学位論文要旨



No 121391
著者(漢字) 深津,和美
著者(英字)
著者(カナ) フカツ,カズミ
標題(和) 神経細胞樹状突起におけるIP3受容体タイプ1の拡散制御
標題(洋) Regulatory mechanism of lateral diffusion of IP3 receptor type 1 in neuronal dendrites
報告番号 121391
報告番号 甲21391
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2639号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

細胞内カルシウム(Ca2+)は細胞内メッセンジャーとして、様々な細胞機能に重要な役割を果たしている。細胞内Ca2+は細胞外からの流入に加え、細胞内のCa2+貯蔵部位である小胞体から放出されることにより供給される。小胞体からのCa2+放出を担うチャネルの一つにイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)受容体(IP3受容体)がある。IP3受容体は細胞外刺激によって産生されるIP3と特異的に結合して活性化され、Ca2+を放出する。このIP3受容体を介したCa2+シグナルは受精、細胞増殖、発生、筋収縮、分泌、シナプス可塑性など様々な生命機能に必須である。

IP3受容体は4量体を形成し、3種類のアイソフォームIP3受容体タイプ1,2,3(IP3受容体1、IP3受容体2、IP3受容体3)が存在する。IP3受容体2、IP3受容体3は様々な細胞種にユビキタスに発現している。IP3受容体1は中枢神経系、特に小脳プルキンエ細胞に強く発現している。IP3受容体1欠損ミュータントマウスでは重篤な運動失調が見られる。また神経細胞では、IP3受容体1からの局所的なCa2+放出が神経突起伸長、海馬の長期増強の維持、小脳の長期抑圧の誘導に必要不可欠であることが明らかになっている。しかし、Ca2+貯蔵庫である小胞体自身は神経細胞全体に一様に張り巡らされており、特定の部位で局所的におこるCa2+放出がどのように空間的に制御されているのかは、未だに明らかにされていない。

近年、生きた細胞内でタンパク質の動態をリアルタイムで観察することにより、神経伝達物質受容体の形質膜上での側方拡散が神経活動依存的に変化し、受容体のシナプスへの局在を促すことを示唆する結果が報告されている。そして、この側方拡散制御がシナプス可塑性の誘導に関わる可能性も指摘されている。

そこで、私はIP3受容体1も小胞体膜上でダイナミックに動態を変化させており、しかもその動態を制御する機構が存在するのではないかとの仮説を立て、IP3受容体1の小胞体膜上での側方拡散とその制御機構の解析を行った。

[結果]

小胞体膜におけるIP3受容体1の側方拡散

ラット海馬の初代培養神経細胞に、IP3受容体1のGFP融合タンパク質を発現させ、樹状突起の小胞体膜上におけるIP3受容体1の側方拡散を、共焦点顕微鏡下で蛍光退色後回復法(FRAP法)により解析した。比較対照として小胞体膜上のCa2+ポンプであるSERCAのGFP融合タンパク質も同様に観察した。その結果IP3受容体1、SERCA共に小胞体膜上を拡散していることが明らかとなった。さらにこれまで二次平面での培養細胞の小胞体膜上のタンパクに対して使われてきた拡散定数の計算式を、神経細胞の樹状突起という管状の構造に適用する新しい解析方法を確立し、IP3受容体1、SERCAの拡散定数を求めた。その結果IP3受容体1の拡散定数はSERCAに比べて有意に小さいことが明らかとなった。

IP3受容体1の拡散制御機構の解明

アクチン骨格によるIP3受容体1の拡散制御

細胞膜上のタンパクの拡散の制御には細胞骨格、特にアクチンが関与していることが明らかになっている。IP3受容体1の拡散定数はSERCAに比べて有意に小さいことから、IP3受容体1の拡散制御には細胞骨格が関与している可能性が考えられた。そこで、微小管を脱重合させる薬剤処理を行った所、IP3受容体1、SERCA共に拡散定数が減少した。これより微小管は小胞体膜上のタンパクの動態に関与する可能性が示唆された。またアクチンの関与について解析した所、IP3受容体1の拡散定数はアクチンを脱重合すると増加し、安定化すると減少する結果が得られた。SERCAについては拡散定数の変化は見られなかった。これよりアクチンを介したIP3受容体1特異的な拡散制御機構が存在し、アクチンはIP3受容体1の拡散を抑制する方向に働いていると予想された。

