学位論文要旨



No 121406
著者(漢字) 岩田,洋
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,ヒロシ
標題(和) SM1-LacZマウスを用いた血管新生、新生内膜増殖時に於ける血管平滑筋細胞の起源の検討
標題(洋) Examination of vascular smooth muscle cell lineage in vascular remodeling using SM1-LacZ mice
報告番号 121406
報告番号 甲21406
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2654号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 矢作,直樹
内容要旨 要旨を表示する

背景

血管平滑筋細胞は通常血管中膜に存在し、収縮により血圧や血流を制御することを主機能とする単核細胞である。骨格筋細胞や心筋細胞と異なり、血管平滑筋細胞は動脈硬化や血管形成術後の新生内膜増殖などの病的状態では、高い可塑性を示すことが知られている。定常状態にある血管平滑筋細胞(収縮型平滑筋細胞)に対し、これら病的状態において認おける平滑筋細胞(分泌型平滑筋細胞)は、フェノタイプ転換と呼ばれる劇的な形質転換を示すことで収縮能を著しく低下させる一方で高い運動能、増殖能を獲得し、さらに蛋白合成あるいは分泌能を亢進することで、プラークの安定化作用など血管障害修復過程に重要な役割を担っている。しかし、一方でフェノタイプ転換後の平滑筋細胞の増殖は血管壁に浸潤したリンパ球、マクロファージなどの炎症細胞、血管内皮細胞などとの複雑な相互作用の結果、プラーク形成・新生内膜増殖をきたし、動脈硬化や新生内膜増殖などの血管リモデリング病変の進行の中心的存在でもある。同様に、胎児期のみならず成体における血管ネットワークの形成の際にも平滑筋細胞はきわめて重要で、分泌型平滑筋細胞は血管壁を構築するための豊富な細胞外器質を高率に分泌し、血管・脈管形成に寄与する。しかしながら一旦発達し成熟した血管網における平滑筋細胞は収縮型であり、きわめて低い増殖能と分泌能しか有しない。

平滑筋細胞のフェノタイプ解析と分子マーカー

ある種の細胞の形質の解析やその細胞の同定に際しては、1)その細胞に特異的な分子マーカーの存在と、2)その分子マーカーの発現を認識する特異性の高い方法、の両者が不可欠である。平滑筋細胞に関しては、これまでに、分子マーカーとしてSMα-アクチン(SMα-actin)、平滑筋型ミオシン重鎖(SM-MHC)、カルポニン、SM22α、ACLP、デスミン、カルデスモン、ビンキュリン、メタビンキュリン、テロキン、スムーセリン、マイオカルディンなどが多数同定、報告されている。それらのマーカーの発現は平滑筋細胞のフェノタイプを反映しているため、定常状態だけでなく動脈硬化、血管障害などの病的状態における平滑筋細胞のフェノタイプ変換の解析、あるいは平滑筋細胞の同定に用いられてきた。しかし、これらの平滑筋細胞分子マーカーを用いて病的状態における平滑筋細胞自体の同定、あるいは標識を行なうことについては、マーカーの特異性、マーカーを認識する方法双方の特異性に問題がある。SMα-アクチンは細胞が平滑筋細胞の形質を獲得した比較的早期に発現する分子マーカーとして知られ、早期平滑筋細胞分子・分化マーカーとして用いられている。確かにSMα-アクチンは成体、正常の状態では特異性が高い分子マーカーであり、かつ高感度で比較的高い特異性を持つ抗体クローン(1A4-SIGMA)が広く販売され入手も容易であることから、平滑筋細胞の分子マーカーとしての使用頻度が圧倒的に高い。しかしながら、心筋細胞あるいは骨格筋細胞での発現、創傷治癒過程、腫瘍細胞、血管リモデリングなどの状況における活性化繊維芽細胞あるいは血管内皮細胞での発現など非平滑筋細胞における発現が多数報告されており、定常状態と異なる病的状態におけるSMα-アクチンの発現は必ずしも平滑筋細胞の存在・状態を代表しない。しかし、他にSMα-アクチンをしのぐ特異性、利便性をもつマーカーが存在しないことともあいまって、実際には動脈硬化、新生内膜形成、あるいは血管・脈管新生など病的状態の平滑筋細胞フェノタイプ解析や平滑筋細胞自体の同定の際にもSMα-アクチンが汎用されているのが実情である。

一方、平滑筋型ミオシン重鎖(SM-MHC)は現在h-カルデスモンと並んで最も特異性の高い平滑筋細胞の分子マーカーと考えられている。SM-MHCにはC末端構造の異なるオルタナティブ・スプライシング産物である2つのアイソフォームSM1(204kDa)、SM1(200kDa)が存在し、それぞれさらにN末端の異なる2つのアイソフォームを有している(SM1A,SM1B,SM2A,SM2B)。SM-MHCは収縮蛋白であるが、非筋肉型ミオシン重鎖(non muscle MHC:NMMHC)としてNMMHC-A,Bがある。そのうちNMMHC-Bは胎児期あるいは分化度の低い平滑筋に発現するSMembと同一であり非平滑筋細胞でも発現する。しかし、特異性が高いとされるSM-MHCにも非平滑筋細胞での発現に関する報告が複数存在する。しかしながらその原因はSM-MHCの検出方法の問題と考えられている。つまり、それらの報告でも用いられ、これまで販売され入手可能であった抗SMMHC抗体はNMMHCと交叉反応を認めることがわかっており、その特異性は決して高いとはいえない。

以上のように平滑筋細胞のフェノタイプ解析、あるいはその動向の追跡の際の平滑筋細胞の同定にあたっては、これまでその検出特異性に関する議論が絶えず繰り返されてきた。

内膜増殖あるいはプラーク形成時における平滑筋細胞の動向とその起源

動脈硬化におけるプラーク、あるいは増殖した新生内膜に存在する平滑筋細胞は、これまで、RossらあるいはSchwartzらの報告などから、局所の中膜由来の平滑筋細胞が炎症細胞浸潤などの周囲環境からの刺激を受け、フェノタイプ転換を行ないながら新生内膜あるいはプラーク内に進入し増殖すると考えられてきた。しかしながら、近年になって、それらの細胞の少なくとも一部は骨髄由来細胞由来であるとする新たな仮説を裏付ける報告が相次いでいる。その最初の画期的な報告として、Sataらは放射線照射により骨髄を十分破壊した野生型マウスに、LacZ(またはGFP)をすべての細胞に発現する遺伝子操作マウスであるROSA26マウス(またはGFPマウス)の骨髄を移植した骨髄キメラマウス(BMTROSA26→WTあるいはBMTGFP→WT)を用いて血管障害モデルを作成し、その増殖した内膜を観察したところ、LacZ(またはGFP)の発現を認めた。それらの陽性細胞が同時にSMα-アクチンを共発現することを示し、血管障害後のリモデリングに際し、骨髄由来細胞が少なくとも平滑筋"様"細胞にまで分化することを証明した。その後、他の動物種でも、また他の手法を用いた研究でも同様の報告がなされ、いまや骨髄由来細胞は、細胞融合の可能性は否定できないものの、血管リモデリング時における平滑筋細胞の起源の少なくとも一部として確立しつつある。しかしながら、上記に述べたように、これらの報告のほとんどがSMα-アクチンを用いており、非平滑筋細胞での発現の可能性は否定できない上に、特異性の高い分子マーカーSM-MHCなどの発現はほとんど検討されておらず、また、一部検討されていてもその検出法の特異性に問題がある。まとめると、これらの報告により病変部に動員された骨髄由来細胞は、少なくとも一部の平滑筋細胞形質を発現する段階まで分化することは証明されたが、それらの細胞が明確な平滑筋細胞であるかについては依然明らかでない。

本研究の主たる目的は、病的状況、生理的状況において動員される分泌型平滑筋細胞の起源を検討することである。本研究において、我々はまずSMMHCの転写調節遺伝子座にLacZ遺伝子を挿入した遺伝子改変マウスを作製し、さらにSM-MHCのうちSM1に特異的に反応する新たな抗SM1抗体を作製した。その両者を用いて、血管障害後の新生内膜増殖モデル、血管新生モデルにおける高分化平滑筋細胞に対する骨髄細胞の寄与を検討した。

方法と結果

SM-MHC遺伝子の転写調節領域内のexon2に対しLacZ遺伝子を挿入した遺伝子改変マウスを作製し、そのヘテロマウスにおける(SM-MHC+/-LacZマウス)胎児、成体臓器をXgal染色にて評価したところ、LacZ遺伝子発現は血管平滑筋細胞、内臓平滑筋細胞に限局していた。さらに新たに作製したSM1のC末端に対し特異的に反応するSM1抗体による免疫染色を行なってXgal染色との対比を行なったところSMMHC陽性細胞はLacZ発現細胞とほぼ完全に一致しており、抗体の遺伝子改変の成功と、高い特異性を示していた。さらに、SM-MHC+/-LacZマウスを用いてガイドワイヤーを用いて大腿動脈に対する血管障害後内膜増殖モデルにおいて同様の検討を行なったところ、新生内膜内でもLacZすなわちSM-MHCの発現が観察された。このことは双方の特異性が正常臓器においてのみならず、病的状態でも維持されることを示していた。その一方で、SMαアクチンの発現は、内膜、中膜のみならず外膜側にも認められ、非平滑筋細胞での発現が示唆された。続いて、SM-MHC+/-LacZマウスの骨髄細胞で骨髄を置換した骨髄キメラマウス(BMTSM-MHC+/-LacZ→WT)に対しワイヤー障害を行い、増殖した新生内膜内のLacZ発現を検討した。SM-MHCは高分化平滑筋細胞で発現するため、慢性期になって初めて発現する可能性があった。そのため観察期間を決定する目的で、障害された野生型マウスの大腿動脈におけるSM-MHCのmRNA発現を時間経過に従い検討した。SMMHCの発現は障害からほぼ5週から8週に発現のピークを認め、その後次第に低下した。それに対しSMα-アクチン発現のピークはより早期(3週後)に認められた。この結果から、骨髄キメラマウス(BMTSM-MHC+/-LacZ→WT)に対する血管障害後4、12、16週後に検体を採取し、慢性期として30週後に観察を行なった。詳細に検討を行なった結果、内膜内にLacZの発現はまったく認められなかった。それに対し、血管新生・脈管新生のモデルである下肢虚血モデルを同マウス(BMTSM-MHC+/-LacZ→WT)に作製し、4週間後に観察したところ、虚血下肢内に認められる新生血管壁細胞の一部にLacZの発現を認めた。同様に、創傷治癒モデルあるいは肝臓部分切除後の血管新生においても、新生血管の一部に骨髄由来高分化型平滑筋細胞を意味するLacZ陽性細胞を認めた。次に骨髄由来細胞の高分化型平滑筋細胞への潜在的分化能力を評価する目的で、SMMHC+/-LacZマウス骨髄細胞中の単核球を分離しPDGF-BB存在下に培養した。14日間培養後にXgal染色を行なったところ、約10-30%の細胞にLacZの発現が認められた。LacZ発現頻度は抗体により認識されたSM1発現頻度と一致していた。さらに、長期間(28日間)培養した骨髄単核球はSM-MHC遺伝子のうちSM1のみの発現を若干ながら認めた。

考案と結語

我々の検討では、骨髄(単核球)細胞の少なくとも一部は高分化型平滑筋細胞への分化能力を有しており、平滑筋細胞がフェノタイプ転換を行ないながら寄与する新生内膜増殖あるいは血管・脈管新生の局面では、どちらにおいても骨髄細胞は動員されるが高分化型平滑筋細胞に分化するのは、より生理的状態に近い血管・脈管新生の場合のみで、新生内膜増殖の際には高分化型平滑筋細胞にまで分化することはないことが示された。新生内膜内形成時と血管・脈管形成時の骨髄由来細胞の平滑筋細胞としての分化度の違いについては今後の検討を要するが、その原因として、炎症の強弱などの周囲環境の差が関与している可能性が考えられる。本研究は骨髄由来細胞の血管リモデリングへの寄与を特異性の高いSM-MHCを用いて検討した初めての報告である。これまでの同様の研究ではほとんどの場合SMαアクチンが平滑筋細胞の分化マーカーとして用いられていたが、本研究では1)分子マーカーとしてSM-MHCを用いた、2)遺伝子をノックダウンしないでレポーター遺伝子をプロモーター領域などにノックインしたいわゆるトランスジェニックマウスに比してLacZ遺伝子の非特異的発現が少ないとされるSM-MHCノックアウト・LacZノックインマウスを用いた、3)これまで使用されていた抗体に比して非常に特異性な抗体を用いた、などの理由により、実験系自体の特異性を高めることに成功した。もちろんこのヘテロマウス(SM-MHC+/-LacZマウス)におけるSMMHCの発現は野生型と比較した場合、正常臓器でも、新生内膜においても明らかに低下しており、これが原因で骨髄由来分化型平滑筋細胞の検出感度が低下する可能性は否定できない。その意味で本研究の結果を検討する際には十分な考慮が必要である。

