学位論文要旨



No 121402
著者(漢字) 山本,夏代
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ナツヨ
標題(和) 内視鏡的逆行性膵胆管造影における腸管蠕動鎮痙剤としてのpeppermint oilの効果に関する検討
標題(洋)
報告番号 121402
報告番号 甲21402
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2650号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 椎名,秀一朗
内容要旨 要旨を表示する

背景

内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)は1968年McCuneがはじめて報告した初めての胆膵臓器への内視鏡的検査であり、CTやMRIなどの画像診断は進歩しつつある今日でも、診断・治療の面においては欠かせない検査である。一方でこのERCPは侵襲のある検査であり、通常の上部内視鏡検査よりも偶発症の発症率は高い傾向にある。検査をより円滑に施行するため、通常、嬬動鎮痙剤として塩酸ブチルスコポラミン(ブスコパン)を用いる。しかし、これらの嬬動鎮痙剤は筋肉注射もしくは静脈注射で使用するため、腸管鎮痙効果のみならず、全身に作用してしまうという欠点があり、心疾患患者など一部の患者には禁忌となる。代替としてグルカゴンの筋注を行う場合もある。しかし高価であり、嘔気や血糖への影響がみられる。このような背景から、既存の嬬動鎮痙剤よりも、(1)副作用が少なく、(2)効果的な嬬動鎮痙作用があり、(3)投与方法が簡便であり、(4)安価である鎮痙剤が望まれていた。

近年ペパーミントペパーミントオイルが上部内視鏡や下部内視鏡での嬬動鎮痙剤として有効であったという報告がみられ、新しい嬬動鎮痙剤として期待されている薬剤である。しかしERCP時の嬬動鎮痙剤としてのペパーミントオイル溶解液の有用性を報告した文献はなく、十二指腸乳頭周囲という局所的な嬬動鎮痙効果が得られるかどうかは不明であり、効果持続時間や胆管、膵管への影響なども不明である。ペパーミントオイルの十二指腸嬬動抑制作用を明らかにし、ペパーミントオイルがERCPの鎮痙剤として有効であるかを検討した。

方法

本試験は、ペパーミントオイル溶解液を腸管内投与した際の安全性および効果を評価目的のため、既出の論文をもとに行う無対照・用量-反応比較探索的臨床試験とした。

対象は、画像検査にて胆膵疾患が疑われ、精査加療目的にERCPを施行された20歳以上の40症例とした。 ペパーミントオイルに対し過敏症・皮膚炎の既往がある患者、急性膵炎の急性期、DIC、敗血症、急性循環不全患者。妊婦、授乳中の女性、同意の得られない患者などは除外した。

ペパーミントオイル溶解液は以下に述べるように胃もしくは十二指腸に紺子口よりシリンジにて20mlずつ投与とし、濃度、投与方法の異なる4群(第1群)1.6%溶液・初回20ml投与群、第2群)1.6%溶液・初回40ml投与群、第3群)3.2%溶液・初回20ml投与群、第4群)3.2%溶液・初回40ml投与群)に分けて投与を行った。内視鏡挿入後、胃前庭部と内視鏡を直線化(十二指腸乳頭を直視)した状態で、それぞれペパーミントオイル溶解液20mlを紺子口より散布し、散布後の嬬動収縮回数をカウントした後、検査を施行した。いずれの投与群においても、10分経過しても有効な嬬動運動が得られず、胆管もしくは膵管への挿管が不可能である場合を「効果不十分」と判断した。「効果不十分」の場合には、その群で使用している濃度のペパーミントオイル溶解液を20ml/回ずつ追加した。追加投与にて効果が見られる場合には、全投与量が100mlを上限に投与した。追加投与でも「効果不十分」の場合、術者の判断でグルカゴン1mgの筋肉注射あるいはブスコパン20mgの筋肉注射の投与を行った。

検査中の内視鏡画面を全てビデオ録画し、1分あたりの収縮回数、内視鏡医嬬動スコア(内視鏡録画画面にて一分間の嬬動回数のうち、腸管内腔直径が最大径の50%以下となる嬬動回数を以下のGradeOから3に分類しGradeO:なし。Grade 1:1分当たりの嬬動回数の1%〜20%以下。Grade2:1分あたりの嬬動回数の21%〜50%。Grade3:1分あたりの嬬動回数の50以上とし、Gradel以下を「嬬動停止(嬬動鎮痙効果あり)」とした。内視鏡画面は同一人物が評価を行い、公正性を保つようにした。)、ペパーミントオイル単独使用下でのERCP完遂率、偶発症について評価を行なった。また、グルカゴンを使用した症例20例との嬬動鎮痙効果につき比較検討を行った。