4.1NタンパクによるIP3受容体1の拡散制御

アクチンとIP3受容体1が直接結合することは知られていないので、拡散の制御にはアクチンとIP3受容体1をつなぐリンカータンパクの存在が考えられた。

リンカータンパクの候補として、IP3受容体1結合タンパクである4.1Nが挙aげられた。4.1Nは膜骨格タンパクである4.1タンパクの神経型ホモログであり、a海馬を含む中枢神経系の神経細胞に発現していることが分かっている。4.1Nはaアクチンースペクトリン結合配列を持っており、4.1NのC末端(CTD)がIP3受a容体1のC末端細胞質内領域に結合する。また4.1Nは犬腎臓上皮細胞由来のMDCKa細胞においてIP3受容体1の側底膜領域へのトランスロケーションに関与するaことが明らかになっている。

そこで4.1NがIP3受容体1の拡散に関与しているか明らかにするために、以下の実験を行った。IP3受容体1との結合領域は持っているが、アクチンースペクトリン結合配列を欠損させたドミナントネガティブ型(4.1N-CTD)を作成し、海馬神経細胞にIP3受容体1と共発現させた。その結果、IP3受容体1の拡散定数が増加した。これは4.1N-CTDがIP3受容体1と内在性4.1Nとの結合を競合阻害したことにより、IP3受容体1がアクチンによる拡散制御を受けることができなくなったためであると考えられた。この結果は、アクチンによるIP3受容体1の拡散制御には4.1Nがリンカータンパクとして働いている可能性を示唆している。

次にIP3受容体1内の4.1N結合配列が拡散制御に関与しているかどうか検討した。IP3受容体1の4.1N結合配列としてIP3受容体1のC末端14アミノ酸(CTT14aa)が同定されている。そこでIP3受容体1のCTT14aaを欠損したミュータントを発現させ、拡散を解析した所、IP3受容体1よりも拡散定数が有意に大きいことが分かった。またCTT14aa配列のペプチドを過剰発現させると、IP3受容体1の拡散定数が有意に増加した。さらにIP3受容体1のCTT14aaが拡散の制御に関与していることを確認するために以下の実験を行った。IP3受容体のサブタイプの一つであるIP3受容体3は分子量はIP3受容体1とほぼ同じであるが、4.1Nには結合しないことが明らかとなっている。そこでIP3受容体3についても海馬神経細胞での拡散の解析を行ったところ、IP3受容体3の拡散定数はIP3受容体1に比べて有意に大きいことが明らかとなった。次にIP3受容体3にCTT14aaをつないだキメラタンパク(IP3受容体3-CTT14aa)を作成した。IP3受容体3-CTT14aaは、4.1Nと結合する性質を持つようになり、拡散定数がIP3受容体1と同程度まで減少した。またアクチンの脱重合実験により、IP3受容体3-CTT14aaの拡散定数は有意に増加した。これは、IP3受容体3-CTT14aaがアクチンによる拡散制御を受けるようになったためであると考えられる。これよりCTT14aaはIP3受容体1の拡散制御に関与していることが明らかとなった。

またIP3受容体1の4.1N結合配列としてCTT14aa以外にC末端細胞質内中間領域(CTM1)が報告されているので、この配列がIP3受容体1の拡散制御に関与しているかどうかを検討した。CTM1配列のペプチドを過剰発現させるとCTT14aa配列の過剰発現実験と同様に、IP3受容体1の拡散定数が有意に増加した。

以上の結果より、神経細胞の樹状突起ではアクチン骨格と4.1NによるIP3受容体1特異的な拡散制御機構が存在する可能性が示された。

[結論]

本研究では神経細胞樹状突起においてIP3受容体1の小胞体膜上での側方拡散とその制御機構の分子メカニズムを詳細に解析した。その結果、小胞体膜上のタンパクであるIP3受容体1は、その拡散が制御されていること、またその制御にはアクチン骨格系が関与しており、さらにIP3受容体1結合タンパクとして同定された4.1NがアクチンとIP3受容体1をつなぐリンカータンパクとして働いていることを明らかにした。これは小胞体膜上でもタンパクの拡散制御機構が存在することを示した新しい知見である。

神経細胞においてはIP3受容体1からの時間的・空間的に制御されたCa2+放出が、様々な神経活動に重要な役割を持っている。このCa2+放出の空間的な制御に、本研究により明らかにされたIP3受容体1の拡散制御機構が深く関わっている可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は神経細胞樹状突起におけるイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)受容体タイプ1(IP3受容体1)の動態とその制御機構を明らかにするため、ラット海馬の初代培養神経細胞に、IP3受容体1のGFP融合タンパク質を発現させ、共焦点顕微鏡下で蛍光退色後回復法(FRAP法)により解析したものであり、下記の結果を得ている。