今回我々は少なくとも骨髄単核球分画が高分化型平滑筋細胞にまで分化しうることを示したが、骨髄細胞中のどのような細胞が平滑筋細胞に分化し得るのか、あるいは骨髄細胞由来の平滑筋細胞と中膜由来の平滑筋細胞に何らかの相違があるか、などさらに詳細な検討を行なうことで、動脈硬化など血管リモデリングの病態解明に寄与できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、動脈硬化、血管新生、血管内治療後の再狭窄など血管リモデリング形成に極めて重要な役割を担う血管平滑筋細胞の起源について検討を試みたものである。

血管平滑筋細胞は血管中膜に存在し収縮により血圧や血流を制御することを主機能とするが、病的状態では、高い可塑性を示すことが知られている。定常状態にある血管平滑筋細胞(収縮型平滑筋細胞)に対し、病的状態において認められる平滑筋細胞(分泌型平滑筋細胞)は、フェノタイプ転換と呼ばれる劇的な形質転換を示すことで収縮能を低下させる一方で、高い運動能、増殖能を獲得し、さらに蛋白合成あるいは分泌能を亢進することで、血管障害修復過程に役割を担っている。しかし、一方でプラーク形成・新生内膜増殖をきたし、動脈硬化や新生内膜増殖などの血管リモデリング病変の進行の中心的存在でもある。同様に血管・脈管形成にも重要である。

このような血管リモデリングに際して増殖し、動員される分泌型平滑筋細胞の起源は、これまで、局所の中膜内に存在すると考えられてきた。しかし、最近になり、骨髄細胞を起源とする血液中の前駆細胞の存在とその血管リモデリングへの関与に関する発表が相次いでなされ、血管リモデリングの際の平滑筋細胞の起源として、骨髄由来細胞はその地位を確立しつつある。しかし、平滑筋細部は上記のように極めて劇的な形質転換を示すため、特に病的状態におけるその同定はしばしば困難を伴う。最も汎用されている平滑筋分化マーカーSMαactinは病的状態において平滑筋以外の細胞にしばしば発現することが報告されているが、特異性、感度ともに高い抗体が広く利用可能であることから、これまでは代表的な平滑筋細胞分化マーカーとして使用されてきた。しかしながら、上記のようにその特異性に関しては問題があり、主にそのことが原因で、平滑筋細胞起源の議論については結論が出ていない。

本研究においては、平滑筋分化マーカーとして最も特異度が高いとされる平滑筋ミオシン重鎖(SM-MHC)を用いて、平滑筋細胞起源、特に骨髄細胞の関与を検討し、以下の結果が得られた。

SM-MHCの発現をマーカー遺伝子(LacZ)で同定できるマウス(SM1LacZマウス)の開発結果;SM1-LacZマウスは正常臓器でも、病的状態でも、LacZの発現とSM-MHCの発現はよく一致していた。

上記マウス骨髄を野生型に移植し、骨髄キメラマウス(骨髄細胞=SM1-LacZ,骨髄以外=野生型、すなわち骨髄細胞が分化し、SM-MHCを発現するようになれば、LacZ遺伝子が発現するマウス)を作製し、そのマウスに対し

(ア)ガイドワイヤーを用いた血管障害を行い、新生内膜増殖を惹起

結果;30週と長期にわたって観察したが、新生内膜内にLacZ陽性細胞は認められなかった。すなわち、骨髄由来細胞でSM-MHCを発現する細胞はなかった。

(イ)下肢虚血、肝再生、創傷治癒の各血管新生モデルを作製、血管・脈管新生を惹起した

結果; 4週後、新生した細動脈壁の一部にLacZ陽性細胞を認めた。すなわち骨髄由来細胞が血管新生において動員され、分化してSM-MHCを発現した。

SM1-LacZマウス骨髄細胞を培養し、SM-MHCの発現、LacZの発現を検討した。結果; RTPCR、免疫染色にてSM1LacZマウス骨髄細胞は、培養すると一部LacZ、SM-MHC(SM1)を発現した。

上記をまとめると、骨髄由来細胞には平滑筋(より特異度の高い、すなわちSM-MHCを発現する)に分化しうる能力がある。しかしながら新生内膜増殖の際の平滑筋細胞の起源は骨髄細胞ではない。一方で、血管・脈管新生の際には一部骨髄由来細胞を起源とする。本研究は、血管リモデリングにおける平滑筋細胞の起源としての骨髄細胞の役割を厳密に検討した初めての報告であり、動脈硬化などの血管リモデリングのメカニズム解明、治療法の開発に大きく寄与すると考えられたため、学位の授与に値すると考えられる。

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