学位論文要旨



No 121398
著者(漢字) 中村,文彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,フミヒコ
標題(和) inv(12)(p13q13)型急性骨髄性白血病における新規融合遺伝子TEL/PTPRRのクローニングおよび機能解析
標題(洋) Cloning and characterization of the novel chimeric gene TEL/PTPRR in acute myelogenous leukemia with inv(12)(p13q13).
報告番号 121398
報告番号 甲21398
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2646号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 後藤,典子
 東京大学 講師 赤羽,正章
 東京大学 講師 玉井,久義
内容要旨 要旨を表示する

《要旨》

12p13型染色体転座は、白血病および骨髄異形成症候群において高頻度に出現する転座の一つであり、12p13上に存在するTEL(ETV6)遺伝子が種々のチロシンキナーゼ遺伝子やホメオボックス遺伝子等と融合遺伝子を形成する。TELはETSファミリーに属する転写因子であり、2つの機能ドメインを有する。すなわち、C末端のETSドメインは特異的DNA配列(ETS binding site;EBS)への結合を介して転写調節を行い、N末端のHLH(helix-loop-helix)ドメインはホモ二量体あるいはヘテロ二量体形成を担う。また、TELは転写抑制因子として機能すると考えられており、標的遺伝子としてBcl-XL,Fli-1,Stromelysin-1,Id-1が知られている。

本研究では、inv(12)(p13q13)を唯一の染色体異常として有する急性骨髄性白血病(FAB分類:M2)の骨髄単核球から、新規融合遺伝子TEL/protein tyrosine phosphatase receptor type R(PTPRR)をクローニングした。PTPRRは主として脳,子宮,小腸に発現している受容体型チロシンホスファターゼであるが、TEL関連融合遺伝子の相手遺伝子としてホスファターゼ遺伝子を同定したのは、本研究が最初である。

上述の染色体転座が12p13に絡んでいることから、TEL遺伝子が再構成を受けている可能性を考慮した。まず、TEL遺伝子に対するプローブを用いてfluorescence in situ hybridization(FISH)法を行ったところ、同遺伝子のイントロン5あるいは6に切断点が存在することが判明した。次に、骨髄単核球から抽出したcDNAに対して3'-rapid amplification of cDNAends(RACE)法を行い、TELのエクソン1に対するプライマーと3'末端のアダプタープライマーを用いてpolymerase chain reaction(PCR)法により未知の融合遺伝子を増幅した。塩基配列を解析した結果、TEL遺伝子のエクソン4とPTPRR遺伝子のエクソン7が融合していることが判明した。患者骨髄単核球より抽出したmRNAを用いてreverse transcriptasePCR法によりTEL/PTPRRを増幅すると、異なるサイズのPCR産物を検出することから、同キメラ遺伝子はalternative splicingにより複数のcDNA isoformを形成すると考えた。塩基配列を解析した結果、10種類のisoformを同定したが、PTPRR遺伝子のエクソン7および8を欠いたisoformのみがin-frameであり、TELのN末端領域とPTPRRのC末端領域が融合したキメラ蛋白(TEL/PTPRR)をコードすると推定された。残りの9種類は、frameshiftによりTELのN末端領域のみを発現すると考えられた。骨髄単核球では、TELのエクソン1〜4のみをコードする短縮型(tTEL)およびTEL/PTPRRが優位に発現しており、両者の機能解析を通じてinv(12)型白血病の発症機構の解明を試みた。

EBSがタンデムに配置されたレポータープラスミドを一過性にHeLa細胞に導入してルシフェラーゼアッセイを行ったところ、野生型TELは既報どおりEBS特異的かつ用量依存性の転写抑制機能を示した。一方、tTELとTEL/PTPRRはETSドメインを欠いており、過剰発現させてもルシフェラーゼ活性は変化しなかった。次に野生型TEL発現下でtTELあるいはTEL/PTPRRを共発現させたところ、野生型TELによる転写抑制能はdominant-negativeに阻害された。このdominant-negative効果の機序を解明すべく、さらに以下の解析を行った。

