学位論文要旨



No 121399
著者(漢字) 岸田,信也
著者(英字)
著者(カナ) キシダ,シンヤ
標題(和) 抗不整脈薬塩酸アミオダロンの一酸化窒素産生を介した心血管保護作用に関する研究
標題(洋) Cardiovascular Protective Effects of Amiodarone Hydrochloride,an Antiarrhythmic Agent,via Nitric Oxide Production
報告番号 121399
報告番号 甲21399
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2647号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 講師 竹内,二士夫
内容要旨 要旨を表示する

塩酸アミオダロン(C25H29I2NO3・HCL;以下アミオダロン)はVaugham Williamsの分類でクラスIIIの薬理学的作用をもつ抗不整脈剤である。主な作用であるKチャネル抑制作用に加えてβ遮断作用、Caチャネル抑制作用、Naチャネル抑制作用が知られており、心室筋とプルキンエ線維の活動電位持続時間延長および不応期を延長する作用を有する。日本国内では、生命に危険のある重症な心室細動、心室頻拍、肥大型心筋症に伴う心房細動に対する適用承認が得られている薬剤である。アミオダロンは肝臓で主要代謝物であるN・デスエチルアミオダロン(N-desethylamiodarone;以下DEA)に代謝される。慢性投与患者における両者の血中濃度はほぼ同程度であるとされているが、後者も強力な薬理作用を有することが知られている。

アミオダロンが強い抗不整脈作用を有するにもかかわらず、他の抗不整脈薬と比べて、催不整脈性が低い。さらに、心機能が低下した患者における生存率に対して悪影響を及ぼさないばかりではなく、むしろ心血管系保護作用を呈すると報告されているのは特筆に値すべきことであるが、その原因については未だ解明されていない。過去の研究では、アミオダロンやその代謝物であるDEAが動物やヒトにおいて血管平滑筋を弛緩させ、末梢血管抵抗を低下させ後負荷を減少させるほか、左心室駆出率を増加させるなど、心血管系保護作用を有することが報告されているものの、その機序については詳細な検討がなされていない。

私は、アミオダロンが血管内皮由来型一酸化窒素産生を増加させることが,心血管系保護作用を呈する一因であると考え、ヒト臍帯静脈内皮細胞を用いて、アミオダロンおよびDEAの一酸化窒素産生作用に及ぼす影響を調べるとともに、その作用機序に関する研究を行った。

[方法]ヒト臍帯静脈内皮細胞培養細胞を購入し、3-6世代の細胞を実験に用いた。塩酸アミオダロンはシグマ社より購入し、その主要代謝物DEAはSanofi-Aventis社より提供されたpure substanceを用いた。一酸化窒素の放出は、以下の2種類の方法により測定した。まず、Griess法を用いて、一酸化窒素の安定代謝物である亜硝酸イオンの培養液中濃度をspectrophotometerで測定することにより検討した。6穴プレートを用いてN=6として実験を行った。また、この作用を確認するため、一部の実験はamino-600 sensor electrode(Innovative Instruments Inc.)を用いた一酸化窒素高感受性微小電極(the inNO nitric oxide measurement system)により直接的に測定を行った。

アミオダロンが、臨床濃度およびこれを上回る濃度において細胞死やアポトーシスをもたらすか否かについては、各濃度での細胞数の観察のほか、細胞死の指標としてLDHの測定を行い、4用量で処理した際のアポトーシスの検出にはEnzo Life Science社のApopDETEK and Horseradish peroxidase-DAB in situ detection system kitを用いた。

作用機序について検討するため、一酸化窒素産生を阻害する可能性が想定される内皮性一酸化窒素合成酵素阻害薬であるL-NAME、カルシウムキレート剤であるEGTA、非選択的カルシウムチャネル遮断作用を有する塩化ニッケル、phosphatydilinositol 3-kinase(PI3K)/Akt pathway阻害薬であるLY294002およびMAP kinase阻害薬であるSB202190とともに培養を行い一酸化窒素産生への影響を調べた。またRT-PCR法やreal-time PCR法により細胞に発現するeNOSをそれぞれ検出および定量し、アミオダロンおよびDEAがeNOS発現に及ぼす作用について調べた。細胞内カルシウムイオン濃度へのアミオダロンおよびDEAの作用については、fura-2AMを用いた2波長励起法により測定した。