結果

各群10例、計40例を順に登録した。症例は男性24人、女性16人、平均62.7歳(33〜88歳)であった。2群に登録された1症例は、腫瘍の浸潤により十二指腸乳頭が確認できなかったため試験中止とし、39例が試験を完遂した。39例のうち治療目的のERCPは23例であり、残りの16例は診断目的に施行され、総平均検査時間は44分であった。

各群では、ペパーミントオイル溶解液は1群で34ml(ペパーミントオイル量0.51g)、2群で44ml(0.70g)、3群で30ml(0.96g)、4群46ml(1.47g)使用した。ペパーミントオイルを追加使用した症例は、1群で6例(60%)、2群で2例(22.2%)、3群で6例(60%)、4群で3例(30%)であった。各群で有意差は見られなかった。

内視鏡医の嬬動スコアが1以下であった症例は1群で7/10例(70%)、2群で7/9例(77.7%)、3群で8/10例(80%)、4群で6/10例(60%)であった。総計で28/39例(71.9%)が効果ありと評価された。嬬動鎮痙効果が不十分でブスコパンもしくはグルカゴンを使用した症例は全体で2例(1群と4群に各1例)のみであった。

ペパーミントオイル溶解液のみの使用下でのERCP成功率は、1群で9例(100%)、2群で9例(100%)、3群で9例(90%)、4群で7例(77.8%)、全体で34例(91.9%)となり、ほとんどの症例でペパーミントオイル単独使用にてERCPの施行が可能であり、また成功率も低下させなかった。

嬬動回数は全体で投与前6.1+3.8回/分から投与後4.4+2.9回/分(p=0.386)に低下し、傾向はあるものの統計学的な有意差は見られなかった。また、1群と3群での差は認められなかった(p=0.327)。

内視鏡医嬬動スコアは1群、3群を合計して検討した。ペパーミントオイル溶解液投与前に「嬬動停止」と評価された症例は7/20(35%)(平均値2.0+1.1)であったが、投与後は15/20(75%)(平均値1.1+1.0)と有意に嬬動停止症例が増加した(p=0.007)。群別では、1群においては投与前4/10(40%)(平均値2.0+1.2)から投与後7/10(70%)(平均値1.3+0.9)、3群においては投与前3/10(30%)(平均値1.8+1.1)から、投与後8/10(80%)(平均値0.9+1.1)(p=0.039)といずれの群でも嬬動停止症例の増加が見られた。また、1群と3群での差は認められなかった(p>0.999)。以上から、十二指腸の腸管嬬動は統計学上有意な嬬動鎮痙効果を認めなかったものの、減少する傾向が認められた。

偶発症は全症例において4例であった。内訳は軽症膵炎が2例、胆管造影中の徐脈(HR50以下)が1例、検査終了後3時間での迷走神経反射による徐脈と嘔吐が1例であった。いずれの偶発症も、ペパーミントオイルとの直接の関係はないものと考えられ、保存的治療で軽快した。

また、グルカゴンとの比較でも、効果には明らかな差はみられないものの、コストでは明らかにペパーミントオイルのほうが安価であった。

考察

本試験において、ペパーミントオイル投与前後の嬬動回数では統計学的な有意差がみられないものの、傾向は得られ、内視鏡医嬬動スコアリングでは有意な結果が得られた。また、ペパーミントオイル溶解液の管腔内投与にて高いERCP検査完遂率(37/39例94.9%)が得られ、本薬剤を嬬動鎮痙剤として使用してERCPは可能であることがわかった。

安全性については、39例中4例と比較的多くに偶発症を生じた。うち2例は急性膵炎であるが、当科のERCP後膵炎発症率は3.9%と比較しても有意な差はみられず、ペパーミントオイル溶解液の投与とは関連性が低いと考えた。また、迷走神経反射に関しては、通常のERCPでは通常はブスコパンを使用しているため、その抗コリン作用で刺激に対する反応がマスクされているが、ペパーミントオイルの場合には全身の抗コリン作用がないため、迷走神経反射様の症状が強く見られるのではないかと考えた。このような報告はペパーミントオイルの直接作用ではないと考えるが、HikiやAsaoらの報告にはみられておらず、検査時間が長さや胆管造影による胆管内圧の上昇が関連するのではないかと考えた。

ペパーミントオイルの使用量に関しては、4群で嬬動停止状況・ERCP成功率ともに明らかな差はみられなかったため、1群の1.6%溶解液を20ml十二指腸乳頭に投与するというのが至適初回投与法と考えた。しかし、この1群のうち6例(60%)に追加投与を行っている。全体の症例でも17例(43.5%)に追加投与を行っており、状況に応じて溶解液を追加投与することが望ましいと考えた。

