO6はヒト生体内において平衡に達するまでの時間は60分よりも長いと考えられる。仮により遅いt*を設定すると、t*より後の時間放射能曲線の情報のみを用いて近似式に回帰させるGA法およびMA法においてはタイムポイントが十分に得られずノイズの影響が大きくなることが予想される。 NLS法では理論上ノイズによるバイアスは小さいが変動係数に対するノイズの影響が大きくなることが想定され、シミュレーションの結果ではNLS法によって求められたDV、BPともに変動係数はGA法、MA法より大きかった。 しかし、1ピクセルごとにパラメーター解析を行う手法ではなく、今回のように関心領域を設定して関心領域全体の平均の時間放射能曲線を一つの出力関数として扱う関心領域法では、十分に大きな関心領域を設定してノイズレベルを軽減すれば、DV、BPの変動係数も十分小さくなることが確認された。 BP(=k3/k4)は(受容体密度)/(解離定数)と定義され、受容体密度の指標として扱うことができる。一方、DV(=K1/k2(1+k3/k4))は、平衡状態における血漿中の未代謝リガンドの放射能濃度に対する脳組織中の放射能濃度の比を意味し、脳組織中におけるリガンドの分布の指標となる。 GA法およびMA法においてはK1/k2は脳内各部位において一定であるとの仮定の下にDVを受容体密度の指標として扱うが、これはGA法およびMA法においてはDVしか求めることができないためであり、DVはBPと比較すると間接的な受容体密度の指標にとどまる。 その点でも、DVのみならずBPも求まるNLS法はGA法やMA法より優れた手法である。また、実測のヒトでのデータでは、DVの変動係数もGA法・MA法よりNL法Sの方が小さかった。 以上のことより、18F-FEDAAllO6によるPBRの定量にはNLS法が最適であると考えられた。 <図1> N-(5-fluoro-2-phenoxyphenyl)-N-(2- 18F-fluoroethyl-5-methoxybenzyl)acetamide。 <図2>2-コンパートメントモデル <図3> 18F-FEDAAllO6の時間放射能曲線 | |
審査要旨 | 末梢性ベンゾジアゼピン受容体リガンド18F-FEDAAllO6は、特異的結合を示す画像が高いS/N比で得られ、活性型ミクログリアの脳内分布の観察に役立つと期待されている。本研究は神経変性疾患や精神疾患において重要な役割を演じていると考えられる脳内ミクログリアのヒト生体内での定量測定方法の確立を試みたものであり、下記の結果を得ている。 7名の健常成人若年男性に対して、約5mCiの18F-FEDAA11O6を投与し、3次元測定モードにて120分間のPET撮像を行った。同時に、榛骨動脈に留置したカテーテルより動脈血採血を計51回行い、入力関数を測定した。全例において18F-FEDAA1106の脳内取り込みは良好であり、脳内各関心領域において安定した時間放射能曲線が得られた。また、全例において安定した入力関数が得られた。これらのことより、18F-FEDAA1106を利用した末梢性ベンゾジアゼピン受容体の安定した定量解析が可能であることが示された。 健常成人男性から得られたデータをNonlinear Least Square法(NLS法)、Graphical Analysis法(GA法)、 Multilinear Analysis法(MA法)の3つの方法で定量解析を行った。どの方法においても近似曲線の時間放射能曲線に対するフィッティングは良好であった。健常成人男性の間では、 BPおよびDVにおいて部位による差は有意差は見られなかった。すべての領域においてGA法およびMA法で求めたDVはNLS法で求めたDV、およびBPとよく相関した。 しかし、GA法およびMA法で求めたDVはNLS法で求めたDVより20%程度低く算定され、変動係数は20%程大きかった。 健常成人男性から得られたパラメーターの値の平均値を真値として、ランダムに1%、2%、3%、4%、5%、7%、10%のノイズを発生させた時間放射能曲線を各ノイズごとに1000個づつ作成しシミュレーションによるDV(分布容積)およびBP (受容体結合能)の推定精度の検討を行った。ROI解析のノイズレベルの範囲内においては、グラフ法や線形最小二乗法では推定値のSDは5%以下だが10%以上のバイアスがみられた。一方、非線形最小二乗法での推定値のSDは5%以下でバイアスは1%以下であり、NLS法が定量評価に最も有用であると考えられた。 以上、本論文は新規開発された18F-FEDAAllO6を用いてヒト生体内における脳内末梢性ベンゾジアゼピン受容体の最適な定量方法について検討した。本論文はこれまで不可能に等しかった末梢性ベンゾジアゼピン受容体の定量を初めて可能とした。本研究は今後神経変性疾患や精神疾患におけるミクログリアの果たす役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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