また、whole-cell patch-clamp法によりアミオダロンおよびDEAがカルシウムイオン電流増加をもたらすメカニズムを調べた。

[結果]ヒト臍静脈内皮細胞ではeNOSmRNAのみの発現が認められた。

アミオダロンおよびDEAは、生理的血中濃度において用量依存的および時間依存的に一酸化窒素産生を増加させ、両者の作用を検討した結果、DEAの方がアミオダロンよりも強力な作用を有することが確認できた。EGTA 1mM、しNAMEおよびNiCl21 mMはアミオダロンによる一酸化窒素を有意に阻害したが,LY294002およびSB202190は,DEAによる一酸化窒素産生に影響を与えなかった。一酸化窒素高感受性微小電極を用いた測定では、DEA30μM投与により速やかな一酸化窒素濃度上昇が認められた。

アミオダロンは10および30μMで6および24時間処理により内皮型一酸化窒素合成酵素mRNAの発現には、有意な影響をきたさなかった。

細胞内カルシウムイオン濃度測定では、アミオダロンよりも代謝物であるDEAの方がより迅速かつ多くカルシウムイオン濃度を上昇させた。また,これらによるカルシウムイオン濃度上昇は,細胞外カルシウムイオンを非選択的Ca2+遮断薬であるLa3+により除去すると抑制された.

Whole-cell patch-clamp法による電位測定では、まず保持電位を-40mVとしてパルスをかけたところ、DEA 10μMでは内向き電流が観察された。この電流はLa3+およびGd3+

投与により抑制された。また、逆転電位が0mV付近であることから、K電流の関与は否定的であり、細胞外C1濃度を低くしても電流は変化せず、Na+をNMDG+に置換したところ抑制されたことから、非選択性陽イオンチャンネルを通る電流の関与が強く示唆された。

[考察]心血管系においてeNOSは血管拡張や心筋リモデリング抑制、抗不整脈作用、迷走神経コントロールおよび血栓形成抑制に携わっているとされている。本研究では、ヒト臍帯静脈内皮細胞におけるeNOSを介する一酸化窒素産生に及ぼすアミオダロンとその代謝物であるDEAの効果について検討した。

アミオダロンとその代謝物であるDEAは、慢性的に投与されている患者において血中濃度は,およそ0.7-3μMであり,両者はほぼ等しいとされている.本研究では、それぞれの一酸化窒素産生に与える影響を調べたが、ともに時間依存的および用量依存的な作用を有しており、DEAの作用の方が強力であることが実証された。また、臨床血中濃度の上限とされる4μMよりも高濃度であるアミオダロン10μM、24時間処理でもアポトーシス細胞が認められなかった。本研究から、アミオダロン及びその主要代謝物DEAの心血管保護効果には、eNOS活性化がかかわっているものと示唆される。その機序としては、real-time RT-PCR法でアミオダロンがeNOS mRNAの有意な上昇をもたらさないためmRNA合成を介した機序は否定的であった.

一方,アミオダロンによる一酸化窒素産生の亢進は,細胞外カルシウム除去にて抑制され,さらに,アミオダロン及びDEAは,細胞外からのカルシウム流入によると考えられる細胞内カルシウム濃度の上昇がきたした。さらに、whole-cell patch-clampの結果から、非選択的陽イオンチャンネル電流がこのカルシウム上昇の原因となっていると考えられた。

