学位論文要旨



No 121392
著者(漢字) 武田,俊信
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,トシノブ
標題(和) 高機能広汎性発達障害における道徳性の研究
標題(洋)
報告番号 121392
報告番号 甲21392
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2640号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大嶋,巌
 東京大学 助教授 佐々木,司
 東京大学 教授 下山,晴彦
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

狭義の高機能(IQ≧85)広汎性発達障害(HFPDD)のある児童・生徒23人(検査施行時平均月齢112.9ヶ月:男20人、女3人:自閉性障害5人、特定不能の広汎性発達障害10人、アスペルガー障害8人)と年齢、性、IQ、言語性IQ、動作性IQおよび両親の社会経済状況をマッチングさせた定型発達をしている児童・生徒23人について道徳性検査および他の諸検査の結果を2群間で比較検討した。

イラスト付の質問文により道徳性の内面化レベルを評価する内面形成(総合と因子分析により抽出された3つの下位項目、思いやり・自己確立・生活規範よりなる)においてHFPDD群はcontrol群に比して有意に総合、思いやり、生活規範で標準得点が低かった。有意差のみられた3つの項目でマッチングの指標とした項目と道徳性検査の結果において影響が大きいと予想されるWechsler Intelligence Scale for Children-III(WISC-III)の群指数の言語理解、下位項目の理解を共変量とした共分散分析で2群の道徳性検査の結果を比較したところ、思いやりで理解を共変数とした場合以外はやはり2群間で有意差が認められた。

内面形成のレベルは4段階に分かれており、各項目で年齢には依存せず両群ともにほぼレベル3(規範遵守型)以上となっていたが、レベル4(自立愛他型)に達するものは特にHFPDD群で少なかった。これは年齢を重ねてもコールバーグの後慣習的・原理的水準に達するものは稀であるというこれまでの定型発達児・者の報告と一致していた。思いやりでHFPDD群の7名がレベル2(他者指向型)となっていたのが際立っていた。これに関しては、HFPDD群においては共感能力に問題があり、思いやりでは他の項目に比してこの能力を要求される、あるいは自己確立や生活規範に関することは日常生活上ある程度明示化されたルールとなっていてわかりやすく、身近に接するものからたびたび注意を受ける機会が多いが、思いやりに関しては具体的なアドバイスを受ける機会が少ないという、2つの理由が関連していると思われた。

HFPDD児は、特に傷害、窃盗など明示化されているルールに関していえば、ほぼ規則遵守のレベル3にあり、少なくとも単純に禁止されている行為だと知らなかったという理由で触法行為に至るといったことは考えにくく、これまでの報告を参考にすると、好奇心や衝動と自己統制のバランスなど他のファクターが大きく影響を与えていると推測された。

短文に対する4件法の選択肢により道徳行動の実現度を評価する行動傾向(内面形成と同様に総合と3つの下位項目よりなる)では全ての項目で有意差がみられなかった。原因の一つとしては、メタ認知に障害があると云われるHFPDDに自己申告による評価をしてもらったことが考えられる。一方で、HFPDD児は一度獲得したルールは杓子定規といえるほどに遵守するというのもよく云われるところであり実情を反映している可能性もあると思われた。

HFPDD群内で、心の理論通過群と不通過群、下位診断、ウイングの分類(孤立型、受動型、積極奇妙型)で道徳性検査の項目における有意差はみられなかった。狭義の高機能である限りPDDの下位診断や外面的行動様式による分類といった下位分類にこだわらずにHFPDDという広い枠組みで捉えることでよいと思われた。

道徳性検査とWISC-IIIの関係では、HFPDD群では内面形成と群指数の言語理解、下位項目の知識や理解といった言語能力に関する項目が有意な相関を示し、2群間の相関の差の検定でも有意差がみられた。HFPDDのある児童・生徒においては断片的ではあるがWISC-IIIの言語能力と関連する項目と道徳性検査の項目間で有意な相関がみられるのが特徴的であり、定型発達をしている児童・生徒ではそのような相関はみられなかった。このことから定型発達をしている児童・生徒においては言語能力のみとは大きく関連しない道徳性をHFPDDを有する児童・生徒では比較的優れた言語能力で補おうとするが、共感など何らかの不足により全体として定型発達をしている児童・生徒と有意な差がでてしまうと推察された。

