学位論文要旨



No 121410
著者(漢字) 高橋,政夫
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,マサオ
標題(和) 動脈硬化における活性酸素種産生を介したAngiotensin IIとTumor necrosis factor-αの相互作用に関する検討
標題(洋)
報告番号 121410
報告番号 甲21410
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2658号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 中島,敏明
 東京大学 助教授 林,同文
 東京大学 講師 西松,寛明
内容要旨 要旨を表示する

背景及び目的

動脈硬化の進展には様々な因子が関与し、それらが複雑に絡み合いながら進展する。renin-angiotensin system(RAS)は動脈硬化や血管形成術後の再狭窄などの成因において重要な役割を演じていることは広く知られている。特に血管機能における様々な過程でのシグナル伝達として重要な位置を占めている。動物での血管傷害モデルで、angiotensin-converting enzyme(ACE)阻害剤は新生内膜形成を有意に抑制するとの多くの報告がある。これらは、RASは新生内膜形成で重要な位置をしめていることを示唆している。

しかし、ヒトにおいてACE阻害剤は血管形成術後の新生内膜形成を十分に抑制できなかったとの報告もある。これらの報告によるとRASを抑制することで、新生内膜形成抑制において必ずしも十分な効果が得られないことが言える。この原因として、サイトカインなどの因子によっても新生内膜増殖が進み、そのためRAS単独抑制が十分な抗動脈硬化作用をもたらさない可能性が考えられる。サイトカインであるtumor necrosis factoα(TNF-α)は動脈硬化などの進展に寄与し、血管再狭窄部位によく発現していることも示されている。それゆえTNF-αはRAS同様に新生内膜の形成のシグナル伝達において重要な役割を演じていると考えられる。本研究ではTNF-αに注目し、RASおよびTNF-αを抑制することで新生内膜形成を十分に抑制できるかを検討した。

RASのシグナル伝達において、活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)の産生は重要な位置を占めている。ROSは酸化ストレスを通して、血管機能障害とremodelingに寄与し、動脈硬化を促進する。

ROSを産生する経路は様々に存在し、特に血管炎症に関連している酵素はvascular NADPH oxidaseがよく知られている。その他にもmitochondrial respiratory chainなどがあり、Mitochondrial systemでのROS産生は、アポトーシスに関連しているとされている。

新生内膜の形成や血管炎症においてmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)は重要な位置を占めている。MCP-1は血管壁に単球やマクロファージの浸潤を促し、血管形成術後の再狭窄などにおいて関与することが報告されている。

血管炎症においてMCP-1は重要な因子であるため、本研究ではMCP-1の発現を一つの指標として、どのようにRASとTNF-αによる炎症が促進するかを特にROSの関与を中心に検討した。

研究方法

6週令オスWistarラット胸部大動脈より採取した平滑筋細胞(rVSMCs)に、angiotensin II(Ang II)とTNF-αで刺激し、細胞内ROS産生を蛍光プローブであるDCFH-DAにて測定した。ROS阻害剤であるN-acetylcystein(NAC)、NADPH阻害剤であるapocynin、そしてmitochondrial respiratory chain阻害剤のrotenoneの効果を、ROS産生において検討した。また同様の条件で、MCP-1とGAPDHの発現をreal time PCR法により解析した。Ang IIとTNF-αによるMCP-1の発現において、angiotensin II type 1受容体の括抗薬であるvalsartan(Val)とTNF-α receptorに対するdominant negative mutantを発現するadenovirus(AdTNFRΔC)の効果も検討した。

内因性Ang II及びTNF-αの作用を検討するため、Wistarラットの大腿動脈にwire傷害を施行し、内因性Ang IIを抑制するためVaIを投与した。また、TNF-αのシグナルを抑制するため、AdTNFRΔCを感染させた。対照群としてGFPを発現するadenovirus (AdGFP)の感染も行った。これらの大腿動脈傷害モデルは3日後にMCP-1の発現をreal time PCRで評価し、14日後には組織学的検討を行い、マクロファージの浸潤はED-1染色にて検討した。

実験結果

rVSMCsでのAng IIとTNF-αによるMCP-1の発現の影響

Ang IIは用量依存的にMCP-1の発現を促進し、Ang II投与下(10-7 mol/L)でのMCP-1の発現はVal前投与にて抑制された。TNF-αも同様にMCP-1発現を用量依存的に促進し、TNF-α(10 ng/ml)によるMCP-1の発現はAdTNFRΔCを感染させておくと有意に抑制された。低濃度のAng II(10-9 mol/L)とTNF-α(10 ng/ml)同時投与するとMCP-1の発現は、TNF-α(10 ng/ml)単独投与に比較して著しく増加を認めた。さらにAng II(10-7 mol/L)によるMCP-1発現は、低濃度のTNF-α(0.1 ng/ml)前投与により、Ang II単独投与と比べ著明に増強された。

rVSMCsでのAng IIとTNF-αによるMCP-1発現におけるROS阻害剤の効果

NAC(500 μmol/L)を前投与した上でAng IIとTNF-αによるMCP-1発現は有意に抑制されたが、その抑制の程度はcontrolと同等までは抑制しなかった。またapocynin (30 μmol/L)あるいは、rotenone(10 μmol/L)をそれぞれ前投与すると有意にAng IIとTNF-αによるMCP-1発現を抑制した。そしてこのapocyninとrotenoneを同時に投与すると、NAC前投与と同程度にMCP-1発現を抑制した。

rVSMCsでのAng IIとTNF-αによるROS産生におけるROS阻害剤の効果

rVSMCsにおいてAng IIとTNF-αはそれぞれ単独でROS産生を増加させ、Ang IIとTNF-α同時刺激を行うと、ROS産生は単独刺激より強く誘発された。apocyninとrotenoneをそれぞれ別に前投与しておくと、Ang IIとTNF-αによるROS産生を抑制した。NAC前投与もROS産生を抑制し、無刺激のcontrol群とほぼ同等のROS産生にまで低下した。rVSMCsにapocyninとrotenoneを同時に前投与すると、ROSの産生はNACと同程度に抑制された。

動脈傷害モデルでの新生内膜形成とマクロファージ浸潤、及びMCP-1の発現に対する内因性Ang IIとTNF-α抑制の効果

大腿動脈傷害モデルにおける新生内膜の形成及びマクロファージの浸潤はcontrolに比較して、Val投与(3mg/kg/day)で有意に抑制された。AdGFP感染はcontrol群と比較して有意な差は認めなかったが、AdTNFRΔC感染では新生内膜の形成、及びマクロファージの浸潤は有意に抑制された。Val投与とAdTNFRΔC感染を同ラットに行うと、新生内膜形成及びマクロファージの浸潤はより著明に抑制された。NAC投与(200mg/kg/day)も同様に有意に抑制された。ラットの血圧はいずれも血圧に有意な差は認められなかった。大腿動脈のMCP-1の発現は、controlと比べVal投与、NAC投与で有意に抑制された。また、AdTNFRΔC感染はMCP-1の発現において有意な抑制を認めた。また、val投与とAdTNFRΔC感染を同ラットに行うと、MCP-1の発現は単独投与、または感染に比べ有意に低下した。

考察

動脈硬化の進展や血管形成術後の再狭窄などの病因において、RASは中心的な位置を占めているが、RAS単独抑制では、血管形成術後の再狭窄などの十分な抑制が得られないとの報告が多い。我々は、rVSMCsにおいてAng IIとTNF-αは、協調的にROS産生とMCP-1の発現を促すことを確認した。MCP-1発現誘導にはROSを介する可能性が示唆された。

本研究ではAng IIとTNF-αによるMCP-1発現においてROSはその経路に関与し、NADPH oxidaseとmitochondrial respiratory chainはAng IIとTNF-α刺激によるROS産生の主要なsourceであると考えられた。

今回使用した濃度でのNAC前投与は、ほぼ無刺激な状態のROS産生まで抑制したが、MCP-1発現に関しては無刺激な状態にまでは抑制しなかった。これらの結果より、MCP-1発現におけるAng IIとTNF-αの協調的な作用にはROS以外の細胞内伝達経路が存在することが示唆された。

大腿動脈のwire傷害での新生内膜形成とマクロファージの浸潤、及びMCP-1の発現は、NAC前投与により抑制され、この結果は新生内膜の形成において、ROSが関与している報告と合致している。Ang IIとTNF-αの両者の抑制では単独抑制と比べ有意にMCP-1の発現が軽減された。以上より内因性のAng IIとTNF-αは血管炎症を協調的に増強し、少なくとも一部はROS産生、MCP-1の発現そしてマクロファージの浸潤を介していることが考察された。

RASを抑制することは血管炎症を抑えることにおいて重要であるが、さらに心血管イベントの罹患率や死亡率を減少させるためには、一つの選択肢として抗炎症サイトカイン療法が重要であると考えられた。

結論

Ang IIとTNF-αは、少なくとも一部はROS産生とMCP-1の発現を介して血管炎症を促進する。Ang II、TNF-α単独での作用に比べ、両者の存在では相乗的に作用し、血管炎症を協調的に促進する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は血管炎症において重要な役割を演じているangiotensin II(Ang II)とtumor necrosis factor-α(TNF-α)の協調的な促進作用をラット血管平滑筋細胞(rVSMCs)及びWistarラットの血管傷害モデルで検討したものであり、以下の結果を得ている。

rVSMCsにおいてAng IIはmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)のmRNAの発現を促進し、その効果はvalsartan前投与にて抑制された。TNF-αも同様にMCP-1発現を促し、TNF-α receptorに対するdominant negative mutantを発現するadenovirus(AdTNFRΔC)を感染させておくとその効果は抑制された。また、Ang IIとTNF-αを投与すると、それぞれ単独投与に比較して、相乗的な発現増強が認められた。

N-acetylcystein(NAC)を前投与した上でのAng IIとTNF-αによるMCP-1発現は有意に抑制された。またapocynin (NADPH oxidase阻害剤)あるいは、rotenone(mitochondrial respiratory chainにおけるoxidase阻害剤)をそれぞれ前投与すると有意にAng IIとTNF-αによるMCP-1発現を抑制した。そしてこのapocyninとrotenoneを同時に投与すると、NAC前投与と同程度にMCP-1発現を抑制した。

同様にrVSMCsにおいて、Ang IIとTNF-αはそれぞれ単独でreactive oxygen species(ROS)産生を増加させ、Ang IIとTNF-α同時刺激を行うと、ROS産生は単独刺激より強く誘発され、相乗的に増強された。apocyninとrotenoneをそれぞれ別に前投与しておくと、Ang IIとTNF-αによるROS産生を抑制し、NAC前投与もROS産生を抑制した。apocyninとrotenoneを同時に前投与すると、ROSの産生はNACと同程度に抑制された。以上よりrVSMCsにおいてAng IIとTNF-αによるROS産生とMCP-1の発現は、相乗的に増強されたことが示された。また、ROS産生阻害剤(apocynin、rotenone、NAC)は、Ang IIとTNF-αによるROS産生とMCP-1の発現を有意に抑制することが示された。

in vivoではrat大腿動脈傷害モデルにて検討しており、新生内膜の形成及びマクロファージの浸潤はcontrolに比較して、valsartan(Val)投与で有意に抑制された。AdGFP感染はcontrol群と比較して有意な差は認めなかったが、AdTNFRΔC感染では新生内膜の形成、及びマクロファージの浸潤は有意に抑制された。Val投与とAdTNFRΔC感染を同ラットに行うと、新生内膜形成及びマクロファージの浸潤はより著明に抑制された。NAC投与も同様に有意に抑制された。ラットの血圧はいずれも血圧に有意な差は認められなかった。大腿動脈のMCP-1の発現は、controlと比べVal投与、NAC投与で有意に抑制された。また、AdTNFRΔC感染はMCP-1の発現において有意な抑制を認めた。また、val投与とAdTNFRΔC感染を同ラットに行うと、MCP-1の発現は単独投与、または感染に比べ有意に低下した。以上よりinvivoの血管傷害モデルでは、内因性Ang IIとTNF-α両者抑制をすると、新生内膜の形成とマクロファージの浸潤とMCP-1の発現が単独抑制に比較して有意に抑制された。

以上、本論文はAng IIとTNF-αは、少なくとも一部はROS産生とMCP-1の発現を介して血管炎症を促進することが示された。Ang II、TNF-α単独での作用に比べ、両者の存在では協調的に作用し血管炎症を進めることが示された。本研究はレニン-アンギオテンシン系抑制では不十分な血管炎症抑制作用が得られず、これにサイトカイン抑制を併用し、血管炎症をより強く抑制した結果を得た。これらより今後抗サイトカイン療法が血管炎症、動脈硬化軽減に対して有効な手段となりえることが考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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