ラット海馬の初代培養神経細胞に、IP3受容体1のGFP融合タンパク質を発現させ、 樹状突起の小胞体膜上におけるIP3受容体1の側方拡散を、共焦点顕微鏡下で蛍光退 色後回復法(FRAP法)により観察した。比較対照として小胞体膜上のCa2+ポンプであ るSERCAのGFP融合タンパク質も同様に観察した結果、IP3受容体1、SERCA共に小 胞体膜上を拡散していることが分かった。またこれまで二次平面での小胞体膜上の タンパクに対して使われてきた拡散定数の計算式を、神経細胞の樹状突起という管 状の構造に適用する新しい解析方法を確立し、IP3受容体1、SERCAの拡散定数を求めた。その結果IP3受容体1の拡散定数はSERCAに比べて有意に小さいことが示された。

IP3受容体1の拡散定数はSERCAに比べて有意に小さいことから、IP3受容体1の拡散制御には細胞骨格が関与している可能性を考え、微小管を脱重合させる薬剤処理を行った所、IP3受容体1、SERCA共に拡散定数が減少した。これより微小管は小胞体膜上のタンパクの動態に関与する可能性が示唆された。またアクチンの関与について解析した所、IP3受容体1の拡散定数はアクチンを脱重合すると増加し、安定化すると減少する結果が得られた。SERCAについては拡散定数の変化は見られなかった。これよりアクチンを介したIP3受容体1特異的な拡散制御機構が存在し、アクチンはIP3受容体1の拡散を抑制する方向に働いていることが示唆された。

アクチンとIP3受容体1をつなぐリンカータンパクの候補として、IP3受容体1結合タンパクである4.1Nが考えられた。4.1Nはアクチンースペクトリン結合配列を持っており、4.1NのC末端(CTD)がIP3受容体1のC末端細胞質内領域に結合する。そこで4.1NがIP3受容体1の拡散に関与しているか明らかにするために、IP3受容体1との結合領域は持っているが、アクチンースペクトリン結合配列を欠損させたドミナントネガティブ型(4.1N-CTD)を作成し、海馬神経細胞にIP3受容体1と共発現させた。 その結果、IP3受容体1の拡散定数が増加したことから、4.1NがIP3受容体1の拡散に関与していることが示唆された。

IP3受容体1の4.1N結合配列であるIP3受容体1のC末端14アミノ酸(CTT14aa)が拡散制御に関与しているかどうか検討した。IP3受容体1のCTT14aa を欠損したミュータントは、IP3受容体1よりも拡散定数が有意に大きいことが分かった。またCTT14aa配列のペプチドを過剰発現させると、IP3受容体1の拡散定数が有意に増加した。さらにIP3受容体のサブタイプの一つであるIP3受容体3は4.1Nには結合しないことが明らかとなっていることから、IP3受容体3についても解析を行ったところ、IP3受容体3の拡散定数はIP3受容体1に比べて有意に大きいことが明らかとなった。次にIP3受容体3にCTT14aaをつないだキメラタンパク(IP3受容体3-CTT14aa)を作成した。IP3受容体3-CTT14aaは、4.1Nと結合する性質を持つようになり、拡散定数がIP3受容体1と同程度まで減少した。またアクチンの脱重合実験により、IP3受容体3-CTT14aaの拡散定数は有意に増加した。これよりCTT14aaはIP3受容体1の拡散制御に関与していることが示された。

IP3受容体1の4.1N結合配列としてCTT14aa以外にC末端細胞質内中間領域(CTM1)が報告されており、この配列がIP3受容体1の拡散制御に関与しているかどうかを検討した。CTMl配列のペプチドを過剰発現させるとCTT14aa配列の過剰発現実験と同様に、IP3受容体1の拡散定数が有意に増加した。

以上、本論文は、神経細胞樹状突起において小胞体膜上の膜タンパクであるIP3受容体1は、その拡散が制御されていること、またその制御にはアクチン骨格系が関与しており、さらにIP3受容体1結合タンパクとして同定された4.1NがアクチンとIP3受容体1をつなぐリンカータンパクとして働いていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、小胞体膜上の膜タンパクの拡散制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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