NIH3T3細胞に野生型TEL,tTELあるいはTEL/PTPRRを過剰発現させると、野生型TELが核に局在するのに対して、tTELとTEL/PTPRRは細胞質優位に存在した。次に、野生型TELをtTELあるいはTEL/PTPRRと共発現させると、野生型TELは核と細胞質に均等に分布した。これは、新規に産生された野生型TELの核内移行をtTELとTEL/PTPRRが阻害した結果であると解釈される。また、野生型TELはLys99でSUMO-1による翻訳後修飾を受け、CRM1依存性核外輸送の標的となることが既に報告されているが、本研究ではCOS-7細胞での過剰発現系を用いて、tTELとTEL/PTPRRもSUMO-1により修飾されることを確認した。さらに、tTELとTEL/PTPRRはHLH領域を有し、野生型TELとin vivoでヘテロ二量体を形成することが免疫沈降法で示された。以上の結果を総合すると、tTELとTEL/PTPRRは野生型TELとの直接結合を介して核内移行の阻害および核外輸送の調節を行うことが推定される。Inv(12)陽性白血病細胞で同様の現象がみられるかを検討すべく、核と細胞質に画分された蛋白抽出液を調製して内在性TELの局在を評価した。その結果、inv(12)陰性細胞では核優位に局在したのに対して、inv(12)陽性白血病細胞では細胞質のみに存在した。

放射能ラベルしたEBSプローブを用いてゲルシフトアッセイを行ったところ、野生型TELは既報どおりEBSに結合したが、tTELとTEL/PTPRRは結合しなかった。次に、野生型TELの蛋白抽出液にtTELあるいはTEL/PTPRRの蛋白抽出液を混ぜてアッセイを行ったところ、TEL/PTPRRの場合のみ野生型TELのEBS結合能が阻害された。

Inv(12)型白血病で産生されるこれらの異常蛋白質が、TELの標的遺伝子の発現に対してもdominant-negative効果を発揮するか検討すべく、NIH3T3細胞に野生型TELを恒常的に発現させ、内在性Bcl-XL蛋白量をウエスタンプロット解析にて評価した。野生型TELの恒常発現株はmockと比較してBcl-XLが低下しているが、tTELあるいはTEL/PTPRRを一過性に過剰発現させるとBcl-XLがmockと同レベルまで回復した。このことから、野生型TELによるBcl-XL遺伝子の転写抑制機能に対して、tTELとTEL/PTPRRがdominant-negative効果が示すことが証明された。

TEL/PTPRRキメラ蛋白のPTPRR部分はホスファターゼドメインのほぼ全長を有しており、酵素活性が残存している可能性が考えられる。p-NPPを基質としてin vitroでホスファターゼアッセイを行ったところ、陽性コントロールの野生型PTPRRは酵素活性を認めたが、TEL/PTPRRはホスファターゼ活性を示さなかった。

最後に、tTELあるいはTEL/PTPRRを恒常的に過剰発現するUT7/GM細胞株を樹立して、その生物学的機能を検討した。UT7/GM細胞は急性骨髄性白血病(M7)由来の細胞株であり、granulocyte macrophage-colony stimulating factor (GM-CSF)依存性に増殖する。GM-CSF存在下で、tTEL発現株とTEL/PTPRR発現株の増殖速度は、mockよりも若干速かった。次に、GM-CSF非存在下で培養すると、mockとtTEL発現株は死滅したが、TEL/PTPRR恒常発現株は60日間の観察期間を超えても緩徐に増殖した。この現象を説明すべく、種々の細胞内情報伝達経路を担う蛋白質のリン酸化レベルを評価した。その結果、tTELおよびTEL/PTPRR過剰発現株では、増殖因子の非存在下でもSTAT3のリン酸化が保たれていることが判明した。この結果は、tTELとTEL/PTPRRがSTAT3を介してJAK/STAT経路を活性化することにより、細胞増殖に有利に働くことを示唆する。しかし、tTEL恒常発現株は増殖因子枯渇により死滅することを鑑みると、TEL/PTPRRはさらに別の情報伝達経路を活性化してGM-CSF非依存性増殖を獲得する可能性が高い。