結語

ペパーミントオイルは上部・下部内視鏡と同様ERCP時の嬬動鎮痙剤として有効であり、本薬剤単独使用にて高い検査性効率が得られた。ERCPの胆管挿管に充分な嬬動鎮痙効果が得られること、局所投与であるため、全身への作用が少ない点、投与方法が簡便である点、安価である点は既存の嬬動鎮痙剤と比較しても有効であると考える。一方で蠕動鎮痙効果に関しては、対照群をおいた無作為試験などで評価する必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

序論

ペパーミントオイルの十二指腸嬬動抑制作用を明らかにし、ペパーミントオイルがERCPの鎮痙剤として有効であるかを検討した。無対照・用量-反応比較探索的臨床試験とした。

試験の方法について

対象は、画像検査にて胆膵疾患が疑われ、精査加療目的にERCPを施行された20歳以上の40症例とした。

ペパーミントオイル溶解液は、1.6%および3.2%溶解液を用い、胃もしくは十二指腸に鉗子口よりシリンジにて20mlずつ投与とした。内視鏡は、検査医熟練度によるバイアスを避けるため、2000例以上の経験をもつ内視鏡医2名が行なうこととした。濃度、投与方法の異なる4群(第1群)1.6%溶液・初回20ml投与群、第2群)1.6%溶液・初回40ml投与群、第3群)3.2%溶液・初回20ml投与群、第4群)3.2%溶液・初回40ml投与群)に分けて投与を行った。

蠕動評価は内視鏡のビデオ録画画面での嬬動収縮回数をおよび内視鏡医嬬動スコア(内視鏡録画画面にて一分間の嬬動状況を単独判定者が判定)、ERCP完遂率などについて評価を行なった。

ペパーミントオイルの使用量について

各群では、ペパーミントオイル溶解液は1群で34ml(ペパーミントオイル量0.51g)、2群で44ml(0.70g)、3群で30ml(0.96g)、4群46ml(1.47g)使用した。ペパーミントオイルの追加使用症例は、1群で6例(60%)、2群で2例(22.2%)、3群で6例(60%)、4群で3例(30%)であった。各群で有意差は見られなかった。

嬬動鎮痙効果について

内視鏡医の嬬動スコアにて有効と判断した症例は、総計で28/39例(71.9%)が効果ありと評価された。

嬬動鎮痙効果が不十分で他剤を使用した症例は全体で2例のみであった。

ペパーミントオイル溶解液のみの使用下でのERCP成功率は全体で34例(91.9%)となり、ほとんどの症例でペパーミントオイル単独使用にてERCPの施行が可能であり、また成功率も低下させなかった。

嬬動回数による評価では、嬬動回数の低下傾向はあるものの統計学的な有意差は見られなかった。

しかし、内視鏡医蠕動スコアでは有意に嬬動停止症例が増加した。

十二指腸の腸管嬬動は統計学上有意な嬬動鎮痙効果を認めなかったものの、減少する傾向あると考えた。

グルカゴンとの比較でも、効果には明らかな差はみられないものの、コストでは明らかにペパーミントオイルのほうが安価であった。

考察

本試験において、ペパーミントオイル投与前後の嬬動回数では統計学的な有意差がみられないものの、傾向は得られ、内視鏡医嬬動スコアリングでは有意な結果が得られた。また、ペパーミントオイル溶解液の管腔内投与にて高いERCP検査完遂率が得られ、本薬剤を嬬動鎮痙剤として使用してERCPは可能であることがわかった。

安全性については、39例中4例と比較的多くに偶発症を生じた。うち2例は急性膵炎であるが、当科のERCP後膵炎発症率は3.9%と比較しても有意な差はみられず、ペパーミントオイル溶解液の投与とは関連性が低いと考えた。

ペパーミントオイルはERCPの胆管挿管に充分な蠕動鎮痙効果が得られること、局所投与であるため、全身への作用が少ない点、投与方法が簡便である点、安価である点は既存の嬬動鎮痙剤と比較しても有効であると考える。

以上、本論文はペパーミントオイルの蠕動鎮痙効果をERCPにおいて検証した初めての報告でありERCPおよび嬬動鎮痙剤としてのペパーミントオイル溶解液の安全な普及につき、重要なな貢献をなすと考えられた。

嬬動鎮痙効果の評価方法に関して、主観的な要素がやや強いとの指摘をうけ、客観的な判断方法で再度評価をしなおすべきとのコメントであった。この点を訂正すれば学位の授与に値するものと考えられる。

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