学位論文要旨



No 121404
著者(漢字) 新納,美幸
著者(英字)
著者(カナ) ニイノウ,ミユキ
標題(和) マウス好中球の分化・増幅誘導システムの最適化
標題(洋)
報告番号 121404
報告番号 甲21404
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2652号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 山内,敏正
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

現在医療の発達とともに、悪性腫瘍に対する大量抗癌剤投与、造血幹細胞移植など高度の免疫不全をもたらす治療が一般化し、治療に高頻度に合併する重症感染症の管理が重要性を増している。重症感染症に対して1970年代に正常ドナーからの好中球輸注が試みられたが、その当時は好中球を効率よく採取する手段が未発達であったことや、代わりに抗生物質が発達してきたことによって下火となった。しかしその後、好中球刺激因子(G-CSF)の開発、細胞分離技術の発達がみられ、耐性菌の出現や抗生物質の効きにくい真菌症への対処の必要性が上昇してきたことと相まって、1990年代後半から再び好中球輸注が注目されるようになった。更に、複数の臨床試験によって免疫不全状態の患者の重症感染症に対して患者体重1kgあたりおよそ0.5×109細胞の好中球を中央値7〜9回輸注することで感染症をコントロールする効果があることが示された。しかし、健常ドナーに対してG-CSF製剤を使用することは二次性発癌など長期的な影響が判明しておらず、体外循環を用いる細胞分離はドナーの負担が大きいなど、問題点も多く残されているため、新たな輸注用好中球の供給源を検討する必要は依然残ったままである。臍帯血はドナーの負担が無く、造血幹細胞を豊富に含む供給源の候補であるが、一胎盤から採取できるCD34陽性細胞(造血幹細胞を濃縮する分画)は1×106程度であるため、好中球輸注に使用するためには理論上約10,000倍の増幅が必要である。しかし、好中球誘導技術に関して、現在まで多くの知見が得られてはいない。Hinoらは、G-CSFで動員したCD34陽性末梢血幹細胞を、幹細胞因子(SCF)、頼粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)、インターロイキン3(IL-3)、G-CSF、トロンボポエチン(TPO)を適当に組み合わせて使用することで、約550倍の頼粒球を得たと報告している。一方、最近造血幹細胞の増幅にインターロイキン6(IL-6)やFlt3リガンド(FL)が有効であることが示されてきておりこれらのサイトカインの利用でさらに、好中球誘導効率が改善される可能性がある。そこで我々は、入手が容易なマウス骨髄を使用して、CD34陽性造血幹細胞からなるべく多数の好中球を分化・誘導する系の確立を目標として培養系の検討を行った。ここでは、以上の観点をふまえ、培養系を早期相と後期相にわけ、早期相で幹細胞を増幅させ、後期相で効率的に好中球へ分化させることを試みた。そして、それぞれの相において培養条件を最適化し、全体として最も効率よく好中球を誘導できる方法を探った。

まず我々は、生後6〜7週齢のC57B6/Jマウスの骨髄細胞からMini-MACSカラム分離システムを用いてCD34陽性細胞を分離した。採取したCD34陽性細胞は、5×105/mlの濃度に調製し、上述のサイトカインを様々な組み合わせ・添加時期で使用し、定期的に細胞数の測定と、鏡検による分化状態の評価を行った。培養中は、細胞の過増殖を防ぐために適宜培地交換を行った。特に今回我々は、培養系を造血幹細胞および前駆細胞を増殖させる早期相と、これらを好中球へ分化誘導させる後期相に分けて考えた。早期相では多くの研究において造血幹細胞の増幅が証明されている、ヒトIL-6(hIL-6)、マウスSCF(mSCF)、ヒトTPO(hTPO)を基本サイトカインとして培養初日(以下、dayOとする)より用いた。これにFL、IL-3、G-CSFを様々なタイミングで添加して、最良の培養系を検討した。マウスFL(mFL)はマウスにおいてやや分化の進んだ幹細胞に発現していることが知られているが、我々の検討ではday Oより添加する方がday 4からの添加より好中球の分化の効率が高い傾向が見られた。マウスIL-3(mIL-3)の造血幹細胞の増幅に対する効果は、相反する報告があり、一定の見解が得られていないが、我々の検討ではday 3から添加した方がday Oから添加するよりも、有意に多くの好中球を誘導することが判明した(p=0.04)。また、ヒトG-CSF(hG-CSF)は成熟好中球の分化に極めて重要なサイトカインであるため、遅れて(day5から)加えたほうがdayOから加えるよりも効率よく好中球を分化させる傾向がみられた。以上の結果から、培養初日よりhIL-6、mSCF、hTPO、mFLを添加することで造血幹細胞および前駆細胞を増殖させ(早期相)、day3よりmIL-3を添加、更にday5よりhG-CSFを添加することでこれらを好中球へ分化誘導させる培養(後期相)を行うことで、day 10において約1600倍の有核細胞が得られ、約90%の純度の成熟好中球が得られることが判明した。

次に、マウスの骨髄内好中球および腹腔内活性化好中球をコントロールとして、培養で得られた好中球の機能検査を行った。まず、好中球の貪食能を評価するために、好中球に蛍光ラテックスビーズを貧食させ、取り込んだラテックスビーズの数をフローサイトメトリーで測定した。ラテックスビーズを取り込んだ細胞(培養好中球47.9% vs.骨髄内好中球35.0% p=0.0007)、4個以上のビーズを取り込んだ細胞(培養好中球22.5% vs.骨髄内好中球5.2% p=0.03)共に、培養して得られた好中球の方がマウス骨髄内好中球より有意に多かった。このことから培養好中球の貪食能はコントロールに比べて有意に高いことが分かった。

次に、培養好中球の殺菌能を調べるために、好中球によって作られる活性酸素の活性がNBTを還元してホルマザンを形成する能力(NBT還元能)を指標として殺菌能を測定したところ、培養好中球はコントロールとして用いたマウス骨髄内好中球およびマウス腹腔内活性化好中球と比較して同等以上のホルマザン形成陽性細胞を認めた(培養好中球41%、骨髄内好中球16.7%、腹腔内活性化好中球21.7%、p=0.022(培養好中球vs.腹腔内活性化好中球)、p=0.0006(培養好中球vs.骨髄内好中球))。このことから培養好中球の殺菌能はコントロールに比べて有意に高いことが分かった。

更に、phorbol myristate acetate(PMA)を用いて好中球を刺激し、発生するスーパーオキシドをチトクロームC還元反応を用いた半定量法で測定することにより、殺菌能の評価を行った。培養好中球のスーパーオキシド生成速度は、コントロールの約70%程度であり、得られた好中球の殺菌能は正常血球と比して遜色ないと予測された。

これらの結果から、早期相で造血前駆細胞を増幅させ、後期相で好中球に分化誘導する我々の方法で、十分な好中球の機能を有した細胞を分化・増幅させることが可能であることがわかった。この研究結果は、臍帯血からの好中球誘導を目指す技術にとって重要であると思われる。更に、近年発展のめざましい胚性幹細胞から、好中球を誘導する技術への応用も期待される。しかし、実際の臨床応用には解決しなければならないいくつかの問題がある。まず、今回我々の得た1600倍という倍率は、これまで報告された中では最高の値であるが、それでも治療域と考えられる量の好中球を得るためには更に増幅率を現在値の6倍に向上させなければならない。また、今回我々は有血清培地での培養を行ったが、将来ヒトへの臨床応用を念頭に置いた場合、無血清培地での培養方法の樹立が必要である。今回我々は、無血清培地を用いて同様の培養を行ったが、有血清培地を使用した上記の結果を再現することは出来ず、今回利用したサイトカイン以外に好中球分化に対して重要な何らかの因子が血清中に含まれていることが示唆されている。更に、今回は、マウス細胞を用いた好中球誘導培養系を構築したが、将来の臨床応用を目指すためには、ヒト血液細胞を用いた確認が必要である。今後は、今回我々が得た培養法を基礎に、上記の問題点を解決しながら、実際に臨床応用し得る好中球誘導方法の開発を推し進める方針である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、化学療法後の重症感染症に対する新たな治療法として期待されている好中球輸注の実用化を可能にするため、マウス造血幹細胞を用いた系で、体外で効率よく好中球に分化誘導させる培養法の確立を検討したものであり、下記の結果を得ている。

培養初日より、培養液にhIL-6、mSCF、hTPO、mFLを添加することで造血幹細胞および前駆細胞を増殖させ(早期相)、day3よりmIL-3を添加、更にday5よりhG-CSFを添加することでそれらを好中球へ分化誘導させる培養(後期相)を行うことで、daylOにおいて約1600倍の有核細胞が得られ、約90%の純度の成熟好中球が得られることが判明した。

培養好中球の貪食能を評価するために、好中球に蛍光ラテックスビーズを貧食させ取り込んだラテックスビーズの数をフローサイトメトリーで測定したところ、ラテックスビーズを取り込んだ細胞及び4個以上のビーズを取り込んだ細胞共に、培養して得られた好中球の方がマウス骨髄内好中球より有意に多かった。このことから培養好中球の貪食能はコントロールに比べて有意に高いことが示された。

培養好中球の殺菌能を評価するために、好中球によって作られる活性酸素がNBTを還元してホルマザンを形成する能力(NBT還元能)を測定したところ、培養好中球はコントロールとして用いたマウス骨髄内好中球およびマウス腹腔内活性化好中球と比較して同等以上のホルマザン形成陽性細胞を認めた。このことから培養好中球の殺菌能はコントロールに比べて有意に高いことが示された。

phorbol myristate acetate(PMA)を用いて好中球を刺激し、発生するスーパーオキシドをチトクロームC還元反応を用いた半定量法で測定することにより、殺菌能の評価を行ったところ、培養好中球のスーパーオキシド生成速度はコントロールの約70%程度であり、得られた好中球の殺菌能は正常血球と比して遜色ないことが予測された。

以上、本論文は、好中球の体外増幅に際して、造血幹細胞及び前駆細胞の増幅と好中球への分化誘導という二段階の培養系を考案し、CD34陽性造血幹細胞から、正常好中球と同等の生理活性を有する好中球を、約1600倍という高倍率で分化誘導する事を可能にした。本研究は、造血器腫瘍の治療において重要な課題である「重症感染症の新たな治療法の開発」に焦点をあて、体外増幅した好中球の輸注により重症感染症を治療する細胞療法の実用化に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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