本研究は、アミオダロンおよびその代謝物であるDEAがeNOSを介する一酸化窒素産生を亢進することが培養ヒト内皮細胞を用いて初めて実証したものであり、更に、その機序として、fura-2 AM二波長励起法やwhole-cell patch-clamp法により非選択的陽イオンチャンネル電流による細胞内カルシウムイオン濃度上昇を考えられた。これは、アミオダロンの心血管保護作用を説明する上で有意義なものであり、本剤の強力な抗不整脈効果を有するにもかかわらず催不整脈性が低く心血管保護作用を有するという特異的な現象の解明につながると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗不整脈薬である塩酸アミオダロン(C25H29I2NO3・HCL;以下アミオダロン)が、強い抗不整脈作用を有するにもかかわらず、他の抗不整脈薬と比べて、催不整脈性が低く、さらに、心機能が低下した患者における生存率に対して悪影響を及ぼさないばかりではなく、むしろ心血管系保護作用を呈するという特異的な作用を有することに着目し、ヒト臍静脈内皮細胞(HUVEC)を用いて一酸化窒素(NO)産生の観点から研究を行ったものであり、下記の結果を得ている。

心筋およびHUVECにおけるNO合成酵素(NOS)の存在をRT-PCR法およびreal-time RT-PCR法により解析した結果、HUVEC中に存在するNOSは、主としてeNOSであり、iNOS,nNOSは有意には存在しないことが示された。また、ヒト左心室断面を用いた免疫染色写真上、eNOSは心内膜および心筋細胞両方に存在していることが示された。

HUVECにおけるアミオダロンおよびその代謝物DEA、さらには開発中薬剤であるドロネダロンによるNO産生への効果を調べたところ、これらの薬剤は濃度依存的にNOを産生することが明らかとなり、その作用は、DEA>ドロネダロン>アミオダロンとなっていた。

アミオダロンやDEAがNO産生を促進すると同時に細胞障害性を有しないか否か調べるために、様々な濃度および処理時間におけるLDH測定、アポトーシス誘導の検討、細胞数の検討を行ったが、臨床血中濃度においては、今回実験を行った処理時間では、これらの薬剤は細胞死やアポトーシスをもたらさないことが示された。

NO産生増加をもたらす機序を調べるため、各種阻害薬をアミオダロンやDEAと同時投与してみたところ、カルシウムキレート作用を有するEGTAやNOS阻害薬であるL-NAMEによりNO産生作用が減弱することがわかった。アミオダロン30μMまででは6時間および24時間処理によってeNOS mRNA発現は有意に変化しないことが示された。

fura-2AMを用いた二波長励起法により、DEAは投与開始間もなくから細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させることが示され、これは過去の研究内容と一致するものであった。アミオダロンとDEAとではDEAのほうがカルシウム上昇作用がより強力であることがわかった。DEA投与後、La3+を加えたところ、カルシウムイオン濃度が低下したことが再現性をもって示されたことから、細胞外からのカルシウムイオン流入が原因であると推測された。

whole-cell patch-clamp法を用いて、DEAによる膜電流への影響を調べたところ、DEAによる内向き電流は、La3+,Gd3+により阻害されることが示された。また、これらの膜電流は、アミオダロンよりもDEAの方が強力に誘導することが示された。さらに、アミオダロンおよびDEAは、ともに濃度依存的に膜電流を増加させることが示され、DEA>アミオダロンであった。細胞外Cl-イオンを低濃度にしても内向き電流に影響を与えないことから、Cl-電流の関与は否定的であったが、NMDG+をNa+に置換したところ、その内向き電流は減弱したこと、さらにその逆転電位がOmV付近であったから、この膜電流は非選択的陽イオンチャンネルを介するものと結論付けられた。

以上、本論文では、抗不整脈薬アミオダロンおよびその代謝物による心血管系保護作用の原因として、NO産生に着目し、さらにそのメカニズムについて、これまで未知であった、アミオダロンによる非選択的陽イオンチャンネルを介した膜電流増加による細胞内カルシウムイオン濃度増加をその機序として特定している。本研究は、アミオダロンによる心血管系保護作用の解明に重要な貢献をなす故に、学位の授与に値するものと考えられる。

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