道徳性検査と新版S-M社会生活能力検査の各項目の関係ではHFPDD群で内面形成の総合と全社会生活指数(SQ)、内面形成の総合と身辺自立SQ、内面形成の総合と集団参加SQ、内面形成の思いやりと全SQ、内面形成の思いやりと集団参加SQでHFPDD群で有意な相関が認められ、かつ2群間の相関係数の差の検定でも有意差が認められた。内面形成の総合、思いやりと集団参加SQに有意な相関がみられることに関しては、道徳性の内面化が成熟して初めて集団参加が可能となり、また集団参加を重ねることで道徳性を内面化が進展するという、双方向性の過程が想定された。

定型発達をしている児童・生徒では今回の研究で施行した諸検査により道徳性の内面形成水準を推し量ることは困難だったが、HFPDDのある児童・生徒においては、新版S-M社会生活能力検査の全SQ、WISC-IIIの理解、WISC-IIIの知識といった項目によりある程度は道徳性の内面形成の水準を推測することが可能であった。これらにより治療教育・医療上の有用な示唆をえることができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は狭義の高機能(IQ≧85)広汎性発達障害(HFPDD)のある児童・生徒23人と年齢、性、IQ、言語性IQ、動作性IQおよび両親の社会経済状況をマッチングさせた定型発達をしている児童・生徒23人について道徳性検査の結果および道徳性検査の結果と他の諸検査の相関を2群間で比較検討したものであり、下記の結果を得ている。

イラスト付の質問文により道徳性の内面化レベルを評価する内面形成(総合と因子分析により抽出された3つの下位項目、思いやり・自己確立・生活規範よりなる)においてHFPDD群はcontrol群に比して有意に総合、思いやり、生活規範で標準得点が低かった。有意差のみられた3つの項目でマッチングの指標とした項目と道徳性検査の結果において影響が大きいと予想されるWechsler Intelligence Scale for Children-III (WISC-III)の群指数の言語理解、下位項目の理解を共変量とした共分散分析で2群の道徳性検査の結果を比較したところ、思いやりで理解を共変量とした場合以外はやはり2群間に有意差が認められた。

内面形成のレベルは4段階に分かれており、各項目で年齢には依存せず両群ともにほぼレベル3(規範遵守型)以上となっていたが、レベル4(自立愛他型)に達するものは特にHFPDD群で少なかった。これは年齢を重ねてもコールバーグの後慣習的・原理的水準に達するものは稀であるというこれまでの定型発達児・者の報告と一致していた。思いやりでHFPDD群の7名がレベル2(他者指向型)となっていたのが際立っていた。

道徳性検査とWISC-IIIの関係では、HFPDD群では内面形成と群指数の言語理解、下位項目の知識や理解といった言語能力に関する項目が有意な相関を示し、2群間の相関の差の検定でも有意差がみられた。HFPDDのある児童・生徒においては断片的ではあるがWISC-IIIの言語能力と関連する項目と道徳性検査の項目間で有意な相関がみられるのが特徴的であり、定型発達をしている児童・生徒ではそのような相関はみられなかった。このことから定型発達をしている児童・生徒においては言語能力のみとは大きく関連しない道徳性をHFPDDを有する児童・生徒では比較的優れた言語能力で補おうとするが、共感など何らかの不足により全体として定型発達をしている児童・生徒と有意な差がでてしまうと推察された。

道徳性検査と新版S-M社会生活能力検査の各項目の関係ではHFPDD群で内面形成の総合と全社会生活指数(SQ)、内面形成の総合と身辺自立SQ、内面形成の総合と集団参加SQ、内面形成の思いやりと全SQ、内面形成の思いやりと集団参加SQでHFPDD群で有意な相関が認められ、かつ2群間の相関係数の差の検定でも有意差が認められた。内面形成の総合、思いやりと集団参加SQに有意な相関がみられることに関しては、道徳性の内面化が成熟して初めて集団参加が可能となり、また集団参加を重ねることで道徳性を内面化が進展するという、双方向性の過程が想定された。

3、4より定型発達をしている児童・生徒では今回の研究で施行した諸検査により道徳性の内面形成水準を推し量ることは困難だったが、HFPDDのある児童・生徒においては、新版S-M社会生活能力検査の全SQ、集団参加SQ、WISC-IIIの理解、知識といった項目によりある程度は道徳性の内面形成の水準を推測することが可能であることを示した。

以上、本論文はこれまで詳細に検討されたことのなかったHFPDDのある児童・生徒の道徳性の特徴を定型発達をしている児童・生徒との比較を通じて明らかにすることで、治療教育・医学上重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク