No | 121405 | |
著者(漢字) | 飯室,聡 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イイムロ,サトシ | |
標題(和) | 虚血・腫瘍・発生におけるアドレノメデュリンの血管新生作用 | |
標題(洋) | Angiogenic Effects of Adrenomedullin in Ischemia,Tumor Growth and Development | |
報告番号 | 121405 | |
報告番号 | 甲21405 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2653号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 アドレノメデュリン(以下AM)は、ヒト褐色細胞腫から分離同定された降圧作用を持つ血管作動性物質であり、循環の恒常性の調節や心血管病の病態生理への関与など多彩な作用を有しており、今後の臨床応用が期待される物質である。 AMの生体における機能を検討するために、我々はAMのノックアウトマウスを作成した。Homo(以下AM-/-)の個体は胎生14日で致死であり、その特徴として卵黄動脈の発達不全・びまん性出血・胎児浮腫を認めた。このことからAMが血管の発生にも深く関与していることが示唆された。 そこで本研究では、AMが成体においても血管新生作用を持つという仮説を検証し、その機序を検討することとした。 【結果】 AM-/-胎児における血管構造の変化(Fig.1) AM-/-の個体は胎生14日で致死であり、その所見として、卵黄動脈の発達不全・胎児のびまん性出血・胎児浮腫・心嚢水貯留を認めた(Fig.1A,B)。基底膜の主要な構成要素であるコラーゲンIV型の発現を見ると、AM-/-の個体では大きく低下していることが認められた(Fig.1C,D)。 この結果から胎児の血管発生にAMが深く関与していることが示唆された。そこで、成体においてもAMが血管新生能を発揮するかどうか、いくつかのモデルを用いて検討した。 マウス下肢虚血モデル(Fig.2およびFig.3) 6ヶ月齢の雄のC3Hマウスの左鼠径動脈を結紮して血流を遮断し、側副血行路の発達による血流の回復をレーザードップラーで計測した。マウスはAM投与群・血管内皮細胞増殖因子(VEGF)投与群・コントロール群(PBS投与)の3群に分けた。AMとPBSは浸透圧ポンプをマウスの皮下に埋め込み持続的に投与した。VEGFは著明な血管新生作用を持つタンパクであり、動脈結紮時に1回筋注にて投与した。 レーザードップラーの画像(Fig.2B)および血流を定量化してプロットしたグラフ(Fig.2C)からは、AM投与群およびVEGF投与群において良好な血流の回復を認めたが、コントロール群では70%程度の血流回復しか見られなかった。虚血肢のサンプルのPECAM-1染色にて新生血管(キャピラリー)形成を評価した。AM投与群とVEGF投与群では、キャピラリーも有意に増加していた。 次にAMノックアウトマウスを用いて下肢虚血モデルを作成した(Fig.3A)。AM-/-は胎生致死であるために、AMの発現が半分に低下しているhetero(AM+/-)マウスと野生型での血流回復を検討した。AM+/-では血流の回復が約30%低下しており、キャピラリーの形成も有意に低下していた。さらに野生型のマウスに対してAMの拮抗薬であるAM22-52を投与することで、血流回復およびキャピラリー形成の低下を認めた(Fig,3B,C)。以上より、AMの血管新生能を確認しえた。 腫癌血管新生モデル(Fig.4) 現実の血管再生療法において問題となるのは、血管新生因子が虚血部位の新生血管を増加させるのと同時に腫瘍での病的血管をも増加させることである。そこで次にAMの腫癌血管新生に対する影響を検討した。用いたのはマウス肉腫のSarcoma180(S180)であり、これを17適齢の雄のICRマウスの腋窩に移植した。マウスはAM投与群、コントロール群(PBS投与)、VEGF投与群、AM22-52投与群および血管新生阻害薬であるスラミン投与群の5群に分けた。 10日目にレーザードップラーで確認すると、コントロールと比較して、AM投与群では腫瘍周囲の血流の増加を認めた(Fig.4A)。腫瘍を摘出してみると大きさも一回り大きい印象であった(Fig.4B)。実際の腫瘍重量は、VEGF投与群・AM投与群にて増加し、スラミン投与群・AM22-52投与群では減少していた(Fig.4C)。キャピラリーは、VEGF投与群・AM投与群にて増加し、スラミン投与群・AM22-52投与群では減少していた。 同様のモデルをAM+/-マウスと野生型にて作成した。AM+/-マウスでは腫瘍重量およびキャピラリーが有意に減少していた(Fig.4F)。以上より、AMは腫瘍を増殖させ、それはAMによる血管新生亢進によるものと考えられた。 In vitroモデルを用いたAMの血管新生能の評価(Fig.5およびFig.6) さらにvitroの系においても、これまで示されたAMの血管新生能を評価した。まずヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)の培養では、AMあるいはVEGFの添加にて細胞増殖が有意に増加した。AMとVEGFを同時に投与すると、細胞増殖はさらに亢進した(Fig.5)。 さらにHUVECsと線維芽細胞の共培養の系にて管腔構造形成の評価を行った。コントロールと比較してVEGF添加ではキャピラリーが増加していた。AM添加では、予想に反してキャピラリーは増加しなかった。VEGFとAMを同時に投与するとVEGF単独投与よりもキャピラリーは増加していた(Fig.6)。これらの結果は、VEGFとAMが何らかのシナジスティックな作用を持つことを示唆している。次にその機序について検討した。 AM投与によりVEGFの発現およびAktのリン酸化が亢進する(Fig.7) 前出の、マウス下肢虚血モデルのタンパクのサンプルを用いてVEGFの発現をウエスタンブロッティングにて評価した。試料は虚血作成直前・作成後24時間・3日・7日・14日・21日・28日と継時的にサンプリングした。AM投与マウスでは、虚血作成後24時間というかなり早い段階からVEGFの発現が亢進し、その後も高いレベルで発現亢進を維持していた(Fig.7A)。また、虚血作成後12日の試料での比較にて、AM+/-マウスではVEGFの発現が野生型と比較して有意に低下していた(Fig.7B)。 HUVECsを用いたvitroの系では、AMが用量依存的および時間依存的にVEGFの発現を亢進することが確認された(Fig.7C)。さらにリン酸化Aktの発現を見ることでPI3K-Akt pathwayの活性を評価した。AM単独ではAktのリン酸化は活性化されないが、VEGF存在下ではAktのリン酸化が強くなることが確認された。したがって、AMはAktpathwayを増強し、さらにVEGFの発現そのものにも関与している可能性が示唆された。 AM22-52投与マウスおよびAM+/-マウスの減弱した血流回復をVEGFあるいはAM投与により回復しうる(Fig.8) AMの血管新生作用がVEGFを介してのものであるということを確認するために、下肢虚血モデルを用いてレスキュー実験を行った。AM22-52投与マウスおよびAM+/-マウスはそれぞれコントロールマウス、野生型マウスと比較して血流回復が減弱しているが、それに対してAMあるいはVEGFを投与することで血流回復をレスキューしうることが確認された。またキャピラリーの形成に関しても、AMあるいはVEGF投与にて回復しうることが示された。 以上より、AMの血管新生作用はVEGFを介していると確認できたが、そうであるならば、血管新生の過程においてはVEGFさえあればいいのではないかということになる。しかし実はAMの血管に対する作用はそれだけではない。以下の実験により、AMは血管透過性に対しても影響を与えることが示唆された。 In vitro血管透過性試験(Fig.9) 半透膜のチャンバーの中でHUVECsを培養し、FITCデキストランの透過性を見ることで血管透過性を評価した。VEGFはもともと血管透過性を亢進させる物質として見つかってきており、この系においてもコントロールと比較して約40%透過性を亢進させた。一方、AMは血管透過性を約40%低下させた。さらに、AMとVEGFを同時に投与すると、VEGFによって亢進した血管透過性をAMが抑制するということが確認できた。 これは、VEGFをはじめとする血管新生因子には見られない、AMのユニークな性質である。この性質に着目して、何らかの臨床応用につなげられないか、その可能性を探るべく2つのモデルを作成した。 マウスフットパッドモデル(Fig.10) VEGF等による血管再生療法の大きな副作用は前述の病的血管新生に加えて、非常に脆弱な血管ができてくるがゆえの出血や浮腫といったことにある。そこでAM投与により、浮腫を軽減できるのではないかと考え、浮腫のモデルを作成した。マウスの足底のフットパッドの部分に、高浸透圧物質であるカラジーナンを注入し、一過性の浮腫を作成した。このモデルでも、AM投与マウスとコントロールマウス(Fig.10A)、AM+/-マウスと野生型マウス(Fig.10B)で比較した。コントロールマウスではカラジーナン注入3時間後から浮腫が増強し、6時間後に浮腫が最も強くなった。AM投与マウスでは、4時間後にもっとも浮腫が強くなったが、すべての経過を通じて浮腫の程度は軽度であった。また、AM+/-マウスと野生型マウスの比較では、野生型と比較してAM+/-マウスで浮腫が亢進した。 マウス脳浮腫モデル(Fig.11) マウスの頭蓋骨にドリルを用いて穴を開け、右半球の硬膜上から液体窒素で冷やしたシリンダーを押し当てて外傷を作成し脳浮腫をおこすモデルを作成した。浮腫の程度は、実際に脳を取り出し含水量を測定して評価した。さらに、尾静脈からフルオレセインを静注し血液脳関門を通過する量を評価することで、脳血管の透過性を測定した。 AM+/-マウスと野生型マウスの比較では、AM+/-マウスで浮腫が増強しており、また脳血管の透過性も亢進した。AMを外因性に投与することで、浮腫の程度は抑制される傾向にあり、また脳血管の透過性は有意に低下させることができた。 【結論】 本研究より、AMが血管新生能を有することが結論された。すなわちAMを外因性に投与することで虚血部位での血流回復が亢進し、腫瘍の新生血管を増加させ、胎児の血管発生にも深く関与していることが確認された。さらに、内因性のAMの影響に関しても、AM+/-マウスの検討から、虚血における血管新生および腫瘍血管増殖が低下していることを確認した。 本研究では、in vivoおよびin vitroのモデルを用いてAMがVEGFの発現を亢進させることを示したが、それはいくつかの先行研究においても別のモデルを用いて指摘されており、それらの結果と矛盾しない。VEGFの血管新生促進作用に関しては、PI3K-Akt-eNOSのpathwayが重要であると言われているが、本研究の結果からは、AMがそのpathwayをも増強していることが示唆された。また、AMが血管透過性を減弱させ、浮腫を軽減させうることも判明した。 すなわち、AMの血管新生能の機序としては、Aktpathwayの増強およびVEGFそのものの発現亢進を通しての血管新生作用、および、できあがってきた脆弱な新生血管の透過性を抑制し浮腫を軽減させるという、2つが指摘された。したがってAMは血管再生療法への応用を考えた際、他の血管新生因子との併用療法として非常に有効である。また、AMの拮抗薬は、腫瘍増殖のコントロールにおいて有効な手段になりうる。 | |
審査要旨 | 血管作動性のタンパクであるアドレノメヂュリン(AM)は、循環の恒常性の調節や心血管病の病態生理に深く関わっているが、本研究では本物質の血管新生作用に着目し、その作用を発生および虚血・腫瘍という2つの病態において検討し、下記の結果を得ている。 AM-/-の個体は胎生14日で致死であり、その所見として、卵黄動脈の発達不全・胎児のびまん性出血・胎児浮腫を認めた。基底膜の構成要素であるコラーゲンIV型の発現は、AM-/-の個体で大きく低下していることが認められた。この結果から胎児の血管発生にAMが深く関与していることが示唆された。 マウスの左鼠径動脈を結紮して血流を遮断し、側副血行路の発達による血流の回復をレーザードップラーで計測した。AMを外因性に投与するとpositive controlであるVEGF投与群と同程度の血流の回復および新生血管の増加を認めた。 AMノックアウトマウスを用いた下肢虚血モデルでも血管新生能を検討した。Heteroマウスでは野生型と比較して血流の回復が約30%低下、新生血管の形成も有意に低下していた。さらに野生型のマウスに対してAMの拮抗薬であるAM22-52を投与することで、血流回復および新生血管形成の低下を認めた。以上、2.および3.より、AMの血管新生能を確認しえた。 マウス下肢虚血モデルのタンパクのサンプルを用いてVEGFの発現を経時的に評価した。AM投与マウスでは、虚血作成後24時間からVEGFの発現が亢進し、その後も高いレベルで発現亢進を維持していた。HUVECsを用いたvitroの系では、AMが用量依存的および時間依存的にVEGFの発現を亢進することが確認された。さらにリン酸化Aktの発現を見ることでPI3K-Akt pathwayの活性を評価した。AM単独ではAktのリン酸化は活性化されないが、VEGF存在下ではAktのリン酸化が強くなることが確認された。したがって、AMはAkt pathwayを増強し、さらにVEGFの発現そのものにも関与している可能性が示唆された。 マウス肉腫Sarcoma180を用いてAMの腫瘍血管新生に対する影響を検討した。腫瘍重量は、VEGF投与群・AM投与群にて増加し、血管新生抑制剤であるスラミン投与群やAM22-52投与群では減少していた。新生血管は、VEGF投与群・AM投与群にて増加し、スラミン投与群・AM22-52投与群では減少していた。以上より、AMは腫瘍を増殖させ、それはAMによる血管新生亢進によるものと考えられた In Vitroの系においてAMの血管透過性に対する影響を評価した。AMは血管透過性を約40%低下させた。さらに、AMとVEGFを同時に投与すると、VEGFによって亢進した血管透過性をAMが抑制するということが確認できた。さらに四肢のedemaおよび脳浮腫に対して、AMが浮腫を抑制することをin vivoの系にて評価した。 以上、本論文はAMが血管新生能を持つことを明らかにした。その機序はVEGFそのものの発現およびPI3K-Akt pathwayの増強による効果とともに、血管透過性を減少させ血管のstabilityを増強することで発揮されると考えられる。本研究は血管再生療法の治療戦略の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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