以上、本研究ではinv(12)(p13q13)陽性の急性白血病より新規融合遺伝子TEL/PTPRRをクローニングして、その結果産生されるtTELとTEL/PTPRRの機能解析を行った。これらの異常蛋白質は野生型TELの癌抑制機能に対してdominant-negativeに作用するだけでなく、STAT3を介したJAK/STATシグナル伝達経路を活性化させることにより、白血病発症に寄与すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、急性白血病において高頻度に遺伝子再構成を認め、白血病発症に深く関与していると考えられる転写因子TEL(ETV6)の機能を解明するため、inv(12)陽性急性骨髄性白血病よりTELの新規融合遺伝子を単離し、その機能解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

TEL遺伝子の融合相手としては、チロシンキナーゼ遺伝子あるいはホメオボックス遺伝子が複数同定されているが、本研究では初めて相手遺伝子としてホスファターゼ遺伝子を同定した。すなわち、inv(12)(p13q13)陽性急性骨髄性白血病(FAB分類:M2)の患者骨髄単核球より、新規融合遺伝子 TEL/protein tyrosine phosphatase receptor-type R(PTPRR)を単離した。また、TEL/PTPRRはalternative splicingにより10種類のcDNAisoformを形成することを示した。

EBS(TELの結合DNA配列)がタンデムに配置されたレポーターを用いてルシフェラーゼアッセイを行ったところ、tTELおよびTEL/PTPRRは野生型TELの転写抑制機能に対してdominant-negativeに作用することが示された。この機序として、(1) NIH3T3細胞においてtTELおよびTEL/PTPRRが野生型TELの核内移行を抑制する、(2) tTELおよびTEL/PTPRRはin vivoでSUMO-1による修飾を受けて、CRM-1依存性核外輸送の標的となりうる、(3) EBSプローブを用いたゲルシフトアッセイにより、TEL/PTPRRが野生型TELのDNA結合能を直接的に阻害することを示した。免疫沈降法によりtTEL,TEL/PTPRRはいずれも野生型TELとへテロダイマーを形成することを示し、上述の機序においてヘテロダイマー形成が重要な役割を果たしていると考えられた。

TELの標的遺伝子の一つであるBcl-XLの発現を、NIH3T3細胞にて解析した。野生型TELの発現によりBcl-XLの発現量は低下するが、tTELおよびTEL/PTPRRを共発現させたところ、dominant-negative効果によりBcl-XLの発現量が回復した。Bcl-XLは抗アポトーシス因子であり、上述の結果が白血病発症に一定の役割を果たしている可能性が示唆された。

tTELあるいはTEL/PTPRRを恒常的に過剰発現するUT7/GM細胞株を樹立して、その生物学的機能を解析した結果、TEL/PTPRR過剰発現株は増殖因子GM-CSFを枯渇させても増殖することが判明した。また、tTEL,TEL/PTPRR発現株はいずれもGM-CSF非存在下でもSTAT-3のリン酸化が維持されていた。

以上、本論文はinv(12)型急性骨髄性白血病において新規融合遺伝子TEL/PTPRRを同定し、急性白血病においてホスファターゼ遺伝子が染色体転座の標的となりうることを示した。また、TEL/PTPRRキメラ蛋白は、1.内在性に発現している野生型TELの転写抑制機能に対してdominant-negativeに作用し,2.STAT-3を介する細胞内情報伝達経路を活性化することにより、白血病発症に関与する可能性を明らかにした。TEL遺伝子の再構成を有する白血病において野生型TELの失活が重要であることを示すとともに、細胞内情報伝達を制御において(キナーゼとともに)重要な因子であると考えられているホスファターゼが、白血病発症にも一定の役割を果たしている可能性を提示している。本論文は、白血病発症の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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